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夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います! - 31
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夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います!  作者: 青空一夏
第一部

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31

 「そういえば……さっき、ルカが初めて歩いたんです」


 私がぽつりとそう言うと、女将さんたちが一斉にこちらを振り向いた。


 「えっ、ほんと?」

 「まぁ、もうそんなに大きくなったのねぇ!」


 思わず私も頬がゆるむ。さっきのことを思い出して、胸がじんわりと温かくなる。


 「しかも……そのとき、レオン団長の方に向かって歩いていって……“パパ”って」


 「……パパ!?」


 声を揃えた女将さんたちの目が、みるみるうちに潤んでいく。

 そして数秒後――


 「なにそれ、尊い!!」

 「それ、もう完全にお父さんじゃないの!」

 「も~! エルナちゃん、あんたたち、もう一緒になっちゃいなさいよ!」


 あまりの勢いに、私は思わずたじろいだ。


 「え、えっ? ちょ、ちょっと待ってください……!」


 言いかけた言葉が途中でつかえてしまう。

 そのとき、ひとりの女将さんが、ふっと笑った。


 「……言われたんでしょ?」


 「な、なにをですか……?」


 ごく自然に返したつもりだったけれど、自分の声が少し裏返っていた。


 「とぼけたってダメよ。団長さん、前に私たちに言ってたもの。“ちゃんと気持ちを伝えたい”って」


 「えっ……そんな……」


 頬が一気に熱くなる。知られていないと思っていたのに。

 けれど女将さんたちは、どこまでも優しい目で私を見ていた。


 「ルカちゃんも懐いているし、レオン団長が父親なら、ルカちゃんだってきっと幸せよ?」

 「子育ても家事も協力的で、気遣いも完璧。エルナちゃん、すっごく愛されているからね?」

 「それでいて王都騎士団長で、侯爵様で……そんな人、そうそういないってば」


 本気の説得に、私はそっと視線を逸らした。

 ふと目に映ったのは、おやつを食べ終えたルカとアルトが、レオン団長に絵本を読んでもらっている穏やかな光景だった。

 団長の膝の上で夢中になってページをのぞき込むルカと、その隣で体を預けるように寝そべるアルト。

 まるで穏やかな親子のひとときのような、優しい光景が、食堂の隅のソファで静かに広がっていた。


 ――本当の家族になってしまえばいいのに。

 その言葉に、胸の奥にゆるやかな波紋が広がる。

 平気なふりをしても、ほんの少しだけ、何かが揺らいでいた。


「女将さんたち。俺を薦めてくれるのはありがたいんですが……エルナの気持ちが一番です。俺はただ、こうしてそばにいて支えられるだけで、それだけで充分なんですよ」

 ――ここでも、私のことを守るように言ってくれるなんて。

 レオン団長って……どこまで優しいの?



 ◆◇◆



 それから数日後のこと。

 定休日の昼下がりの陽射しは、やわらかくて気持ちよかった。

 爽やかな風も吹いていて、今日はルカと外に出るにはぴったりの日だ。


 アルトはというと、朝から食堂の隅で丸くなっていた。

 体調が悪いというほどではないけれど、なんとなく元気がない。

 呼びかけても、ちらりとこちらを見るだけで、また鼻先を前足にうずめてしまう。


 「……昨日の果物、食べすぎたんじゃないの? それとも、眠いのかしら? 珍しいわね」


 思わず独りごちた。

 そういえば昨日、女将さんたちが順番に来て、アルトにとあれこれ果物をくれていた。

 みんな、アルトが嬉しそうに尻尾を振るもんだから、つい調子に乗ってたっぷりあげてたっけ。

 ……きっと、あれが原因だ。


 「今日はゆっくり休んでてね。お留守番をお願いね」


 私はそう声をかけて、ルカをベビーカーに乗せて外へ出る。


 ユリルやトミー、レオン団長――いつもなら傍らにいてくれるはずの人たちは誰もいない。

 「明日は王都騎士団の大切な行事があって、俺もトミーもユリルも本部に詰めっぱなしだから、来られない」

 そう言っていた団長の言葉を、ふと思い出す。


 ――大丈夫よ。すぐそこの公園まで行くだけだもの。


 商店街を抜け、公園へ向かう途中のことだった。

 見知らぬ人に、ふいに声をかけられる。


 「すみません、このあたりに《聖フレア教会》ってありますか?」

 「あ、はい。ここをまっすぐ進んで、二つ目の角を右に曲がると、小さな十字路が見えます。そこを左に入って、坂を少し下るとすぐですよ……」


 ほんの数分、立ち話をしただけのはずだった。


 ――けれど、ふと横を向いたとき。

 そこにあるはずのベビーカーが、跡形もなく消えていたのだった。





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