10 大神官視点
【コルネリオ大神官視点】
罵声の嵐に晒された直後の静寂の中で、私はただ冷や汗が首筋を伝うのを感じていた。神律会審は神聖なる場だ。民衆の前で、私の言葉が否定されるなど……屈辱にもほどがある。
しかし、その時だった。玉座に座す国王陛下が、低く、だがはっきりとお声を発せられた。
「レオン。お前の見解を、余に聞かせよ。この場において何を思い、いかなる理をもって語るのか――それを知りたい」
(……ふん。やっとレオンが、口を開くか。さぁ、どんなことを言ってくるのだ?)
思わず口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。
この場において、今さら彼にできるのは弁明――いや、せいぜい言い訳程度のことだろう。
「俺は、神獣アルトを私物化したつもりなど微塵もありません」
低く、抑えた声。
あまりにあっさりとしたその返答に、一瞬、拍子抜けすら覚えた。
怒りもなければ、抗弁もない。ただ静かに、否定するだけ。
こちらを非難することもせず、言い訳すらせずに。
予想していたよりも、ずっと静かで、妙に不気味な展開だった。
「アルトは自らの意思で俺のもとに現れた。ただ、共にいることを望まれた。それだけです」
己にやましいことなどない――そう言いたいのだろう。
だが裏を返せば、それ以上強く出る自信がないということではないか?
レオンという男はもっと弁が立つと思っていたが、所詮、腕っ節だけの男だ。
(やはり頭は弱いらしいな……筋肉馬鹿だよ。そうに違いない)
ふと、ざわつき始めた広場の空気に、私は目を細めた。
一部の民衆が、私の言葉にうなずくような気配を見せる。
広場の右手、小さな集団の中から、ぽつりぽつりと声が漏れる。
「でも、大神官の言うことにも……一理あるかもしれん」
「神獣って、本来は神に仕える存在じゃなかったか? なら、神殿が預かるのが筋だろ」
「騎士団長のものになるって、やっぱり、ちょっと……変じゃないか?」
わずかだ。ほんのわずかな支持の声。
だがそれは、私にとって――
まるで、暗闇に差し込む一筋の光のように思えた。
そうだ、これでいい。理性ある者なら、私の言葉の正しさに気づく。
私の意見に賛同した者達に、神の祝福があらんことを!
感情で騒ぐ連中――愚か者に惑わされる必要はない。私が間違っているはずがないのだ。
再び私は胸を張り、壇上に立ち上がった。
声に力を込め、今度は一語一語を押し出すようにして言う。
「レオンは神の意志を侮り、神獣という神聖なる存在を己の都合で利用しているのです! 神殿の教義とは、千年にわたって守られてきた秩序。それを蔑ろにするなど、騎士団長として、いえ、貴族としてすらあるまじきこと!」
広場に再びざわめきが広がる。
その中には、私を非難する声もある。だが、それ以上に――理解ある者も、確かにいる。
「私は、正しき在り方に戻したいだけです。神の秩序のもと、神獣アルト様には、本来の御役目にお戻りいただくべきなのです!」
私は両手を広げ、民衆を見渡す。
今度こそ、誰もが私の主張の正当性に気づいたはずだ。
私は、ただ神の意志に従っているだけなのだから。
……そして、騎士団長の座にふさわしいのは、秩序を乱す者ではない。
今度こそ、裁きの天秤は完全にこちらへ傾いた。
私は、そう確信しかけていた。
「ところで、コルネリオ大神官。アルトが神殿で暮らすのが当然と言うのなら、神殿のどこで、どのように生活させるつもりなのですか?」
しかし、レオンはくだらない質問を、不意に私へと投げかけてきた。
「もちろん、一番良い部屋で、何不自由なく過ごしていただきますとも。神獣様ですから、だいじに心を込めてお世話をさせていただきます」
「……だいじに、ねぇ? 国王陛下、ここで証人と、ある証拠を提出したいのですが」
「よかろう。証人をここに」
は? 証人? 証拠?
……なんの話だ?
いや、待て。
さっきから広場の片隅に立っている、あの若い男――神官服は着ているが……誰だ?
顔も、名前も、覚えがない。どうやら新入りの下っ端だな……どうでもいい雑魚のひとりだ。
まさか、あれが“証人”だとでも言うのか――!?