とんでもない女
今まで自分の息子だと思っていた子供を見つめ、思いを断ち切るように、ザカリーが言った。
「この子とマーシャは、我が家系より除籍します。では、失礼します」
キースにくっついて立っているマックスをほうっても置けず、ゲート伯爵夫人がその肩に手を掛けている。
「待って。この子はどうするの?」
「先程のソフィ嬢の言葉をお借りしましょうか。お好きにどうぞ」
そしてよろける両親の腕を支えて歩かせ、出て行ってしまった。
ゲート伯爵夫妻は二人の子供の手を取り、教会を出たところで、殴られて口の端に血をにじませた息子の姿を見つけた。
ゲート伯爵夫人は、ハンカチを息子に差し出し、血をぬぐわせた後、改めて頬を叩いた。
「この子はあなたの子ね。母親はソフィの姉のマーシャ。そしてこの子ができたのは結婚式前後、いいえ、ソフィは初日からおかしかったから、つまり結婚式の前日かそこらでしょ」
父が後を引き継いだ。
「浮気も愛人もいい。よそに子供ができることもあるよ。だが、そういったトラブルはスマートに片付けるのが貴族社会の鉄則だ。これほど滑稽な状況をこんな公の場で晒したからには、明日から我が家は笑い者だ。たぶんお前は仕事も失うだろう。王太子殿下の顔にも泥を塗ったからな」
外で友人と話しこんでいたマーシャが、友人と別れて、嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。
「あら、他の皆さんはどちらに?」
三人の目は、冷たい。
アトレーが聞いた。
「何故避妊しなかった。何故今日ここに来た」
いきなり畳み掛けられ、マーシャはたじろいで、ご両親の前で一体何を言い出すの、と慌てて遮った。
「あんなにそっくりな子を連れてきて、皆に気付かれないとでも思っていたのか?」
「あら、わかってしまったの?」
マーシャは驚いたような顔をしたが、その驚き方がすごく軽い。全く悪びれていないし、軽いいたずらが見つかったくらいの様子だ。
「どうしてわからないと思えるんだ」
「こっちに出てきた理由は、田舎が退屈だからよ。それにマックスはすごく可愛いから、こちらの友人達に見せて自慢したかったの。みんなキースより、マックスの方が可愛いって言ってくれたわよ」
手に持った扇子をもてあそびながら、救いようのないほど軽い理由を話すマーシャに、伯爵家の三人はまともに取り合う気にもなれなかった。
「君は夫のザカリーから離縁される。子供も一緒に」
驚いた事に、アトレーの発したこの言葉にも、ごく気楽な感じで答えが返された。
「まあ、ひどいわね。でもこの子はあなたの子よ。それはわかっているでしょ。世間に知られてしまったなら仕方無いわ。もともと私達、生涯の愛を誓い合った仲じゃないの。運命かもね」
そういえば、そんなことも言ったかなとアトレーは思い出した。あれもソフィに聞かれていたのだったら最悪だと頭を抱えた。
父が言った。
「とにかく家に帰るぞ。みっともない」
家に着くと、今度は使用人たちが驚いた。出かけた時と全く違うメンバーで帰宅し、お坊っちゃまは二人に増えている。そしてそっくりだ。
双子だったのだろうか。そんな疑問を抱いていた。でも噂話は後だ。急いでお茶の支度にかかった。
部屋には難しい顔つきの伯爵夫妻とキース、子連れの女性とアトレーがいた。
女性は確かソフィ様の姉のマーシャ様だわと、数人の侍女が言っていた。そっくりの子供と重い雰囲気を掛け合わせると、嫌な結論が浮かんで来る。
しかも同じ年頃というのが実に不吉だ。
結婚前の付き合いでとか、倦怠期とかの、納得しやすい理由ではなく、ひたすら外聞をはばかる事態の可能性しか出てこない。
でもそれならば、快活だったソフィ様がおかしくなった理由としてピッタリとハマる。つまり想像した最悪が当たり、ということだ。お茶を用意しそそくさと部屋から出て使用人部屋に集まると、一斉に全員が話し始めた。
ゲート伯爵がマーシャに問いかけた。
「君はソフィの姉だね。妹の幸せを踏み潰して楽しいのかね」
「妹は幸せじゃないと聞いたわ。だから私が救ってあげようと思って来たのよ。不仲のまま過ごすより、本当に好きな者同士で再婚した方がいいに決まっているわ」
「それでも、一体なぜ騙し打ちのような真似をした? 貴族が集まる場で、わざわざ披露したのはなぜだ」
「私の子どもの方が絶対に可愛いもの。皆に見てもらいたかったのよ。それに……」
夫人が後を継いだ。
「世間に広めて私達が逃げられなくするためね。妊娠と同じく、既成事実を作るのが好きなようね」
夫人は既に汚いものを見るような目でマーシャを見ている。つまりゲート伯爵家は、この女に嵌められたのだ。
「アトレー、この人をどうする気?」
「彼女を、ランス伯爵家が受け入れるだろうか?」
「ちょっと待ってよ。私はあなたと再婚するために来たのよ。田舎の子爵家は私には全く合わなかったの。都会で王宮にも遊びに行くような暮らしのほうが、私には合っているのよ。ソフィがしているような。歓迎されると思っていたのに、一体どうしちゃったの?」