32.遭遇
「できたら、玲と結婚できんかと思ってな。…どうかな?」
「えっと……」
老人の男性はブラックコーヒーをソーサーに置いて、聞いてくる。
金詰日和は返事に困っていた。
――時を遡る事20分前。
学校帰り、日和は珍しく一人で寄り道をしながら帰っていた。
商店街を彷徨いながら本屋に寄り、歩いていると老人とぶつかってしまった。
「おっと、すまない。大丈夫かい?」
「こちらこそすみません、よそ見してました…」
手を伸ばされ、その手を取り立ち上がると、男性はぴくりと眉を動かして顔を覗いてきた。
「私の間違いでなければ…もしや、樫織隆幸のお孫さんかい…?」
「そ、そうですけど…」
樫織は母方の性、名前は祖父だ。
どうやら祖父の知人らしいが、生憎本人は亡くなってしまった。
どうしようか、と若干の不安を持ちつつ返事をすると、男性はにこりと微笑んできた。
老け込んではいるが、その作った綺麗な笑顔は覚えがある。
「ああ、私は高峰重俊。玲の祖父だ」
「あっ、えっと…いつもお世話になってます。すみません…失礼しました」
「いや、そこまで畏まらないでくれ。こちらこそ、玲がいつも世話になっているね。……少し、時間はあるかな?」
――という事で、近くの喫茶店で今、席を囲んでいる。
「前々からご挨拶せねば、とは思っていた。だがこちらはこの通りの老体で、今の術士は玲だ。わざわざ顔を見せても困るかと思って、自重していた。迷惑でなかったかな?」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ、ずっと守っていただいていたのは最近知ったので…申し訳ない気持ちです」
「…違うんだ。それは個人的な依頼があって、玲に任せておった。その依頼は君の祖父、隆幸さんからなんだ」
依頼。
意外な場所から祖父が出てきて驚いた。
まさか関わっているとは思ってもみなかった、日和の率直な感想だ。
「おじいちゃん、ですか…?」
「うむ。最初に君たちが会った日からずっと、契約上では玲が高校に上がるまで君を守るよう、依頼があった」
「そうなん、ですか…」
確かに玲は高校に入ったら「学校も一緒じゃなくなるから居られる時間はすごく減るけど、極力会うようにするね」と、殆ど会わなかった。
寧ろそれまでが依頼だったんだと、改めて思い知った。
それでもやっぱり、玲には感謝しか思い浮かばない。
「隆幸さんとは私が学生の頃、同級生でな。当時私が術士をしていたのを知っている。それを思い出して、依頼してくれたんだ」
「そうなんですか?知りませんでした…」
「金詰蛍を失い、母親と別れた君については、玲から聞いていたからね……。今回も、隆幸さんについてはとても残念だった」
落ち込む様子を見せる玲のお爺さんは、相当仲良かったのだろうか。
ただ知っているだけならここまで落ち込む事はないだろう。
「いえ…今まで沢山守っていただきましたから…」
「…玲も…、あいつは不器用で、術士にしても器量もあまりよくはない。ただ何事にも懸命ではあるし、意志の強さはあると思っている。――できたら、玲と結婚できんかと思ってな。…どうかな?」
「えっと……え?」
話の繋がりが、見えなかった。
何かを聞き間違えた?気のせい?
「今、置野家にいるのは知っている。だが、今までの事もあるし、これからも玲に守らせたいと思っている。もし君が良ければ、玲の結婚相手になってくれないか、と私は考えているんだ」
「え、っと…す、すみません。すぐにはその……。に、玲さんは、なんて言っているんですか?」
「…正直に言うと、あやつに選択肢は無い。術士の家系において一番大切なのは、術士の持つ力だ。
勿論一般の方とつなぐという発想もある。だが、私たち水鏡は基本は見合いか、力ある者を連れてくる事を重点にしたい。私は…玲に見合いをさせずとも、金詰日和という一番近き存在があると思っている」
目の前の男性の目の色が変わった。
何もない普通の老人男性だった雰囲気は一転し、ぞわぞわと流れてくる空気は、術士が戦っている時に感じる力そのものだ。
この人も、術士だったのだと理解できる。
理解できないのは――その口から出る言葉かもしれない。
「――ご、ごめんなさい…」
「……」
「私、そんな風に玲さんを見たことなくて……に、兄さんと相談しても、良いですか…?」
「ああ。返事は……今度直接、うちに来なさい。お茶の時間、楽しかったよ。それじゃ」
玲のお爺さんは立ち上がると、伝票を持って先に出て行った。
私は、一緒に会計してくれたことに気付かず、しばらく席に座り込む事しかできなかった。
「……日和、どうした?顔色が…」
日和はなんとか喫茶店から出てきた。
少しずつ頭痛がして、なんとなく、気持ち悪い。
ふらふらしそうな足取りを何とか平然を装うのに必死で、目の前に竜牙が迎えに来ている事にすら気付かなかった。
「――おい、大丈夫か?」
「…っ!…た、竜牙…?もしかして、迎えに来てくれてました…?」
ふらりと日和の体が揺れて、竜牙は後ろから慌てて支えた。
そこでやっと、日和は竜牙が来ている事に気付いた。
「そうだが…もしかして、また具合が悪いのか?」
「大丈夫…です…。少し、頭痛がして……気持ち悪いだけ、です…」
「全然よくないじゃないか…!」
身体を起こした日和の体が、更にずしっと重みが増した。
既に目は瞑りかけて、だるそうに体を投げ出してしまっている。
竜牙は日和の体を抱き上げた所で、後ろから声がかかった。
「竜牙さん、どうしたんですか?」
「すまない、今日はもう戻る」
「日和さん!体調悪そうですね…わかりました」
季節柄暑くなってきただろうが、変わらず深緑色のマフラーを靡かせる夏樹は日和の様子を一目見て、理解したらしい。
本来なら警戒をする時間だが、それどころではなくなった竜牙はこの日の巡回をやめた。
「…うっ……すみま、せん…」
「無理をするな。休んでいろ」
日和の部屋、ベッドに横たわる日和は真っ青になって辛そうにしている。
また溢れてきた力に酔っているのだろう。
竜牙は額に手を当て、手に集中しつつ日和の様子を見る。
「…?どうした、笑っているが」
「えっと…少し兄さんを、思い出しただけ…です」
「玲か…」
「何度も…体調悪くなった時に、してくれたので…」
「…そうか」
まだ良くないようだが安心しているのか、日和は動くことなく大人しくなった。
日和の額から手の平を通して腕に、体に流れてくる日和の力はその不調を訴えている。
以前手を出すように回収してしまった力はまた日和の体から溢れて、更に増幅している。
「本当に、一か月ほどでくるんだな…」
竜牙の口からため息が漏れそうになった。
世話が焼けるという訳では無いが、尋常じゃない速度で日和の術士としての器が出来始めている。
これが誕生日直前になればどうなるのかさえ、不安な部分がある。
術士は基本的に力さえ使えば酔う事は無いが、日和は力を使わないから溢れて酔う事になる。
いっそ少しだけでも使わせた方が楽なのだが、一般の人間には教えてはいけないのがルールだ。
そもそも一般の人間自体、力を使わせないといけない程溢れかえる事すら非常に稀なのだが、日和が術士家系の人間だからだろう。
「…すー…」
気付けば日和は静かに寝息を立てていた。
幾分楽になったのか、酷そうだった表情はかなり落ち着いた。
「……ああ、違うな。お前は…不安なのか」
力は感情に左右する。
人によりどの感情かで変わるが、日和は不安を受けると力が増幅するらしい。
そういえば、出会ったこの1か月弱は不安な事だらけだったかもしれない。
(……あったかい…)
力を貰い、補充された分で意識下の人間が起きたらしい。
憑依換装はするだけで、力を消費する。
しかも今は女王の呪いを受けて、未だに戻れやしない。
いつまでこの状態かは分からないが、日和の支援が無ければ多分、互いに消えてしまうだろう。
早く女王を仕留めるのが先か、日和の誕生日を迎えるのが先か、気が重くなりそうだ。
高峰重俊
9月30日・男・60歳
身長:172cm
髪:藍白(群青色がそのまま白髪になった感じ)
目:露草色
家族構成:息子・孫
趣味:将棋・囲碁
高峰家先代当主。
和服よりも洋装が好きな渋い系お爺ちゃん。でも着るのは外だけ。
長い間術士をしていたからか今でも余裕で水を操れるので権力高し。
日和の祖父、隆幸とは同級生で旧友の仲。
思考が凝り固まってるのと過去の失敗と重責で色々と余計な事しがちだった。