イメージトレーニング
「俺達は夕飯時になるまで適当に遊んでますので」
「ヘルベルト様はゆっくりとおくつろぎください」
いくら勉強合宿とはいえ、何も四六時中勉強をし続けているというわけではない。
勉強を効率良くやるためには、息抜きをすることも大切だからだ。
家の中で何か盤上遊戯でもしようかと思っていたのだが、どうやらリャンル達はどこかへ出掛けるつもりらしい。
なんでも帰省の時に両親や知り合い達に持っていく土産を買いに行くのだという。
ヘルベルトもついていこうと思ったのだが、『こんな雑事でヘルベルト様の手を煩わせるわけには!』とにべもなく断られてしまった。
というわけで屋敷を出て買い出しに出掛けている間、ヘルベルトは一人で暇になる。
ケビンに渡された目薬を差してから、強張った顔をマッサージでほぐしてもらう。
外を見ればまだ夕食までには時間がありそうだ。
今は課題をこなしながらもリャンル達のもてなしもしなくてはいけないため、あまり鍛錬に裂ける時間がない。
日暮れまでに鍛錬をするかと、とりあえず素振りをすることにした。
素振りというのは、剣の道を通った者であればだれでもやったことがあるほどに基本的なものだ。
けれど剣の師範代や達人達は皆こぞって、素振りが大切だと口を酸っぱくする。
「ふっ! ――ふっ!」
素振りの習慣化は大切なことだ。
けれどただ剣を振るだけではダメだ。
自分に課したノルマを漫然とこなすだけでは、剣筋は良くならない。
そんなことを続けていればただ型を綺麗になぞるだけのお座敷剣術に堕してしまい、とてもではないが実戦で使えないものになってしまう。
素振りという行為に、どこまで意味を見出すことができるか。
やり方や考え方で鍛錬の密度がグッと変わるのが、素振りの一番大きな特徴である。
ヘルベルトは仮想敵――未だその遠い背中の見えない、ロデオを幻視しながら素振りを続けた。
「――シッ!」
まずは普通に剣を振る。
当然ながらイメージのロデオは、その全てを難なく防いでみせる。
続いて、魔法を使う。
ヘルベルトは高速で移動しながら、素振りを続ける。
ただ構えてから振り下ろすだけではない。
縦横無尽に斬撃を放っていく。
けれど目の前のロデオは、その攻撃すら全て凌ぎきってみせる。
必要最低限だけ攻撃を食らい、相手の狙いを外す。
その妙手に何度も痛い目を見てきた分、脳内で再現するのは余裕だった。
相手の視線を切るべく歩法にまで意識を向ける。
どうすれば斬り込めるのか、どうすれば一撃を確実に当てることができるのか。
自分より剣技や観察眼で勝る人間に攻撃を当てるためには、工夫が必要だ。
ああでもないこうでもないと色々と試してみるが、結局目の前の幻のロデオに有効打を与えることは一度もできなかった。
「ヘルベルト様、黒豆茶でございます」
ケビンから良く冷えた黒豆茶をもらい、タオルで汗を拭いてもらう。
鍛錬着から着替えてから汗臭さが残らぬよう軽く香水を振ってから、彼は意気揚々と歩き出す。
「ティナの様子でも見に行くか」
屋敷の中を歩いていき、先ほどの勉強部屋の隣にある賓客用の個室のドアをノックする。 ガチャリとドアが開かれれば、中からティナの姿が見えた。
夏休み中は半プライベートという形なので、普段着のこともままある。
魔法学院の制服や騎士甲冑の姿に見慣れているヘルベルトからすると、何度見ても新鮮に映る。
かわいい女の子の普段は見られない格好を見て何も感じない男というのは、そうはいない。
「お疲れ様です、ヘルベルト様」
「ああ、ティナの方も問題ないか?」
「万事抜かりなく」
ティナはヘルベルト達とは学年が一つ違うため、別室で自分の課題に取り組んでいた。
今夏は護衛として公爵から正式な命令を受けているため、基本的に可能な限りでヘルベルトの側で警護の役目にあたることになっている。
ちなみに彼女はリャンル達とは違い、ウンルー家の屋敷に逗留しているわけではなく、近くにあるロデオの屋敷から通っている。
「もう少し肩肘を抜いてくれて構わないぞ」
「いえ、問題ございません」
ティナは相変わらず、表情を能面のように動かさずにピシリと直立している。
それを見て苦笑するが、ヘルベルトはそれ以上は何も言わなかった。
やはり彼女の心を解きほぐすのにも、まだまだ時間がかかるらしい。
ネルもティナも人に自分の素顔を出そうとしないのは同じだが、ティナはどちらかといえば騎士としてかくあるべきという形で自分を律している節がある。
ネルを氷像のように冷ややかだと表現するのなら、ティナは岩を削って作られた石像のようだ。
ヘルベルトの周りには、人に自分の弱みをみせるのをよしとしない人ばかりが集まる。
類は友を呼ぶ、というやつなのかもしれない。
自分の頑固さのことは棚に上げながら、ヘルベルトはパチリと指を鳴らす。
「もし良ければ、少し模擬戦でもどうだ?」
「はい、もちろんです」
ヘルベルトは鍛錬の後で疲れている素振りなど欠片もみせずに、再び裏庭へと向かう。
ティナとは下手に会話をするより、肉体言語で言葉を交わした方がいい。
ここ数日の経験でティナの剣術バカっぷりを見たヘルベルトは、再び歩き出す。
やはり親子というのは似るものなのか、ティナもロデオ譲りでなかなかに脳筋な行動原理で動くことも多い。
ヘルベルトは先ほどのイメージをなんとかして現実に落とし込もうとティナに挑みかかり。
そして疲れていたせいもあり、ティナにボコボコにされるのだった――。