弟妹
夏休みの序盤に嫌なことは終わらせるタイプのヘルベルトは、学友の尻を叩いたり、先輩である幼なじみにボコボコにされたりしながらも、さっさと夏休みの課題を終わらせることに成功した。
続いて彼を待つのは、学院に通っていた頃よりも密度の高い鍛錬の日々だ。
授業を受ける必要も、登下校やクラスメイト達との会話などに時間を割かれることもなくなったおかげで、ヘルベルトは自分のために好きなだけ時間を使うことができる。
「ふっ、ふっ……」
ラフなスタイルのシャツを着ているヘルベルトが腕立て伏せをする度に、部屋のフローリングにぽたぽたと汗が落ちていく。
実戦型の稽古でつけられるのは、戦いの勘や身体の動かし方などの、感覚的な部分も多い。 もちろんそれも大切なのだが、元からかなり太りやすい体質のヘルベルトにとっては筋力トレーニングも不可欠だ。
もう二度とあんな贅肉がたぷたぷにならぬよう、しっかりと筋肉量を増やさなければならいのである。
「百九十八、百九十九……二百ッ!」
腕立てを終え、立ち上がる。
いつも通りに冷えた果実水で喉を潤してから、グッと身体を伸ばす。
「本日はこの後ウンルー家での会食をしてから、ネル様とのデートになっております」
クールダウンをしながら、頭の中で予定を組み立てていく。
ヘルベルトは普段あまり時間が取れていない分、夏休みはなるべく積極的に人とコミュニケーションを取るようにしていた。
ここ最近はマキシムとヨハンナだけでなく、弟と妹と共に食卓を囲むことも多くなってきている。
果たして弟妹達からは以前のように、頼れる兄として見てもらえているだろうか。
(……否)
見られていないのなら、見られるように自分を変えていけばいいだけの話。
ヘルベルトはうむと大きく頷いてから、屈伸を終え立ち上がる。
そしてケビンから受け取った濡れタオルで汗を拭き、匂いで食事を邪魔しない香水を選んで振りかけ、歩き出すのであった。
「おにいさま~」
「あにうえ~」
「おおよしよし、元気にしてたか二人とも」
「「してた!」」
ヘルベルトが会食をするべく食堂へやってくると、とてとてと二人の女の子がやってくる。 二人ともヨハンナによく似たぱっちり二重をしている。
にこにこと笑っている二人を抱き寄せると、きゃあっとはしゃぎだす。
金髪の方が姉のエリーで、黒髪の方が妹のレオナだ。
年齢は一つ違いだが、レオナの方が少しだけ背が高い。
基本的にウンルー家の人間は、見た目はヨハンナに似て綺麗な目をしている。
そういえば自分も以前ネルに瞳の綺麗さを誉められたなと、少しだけ昔の記憶に思いを馳せる。
「ほら二人とも、席に着きなさい」
「「はあーい」」
ヨハンナに言われて座る二人と入れ替わるように、弟のローゼアが現れる。
「こんにちは……兄さん」
「ああ」
ローゼアは話すことがなくなったからか、妙にそわそわとしながら髪をいじる。
弟達と戯れているうちに、食事が運ばれてくる。
ここ最近はマキシムがいないことも増えてきた。
収穫期である秋を控えた今は、かなり忙しいのだろう。
料理を食べながら、適当に会話をする。
世間話をするのなら、ヨハンナの独壇場だった。
「ヘルベルト、ネルちゃんとは上手くやってるの?」
「それは……うん。今日もこれから会いに行く」
「まあ、それなら何かプレゼントでも持っていって……」
ヨハンナは、ネルと仲直りをしてくれたのが嬉しいようで、あれはどうこれはどうとか色々と提案してくる。
鼻唄を歌っている機嫌がいい母親の意見は参考までに聞いておきながら、弟妹達とも世間話をする。
エリー達の方とは隔意もないのか普通に話ができるのだが、ローゼアとはまだ少しぎくしゃくしたままだ。
何か話しかけようかとも思いとりあえず質問をぶつけてみるが、ローゼアはうんとかえぇとか一言で済ませてしまうため、会話がまったくラリーにならない。
(ローゼアとも戦って仲直りを……いや、ダメだな。ティナとロデオと一緒にいすぎるせいで、どうにも考え方が戦闘民族みたいになってきている)
自分の脳みそに筋肉が押し寄せてきていることに震えてから、ヘルベルトは頭を悩ませる。 一度しっかりと話をする機会を設けるべきなのだろうが……ただ二人きりで会って、何を話せばいいのか。
ヘルベルトには皆目見当もつかなかった。
(ネルにも聞いてみよう)
こういうことは当事者ではない第三者から聞いた方が、客観的ないい意見が出てくることが多い。
というわけで食事を終えたヘルベルトは、ヨハンナから持たされたバスケットを手に持ち、ネルとの待ち合わせ場所へと向かうのだった――。