凜華は鎧ふ
外層のギルドは酒場も兼ねているが、別に商売のためにやっているわけではない。
もちろん効率重視のこの時代に慈善事業はあり得ないので、利益を確保できる水準は保っている。
だがその本質は情報収集やハンター同士の繋がりのためだ。
仕事の情報や大きなヤマをこなすときの人員確保など、横の繋がりはあるに越したことはない。
またパーティーメンバーを募る際にもこういった場所で探すことはよくある。
「……なんか今日は静かだな」
いつもより少しだけ大人しい酒場の方を疑問に思いながらも、受付に向かい報告を済ませる。
不自然に黒い髪をした不愛想な受付嬢はカードに蓄積された魔素量を確認し、片眉を跳ね上げた。
「また魔素量がおかしい」
ぼそりと口にした彼女は視線で何をしたと詰問してくる。
「俺の収集した魔素量がおかしいって……少なすぎるってことだよな?」
「その通りです」
「……あれ?」
自分大したことしていませんよ? みたいな顔して鼻高々になっていたら、言葉でそれをへし折られた。受付嬢は神経質そうにカードを指でトントンと叩きながら詰め寄って来る。
「あなた今日の坑道にいたんですよね? ゴーレムが大発生しての長時間に及ぶ戦闘……他のハンターはもっとたくさんの魔素を集めていたのに、どうしてあなたは数体程度の魔素しかないんですか?」
「んー?」
言われて思い返してみれば。
初めの消耗戦では行動不能にこそしても積極的に止めを刺した覚えはないし、確実に仕留めたと言えるのは最後の出口を塞いでいた五体くらいのような気がする。
「ありゃ?」
「ハァー……報告のあった企業のハンターから、イキのいいガンマンがいたと聞いた時には期待したんですけど、がっかりです」
心底失望したと溜息をついた受付嬢。
ほんの少しだけ上がっていた評価がマイナスにまで落ちたのは間違いない。
釈然としないものがあったが、言い訳すると余計ダサくなりそうなので、何も言わずに受付を後にする。そのうち結果で見返してやればいい。
「今回ので結構借金も返せたな」
残高を確認してみると、残っている借金はもう幾ばくも無い。炭鉱夫の仕事は思っていたより高額な報酬だったらしい。ギルドが駆け出しに貸してくれる金額などたかが知れているせいもあるのだろう。
「狐先輩様様だな」
また土産でも持って行ってやろうと考えていると、腹が鳴った。
今日は特に激しい仕事だったのに加え、ゴーレムとの殴り合いはディンゴの体から燃料を根こそぎ奪っていた。
飯だ。飯にしよう。
ちらりと横目で酒場の方を見た後、カードの残高を確認する。
借金完済も見えてきたのと、ガンマンの出費の少なさのおかげで今夜贅沢をするくらいの余裕はある。というか腹減り過ぎてもう自炊するまで待ってらんねぇ。
足の向きを変えたディンゴは意気揚々と酒場に向かった。
空いている席にどっかりと腰掛けると、メニューを見ながら目に付いた料理で一番食欲をそそる物を注文。
待っている間にそわそわと厨房を見てしまうのはダサいと分かっていても、ぐぅぐぅと鳴る腹の虫に急かされては仕方のないことだ。
そんな落ち着かない気分で待っていると、ごついシルエットが近づいて来た。
ガチャリと重々しい足音は身に付けたアーマーのせいか、こちらを警戒させないようにわざと音を立ててくれたのか。
顔を向ければ、あの脱出劇で共に肩を並べた鎧武者がいた。
左腰に佩いた電磁ブレードと背中にカービンライフル。右の腰にはサイドアームとして連射性の高いハンドガンを下げている。
「よぉ、あん時のサムライじゃねぇか。今日は助かったぜ」
「お互い様だ……ここ、空いているだろうか」
くぐもった声で向かいの席を指すサムライに、手の平を見せて席を勧める。
しかしサムライは勧められた席には座らず、頼みづらそうに言葉を濁した。
「……その、私だけでなく」
「蜘蛛の嬢ちゃんもかまわねぇぜ?」
口にしかけた言葉を遮りディンゴが体勢を変えて覗き込めば、テーブルでディンゴの視界から逃れていた黒い蜘蛛がいた。本気で隠れていたわけではないのだろう。音もなく死角に入る隠密技術は人間など比較にならない。
ディンゴが八つの眼と見つめ合えば”みつかっちゃった”とばかりに前脚で頭をぽりぽり掻いている。妙に人間臭い仕草だ。
「……どうして、彼女が雌だと分かったんだ?」
「あん? 何でって言われてもな……見りゃ分かんだろ」
なあ? と蜘蛛に同意を求めるも、前脚を組んで‟うーん”みたいなリアクションで返されてしまった。
仕草というか、雰囲気で分かりそうなものなのだが……二人の反応を見るに、どうやらこの感覚は一般的ではないらしい。
「まあいいや。用があんだろ? 座れよ」
再度席を勧められた二人は大人しく座る。
鎧武者はARとブレードを外すと脇に立て掛け、いつでも取れる位置に置いた。これは信用がないのではなく、このご時世では当然の用心だ。
蜘蛛の方は椅子の上に音もなく跳び乗ると、お腹を下にして頭部を載せるように体を折り曲げて座った。くの字に曲がって苦しくないのかと思ったが、本人が平気そうにしているから大丈夫なのだろう。
「マスクの礼だ、嬢ちゃんには何か奢らせてくれよ。えーっと、蜘蛛って肉と魚どっちがいいんだ?」
「モミジは肉食ではない」
「ベジタリアンってか? いいぜ、他人に押し付けないなら尊重するよ。モミジ嬢」
虫特有の脚をこすり合わせる動作でおしぼりを使う彼女にメニューが見えるように広げてやる。
ここは酒場だがエルフなんかは菜食主義者もそこそこいるらしく、野菜だけを使ったメニューもある。
モミジは八つの眼で凝視し、悩ましく脚を彷徨わせた後にミックス野菜ジュースを指した。
「オーケーだ。何を隠そう、俺も野菜ジュースは好きでね。仲良くやれそうで何よりだ」
丁度届いた料理を受け取りながら、モミジの分も注文する。
鎧武者の方は食事を済ませているようで、トマトジュースのみを頼んでいた。
気を利かせた店員が早めにドリンクを持ってきてくれたので、三人で乾杯をする。
「……野菜ジュース?」
「んだよ。生姜は立派な野菜だろーが」
一人ジンジャーエールの瓶を掲げたディンゴに胡乱気な視線を向ける鎧武者。
この酒場で出るジンジャーエールは本格派ではなく生姜エキスを入れただけのジャンクなタイプだが、ディンゴはこの人工的な味の方が好きだった。辛いのは苦手なのだ。
軽く乾杯を済ませてジンジャーエールを呷る。
「……仕事終わりの一杯は格別だな」
疲れた体に冷えた炭酸が心地いい。足りない糖分に体が歓喜の声を上げている錯覚すら覚える。
喉の渇きを潤すと本命の料理へ。
バカでかく積まれたハンバーガーは視覚でも嗅覚でも食欲を刺激してくれる。
大口開けてかぶりつくと新鮮な野菜と肉のうまみが素晴らしいハーモニーを奏でてくれた。
無心で三分の一ほど貪り、ジンジャーエールで流し込むと堪らない幸福感が駆け巡る。
今度は味わって食べながら二人の様子を窺った。
モミジはストローを使って野菜ジュースをちびちび飲んでいる。本当に草食らしいが、草食の蜘蛛なんているのだろうか。魔獣とはいえ元の生物から大きく離れるような進化はしないらしいが。
カツンと音がした方を見ると、鎧武者がグラスを兜にぶつけていた。
着たままなのを忘れて飲もうとしたらしい。どこか恥ずかし気な空気を漂わせた彼はグラスを置くと、留め具を外して兜を脱いだ。
「……ふぅ」
どこか艶を感じる吐息を吐いた彼女は流れる白髪を払って兜を脇に置いた。
そう、彼女だ。
切れ長な瞳は紫水晶を思わせる色味を帯びており、色気よりは凛々しさを感じさせる。
美しい白髪は一本に括られていて、上等な白馬の尻尾のようなポニーテイル。
ピンと伸びた耳は笹穂のように尖っており、白髪が簾のようにかかっていた。
褐色の肌は日焼けともまた違う色味で、エキゾチックな空気を醸し出している。
鎧武者であるところの彼女は耳に掛かった白髪を上品に払い、美味しそうにトマトジュースを飲み始めた。