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愚かな王太子に捨てられた私を、兄王陛下が離してくれません ~私を手放す意味、本当に理解していらして?~ - 【3】チェスと嫉妬
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愚かな王太子に捨てられた私を、兄王陛下が離してくれません ~私を手放す意味、本当に理解していらして?~  作者: 越智屋ノマ@夜逃げ聖女【重版】1巻2巻
第6章:幸せな休暇

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【3】チェスと嫉妬

今日のデートは、あの酒場だ。

下町の、気取らないお店。私がまだグラディウス様の『夜遊び』を疑っていた頃、こっそりあとをつけた思い出の場所だ。

今日が月に一度のチェス大会の日だと聞いて、「ぜひ行こう」という話になった。


「……でも、少し心配です。余計なことを言って、ボロを出したらどうしようって」

酒場に向かう細い路地を歩きながら、私はそう呟いた。

「大丈夫だろう、君なら。もし困っても、私がうまくやるよ」

茶目っ気のある笑みを浮かべて、グラディウス様が応える。

「気を付けるとすれば、今日の私たちは『すでに夫婦』という点だ」


「分かりました、グラ……」

うっかり本名を呼びかけた瞬間、彼はそっと私の唇に人差し指を押し当てた。

「……」

頬が、じわっと熱くなってくる。

「……ディー様」

「そこは呼び捨てだろう?」

「…………ディー」

「いいね」

満足そうに、頷いている。……ずるい人。


酒場の扉を開けると、木の香りと人の熱気が一気に押し寄せた。

「おっ。ディーの旦那じゃねえか!」

顔なじみの客たちが、一斉にこちらをふり向く。


「久しぶりだなぁ。最近見ねぇから、心配したぞ」

「少し仕事が立て込んでいてね。会えて嬉しいよ」

自然なやりとりも、すっかり堂に入っている。


「今日は嫁さんも一緒かい?」

「……こんばんは」

緊張しながら挨拶をすると、みんな笑顔で迎えてくれた。


「妻のエヴァだ」

「「「おぉー」」」

奥さん。エヴァさん。エヴァちゃん。

色々な呼ばれ方に、胸がむずむずしてしまう。

陽気な客の輪に囲まれ、ふと気づいた。

(……あ)

見慣れた顔が、数人混じっている。

今日は酔っ払いに扮しているけれど、昨日は郵便配達員だった人。

(諜報部の方だわ)

他にも、さりげなく出入り口に目を配っている人がいる。

私たちのお忍びデートは、常に護衛たちに見守られているのだ。彼らは身なりも顔立ちも目立たないようにしているけれど、流石に記憶に残ってきた。

(……今日もお世話になります)

心の中で礼を言い、私は『ディーの奥さん』に徹して楽しいひとときを過ごした。



やがて、中央のテーブルが片づけられ、何枚ものチェス盤が並べられた。

お店の空気が変わり、客の視線がチェス盤に集まる。


「チェス大会の時間だな」

「はい。腕が鳴ります」

私が初めてチェスをしたのは、この店だった。あれからずいぶんと練習して、強くなったと思う。


今日は私たち二人ともエントリーして、頂点を目指して戦うことにしていた。店員を呼んで、別々に参加手続きを済ませる。


「エヴァ、決勝戦で会おう」

「はい」

拳をこつん、と軽く合わせてから私たちはそれぞれの卓についた。



そして開始されたチェス大会。

たくさん並んだチェス盤で、一斉に第一戦が開始する。

酒場のざわめきの中で、盤面を静かに駒が進んでいく。


「エヴァちゃん、やっぱり強えなぁ」

「なんてきれいな勝ち筋なんだ」

「おぉ……あっという間に勝っちまった」


一戦。

また一戦。

順調に勝ち進んでいった。


ちらりとグラディウス様のほうを見れば、彼も当然のように勝ち進んでいた。このまま行けば、本当に決勝で戦えるかもしれない。


(……いけない。集中しなきゃ)


4戦目の相手は、私と同じくらいの年の青年だった。

生き生きとした駒の運び。かなりの手練れだ――でも、少し戦略が荒い。

「チェックメイト」

十三手目で私が勝利を収めると、周囲からワっと歓声が上がった。

「……参った!」

青年は両手を上げ天井を仰ぎ、ぐったり疲れ切った様子だ。


ふぅ――と長い溜息をついていたけれど、次の瞬間パッと顔を輝かせて私に駆け寄った。

「あんた、強いなぁ!!」

迷わず私の手を握る。いきなりのことで、びっくりしてしまった。

「こんなにきれいな打ち方をする奴、初めてだよ。本当にすげぇ」

「ど、どうも……」


周囲の空気がわずかに張り詰める。護衛の皆さんの気配だ。

(いえ、大丈夫ですからね……? この程度、落ち着いてくださいね……?)


「今度またやろうぜ。オレ、あんたがすごく気に入った」

青年は頬を染め、そんなことを言ってきた。

「え。……いえ、私は」


青年は畳みかけるように聞いてきた。

「あんた、どこ住んでるの? メシおごるからさ、近いうちに――」

と。次の瞬間。


「ひっ……」

と、青年が声を引きつらせた。

(……どうしたの?)

青年の目が私の後ろに注がれて、顔をこわばらせている。


「私の妻に、何か用かな?」

ふり向けば、ディー……グラディウス様が立っていた。

淡い笑みを張り付けている美貌。しかし、目がまったく笑っていない。ふつふつと黒いものが立ち昇って見える……。

「つ、妻……?」

「君と会うのは初めてだね。彼女は私の妻なんだ」


青年が青ざめて後ずさった。

「ひ、人妻とは知らなくて! ……す、すみません!!」

慌てふためき、逃げるように去っていった。


「……ディー」

「おかしな虫が近寄るなら、私は棄権して君の隣に立っていよう」

ぐっと抱き寄せ、そんなことを言ってくる。

「何を言っているんですか。棄権なんてダメです。決勝戦で対決する約束でしょう? 次は準々決勝なのに」

「だが、君の騎士(ナイト)が必要だ」

本気で言っているらしい。

早く卓につかないと、本当に棄権扱いになってしまう。

(どうしよう……)

私が困っていると。


「おや。旦那様とエヴァ奥様ではありませんか?」

という明るい声がした。

ふり向けば、そこにいるのは、

「……ザックさん!」

内務大臣のザクセン卿が、平民姿で立っている。

「いつからそこに……?」

「ちょうど今かなぁ、って言う感じですね。仕事上がりに、一杯やろうかなぁと!」

にこにこと笑いながら、ザクセン卿は扉のほうに手を振った。

「今日は、同僚たちも一緒なんですよ!」


手を振る先には、バルデン卿とペールマン卿の姿がある。

(国家の中枢が酒場に集結している……)

私が唖然としているうちに、二人もこちらにやって来た。


「旦那様。次の試合が始まっちまうんじゃないですか? さっさと卓へどうぞ」

「奥様の身辺警護でしたら、使用人(われわれ)にお任せください」


「わざわざ来たのか? 暇だな」

グラディウス様は呆れた様子で3人を見ていたけれど。

やがて、ふっと笑った。

「……お前たちなら、いいか。頼んだ」

そう言って、自分の対戦卓へと向かっていった。


「さあ、奥様。どうぞ全力でお楽しみください」

「……あ、ありがとうございます」

三人の『騎士』に見守られ、私も次の試合に向かった。




――そして、決勝戦。

「会えて嬉しいよ、エヴァ」

「負けませんよ。ディー」

頂点を競い合うのは、私たち『夫婦』だった。



「夫婦対決だ!」

「すげぇな、この夫婦!」

酒場が熱を帯びている。

駒を置き合う音が、互いに心地よく響く。


ああ――やっぱりこの人とのチェスが、一番楽しい。

互いに真剣で。けれど、とても幸せだ。

歌い踊り合うように、私たちは盤上でチェスを奏でた。


いつもありがとうございます。

次話が【休暇編】の最終話となります……! 最後までお楽しみいただけたら嬉しいです^^

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