第96話 [小説2]何が欲しい?
「お前、明日誕生日らしいな、何が欲しいんだ?」
「へ?」
直木の唐突な言葉に、荒川は不意を突かれ間の抜けた声が漏れる。
「……何で、知ってるんですか?」
「こないだの飲みの席で女子たちが占いの話で盛り上がってただろ。その時に耳に入ったんだよ」
「へー、そうなんですね」
「あぁ、知ってしまったからには無視するのも気持ちが悪いしな」
そっけない返事だが、荒川が子犬なら千切れんばかりに尻尾を振っていただろう。
荒川は直木の住むオンボロアパートに遊びに来ていた。
大学生の彼らは飲み会などしょっちゅうでいつの事か覚えていないが、自分が好意を抱く先輩である直木に誕生日を認知されたと言う事実に荒川は浮足立った。
「でも、普通誕生日プレゼントを渡す相手に聞きますか?」
「よくわからんもの贈られるよりいいだろ」
直木は大学四年生で、荒川は大学三年生である。
ともに文芸サークルに所属していた縁で知り合うことになった。
今は直木が引退して荒川が直木から部長職を引き継いだが、就活もせずに小説家になると息を撒いている直木は今でもちょくちょく文芸サークルに顔を出す厄介なОBである。
直木は鈍感な男である為、荒川の好意に気が付いておらず、周りの部員たちをやきもきさせている。
文芸サークルでは荒川を応援する会まであるほどだ。
「ちなみに私が何でもいいですよって言ったら何をくれるんですか?」
事実、荒川は直木のくれるものなら何でもいいし、誕生日プレゼントをくれると言う事実だけでも十分満足してしまうだろう。
荒川のその欲のなさが知り合って三年も経つのに、今になってやっと誕生日を認知される段階の進みの遅さに繋がっている。
勿論、荒川自身は部員の入部届け等で直木の誕生日が自分の二か月後だとは把握しているが、今の今までそれを活かす機会を作り出すことが出来ていない。
更に裏事実だが、直木が荒川の誕生日を知るキッカケになった飲み会での会話も部員たちの心配りで席の位置を調整し、わざと直木に聞かせる為に声を大きめに話していた。
他にも荒川の誕生日をそれとなく知らせる他の部員たちの策はいくつも発動されていたが、最終的に効果があったのは、その一つだったようだ。
「そうだな、直木と芥川どちらがいい?」
「ななっ、直木! それって、あの、あの」
荒川はあの伝説の『プレゼントは俺』的な奴を妄想してしまい赤面する。
「今回の芥川賞のやつは割と話題になってるらしいぞ」
「ですよねー」
荒川自身、妄想を止められなかっただけで、大体分かっていた。
ただ、直木の紛らわしい言い方に妄想を止められなかっただけだ。
「大体、女の子の誕生日プレゼントに本を送るなんて、センスないですよ」
「……女の子? あぁ、お前か」
「もう! 今のは流石に傷付きますよ」
正確に言えば、それぐらい気の置けない仲になっていると言う事なので、嬉しさも半分ある複雑な乙女心だった。
「で、何がいいんだ? 予算は三千円までな」
「えー、私たちの築き上げてきた関係性は三千円なんですか」
「貧乏学生にたかるな、仕方ないので三千五百円まで許そう」
「もう、ほとんど変わってないじゃないですか」
たかるなと言いつつ、値を上げてくれる直木に荒川は少し嬉しそうに笑った。
「早く決めてくれ、女の子(笑)とやらが、何が欲しいのかは俺はさっぱりわからん」
「何が貰えるかわからない、ワクワクも大事なんですよ」
「そんなもんいらんだろ、絶対に欲しいもん貰えた方が嬉しい」
「直木さんはそうかもしれないですけどー」
グダグダと会話しながらも、荒川は何を貰おうか、考えていた。
好きな人が自分にくれるもの。
何がいいだろう、何にしようと。
花は流石に照れるし、狙い過ぎだよね。
いつも身に着けられるものがいいな。
でも、小物とかでも嬉しいかも。
でも、やっぱり一番欲しいのはね。
「おい、そろそろ何が欲しいか教えてくれよ」
直木が痺れを切らして、荒川に詰め寄った。
「……うーん、やっぱり直木さんにお任せします」
荒川はそう言って、帰り支度をした。
「それじゃ、振りだしだろ、荒川意地悪しないで教えろよ、互いにウィンウィンだぞ」
「嫌でーす」
それを無視して、荒川は玄関の自分の靴を履いた。
荒川には欲しいものがあった。
なら何故、荒川は自分の欲しいものを言わないのか。
それは言わない事でしか、手に入らないからだ。
『あなたが私の事を思って、プレゼントを考える時間』
荒川の絶対に口に出せない恥ずかしい事を考えた。
でも、プレゼントの事を考えている間は自分の事を考えてくれているってことだ。
それだけで、それこそが、荒川の一番欲しいものだったりする。
「頑張って考えてよね」
直木自身も自覚がなかったが、あの日の飲み会で誕生日が聞こえた部員は他にもいた。
しかし、直木が誕生日プレゼントをあげなくてはと無意識に思ったのは、荒川だけだった。
それは自分が部長職を任せたことへの詫びか、付き合いの長さか、今まで築き上げてきた友情か、それとも別の。
後日談。
直木が荒川に荒川を主人公にした自作の小説をプレゼントに送り付けた。
それもよりによって荒川が直木ではない架空の金持ちイケメンと大恋愛をするラブストーリーだ。
荒川は「こういうのがいいんだろ?」と口にする直木を本気でビンタしてやろうかと思いながら、やっぱりこの人に限っては自分の口で伝えた方がいいかもしれないと反省した。