【三十八人目】 偽物の婚約者~俺が彼女の婚約者になったのはお隣だったから~
彼女の印象はそれはそれは変な人。
それだけだった。
見た目は可愛いよ。
目がパッチリ二重で、睫毛は長く、唇は真っ赤でプルプルしているように見える。
身長は普通の女性よりは低いかな?
ショートカットがとても似合う。
幼く見える顔は童顔だ。
それでも彼女は三十歳だ。
何故、彼女は変な人なのか?
何故、年齢を知っているのか?
それは彼女との出会い方が普通と違ったから。
彼女との出会いの話をしよう。
◇
俺は久しぶりの休日に、家でゆっくりと寝ていた。
朝は七時に起きるのがいつもだが、今日は休み。
昼頃まで寝ているはずだった。
『ピンポーン』
ん?
インターホン?
鳴ったか?
『ピンポーン』
やっぱり鳴っていたか。
せっかくの休みに、何で起こされるんだよ。
なん時だよ。
時計を見るとまだ七時にもなっていない。
いつもより早いじゃん。
それでもインターホンは鳴り続ける。
うるさいなあ。
俺はイライラしながら玄関のドアを開けた。
「遅いよ。もう時間がないの」
「えっと、誰?」
本当に誰か分からない。
彼女は俺に、知り合いかのように話しかけているが、俺は全く知らない。
「あっ、時間がないので簡単に言いますね。私は隣の者です。あなたに婚約者になってもらいたくて来ました」
「えっ、簡単に話してくれてありがとうございます」
俺は彼女にお礼を言って考える。
彼女は隣の人で俺に婚約者になって欲しいって?
えっ。
今、会ったばかりの人に、婚約者になってくれとプロポーズされたのか?
「早く準備してよ。行くよ」
「えっと、何処へ?」
「いいから急いで」
俺は彼女の迫力に負け、彼女に言われるがまま、急ぎ着替えた。
俺が家の鍵を閉めたら、彼女は俺の手を握り走り出した。
えっ走るの?
走るのは久し振り過ぎて、すぐにバテるかもしれない。
そう思ったけれど先にバテたのは彼女だった。
「まっ待って。疲れた」
「えっ疲れたって、まだマンションから出た所だけど?」
「無理。走れない」
「俺はいいけど、何か急いでたんじゃないの?」
「そうだけど」
彼女はゆっくり歩いている。
「まずは、何故俺が君の婚約者にならないといけないのか聞きたいけど、それよりも君の急いでいることを解決させようか?」
「えっいいの?」
「困っている人を見捨てることは、俺にはできないからね」
「九時に空港に行かなきゃいけないの。彼が待っているから」
「あと一時間半くらいなら、なんとか間に合うかもしれないね」
「えっ」
「俺の車で行こう」
「えっ車を持っているの?」
「うん。車がなければ困る時があるからね」
「それなら車に乗せて。急ごう」
そして俺と彼女は俺の車に乗った。
彼女は当たり前のように助手席に座った。
助手席に女の子を乗せるのは彼女が初めてだった。
「それで? どうして俺が君の婚約者になる訳?」
俺は運転をしながら彼女と話す。
「私には小さい頃から、仲の良い近所のお兄ちゃんがいるんだけど、お兄ちゃんは、私が結婚しないなら結婚しないって言っているの」
「そのお兄さんは、婚約者がいるってことでいいのかな?」
「そうだよ。お兄ちゃんのその婚約者が、今日の九時の飛行機で、外国に行っちゃうの」
「それで君は嘘でもいいから婚約者を連れて、結婚の報告をして、お兄さんを結婚させようとしているってことだね?」
「そうなの」
「でも、どうしてそこまでお兄さんの為にするの?」
「それはお兄ちゃんは私の光だからだよ」
彼女はどこか切なそうにしながら言った。
「光?」
「そうだよ。お兄ちゃんのお陰で私は今の私がいるの」
「そうなんだね。憧れ? それとも恋?」
「私がお兄ちゃんに恋をしているなんて、ありえないよ」
「どうして?」
「お兄ちゃんにとって私は、妹みたいな存在だからだよ」
「あっ、信号が赤になるから、ちょっと急ブレーキになるかも」
俺がそう言うと、彼女の体が急ブレーキで前に傾く。
彼女の体を押さえるように、俺は彼女の前に手を差し出す。
少し彼女の肩に触れた。
「ごめん。大丈夫?」
「うん」
「そっか。お兄さんは君を妹として見ているんだね?」
「えっ、あっ、そうだよ」
「君はどうなの?」
「私? 私もお兄ちゃんだと思っているよ」
「そっか」
俺には分からない、二人の絆ができているのかな?
彼女とお兄さんが、くっついてもおかしくない感じがする二人なのに。
「そういえば婚約者なら、お互いのことを知っておかないといけないよね?」
「まあ、そうだろうね」
「あなたの歳はいくつなの?」
「俺はもうすぐ三十三歳になる。君は俺よりもっと若いだろう?」
「そんなことはないよ。この前の誕生日で、あなたと同じ三十代に入ったのよ」
「嘘だろう? 君はまだ大学生かなあって思っていたよ」
「お兄ちゃんにもよく言われるの。君はいつまで経っても幼く見えて、心配で仕方ないってね」
彼女は困った顔で俺に言った。
彼女は幼く見えるのが嫌なのかもしれない。
「もうすぐ着くよ」
「うん。お兄ちゃんに何処にいるか聞くね」
「分かったよ」
そして彼女は電話をかけた。
「お兄ちゃん? 何処にいるの?」
「来なくていいって言ったじゃん」
彼女の電話から声が漏れて聞こえる。
聞きたくなくても耳に入ってくる。
「お兄ちゃんの彼女が遠くに行くのに、私が見送らないのはダメよ」
「お前には関係ないだろう?」
「あるもん。お兄ちゃんの大切な人は、私の大切な人なんだからね」
「分かったよ。ロビー付近で待っているから、そこに来いよ」
そして俺達は空港のロビーへ向かった。
「お兄ちゃん」
彼女がそう呼んだ相手は、俺の友達だった。
「なっ何でお前が? あっ彼女さんお久しぶりです」
俺は友達にそう言って、友達の恋人に挨拶をした。
友達の恋人には何度か会っている。
「それで? 何でお前がこいつと一緒にいるんだよ?」
友達は疑いの目で俺を見ている。
友達は俺に、彼女なんていないことは知っているからだ。
「えっと、さっきできた婚約者?」
俺は目を逸らしながら言った。
バレバレの嘘だな。
「いつも言っているだろう? 人に迷惑をかけるなって」
友達が彼女に向かって、説教をしている。
「だって、お兄ちゃんが彼女と結婚をしないからよ」
「おいっ、それを今、言うなよな」
友達は焦っている。
まあ、そうだろう。
結婚してもいい年なのに、結婚の話が出ないのは、恋人としておかしい話だ。
そんなの恋人も気付いているはず。
それを隠そうとする友達はバカなのか?
「なあ、もういいんじゃん。彼女は俺がちゃんと面倒みるからさ、お前は結婚すればいいじゃん?」
「えっ」
俺は彼女の腕を引き寄せ、後ろから抱き締め友達に言った。
そんな彼女は驚いて俺の腕の中で固まった。
「お前ならこいつを預けられるかもな。昔みたいに」
「どういうことだよ、昔って?」
「それは、俺達が高校生の頃に、俺とこいつが喧嘩した時に、お前はこいつを家まで送り届けてくれたじゃん」
「あの子はまだ中学生の女の子だったはず」
「あれから何年が経っていると思ってるんだよ?」
友達は呆れ顔で言う。
彼女は俺の腕の中でまだ固まっている。
もう、離れてやろう。
周りの目もあるし。
「俺は君をちゃんと守るから」
俺は彼女だけに聞こえるように言って、彼女を俺の腕から解放した。
「お兄ちゃん」
「なっ何だよ。大きい声で呼ばなくても、聞こえるよ」
「私には彼がいるから大丈夫だよ。もう昔の私じゃないから、お兄ちゃんは結婚してよ。彼女さん、お兄ちゃんを宜しくお願いします」
彼女はそう言って頭を下げた。
「お前がそんな事を言うなんてな。もう、子供じゃないんだよな?」
「そうだよ。私はもう三十歳だよ?」
「幸せにしてもらえよ」
「お兄ちゃんもね」
その後、友達は俺に小さな声で、あいつを泣かせたら友達でも許さないって言われた。
それに俺は分かっているって返した。
そして友達は、恋人にプロポーズをしていた。
友達の恋人は嬉しそうに泣きながら、うなずいていた。
そして俺達は家へと帰る為に、また車に乗る。
「プロポーズがとっても良かったね?」
「俺もあんな風にプロポーズをしようか?」
「私達はまだ付き合ってもいないのに、もうプロポーズの話なの?」
「えっ俺は君の婚約者だろう?」
「えっ」
彼女は驚いて俺を見る。
「嘘だよ」
「えっ嘘なの?」
彼女は残念そうに言った。
車が赤信号で止まる。
そこで俺はすぐに彼女を見る。
「何? 結婚をしたくなったのか?」
「えっ」
「俺は君と結婚をしたいよ。君は?」
「私も結婚をしたいよ。いつかはね」
彼女の言葉を聞いて俺は彼女にキスをした。
彼女は驚いていたけど嫌がらない。
すぐに唇を離して、信号が青になったから車を走らせる。
彼女は顔を真っ赤にして、うつむいていた。
そんな可愛い彼女が奥さんになるのは、まだ少し先の話。
読んでいただき誠に、ありがとうございます。
次のお話は、クマのぬいぐるみが好きな幼馴染みと、クマのぬいぐるみを見つけると、何故か彼女の為に買ってしまう主人公の物語。
彼女がぬいぐるみを失くしたから、また買ってあげると言っているのに、彼女は失くしたぬいぐるみを諦めないで探している。