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恋愛小説短編集~ハッピーエンドストーリー~ - 【五十六人目】 旅行先で出会ったのはお見合いで破談した相手でした
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【五十六人目】 旅行先で出会ったのはお見合いで破談した相手でした

 親から、いつまで一人でいるのかと言われ、それから少しして、俺はお見合いを計画された。

 お見合いなんて一度会って断ればいい。

 だから仕方なくお見合い相手に会った。


 相手の印象は覚えていない。

 それほど相手には、特徴的な何かなんてなかった。

 ほくろが目の下にあるとか、笑い方が変とか、顔がお世辞でも可愛いと言えないとか、色々と特徴的な所は人にはあるが、お見合い相手にはそれがなかった。


 だから何を覚えていたかと言うと、綺麗な長い髪からシャンプーの良い香りがしたくらいだ。

 何処か懐かしい香りだったから覚えていた。


 親には破談の話をしておいてくれと言って、俺は趣味でもある旅行へと出掛けた。

 一人で旅行は気が楽だ。

 誰かと話すこともなく、ゆっくりと時間が過ぎていく。


 一時間ほど電車に乗って、穴場とも言われる温泉旅館へと向かう。

 駅に着くと、人はほとんどいなかった。

 旅館まで歩いて五分ほどだ。

 途中に桜並木があり、ポツポツと桜の花が咲いていた。


 俺は桜並木を歩き、少し桜を満喫して旅館へと向かった。

 旅館に着くと、桜という名前がつけられた部屋へ通された。


 外を見ると先ほどの桜並木が見えた。

 だから桜という名前がついたのだろうか?


 温泉へと向かおうとした時、いきなり俺の部屋の扉が開いた。

 勝手に開ける人っているのか?

 俺が鍵を閉めなかったのがいけないかもしれないが、それでもあり得ない。


「やったぁ。桜の部屋だ」


 一人の女性が喜びながら入って来た。

 女性は俺に気付いて固まった。


「あなた誰?」

「それはこっちのセリフですが?」

「えっ、だってここは桜の部屋でしょう?」

「そうです。俺の部屋ですよ」

「桜の部屋は私の部屋よ?」

「いいえ。俺の部屋です」


 そう彼女と言い合いをしていると、女将さんが焦ったように入ってきた。


「お客様は(さくら)(みや)のお部屋です」

「えっ、そうなの? 私が間違っていたのね。ごめんなさい」


 彼女はそう言って出ていった。

 俺は彼女が出ていったのを確認して、部屋から廊下を見る。


 彼女は俺の隣の部屋に入っていった。

 お騒がせな女性だ。

 俺は、やっと温泉へと入れると思いながら支度をした。


 そして温泉へと向かった。

 温泉は乳白色で、少しぬるっとする肌触りで肌に良さそうだ。

 一人で露天風呂に入っていた。


「綺麗な景色」


 隣の女湯から声が聞こえた。

 しかもこの声はさっき聞いた声だ。

 隣の部屋の女性だ。


「わぁ、お猿さんがいる。可愛い」


 彼女は盛大に大きな独り言を言っている。

 俺は彼女に、彼女の盛大に大きな独り言を聞いている人がいるということを教える為に、咳払いをした。


「きゃっ。何? ビックリした」


 彼女は何かに驚いたみたいだ。


「ちょっと! ビックリしたじゃない」


 彼女は大きな声で言った。

 また盛大に大きな独り言だ。


「何を無視してんの? あなたよ。さっき咳払いした人よ」

「おっ、俺?」

「あれ? その声はさっきの人?」

「はい」

「さっきはごめんなさい。私ったら、確認もせずに入っちゃって。でもあなたも鍵をしないからいけないのよ?」

「おっ、俺のせい?」

「あっ、またごめんなさい。私って、すぐに人のせいにする所があるのよ。私が悪いの。うん。私が悪いの」


 彼女は自分に言い聞かすように言っている。


「俺も悪かったってことでおあいこにしようよ」

「そう? そう言ってくれると助かるわ。私ちょっと落ち込んでいたの。この前ね、お見合い相手に破談されたの」

「おっ、いきなりすごい話をするね」

「ちょっと話を聞いてよ」

「ここは露天風呂だから上がって話を聞くよ」

「そうね。大きな声で話すから、喉が疲れたわよ。じゃあ、また後でね」


 彼女はそう言って露天風呂から出ていった。

 彼女の露天風呂から出る時の音が、何故か俺の耳に響いた。


 俺は急いで温泉から出て浴衣に着替え、男湯の暖簾(のれん)をくぐった。

 女湯の暖簾(のれん)を見ても彼女はいないようだ。

 彼女が出てくるのを待った。

 すぐに出てくると思ったら、それから三十分は待たされた。


「ごめんなさい。色んなお風呂があって、全部入ってきちゃった」


 彼女は少しピンク色に染まった頬で、申し訳なさそうに言った。


「いいよ。それじゃあ、何処で話そうか?」

「あなたの部屋がいいの」

「えっ、それはダメだと思うんだけどな?」

「いいじゃない。さっきも入ったんだし、それにあの部屋が、桜が綺麗に見える場所なのよ」


 彼女はお願いと言うように俺を見てきた。

 そんな顔で見られたら断れる訳もない。

 彼女は美人だ。

 だから何でも許してしまいそうだ。


「いいよ。それなら行こうか」

「うん」


 彼女は嬉しそうに笑った。

 俺の部屋で、彼女は手慣れた様子で急須にお湯を入れ、湯呑みにお茶を注ぐ。

 お茶の良い香りがして落ち着く。

 そして彼女はお見合いの話をする。


「私は、お見合いの時に緊張し過ぎて、何も話せなかったし、顔を上げることもできなかったの」

「君が緊張するの?」

「何よ。私だって緊張するわよ」

「だって最初があの出会いだよ? 想像なんてつかないよ」

「それは、あなたを何処かで見たことがあったからかもね。誰かに似ている気がしたの」

「そうなんだ」

「それでね、破談になって理由を聞いたの。そしたら私の印象がなかったって」

「へぇ~」


 俺と同じじゃん。

 同じ?

 そういえばさっきからあの香りがするかも。

 あのお見合い相手のシャンプーの香り。


「君のそのシャンプーってこの旅館のじゃないの?」

「何よいきなり。違うよ。私のお気に入りのシャンプーだよ」

「それ俺の妹が、昔使ってたシャンプーだと思うんだ」

「そうね。昔、流行ったわ」

「そっか」

「何? どうしてそんなにニヤニヤしているの?」


 彼女は首を傾げて言った。


「君ってあの時、緊張をしていたんだね?」

「あの時?」

「君のお見合い相手は俺だよ」

「嘘よ。大きな池があるホテルのカフェで、お見合いしたのよ?」

「うん。あの日は、あの池に太ったおじさんが落ちて笑ったよ。そういえば君も笑っていたよね?」

「そうよ。だってあのおじさん、浅い池でバタバタしていたんだもん」

「これが二度目のお見合いかな?」

「そうね。二度目のお見合いは、二人で桜を見るのはどうかしら?」

「いいね。君のシャンプーの香りが、もっと花見の雰囲気を出しそうだ」

「このシャンプーはお花の香りだからピッタリね」


 彼女はそう言って綺麗な笑顔を見せてくれた。

 やっぱり彼女は美人だ。


 あの日の、お見合いの時の彼女の印象がなかったのは、彼女がずっと顔を俺に向けてくれなかったからなんだ。


 でも今日の彼女の印象は、美人で少しドジで、子供っぽいところもある、可愛い女性だ。

 そして、桜がとても好きで、桜がとても似合う女性。




「髪の毛に桜の花びらがついてるよ」


 窓の隙間から桜の花びらが迷い込み、彼女の黒くて長い綺麗な髪に着地した。

 まるで、彼女の髪に吸い寄せられるようにくっついたんだ。


「本当? どこにあるの? とってよ」

「ダメ」

「えっ、どうしてよ? 髪の毛についているなら、取らなきゃいけないでしょう?」

「君の髪の毛から離れたくないって、言っているんだよ」

「あなたは桜の花びらの気持ちが分かるの?」

「うん。分かるよ」

「お酒を飲んで酔っているのね?」


 今は、桜を見ながら二人でお酒を飲んでいる。

 でも俺はまだ酔ってはいない。

 少しだけ良い気分だが。


「酔っていないよ。ただ、桜の花びらが、俺と同じ気持ちなんだと思ったんだ」

「あなたと同じ気持ち?」

「君から離れたくないんだよ」


 俺がそう言うと、彼女はうつむいてしまった。

 あの日のお見合いと同じだ。

 彼女は緊張をしているんだ。


 俺は彼女のアゴを持ち、彼女と視線が合うように、顔をあげた。

 彼女は顔を真っ赤にしていた。


「俺は君から離れたくないんだよ」

「こんなに顔を赤くする私で良いの?」

「俺は嬉しいよ。俺の気持ちが君に、ちゃんと届いているんだからね」

「うん。ちゃんと届いているよ。だから私も気持ちをあなたに届けなくちゃね」


 彼女はそう言って立ち上がり、俺の元へ近寄る。

 その時、彼女の髪の毛についていた桜の花びらが、畳の上へヒラヒラと落ちた。


「私だって、あなたから離れたくないわ」


 彼女はそう言って、俺に抱き付いてきた。

 その時、彼女のシャンプーの良い香りがした。


 俺はこの香りを忘れることはないと思う。

 だって、これからはずっと隣から香るから。

読んでいただき誠に、ありがとうごさいます。


次のお話は、美人な恋人を持つ彼が、不安に思っていることを解決しようと奮闘する物語です。

不安を解消する為に彼がした事とは?

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