インド市場の可能性に着目し、現地に進出する日本企業が増えている。国内外で1400店舗以上を展開するカレーハウスCoCo壱番屋もその一つ。日本とは食文化が異なるインドで、どう戦っているのか。朝日新聞記者2人の共著より、一部を紹介する――。

※本稿は石原 孝・伊藤弘毅『インドの野心 人口・経済・外交――急成長する「大国」の実像』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

2022年10月にオープンしたニューデリー市内のCoCo壱番屋インド2号店
写真=共同通信社
2022年10月にオープンしたニューデリー市内のCoCo壱番屋インド2号店。

スパイスなしでは生きていけない

「日本食って、味がないから苦手なんです」

あるとき、取材先でたまたま出会ったインド西部プネに住む10代の少年に、こんなことを言われてしまった。日本のアニメが好きで日本語の勉強をしているという彼だが、どうにも食事は合わないというのだ。必死に日本食のすばらしさを説明したが、どこまで理解してもらえたか心もとない。

そんな私も、インドに赴任後は、現地の人々が毎日食べる料理やお菓子、紅茶も「マサラ(混合香辛料)風味」になる食文化に驚かされてきた。クミン、クローブ、カルダモン……。首都の旧市街の一角にある「スパイスマーケット」を訪れると、食欲をそそる香りが漂ってくる。

スパイス店の4代目店主、シバン・グプタさん(18)に、「スパイスとはどんな存在?」と聞いてみると、「スパイスなしで、インド人は生きていけないよ」と笑った。各家庭の台所には、複数のスパイスを保管しておく「マサラボックス」があり、結婚式では、身を清めるために新郎・新婦が黄色のターメリックを顔や体に塗る儀式も欠かせない。「スパイスジェット」という香ばしい名前の格安航空会社もある。

歴史をひもとけば、大航海時代にインドに到達したバスコ・ダ・ガマは、コショウなどのスパイスを求めて海へこぎ出したと言われる。政府の商工省内にあるスパイス委員会は「インドは世界最大のスパイス生産国だ」とうたう。