JP3604665B2 - 選択的聴取の行動的測定装置及びその聴取支援装置 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、ある人が今、どの音を聞いているかをその行動に応じて選択し測定する選択的聴取の行動的測定装置及びその聴取支援装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
人間が刻一刻と行っている内的な情報処理の仕組みを、外部から直接観察することは困難である。また、どのような情報処理を行っているかを言語を使って本人に報告させたり、課題の内容について事後的にテストを行う方法にも大きな限界がある。
【0003】
なぜなら、被験者が自らの主観的体験をすべて記憶し、それを言語的に報告する能力には限界があるため、正確な報告は期待できないことは明らかである。従って、人間の内的情報処理に関する従来の研究では、内的情報処理の仕組みを精密に調べるために、その人の行動を外部から細かく観察するための様々な技術が開発されてきた。
【0004】
例えば、「その人が、今どの刺激を注視しているのか(これを選択的注視という)」を行動的に測定することを目的として、視線の動きを細かに測定するための様々な技術がすでに開発されている。
【0005】
この方法は、視野の中心では視力が高く、視野の周辺部では視力が低いという視覚の性質を利用して、眼球の向きから選択的注視を調べるという方法に基づいており、いわゆる「眼電法(左右のこめかみに電極を装着し、眼球の動きにより発生する電位の変化を記録することで、眼球の動きを測定する手法)」や「光学的測定法(角膜に光を当ててその反射光を測定することで眼球の動きを測定する方法)」はそのような技術の例である。これらの技術は、心理・行動研究のみならず、工学その他の分野に広く応用されている。
【0006】
また、最近では、「その人が今、どのような表情を表出しているか」を行動的に測定することを目的として、目や口の動きや顔面の温度を細かく測定して、それらの指標と各種表情との関係を分析することで、その結果を様々な表情に変換する技術の開発が試みられている。この技術が進歩すれば、ある人が今どのような感情を抱いているかを行動的に測定することが可能となり、多様な研究開発に大きく貢献するであろう。
【0007】
一方、言語の利用に象徴されるように、聴覚的な情報処理もまた人間にとって重要な役割を果たしている。従って、視覚における眼球変位測定装置と同様に、「ある人が今どの音を聞いているか(これを選択的聴取という)」を行動的に測定する技術がもし開発されたならば、それは、視覚における眼球変位測定装置と同様の大きな貢献を、心理・行動の研究にもたらすことが期待される。
【0008】
しかしながら、聴覚については、選択的聴取を行動的に測定する技術はほとんど未開拓の状況にある。このような技術が熱心に開発されてこなかった原因のひとつは、ある音を聞き取ろうとするとき、人間は外耳を大きく動かすことがないためであろう。つまり、聴覚的な情報処理には、視覚における眼球運動や、表情の表出における顔面の筋肉運動のような明確な行動上の変化が伴わないので、それを測定することはほとんど不可能に近いと考えられてきたのである。
【0009】
このような「選択的聴取は明確な行動を伴わない」という問題を解決するためには、被験者にヘッドフォンを装着してもらい、手に機械的なスイッチを持たせて、そのスイッチを押すと、ヘッドフォンから提示される聴覚刺激を切り替えることができるような装置を作ることで、ある程度解決できる。
【0010】
例えば、2つの文章朗読の中から一つを選んで聞く場合、このような装置を使って、被験者がスイッチを押すことで聞き取る文章朗読を次々に切り替える状態を作ってやれば、被験者がどちらの会話を聞いているかをスイッチ反応として行動的に測定することができる。
【0011】
図4はかかる従来の選択的聴取測定装置の模式図である。
【0012】
この図において、1は被験者、2は第1のスピーカ(被験者の右側)、3は第2のスピーカ(被験者の左側)、4は第1のパネル(被験者の右側)、5は第2のパネル(被験者の左側)、6は第1のマイクロスイッチ(被験者の右側)、7は第2のマイクロスイッチ(被験者の左側)である。
【0013】
ここでは、被験者1が手でスイッチを押す代わりに、被験者1が頭部を大きく傾けることにより、マイクロスイッチを動作させ、スピーカの音量を調整する。つまり、注意を向けない方の文章朗読の音量を大きく低下させる「頭部によるスイッチ押し方法」を実現する装置を本願発明者は1996年に作製し、これにより選択的聴取を行動的に測定する方法を提案している。
【0014】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記した従来の選択的聴取を行動的に測定する方法では、以下のような問題があった。
【0015】
まず、被験者に要求する反応、つまり、頭部を左右のどちらかに大きく傾けるとでパネルを押し、それによりスイッチを閉じさせるという反応は、手でスイッチを押す代わりに頭部で押すことを要求しているだけで、日常生活において人が行っている選択的聴取とは形態的に大きく異なっており、かつ、身体的な負荷、つまり、反応に要する労力、という点でもやはり日常生活において人が行っている選択的聴取とはかけ離れている。なぜならば、人は内的情報処理を使って特定の刺激を選択し、それ以外の刺激を抑圧する能力をもっている(これをカクテル・パーティー効果という)ため、日常生活の上での選択的聴取における頭部運動はかなり小さなものがほとんどであり、せいぜい左右の外耳に到達する聴覚刺激の音量差や位相差を利用して聞き取り易さを改善するための微妙な運動を行っているにすぎないと考えられるからである。
【0016】
そのため、他の行動指標とは異なり、日常生活においてほとんど労力を必要とせずに行っている選択的聴取力自体を研究することが困難である。たとえば、眼球運動測定法を用いた選択的注視の研究では、運転場面や読書場面等の場面における自然な選択的注視を研究することが可能であるが、上記した従来の技術である「頭部によるスイッチ押し方法」を用いた選択的聴取の研究では、自然な選択的聴取(例えば、車を運転しながらどの音を聞いているかなど)を測定することは困難である。
【0017】
また、「頭部によるスイッチ押し方法」では、頭部によるスイッチ押しにより注意を向けない方の聴覚刺激の音量が急激に大きく(15dB程度)低下することで、被験者の注意集中を助け、同時に、被験者が反対側の刺激を聞いていないことを保証している。しかし、これでは、被験者は、注意を向けていない方の聴覚刺激をほとんど聞き取ることができないため、注意を向けていない方の聴覚刺激の内容に興味を持ってそちらに切り替えることができない。これは、日常生活における選択的聴取とは明らかに異なる。
【0018】
カクテル・パーティー効果に関する従来の研究から、日常生活において、通常、人は2つの聴覚刺激をある程度までは同時に処理しながら、どちらにより深く注意集中するかを刻一刻と選択していることが示されているからである。従来の「頭部によるスイッチ押し方法」は、このような自然な選択的聴取を行わせることができない。
【0019】
また、頭部によるスイッチ押し方法により注意を向けない方の聴覚刺激の音量が急激に大きく低下することは、被験者が装置の仕組みにはっきりと気づいてしまうという問題がある。心理・行動の研究では、被験者が実験の本当の目的に気づいてしまった時点で行動が大きく変わってしまうことが多い。
【0020】
そのため、通常は被験者に気づかれない、より自然な状態で様々な行動指標を測定する。従って、「頭部によるスイッチ押し方法」では、他の行動指標とは異なり、より自然な状態(被験者が実験の目的に気づいていない状態)での測定が困難である。
【0021】
本発明は、上記状況に鑑みて、自然なアクセスにより、人が主に聴取している聴覚的刺激を検出することができる選択的聴取の行動的測定装置及びその聴取支援装置を提供することを目的とする。
【0022】
【課題を解決するための手段】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕選択的聴取の行動的測定装置において、後方から提示される2つの聴覚刺激を受けているときの被験者の頭部変位をその被験者に身体的な負荷をかけずに検出する頭部変位検出手段と、この頭部変位検出手段からの情報に基づいて、前記2つの聴覚刺激の何れを主に聴取しているかを判定する判定手段とを具備することを特徴とする。
【0023】
〔2〕上記〔1〕記載の選択的聴取の行動的測定装置において、前記被験者の頭部変位検出手段が前記頭部の基準位置からの変位を検出する磁気式位置センサーであることを特徴とする。
【0024】
〔3〕上記〔2〕記載の選択的聴取の行動的測定装置において、前記頭部の基準位置からの変位が頭部の回転角度であることを特徴とする。
【0025】
〔4〕上記〔1〕記載の選択的聴取の行動的測定装置において、前記判定手段が前記磁気式位置センサーからの情報に基づく情報処理装置であることを特徴とする。
【0026】
〔5〕上記〔4〕記載の選択的聴取の行動的測定装置において、前記2つの聴覚刺激を前記被験者の左右後方から提示することを特徴とする。
【0027】
〔6〕選択的聴取の支援装置において、後方から提示される2つの聴覚刺激を受けているときの被験者の頭部変位をその被験者に身体的な負荷をかけずに検出する頭部変位検出手段と、この頭部変位検出手段からの情報に基づいて、前記2つの聴覚刺激の何れを主に聴取しているかを判定する判定手段と、この選択された聴覚刺激を聴取する支援手段を具備することを特徴とする。
【0028】
〔7〕上記〔6〕記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段からの情報に基づいて聴覚刺激の音量を調整することを特徴とする。
【0029】
〔8〕上記〔6〕記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段からの情報に基づいて聴覚刺激の音質を調整することを特徴とする。
【0030】
〔9〕上記〔6〕記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段からの情報に基づいて聴覚刺激の音量及び音質を調整することを特徴とする。
【0031】
〔10〕上記〔6〕記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段から得られる頭部回転角度に随伴してカットオフ周波数と振幅特性が連続的に変動する周波数フィルタを用いて聴覚刺激の音質を調整することを特徴とする。
【0032】
〔11〕上記〔6〕記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段から得られる頭部回転角度に随伴してカットオフ周波数と振幅特性が連続的に変動する周波数フィルタに使用する場合に最も適切なカットオフ周波数と振幅特性を事前に推定してそれらを用いることにより聴覚刺激の音質を調整することを特徴とする。
【0033】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0034】
前述したように、人間は、一つの音を聞き取ろうとするとき、僅かに頭を動かすことが多い。そこで、いろいろな方向から音を提示して、それを聞き取ろうとするときの細かな頭の動きを調べた。その結果、方向によって特徴的な頭の動きが見られることが分かった。この成果に基づいて、被験者に身体的な負荷を与えずに、「頭の動きを測定することで、被験者が今どの音を聞いているかを推定する」ことができる。
【0035】
さらに、そのような動きに合わせて、被験者の聞き取りを助ける技術も開発した。この技術は、被験者の頭の動きに合わせて、スムーズに音量や音質を変えることで、被験者に気づかれないようにしながら、被験者の聞き取りを助ける(つまり、聞き取りやすくする)技術である。このように、「被験者に気づかれずに音量や音質を操作する」という点もまた、本発明の成果の一つである。
【0036】
本発明では、これら2つの成果を組み合わせることで、被験者がどの音を聞いているかを測定する基礎技術として確立することに成功した。
【0037】
(1)まず、後方から提示される2つの刺激を聞いているときの頭部変位を指標として選択的聴取を測定する事例について説明する。
【0038】
人間は、ある視覚刺激を見つめる時、頭部や眼球を動かす。なぜならば、視野の中心は細かな部分が見えやすく、視野の周辺は見え難いからである。そのため、ある視覚刺激を選択的に注視する時、人間は、その刺激を視野の中心で見るために、頭部や眼球を自発的に動かすのである。
【0039】
一方、聴覚の場合、聴覚刺激は頭部を回り込んで2つの外耳に伝播するため、視覚の場合に見られるほどの明確な指向性はないと考えられてきた。しかし、人の耳は集音器の形状をしているので、眼球ほどではないとしても、ある程度の指向性を持っている。また、聴覚刺激が人の頭を回り込んで伝播するときには、高い音(2000Hz以上の音)ほど回り込み難いため、音を聞き取りやすい方向が存在する。
【0040】
加えて、2つの耳は空間的に離れているので、音の聞こえる方向により、両耳に到達したときの音量差と位相差が異なる。これらの音量差と位相差は、複数の聴覚刺激の中から一つを選び出すための重要な手がかりとなっていることが知られている。
【0041】
従って、もっとも聞き取りやすい音量差と位相差を生み出す音源の方向が存在することが予測される。
【0042】
これらの考察から、人間がある聴覚刺激に注意を向けるときには、犬やウサギほどではないとしても、音源と両耳の位置関係を微妙に変えることで聞き易さを改善している。そこで、選択的聴取を行っている人間の頭部変位を系統的に分析する実験を行った。以下に記する方法では、人間の自発的な頭部変位を自然な条件で測定するために、磁気式の位置センサーを用いた。
【0043】
それにより、以下に記する方法では、他の直接的な測定方法、たとえば頭部に棒等を装着してその回転を測定するというような方法とは異なり、被験者に身体的な負荷をかけずに自発的な頭部運動をより自然な状態で測定することが可能にされた。
【0044】
図1は本発明の実施例を示す選択的聴取時の自発的頭部運動(変位)の説明図である。
【0045】
この図において、11は上方から見た被験者(外耳後部に磁気センサーの小型レシーバーを装着している)、A,B,C,Dはスピーカの位置を示しており、その提示条件は、(1):前方左右(A+B)、(2):後方左右(C+D)、(3)右前後(B+D)、(4)左前後(A+C)、(5)前方右・後方左(B+C)、(6)前方左・後方右(A+D)である。
【0046】
また、12は被験者11の頭部の変位を検出する磁気式位置センサーのトランスミッタ、13はその磁気式位置センサーのトランスミッタ12に接続されるコンピュータ、14はそのコンピュータ13に接続され、磁気式位置センサーのトランスミッタ12からの出力信号に応じて音量及び又は音質を制御する音量・音質調整装置である。また、その音量・音質調整装置14には被験者11が主に聴取している聴取刺激を聞き取りやすくするためのフィルタを内蔵することができる。
【0047】
まず、2つの文章朗読を上記(1)から(6)の提示方向の条件のどれかに従って2カ所のスピーカから音量及び音質を変化させることなく被験者に提示して、実験者が指定した方の文章朗読を選択的に聴取することを求めたときの、自発的な頭部運動(変位)を分析した。
【0048】
その結果得られた自発的頭部運動(変位)の平均量、すなわち、被験者の2つの外耳を結ぶ線分と水平面(被験者が立位時の地表面)の座標軸がなす角度の変化の値(平均値)を表1に示す。
【0049】
頭部の角度は、ある時点における角度と、被験者がどちらの朗読刺激も聞いていないときの角度(これをキャリブレーション時の角度という)との差により表される。表1に示されている自発的頭部運動とは、被験者が一方の朗読刺激を聞いているときの角度ともう一方の朗読刺激を聞いているときの角度の差である。
【0050】
表1では、(1)から(6)の提示方向の条件のもとでの平均頭部運動量が、文章朗読の提示音量(25dBあるいは30dB)ごとに、度(°)の単位で示されている。表1から、選択的聴取時の自発的頭部運動(変位)は、以下の性質を持っていることが解明された。
【0051】
【表1】
【0052】
(1)前方左右(A+B)から提示される2つの刺激聴覚の一つに注意を向ける場合
この場合には、被験者11は注意を向ける刺激の方向に顔を向ける傾向がある。これについては個人差が大きく、平均的移動量は比較的小さい(10.6°あるいは7.5°)。
【0053】
(2)後方左右(C+D)から提示される2つの刺激の1つに注意を向ける場合
この場合には、被験者11は注意を向ける刺激の方向に外耳を向ける傾向がある。これについては個人差が小さく、平均的移動量は比較的大きい(36.5°及び16.4°)。
【0054】
(3)と(4)右前後(B+D)〔または左前後(A+C)〕から提示される2つの刺激の一つに注意を向ける場合
この場合には、前方の刺激に注意を向けるときは顔面を向け、後方の刺激に注意を向けるときは外耳をそちらに向ける傾向がある。これについては個人差が大きく、平均的移動量は比較的小さい(18.5°及び11.5°、17.0°及び15.5°)。
【0055】
(5)と(6)前方右と後方左(B+C)〔あるいは前方左・後方右(A+D)〕から提示される2つの刺激の一つに注意を向ける場合
この場合には、前方の刺激に注意を向けるときは顔面を向け、後方の刺激に注意を向けるときは外耳をそちらに向ける傾向がある。これについては個人差が大きく、平均的移動量は比較的小さい(16.1°及び16.8°、26.5°及び14.6°)。
【0056】
これらの結果から、選択的聴取を測定する場合には、(2)の提示方向の低音量の条件、すなわち、左右後方〔左右(C+D)〕から聞き取るべき2つの聴覚刺激を低音量(25dB)提示し、そのときの頭部変位を指標とすることが、個人差が小さくかつ運動量の大きな頭部変位(平均で36.5°)を指標とすることができるという点で、最も適切であることが示された。
【0057】
そこで、本発明では、左右後方から2つの聴覚刺激を低音量で提示し、そのときの頭部変位を被験者がどの音を聞いているかを測定するための指標として用いることにした。このように、左右後方から2つの聴覚刺激を低音量で提示した時の頭部変位量、すなわち、被験者の2つの外耳を結ぶ線分と水平面の座標軸がなす角度の変化を、被験者がどの音を聞いているかを測定するための指標とする点は本発明の一部である。
【0058】
次に、被験者の頭部変位に連動して、被験者に気づかれずに、注意を向けていない聴覚刺激を聞き難くするための音質操作を行うことで、被験者の選択的聴取を支援する例について説明する。
【0059】
被験者の頭部変位に連動して被験者が注意を向けていない方の音質を操作すれば、被験者が注意を向けていない方の聴覚刺激を聞いていないことを保証することができ、同時に、被験者の注意集中を支援することができる、ということに着目して、頭部変位に連動して音質が連続的、かつスムーズに変化する装置を作り、どのような音質変化が被験者にとって最も自然に聞こえるか、言い換えれば、どのような音質変化が被験者の注意集中に伴う主観的聴取の変化に近いものになるかを、実験的に調べた。
【0060】
心理・行動の研究では、実験材料として会話や朗読などの言語刺激が用いられることが多い。そこで、本発明では、以下の方法で、2つの文章朗読の一方を聞いているときの「主観的抑圧フィルタ」に相当する周波数フィルタを開発した。このフィルタは言語刺激を用いる多様な研究に利用することができる。
【0061】
人間の言語音声のほとんどは、100Hzから3000Hz前後の音域にあり、母音(アイウエオ)の第1フォルマントは100Hzから1000Hzの音域を、母音の第2フォルマントは1000Hzから3000Hzの音域を、子音は3000Hz以上の音域をしめる。これらの特性には男女差や言語による差はほとんどないとされている。
【0062】
そこで、被験者が一方の文章朗読に注意を向けているときに、注意を向けていない方の文章朗読の100Hzから3000Hz前後の周波数に各種の周波数フィルタをかけることで、注意を向けていない方の文章朗読をある程度聞き難くして、その時の注意集中のしやすさと自然さを被験者に評価してもらうことで、「主観的抑圧フィルタ」を開発した。
その実験では、被験者の自発的な頭部運動(変位)に随伴(contingent)して、被験者が注意を向けていないと推定される方の文章朗読に対して各種の周波数フィルタを適用した。上記した頭部変位についての一連の実験から、左後方と右後方から朗読刺激を呈示した場合に最も明瞭な頭部変位が見られることが示された。
【0063】
そこで、この実験では、被験者の2つの外耳を結ぶ線分と水平面の座標軸がなす角度の変化(キャリブレーション時の角度との差)を頭部変位の指標として、その角度の変化に随伴して、注意を向けていない方の朗読に各種の物理的フィルタをかけ、その際の「注意集中のしやすさ」と「音質の自然さ」を被験者が評価した。
【0064】
「主観的抑圧フィルタ」の候補として、低域通過フィルタ(LPF)、高域通過フィルタ(HPF)、帯域通過フィルタ(BPF)、帯域阻止フィルタ(BEP)、および、音量低下フィルタ(VRF)の5タイプが用意された。
【0065】
さらに、頭部運動と物理的フィルタの関係を記述する関数の候補として、「固定型周波数フィルタ(fixed frequency filter:角度変化が一定以下なら周波数フィルタをかけず、一定以上の時にはカットオフ周波数と振幅特性が固定された周波数フィルタをかけるフィルタ)」と「変動型周波数フィルタ(variable frequency filter:頭部運動の角度変化の値に応じてカットオフ周波数と振幅特性が少しずつ連続的に変化する周波数フィルタをかけるフィルタ)」が用意され、それぞれの評価が行われた。
【0066】
実験の結果、被験者にとって最も注意集中がしやすく、かつ自然と感じられるフィルタは、動的周波数フィルタであることが示された。だたし、被験者にとって最も注意集中がしやすく、かつ自然である周波数フィルタのタイプ(低域通過フィルタ、高域通過フィルタ、帯域通過フィルタ、帯域阻止フィルタ、および、音量低下フィルタのいずれか)、カットオフ周波数の値、及び、振幅特性の値は、用いられる文章朗読刺激によって異なっていた。
【0067】
例えば、男性の合成音声と女性の合成音声により2つの朗読文を生成してそれらを実験に用いるために、連続的関数として、「カットオフ周波数変動型の周波数フィルタ(頭部変位に連動してカットオフ周波数が少しずつ変化するフィルタ、ただし、抑制の程度を規定する振幅特性は一定)」と「振幅特性変動型の周波数フィルタ(頭部変位に連動して振幅特性が少しずつ変化するフィルタ、ただし、カットオフ周波数は一定)という2種類の関数を用意して、低域通過フィルタ、帯域通過フィルタ、帯域阻止フィルタについて、「注意集中のしやすさ」と「音質の自然さ」について評価することを被験者に要求した。
【0068】
「注意集中のしやすさ」の評価は、頭部変位に連動して注意を向けていない方の朗読に各種フィルタを適用したときの「注意集中のしやすさ」を、フィルタを全く使わない状態で一方の朗読に注意を集中した時の「注意集中のしやすさ」を10点として数字により評価した。
【0069】
同様に、「音質の自然さ」の評価は、頭部変位に連動して注意を向けていない方の朗読に各種フィルタを適用したときの「音質の自然さ」を、フィルタを全く使わない状態で一方の朗読に注意を集中した時の「音質の自然さ」と同じくらいの場合(とても自然である)を5点、やや自然であるを4点、どちらとも言えない場合を3点、やや自然である場合を2点、とても不自然である場合を1点として数字により評価した。
【0070】
表2に、評価結果の平均値を、評価の高い順に示す。
【0071】
【表2】
【0072】
女性の声にフィルタをかける場合、「注意集中のしやすさ」と「音質の自然さ」で高い評価を得たのは、低域通過フィルタおよび帯域阻止フィルタを「カットオフ周波数変動型の周波数フィルタ」にしたがって呈示した場合であった。参考までに、それらのフィルタ関数を図2に示す。
【0073】
図2(a)はカットオフ周波数変動型の帯域通過フィルタを、図2(b)はカットオフ周波数変動型の低域通過フィルタを示し、図中の数字は、それぞれの振幅特性が適用されるための頭部変位(角度変化量)の条件を示している。たとえば、頭部変位(角度変化量)が2°から4°の間の場合には、2<4により示される特性の周波数フィルタが適用される。これらの例では、どちらの周波数フィルタにおいても、頭部変位量が増加するにつれて周波数フィルタが抑制する周波数帯域がより大きくなっている。
【0074】
一方、男性の声にフィルタをかける場合、「注意集中のしやすさ」で高い評価を得たのはカットオフ周波数変動型の低域通過フィルタであったが、「音質の自然さ」で高い評価を得たのは、カットオフ周波数変動型の帯域通過フィルタや振幅特性変動型の帯域通過フィルタであった。
【0075】
以上のことから、選択的聴取を支援するために適切なフィルタは変動型周波数フィルタであること、及び、最も適切な周波数フィルタのタイプ、カットオフ周波数の値、及び、振幅特性の値は、用いられる朗読刺激により異なるため、事前に適切なフィルタを評価実験により決定してそれを実際に実験に用いることが適切であることが示された。このような変動型周波数フィルタの使用、及び、適切な周波数フィルタのタイプとパラメータ(カットオフ周波数及び振幅特性)の事前推定は、本発明の重要な一部である。
【0076】
これらの関数を使った装置を、その装置の仕組みを全く知らせていない被験者に装着して、注意集中についての実験を行った結果、ほとんどの被験者は、「頭部変位に連動して注意を向けていない方の朗読刺激が聞き難くなる」というこの装置の仕組みに気づかず、「今回はよく注意を集中できた」という感想を示した。加えて、被験者はこの装置に気づかないにも関わらず、注意集中に伴う明確な頭部変位を示した。
【0077】
このように本発明によれば、2つの刺激が同時に提示されている時に、ある人がどちらの聴覚刺激を聞いているかを測定することが可能になる。例えば、右後方からはある随筆の朗読が、左後方からはある短歌の朗読が聞こえてくる場面で、ある人がどちらを聞いているかを測定することが可能になる。これにより、被験者がどちらの朗読をより長く聞く傾向があるかを調べることができる。
【0078】
本発明の実施例として、2つの朗読を同時に提示し、被験者がどちらの朗読をどれくらい聞いたかを測定した実験結果を紹介する。
【0079】
実験の目的は、複数の朗読に対する好みを、文章に対する選好という1次元の尺度により予測することが可能であるかどうかを調べることであった。
【0080】
朗読材料としては、短歌として「一握の砂(石川啄木)」、科学随筆として「自然と生物(寺田寅彦)」、精神世界についての随筆として「玩物草紙(澁澤龍彦)」の3つを用意した。
【0081】
人の朗読に対する好みが一次元の尺度により予測されるのであれば、第1段階と第2段階での選択率(左の朗読を聞いていた時間/右の朗読を聞いていた時間)から第3段階での選択率が予測されることが期待される。言い換えれば、朗読Aよりも朗読Cが好まれることが予想されるのである。加えて、それぞれの朗読を聞いていた時間が好みの程度を表すとすれば、第1段階と第2段階の選択率から第3段階の選択率もまた予測される。
【0082】
表3に3つの朗読の組み合わせにおいて、それぞれの朗読を聞いた(フィルタが適用されるのに必要とされる頭部回転変位を示した)時間を分数の形で示す。
【0083】
【表3】
【0084】
それぞれの数字の後ろに示されている+が付された数字は、被験者が頭部を回転させなかった時間を両方の刺激を聞いていた時間と定義してそれらを2で割った値を示す。
【0085】
表3から、簡単な推移律(A<B,かつ、B<C、ならば、A<C)が成立していることが示されている。
【0086】
もし推移律が成立するならば、第1段階と第2段階での選択的聴取時間の比から第3段階の選択的聴取時間の比を予測することができるはずである。
【0087】
そこで、第1段階と第2段階での選択的聴取時間の比に基づいて、第3段階の選択的聴取率の予測値を横軸にとり、実際に得られた第3段階の選択値を縦軸にとってプロットした図を図3に示す。この図の横軸の予測値は、第1段階と第2段階の選択率に基づいて計算された。
【0088】
この図に見られるように、予測値と実測値がある程度一致する傾向が見られることから、ある程度の予測が可能であることが示唆される。
【0089】
この実施例に示されているように、本発明によるこの装置は、選択的聴取について多様な研究に用いる装置として、すぐに実用化・商品化することができる。
【0090】
また、特定の課題について注意集中能力が異なる被験者(例えば、音楽の課題について訓練を受けた被験者と受けていない被験者、具体的には、音楽大学の学生と一般の学生等)において、特定の課題を行わせたときの主観的聞こえの差異を分析する実験を行い、注意集中能力の個人差を解明することも可能である。これらの研究により、注意集中能力の個人差を反映した様々な主観的抑制フィルタを開発し、これを本発明に組み込むことにより、他者の心的状態を体験する基礎技術の開発という全く新しい発明につながる。これは、自分の注意集中に伴う主観的聞こえとは異なる主観的聞こえを体験する装置になる。
【0091】
なお、上記実施例では、頭部変位検出手段として、磁気式位置センサーを用いたが、その場合、他の方式の位置センサーを利用することで、その頭部変位をより高精度で検出するように構成することができる。
【0092】
更に、図示しないが、被験者がその存在を意識することがないように各種の撮影装置を用いることにより、基準状態からの被験者の頭部の変位を完全に無接触の状態で検出するようにしてもよい。
【0093】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づいて種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【0094】
【発明の効果】
以上、詳細に説明したように、本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0095】
(A)選択的聴取を行動的に測定することができる。
【0096】
(B)この装置は、2つの聴覚刺激が低音量で聞こえる場面において、被験者が選択的聴取に特有の頭部変位を示すと、それに連動してあたかも一方に注意を集中しているような聞こえの変化を物理的に起こすことができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例を示す選択的聴取時の自発的頭部運動(変位)変位の説明図である。
【図2】本発明にかかる被験者の評価が高い「変動型周波数フィルタ」の振幅特性図である。
【図3】本発明にかかる予測された選択率の関数としての実際に得られた選択率を示す図である。
【図4】従来の選択的聴取測定装置の模式図である。
【符号の説明】
11 被験者
12 撮像装置
13 コンピュータ
14 音量・音質調整装置
Claims (11)
- (a)後方から提示される2つの聴覚刺激を受けているときの被験者の頭部変位を該被験者に身体的な負荷をかけずに検出する頭部変位検出手段と、
(b)該頭部変位検出手段からの情報に基づいて、前記2つの聴覚刺激の何れを主に聴取しているかを判定する判定手段とを具備することを特徴とする選択的聴取の行動的測定装置。 - 請求項1記載の選択的聴取の行動的測定装置において、前記被験者の頭部変位検出手段が前記頭部の基準位置からの変位を検出する磁気式位置センサーであることを特徴とする選択的聴取の行動的測定装置。
- 請求項2記載の選択的聴取の行動的測定装置において、前記頭部の基準位置からの変位が頭部の回転角度であることを特徴とする選択的聴取の行動的測定装置。
- 請求項1記載の選択的聴取の行動的測定装置において、前記判定手段が前記磁気式位置センサーからの情報に基づく情報処理装置であることを特徴とする選択的聴取の行動的測定装置。
- 請求項4記載の選択的聴取の行動的測定装置において、前記2つの聴覚刺激を前記被験者の左右後方から提示することを特徴とする選択的聴取の行動的測定装置。
- (a)後方から提示される2つの聴覚刺激を受けているときの被験者の頭部変位を該被験者に身体的な負荷をかけずに検出する頭部変位検出手段と、
(b)該頭部変位検出手段からの情報に基づいて、前記2つの聴覚刺激の何れを主に聴取しているかを判定する判定手段と、
(c)該選択された聴覚刺激を聴取する支援手段を具備することを特徴とする選択的聴取の支援装置。 - 請求項6記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段からの情報に基づいて聴覚刺激の音量を調整することを特徴とする選択的聴取の支援装置。
- 請求項6記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段からの情報に基づいて聴覚刺激の音質を調整することを特徴とする選択的聴取の支援装置。
- 請求項6記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段からの情報に基づいて聴覚刺激の音量及び音質を調整することを特徴とする選択的聴取の支援装置。
- 請求項6記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段から得られる頭部回転角度に随伴してカットオフ周波数と振幅特性が連続的に変動する周波数フィルタを用いて聴覚刺激の音質を調整することを特徴とする選択的聴取の支援装置。
- 請求項6記載の選択的聴取の支援装置において、前記支援手段は、前記頭部変位検出手段から得られる頭部回転角度に随伴してカットオフ周波数と振幅特性が変動する周波数フィルタに使用する場合に最も適切なカットオフ周波数と振幅特性を事前に推定してそれらを用いることにより聴覚刺激の音質を調整することを特徴とする選択的聴取の支援装置。
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