高分子化合物や有機化合物の結晶構造解析、または結晶化初期過程や非晶構造の研究において、融点近傍での挙動の観察は極めて重要である。たとえば、昇温に伴う融解過程は、結晶構造のどのような多形からの融解であるか、またはガラス状態からの融解であるかによって大きく異なる。逆に融解状態からの降温処理は、そのまま結晶化のための過冷却度に反映するし、ガラス状態は溶融状態からの急冷によって実現され固定化される。
このように、融点近傍での温度をその過程の時間発展と併せて様々に変化させることで、多様な結晶構造または物性を発現させ、より深い構造の理解に至ることができる。つまり、温度条件を「何度から何度まで」「どのくらいの時間内で」変化させるか、が重要であり、実験もそれに対応する環境下で行なう必要がある。
従来から、X線等による構造解析装置に備えられている熱処理装置としてフローセル型装置、またはチャンバ型装置が知られている。前者は入射光を透過可能なセル上に試料を固定し、そのセルをヒータで加熱して昇温させると同時に流束熱媒で冷却して両者の拮抗の下で温度制御を達成する(例えば、特許文献1参照。)。後者は予め温度を一定にしたチャンバを用意しておいて、他の位置で準備しておいた試料をチャンバ内へできるだけ迅速に移動させることでセルの温度変化を達成する。
また、通常の高分子試料の温度ジャンプ法においては薄膜試料またはバルク試料を扱うことが多いが、たとえば結晶成長の観点からは溶液試料の温度ジャンプ処理(急加熱または急冷却)も興味深いテーマである。しかし、このような環境下において、その場観察の実験例は多くはない。これは、試料を入れたセルの温度制御が難しいこと、または溶媒の突沸などに対するセルの気密性を要求される一方で周辺を真空脱気しなければならないことが原因の一つとなっているためである。しかし、試料セルの強度と気密性を十分高めれば、希薄溶液を急加熱または急冷却して、回折法または光学法によるその場観察をすることは可能であり、逆にこの手法による研究はほとんど未着手である。そのようなテーマとして、たとえば高分子希薄溶液からの単結晶成長を高速時分割観察する研究などが考えられる。
このようなテーマの研究には、光学測定や散乱実験の精度を上げることができ、気密性や試料そのものの測温性能、熱容量設計すなわち温度変化の追従性能を高めたセルを用いた熱処理装置が求められている。
一方、近年ではSpring−8をはじめとする放射光の利用によって大強度線源を用いることが比較的容易になっており、温度変化の条件さえ達成できれば数十msecのような短時間内での時間変化について追跡可能になっており、急加熱または急冷却による温度制御が可能な熱処理装置が求められている。
特開平07−286945号公報
しかしながら、フローセル型の熱処理装置は、冷媒による除熱とヒータによる加熱とのバランスによって温度制御するため、セルによっては昇温、降温過程のいずれにもオーバーシュート(温度変化の行き過ぎ)が生じたり、短時間の温度変化を企図すると制御が不安定になったりする傾向がある。フローセル型装置には、ある程度までオーバーシュートを抑えた制御装置やプログラムも存在するが、そのための専用セルを用いなければならず、結果的に試料サイズに制限が生じる。また、フローセル型装置では、実際には試料を固定するステージの温度を制御しており、熱伝導の観点から薄膜の試料には適しているが、厚みをもつバルク試料自体の温度制御は不十分である。また、その機構からフローセル型装置に試料交換器を導入することは困難である。
一方、チャンバ型の熱処理装置は、短時間内または大きな変化幅での温度変化を実現することができるが、加熱してあるチャンバ内に試料を移動させてから、構造の時間的変化を測定することになるため、昇温または降温の一方にのみ対応していることが多い。また、測定開始時点の放射線照射位置には試料が存在せず、ある時間帯から試料が照射位置に割り込んでくるため、試料の移動時間中は測定できず、短時間内での変化を追跡するのが困難になる場合がある。また、試料を移動させるという機構上、試料の測温や精密な温度制御が難しくなる。
本発明は、特定の位置に固定された被熱処理物について、短時間で大きな幅の昇温または降温の温度変化を実現する熱処理装置を提供することを目的とする。
(1)上記の目的を達成するために、本発明に係る熱処理装置は、加熱または冷却の対象となる被熱処理物を設置位置で保持する保持部と、前記設置位置の両側で軸支され、揺動可能に設けられた第1および第2の揺動部材と、前記第1の揺動部材の両端に設けられた第1の熱浴および第2の熱浴と、前記第2の揺動部材の両端に設けられた第3の熱浴および第4の熱浴と、前記第1から第4の熱浴の温度をそれぞれ制御する第1の温度制御手段と、を備え、前記第1および第2の揺動部材を第1の方向に揺動させた場合には、前記第1の熱浴および第3の熱浴が前記温度制御位置で前記被熱処理物を挟んで互いに衝合し、前記第1および第2の揺動部材を第2の方向に揺動させた場合には、前記第2の熱浴および第4の熱浴が前記設置位置で前記被熱処理物を挟んで互いに衝合することを特徴としている。
このように、本発明の熱処理装置は揺動部材が揺動することで、熱浴を上下から衝合させ保持部に密着させる。これにより、たとえば第1および第3の熱浴を同じ低温度に保持しておき、第2および第4の熱浴を同じ高温度に保持しておいた上で、交互に熱浴を衝合させた場合には、それぞれ熱浴が衝合している状態では、被熱処理物全体にわたって空間的には均一であるが、急激な温度変化を伴う温度履歴を経た均一な構造の被熱処理物を得ることができる。その結果、被熱処理物を固定した状態で、時間に対し大きな変化幅で被熱処理物の温度を変化させることができる。また、本発明の熱処理装置は、昇温および降温過程のどちらにも同等に対応可能であり、急冷却および急加熱を連続して繰り返すことができる。
また、温度制御の際には被熱処理物が設置位置に固定されるために、実際に温度制御している被熱処理物そのものの温度を、熱輻射や熱電対等で直接測温することが容易になる。その結果、試料温度を急速に変化させながら、その物性実験が可能となる。たとえば、放射線照射による構造解析を行なう場合には、被熱処理物の同じ位置に放射線を当てて、被熱処理物の温度を急激に変化させながら、その構造を解析することができる。したがって、高分子化合物や有機化合物の結晶構造解析、または結晶化初期過程や非晶構造の研究において、融点近傍での種々の挙動の観察が可能となる。その結果、融点近傍での温度をその過程の時間発展と併せて様々に変化させることで、多様な結晶構造や物性を発現させ、被熱処理物の構造をより深く理解することができる。
また、上記のような構成をとるために、厚みをもつバルク状の被熱処理物の温度制御が可能となり、従来の装置と比較して、被熱処理物のサイズについての制限を緩和することができる。その結果、被熱処理物中に多くの放射線の照射体積を確保できるため、光学測定や散乱実験の精度を上げることができる。
また、被熱処理物を一定の設置位置に保持し、熱浴同士を衝合させて温度制御を行なうため、セルの気密性、セルの温度変化の追従性、および被熱処理物自体を測温する性能を追求しやすくすることができる。また、たとえばセルの周りを真空にすることができ、放射線のスリットから本発明の熱処理装置のセル、そして散乱強度の検出器までを一体の真空槽内に納めることができる。その結果、放射線の回折実験でバックグラウンドの原因となる空気散乱を抑えることができる。
また、希薄溶液の急加熱または急冷却の条件下での回折法または光学法によるその場観察に適しており、このような未着手の科学分野について研究することができる。
(2)また、本発明に係る熱処理装置は、前記第1の温度制御手段は、前記第1から第4の熱浴の温度をそれぞれ独立に制御することを特徴としている。
これにより、第1から第4の熱浴の温度をそれぞれ独立に設定することができる。その結果、急加熱または急冷却の処理を行ないつつ、セル内の被熱処理物に空間的な温度傾斜を与えることができる。被熱処理物について、時間的に急激な温度変化と空間的な温度傾斜とを同時に実現する温度制御が可能になる。
たとえば、第1、第2および第3の熱浴の温度を融点温度に保持し、第4の熱浴の温度を融点温度よりも十分に低い温度に保持して、まず、第1および第3の熱浴を衝合させた後、第2および第4の熱浴を衝合させるという工程を行なうことによって、セル内の被熱処理物を、全体が融解している状態から上半分は融解に近いが下半分は結晶化温度である状態に急激に変化させることができる。または、第1および第3の熱浴の温度を融点温度に、第2の熱浴の温度を融点温度よりわずかに低い温度に、第4の熱浴の温度を融点温度より十分に低い温度に保持し同様の工程を行なうと、セル内の被熱処理物について半分は急冷結晶化しているが半分は徐冷結晶化という条件を生じさせることができ、セル内に温度傾斜をつけることが可能となる。結果的に、セルの中でのこのような温度傾斜によって、有機物や高分子材料を一定方向に結晶成長させたり、ゲルの架橋密度に濃度勾配を与えたりすることで、傾斜構造を有する材料を調整できる。
(3)また、本発明に係る熱処理装置は、前記各揺動部材は、前記各揺動部材の軸が前記設置位置に対して点対称になるように配置されていることを特徴としている。
これにより、熱処理装置の構造を最も簡単にすることができる。その結果、装置コンパクトにすることができ、熱処理装置に必要なスペースを最小とすることができる。また、同じ形状の揺動部材および熱浴を複数製造して装置を構成することができ、装置の製造の手間やコストを抑えることができる。
(4)また、本発明に係る熱処理装置は、複数の前記保持部を有し、いずれか一つの保持部を前記設置位置に供給する供給部をさらに備えることを特徴としている。
これにより、複数の被熱処理物を交換する手間を省くことができ、複数の被熱処理物を一度に処理することができる。また、工業的なライン工程にも利用可能となる。
(5)また、本発明に係る熱処理装置は、前記保持部または前記被熱処理物の温度を独立に制御する第2の温度制御手段をさらに備えることを特徴としている。
これにより、第2の温度制御手段を補助的に使用し、さらに時間に対し大きな変化幅で、被熱処理物の温度を変化させることができる。
本発明に係る熱処理装置によれば、たとえば第1および第3の熱浴を同じ低温度に保持しておき、第2および第4の熱浴を同じ高温度に保持しておいた上で、交互に熱浴を衝合させた場合には、それぞれ熱浴が衝合している状態では、被熱処理物全体にわたって空間的には均一であるが、急激な温度変化を伴う温度履歴を経た均一な構造の被熱処理物を得ることができる。その結果、被熱処理物を固定した状態で、時間に対し大きな変化幅で被熱処理物の温度を変化させることができる。また、本発明の熱処理装置は、昇温および降温過程のどちらにも同等に対応可能であり、急冷却および急加熱を連続して繰り返すことができる。
また、温度制御の際には被熱処理物が設置位置に固定されるために、実際に温度制御している被熱処理物そのものの温度を、熱輻射や熱電対等で直接測温することが容易になる。その結果、試料温度を急速に変化させながら、その物性実験が可能となる。たとえば、放射線照射による構造解析を行なう場合には、被熱処理物の同じ位置に放射線を当てて、被熱処理物の温度を急激に変化させながら、その構造を解析することができる。したがって、高分子化合物や有機化合物の結晶構造解析、または結晶化初期過程や非晶構造の研究において、融点近傍での種々の挙動の観察が可能となる。その結果、融点近傍での温度をその過程の時間発展と併せて様々に変化させることで、多様な結晶構造や物性を発現させ、被熱処理物の構造をより深く理解することができる。
また、上記のような構成をとるために、厚みをもつバルク状の被熱処理物の温度制御が可能となり、従来の装置と比較して、被熱処理物のサイズについての制限を緩和することができる。その結果、被熱処理物中に多くの放射線の照射体積を確保できるため、光学測定や散乱実験の精度を上げることができる。
また、被熱処理物を一定の設置位置に保持し、熱浴同士を衝合させて温度制御を行なうため、セルの気密性、セルの温度変化の追従性、および被熱処理物自体を測温する性能を追求しやすくすることができる。また、たとえばセルの周りを真空にすることができ、放射線のスリットから本発明の熱処理装置のセル、そして散乱強度の検出器までを一体の真空槽内に納めることができる。その結果、放射線の回折実験でバックグラウンドの原因となる空気散乱を抑えることができる。
また、希薄溶液の急加熱または急冷却の条件下での回折法または光学法によるその場観察に適しており、このような未着手の科学分野について研究することができる。
また、本発明に係る熱処理装置によれば、第1から第4の熱浴の温度をそれぞれ独立に設定することができる。その結果、急加熱または急冷却の処理を行ないつつ、セル内の被熱処理物に空間的な温度傾斜を与えることができる。被熱処理物について、時間的に急激な温度変化と空間的な温度傾斜とを同時に実現する温度制御が可能になる。
たとえば、第1、第2および第3の熱浴の温度を融点温度に保持し、第4の熱浴の温度を融点温度よりも十分に低い温度に保持して、まず、第1および第3の熱浴を衝合させた後、第2および第4の熱浴を衝合させるという工程を行なうことによって、セル内の被熱処理物を、全体が融解している状態から上半分は融解に近いが下半分は結晶化温度である状態に急激に変化させることができる。または、第1および第3の熱浴の温度を融点温度に、第2の熱浴の温度を融点温度よりわずかに低い温度に、第4の熱浴の温度を融点温度より十分に低い温度に保持し同様の工程を行なうと、セル内の被熱処理物について半分は急冷結晶化しているが半分は徐冷結晶化という条件を生じさせることができ、セル内に温度傾斜をつけることが可能となる。結果的に、セルの中でのこのような温度傾斜によって、有機物や高分子材料を一定方向に結晶成長させたり、ゲルの架橋密度に濃度勾配を与えたりすることで、傾斜構造を有する材料を調整できる。
また、本発明に係る熱処理装置によれば、熱処理装置の構造を最も簡単にすることができる。その結果、装置コンパクトにすることができ、熱処理装置に必要なスペースを最小とすることができる。また、同じ形状の揺動部材および熱浴を複数製造して装置を構成することができ、装置の製造の手間やコストを抑えることができる。
また、本発明に係る熱処理装置によれば、複数の被熱処理物を交換する手間を省くことができ、複数の被熱処理物を一度に処理することができる。また、工業的なライン工程にも利用可能となる。
また、本発明に係る熱処理装置によれば、第2の温度制御手段を補助的に使用し、さらに時間に対し大きな変化幅で、被熱処理物の温度を変化させることができる。
本発明に係る熱処理装置は、従来のチャンバ型熱処理装置に置き換えると、その試料部ではなく、チャンバの方を移動させ、かつ昇温と降温の両方に対応させるという発想に基づくものである。本発明に係る熱処理装置の本質は、被熱処理物を動かさずに高温または低温の熱浴が接触することで2つの温度条件が急冷却または急加熱として達成されるという点にある。以下、本発明を実施するための最良の形態に関し、図面に基づいて説明する。
[実施の形態1]
(構成)
図1は、実施の形態1に係る熱処理装置1aの斜視図である。熱処理装置1aは、保持部2a、シャフト3aおよび3c、揺動部材4aおよび4cならびに熱浴5a〜5dにより構成されている。保持部2aは、セル11aおよび保持支柱12aにより構成されている。セル11aは、金属製で円柱形状をしている。その形状は、円柱形状に限られず直方体、楕円柱、楕円体等であってもよく、熱浴と接触のとり易い形状であることが好ましい。また、その材料は熱容量が小さく、熱伝導性の大きい材料であれば銅以外でもよい。セル11aは、被熱処理物としての試料を収容する空間をその中に有しており、蓋によりその空間を開閉することが可能になっている。セル11aには、試料の構造解析のために放射線を照射する場合に、試料に入射する放射線および、試料により散乱する散乱線を遮らないように放射線透過孔13aが設けられている。図1においては、放射線はシャフト3aおよび3cの中心軸に平行に、紙面の裏側から表側に向けて照射される。図2は、実施の形態1に係る保持部2aをシャフト3aおよび3cの中心軸に垂直な方向から見た平面図である。図2に示すように、セル11aは壁に固定されている保持支柱12aにより、一定の位置に固定されている。したがって、セル11aに収容される試料も、一定の位置に保持されることになる。この試料の中心の位置が設置位置となる。保持支柱12aの材料は、セラミックス、樹脂等の熱伝導性の低いものが好ましい。セル11aには、図示されない熱電対が挿入されており、試料そのものの温度を測定できるようになっている。熱電対の代わりに、センサを挿入し、熱輻射により試料を測温してもよい。
2本のシャフト3aおよび3cは、上記の壁側に設けられた図示されないプーリを介してモータに接続され、設置位置を挟み、上記の壁に垂直な方向に伸びるように設けられている。また、2本のシャフト3aおよび3cの中心軸の位置は、揺動部材の揺動面への投影において、設置位置、すなわち試料の中心の位置に対して点対称になるように設置されている。これにより、熱処理装置1aの構造を最も簡単にすることができる。その結果、装置コンパクトにすることができ、熱処理装置1aに必要なスペースを最小とすることができる。また、同じ形状の揺動部材および熱浴を複数製造して装置を構成することができ、装置の製造の手間やコストを抑えることができる。
シャフト3aには、その中心軸を軸として揺動可能に第1の揺動部材4aが設けられ、シャフト3cには、その中心軸を軸として揺動可能に第2の揺動部材4cが設けられている。揺動部材4aおよび4cは、板状の形状をしており、互いに同じ形状である。シャフト3aおよび3cは銅製であるが、熱伝導性のある材料であることが好ましい。シャフト3aおよび3cに機械的に接続されているモータは、スイッチ等により遠隔操作が可能なように設けられている。モータに電気的に接続されている制御基板上でプログラムによりモータを制御することとしてもよい。これにより。放射光施設のハッチ内で使用する場合には、遠隔操作により安全に試料の温度制御を行なうことができる。揺動部材4aおよび4cの揺動が、同期して行なわれるようにシャフト3aおよび3cはプーリ等を介して機械的に連結されている。なお、電気的な制御により、第1および第2の揺動部材4aおよび4cの揺動を同期して行なうような構成としてもよい。
図3は、第1の揺動部材4aおよび第1の熱浴5aを、第1の揺動部材4aの一端から揺動部材4aの長さ方向に見たときの側面図である。第1の揺動部材4aの一端には、固定板21aおよびボルト22aにより、第1の熱浴5aが第1の揺動部材4aに固定されている。第1の熱浴5aには、ボルト22aに嵌合するねじ溝が切られた孔が設けられている。また、第2の揺動部材4cの一端には、同様に固定板21cおよびボルト22cにより、第3の熱浴5cが第2の揺動部材4cに固定されている。第3の熱浴5cには、ボルト22cに嵌合するねじ溝が切られた孔が設けられている。
また、熱浴5aおよび5cは、それぞれの揺動部材4aおよび4cを、図1に示すA方向に揺動させた場合に、試料を挟んで衝合するように設計されている。衝合とは、熱浴の熱を試料に伝導する部分同士が試料を挟んで合わさることをいう。この場合には、図1に示すA方向が第1の方向である。熱浴が衝合した際の試料の中心の位置を設置位置という。揺動部材4aおよび4cは、金属製であるが、熱伝導性のよいものであれば、特に材料は制限されない。
一方、第1の揺動部材4aの他端には、同様に固定板21bおよびボルト22bにより、第2の熱浴5bが第1の揺動部材4aに固定されている。第2の熱浴5bには、ボルト22bに嵌合するねじ溝が切られた孔が設けられている。また、第2の揺動部材4cの他端には、固定板21dおよびボルト22dにより、第4の熱浴5dが第2の揺動部材4cに固定されている。第4の熱浴5dには、ボルト22dに嵌合するねじ溝が切られた孔が設けられている。
熱処理装置1aには、第1の温度制御手段として図示されない熱線ヒータおよび制御基板、銅製の冷却パイプおよび熱電対が設けられている。各4つの熱線ヒータおよび熱電対は、それぞれ熱浴5aから5dに接するように設けられ、各熱線ヒータの出力を調整してそれぞれの熱浴を独立して設定温度に維持しうるように、メモリおよびCPUを有する制御基板に電気的に接続されている。一方、冷却パイプは、シャフト3aおよび3cの中を貫通するように設けられ、水等の冷媒が流されている。
これにより、熱浴5aから5dの温度をそれぞれ独立に設定し制御することができる。その結果、急加熱または急冷却の処理を行ないつつ、セル内の被熱処理物に空間的な温度傾斜を与えることもできる。被熱処理物について、時間的に急激な温度変化と空間的な温度傾斜とを同時に実現する温度制御が可能になる。
なお、第1の温度制御手段とは、それぞれの熱浴の温度を一定に保つ機能を有するものであり、特に上記の具体例に限定されるものではない。たとえば、熱電対の代わりに、センサを挿入し、熱輻射により試料を測温してもよい。また、熱浴5aおよび5cの一組についてのみ対称になるようにヒータを設け、そのヒータについては常に同一の出力を行なう構成としてもよい。この場合には、各熱浴について、独立して温度制御されない構成となり、揺動部材を往復させることで、高温と低温の2つの温度間のみについて温度変化を与えることになる。すなわち、被熱処理物に空間的に均一な温度変化のみを与えることができる。この場合には、構成が単純であり装置の製造を容易に行なえる利点がある。
また、熱浴5bおよび5dは、それぞれの揺動部材4aおよび4cを、図1に示すB方向に揺動させた場合に、上記の設置位置で試料を挟んで衝合するように設計されている。この場合には、図1に示すB方向が第2の方向である。熱浴5a〜5dには、それぞれ熱浴5aおよび5cまたは熱浴5bおよび5dを衝合した状態で固着させるために、図示しない電磁ホルダ機構が設けられている。電磁ホルダは、互いに衝合した状態で固着している熱浴同士を離す際には、モータに連動して固着を解除するような電気的構成を有している。このように、熱浴5aおよび5cを高温に、熱浴5bおよび5dを低温に保ち、それぞれに概略180°の半円軌道を描かせて往復させることにより、被熱処理物の急加熱および急冷却を達成する。
このように、熱処理装置1aは揺動部材4aおよび4cが揺動することで、熱浴を上下から衝合させ保持部2aに密着させる。これにより、たとえば熱浴5aおよび5cを同じ低温度に保持しておき、熱浴5bおよび5dを同じ高温度に保持しておいた上で、交互に熱浴5aおよび5c同士または熱浴5bおよび5d同士を衝合させた場合には、それぞれ熱浴が衝合している状態では、被熱処理物全体にわたって空間的には均一であるが、急激な温度変化を伴う温度履歴を経た被熱処理物を得ることができる。その結果、被熱処理物を固定した状態で、時間に対し大きな変化幅で被熱処理物の温度を変化させることができる。また、熱処理装置1aは、昇温および降温過程のどちらにも同等に対応可能であり、急冷却および急加熱を連続して繰り返すことができる。
また、温度制御の際には被熱処理物が設置位置に固定されるために、実際に温度制御している被熱処理物そのものの温度を、熱輻射や熱電対等で直接測温することが容易になる。その結果、試料温度を急速に変化させながら、その物性実験が可能となる。たとえば、放射線照射による構造解析を行なう場合には、被熱処理物の同じ位置に放射線を当てて、被熱処理物の温度を急激に変化させながら、その構造を解析することができる。したがって、高分子化合物や有機化合物の結晶構造解析、または結晶化初期過程や非晶構造の研究において、融点近傍での種々の挙動の観察が可能となる。その結果、融点近傍での温度をその過程の時間発展と併せて様々に変化させることで、多様な結晶構造や物性を発現させ、被熱処理物の構造をより深く理解することができる。
また、上記のような構成をとるために、厚みをもつバルク状の被熱処理物の温度制御が可能となり、従来の装置と比較して、被熱処理物のサイズについての制限を緩和することができる。その結果、被熱処理物中に多くの放射線の照射体積を確保できるため、光学測定や散乱実験の精度を上げることができる。
また、被熱処理物を一定の設置位置に保持し、熱浴同士を衝合させて温度制御を行なうため、セルの気密性、セルの温度変化の追従性、および被熱処理物自体を測温する性能を追求しやすくすることができる。また、たとえばセルの周りを真空にすることができ、放射線のスリットから熱処理装置のセル、そして散乱強度の検出器までを一体の真空槽内に納めることができる。その結果、放射線の回折実験でバックグラウンドの原因となる空気散乱を抑えることができる。
また、希薄溶液の急加熱または急冷却の条件下での回折法または光学法によるその場観察に適しており、このような未着手の科学分野について研究することができる。
上記ように、熱浴5a〜5dは、半円柱形であり、固定板21a〜21dおよびボルト22a〜22dにより固定されているため、揺動部材4aおよび4cとの接触面積が小さい。これにより、熱膨張による伸び縮みの影響を抑えることができる。
図4は、熱浴5aの斜視図である。図4に示すように、熱浴5aの衝合面は、セル11aの円柱形状とほぼ同形のセル用溝31aを有する。セル用溝31aは、セル11aを挟んで熱浴同士が衝合した場合に、セル11aの外面に密着する形状に加工されている。熱浴同士が衝合した場合には、それぞれの熱浴のセル用溝にセル11aの側面が密着する。これにより、セルと熱浴の間で熱伝導が生じ、セルの急加熱または急冷却が可能となる。セル用溝31aには、少量の熱伝導グリースが塗布されている。また、シャフト3aと平行な方向の端部には、矢印Cで表される放射線の試料への入射方向に沿って、半円柱状の入射線用凹部32aが設けられ、さらに試料からの散乱線を遮らないように、半円錐状の散乱線用凹部33aが設けられている。熱浴5b〜5dも同じ形状である。なお、凹部の形状は、放射線を遮らないものであれば、特に限定されない。これにより、衝合した熱浴5aおよび5cまたは5bおよび5dの凹部から放射線を被熱処理物に照射し、時間に対し大きな変化幅で、または大きな勾配で被熱処理物の温度を変化させながら、被熱処理物をその場観察することができる。
なお、実施の形態1では、セル11aおよびセル用溝31aは、円柱形であるが、特に形状は制限されない。ただし、セル11aおよびセル用溝31aを円柱形状としておけば、セル11aおよびセル用溝31aの加工が容易になる。なお、熱浴5a〜5dは、銅製であるが、熱伝導性のよいものであれば、特に材料は制限されない。
(動作)
次に、以上のように構成された実施の形態に係る熱処理装置1aの動作について説明する。たとえば、急加熱中および急冷却中の試料を放射線によりその場観察する場合の動作を行なう場合について説明する。まず、あらかじめ第1の温度制御手段により熱浴5aおよび5cを同一かつ一定の高い温度に保持しておく。たとえば、200℃等の温度に設定する。また、熱浴5bおよび5cを同一かつ一定の低い温度に保持しておく。たとえば、室温の20℃に設定する。次に、保持部2a内に試料を収容させる。
これにより、熱浴が衝合している状態では、試料全体にわたって温度が均一化するため、空間的に均一に温度履歴を経た均一な構造の被熱処理物を得ることができる。また、均一な温度の試料の構造を観察できる。
次に、セル11aを挟んで熱浴5bおよび5dを衝合させ、試料を20℃に保つ。放射線を試料に照射し、散乱線の検出を始める。次に、揺動部材4aおよび4cを揺動させ、セル11aを挟んで熱浴5aおよび5cを衝合させる。図5は、実施の形態1に係る熱処理装置1aをシャフトの軸方向に見た側面図である。図5(a)は熱処理装置1aの熱浴が衝合していない状態を示しており、図5(b)は熱処理装置1aの熱浴が衝合している状態を示している。図5に示すように、熱浴の衝合は、揺動部材を揺動することにより行なう。このとき、試料は200℃に急加熱される。同時に散乱線を検出し、試料の構造解析を行なう。試料の温度が200℃に達し一定になり十分に散乱線を検出したら、上記とは逆向きに揺動部材4aおよび4cを揺動させ、セル11aを挟んで熱浴5bおよび5dを衝合させる。試料を20℃に急冷却しつつ、散乱線を検出し、試料の構造解析を行なう。
上記の工程では、熱浴5aの温度は、熱浴5cの温度と実質的に同じ温度に保持されており、熱浴5bの温度は、熱浴5dの温度と実質的に同じ温度に保持されており、互いに衝合する熱浴同士は同じ温度に保持されているが、衝合する2つの熱浴のうち、一方の熱浴の温度と他方の熱浴の温度とが異なる温度に保持されていてもよい。
たとえば、熱浴5a、5bおよび5cの温度を融点温度に保持し、熱浴5dの温度を融点温度よりも十分に低い温度に保持して、まず、熱浴5aおよび5cを衝合させた後、熱浴5bおよび5dを衝合させるという工程を行なうことによって、セル内の試料を、全体が融解している状態から上半分は融解に近いが下半分は結晶化温度である状態に急激に変化させることができる。または、熱浴5aおよび5cの温度を融点温度に、熱浴5bの温度を融点温度よりわずかに低い温度に、熱浴5dの温度を融点温度より十分に低い温度に保持し同様の工程を行なうと、セル内の試料について半分は急冷結晶化しているが半分は徐冷結晶化という条件を生じさせることができ、セル内に温度傾斜をつけることが可能となる。結果的に、セルの中でのこのような温度傾斜によって、有機物や高分子材料を一定方向に結晶成長させたり、ゲルの架橋密度に濃度勾配を与えたりすることができるので、傾斜構造を有する材料を調整できる。
なお、このような工程に熱処理装置1aを用いる場合には、セルの材料に比較的熱容量が大きく、熱伝導性の小さいものを用いるのが好ましい。
本発明者は、実施の形態1に係る熱処理装置1aを作製し、試験を行なった。以下、実施の形態1に係る熱処理装置1aの実施例について説明する。
まず、熱浴5aおよび5cの温度を204℃とし、熱浴5bおよび5dの温度を室温の19℃に保持した。この条件の下で、試料の急加熱を行なった。具体的には、熱浴5bおよび5dを接触させた状態から揺動部材4aおよび4cを揺動させ、熱浴5aおよび5cを接触させた。図6は、その際の試料および熱浴の温度の時間変化を表すグラフである。セル11aに熱浴5aおよび5cを接触させ、試料の加熱を始めた時間を0秒としている。試料の温度を実線で、熱浴の温度を点線でそれぞれ表している。図6に示すように、60〜130℃/秒、すなわち約360〜7000℃/分の温度変化条件が達成された。これは従来のフローセル型装置の3倍から数十倍の温度勾配である。この実験例では急加熱を行なったが、急冷却を行なう場合でも、熱浴の材料または形状等は同じであるため、同様の効果が得られると考えられる。また、熱接触を向上させ、かつ試料セルの熱容量を小さく設計・製作すれば最大達成温度勾配はさらに向上すると考えられる。
[実施の形態2]
図7は、実施の形態2に係る熱処理装置1eをシャフト3eおよび3gに平行な方向に見たときの側面図である。実施の形態1では、2本のシャフト3aおよび3cは、シャフトの軸に平行な方向に熱処理装置1aを見たときに、それらの中心軸が設置位置に対して点対称になるように設置されており、揺動部材4aおよび4cの形状は同一であるが、図7に示すように、シャフト3eおよび3gの中心軸の位置が設置位置に対して点対称ではなく、揺動部材4eおよび4gの長さが異なっていてもよい。これにより、試料の位置に対して点対称にならない位置にシャフトの中心軸の位置が制限される事情がある場合でも、このような事情に対応した熱処理装置を構成することができる。
[実施の形態3]
図8は、実施の形態3に係る熱処理装置1pをシャフト3pおよび3rに平行な方向に見たときの側面図である。実施の形態1では、2本のシャフト3aおよび3cは、シャフトの軸に平行な方向に熱処理装置1aを見たときに、設置位置およびシャフトの中心軸の位置が一直線上に並ぶように設置されており、揺動部材4aおよび4cの形状は同一であるが、図8に示すように、設置位置およびシャフトの位置が一直線上に配置されず、揺動部材4pおよび4rと4qおよび4sの形状が異なっていてもよい。これにより、設置位置およびシャフトの位置が一直線上の位置に制限される事情がある場合でも、このような事情に対応した熱処理装置を構成することができる。たとえば、シャフトの設置可能な位置に対して放射線を照射を照射可能な位置が上または下にならざるを得ない場合であっても熱処理装置1pを構成することができる。
[実施の形態4]
実施の形態1では、固定された保持部2aにおいてセル11aの蓋の開閉により被熱処理物の交換を行なうが、複数の保持部2tを収容する収容部と、その収容部からいずれか一つの保持部2tを設置位置に供給する供給部を備えていてもよい。すなわち、被熱処理物のいわゆる交換器を備えていてもよい。図9は、被熱処理物の保持部および供給部の一例を示す斜視図である。図9に示すように、保持部2tはセル11tおよび保持支柱12tから構成されている。たとえば、図示されない収容部は、複数の保持部2tを収容できるように、直方体の箱状になっている。収容部には、保持部2tを積み上げることのできる程度の空間があり、下方にガイド41tへの保持部2tを一つずつ送り出すように制限するストッパが設けられている。供給部としてのガイド41tは、図9に示すように、曲面をもった2本の幅の狭い帯状体であり、先端部分は上向きに折り曲げられている。ガイド41tは、たとえば金属で構成されており、保持部の重みで変形しない程度の強度を有している。
以下に、簡単に実施の形態4に係る保持部2t、ガイド41tおよび収容部の動作を説明する。まず、熱浴の温度が一定に保持され、温度制御の準備が整ったら、収容部から保持部2tをガイド41tに送る。収容部から供給される保持部2tをガイド41tの曲面に沿ってその先端まで移動させる。次に、保持部2tを挟んで熱浴を衝合して、その被熱処理物に必要な温度制御処理を行なう。温度制御処理が終わったら、ガイド41tの上端を中心に矢印Dの方向に揺動移動させることで、保持部2tをリリースし下に落とす。ガイド41tをもとの位置に戻す。温度制御処理が必要な保持部2tが残っていれば、さらに収容部から保持部2tをガイド41tに送り、収容部に保持部2tの残りがなくなるまで、上記の動作を繰り返す。
これにより、複数の被熱処理物を交換する手間を省くことができ、複数の被熱処理物を一度に処理することができる。
[実施の形態5]
実施の形態1では、固定された保持部2aにおいてセル11aの蓋の開閉により被熱処理物の交換を行なうが、複数の保持部2vを有し、いずれか一つの保持部2vを設置位置に供給する供給部を備えていてもよい。たとえば、ベルトコンベアによる被熱処理物の交換器を備えていてもよい。図10は、実施の形態5に係る熱処理装置1vの斜視図である。図10に示す熱処理装置1vは、供給部としてのベルトコンベア51vを備える一例を示す斜視図である。図10に示すように、保持部2vはベルトコンベア51v上に設置されている。たとえば、被熱処理物がフィルム状の樹脂製品であり、急加熱または急冷却が樹脂製品の製造工程に含まれるような場合には、製造ライン上に熱処理装置1vを利用することができる。なお、ベルトコンベア51vは、両方の揺動部材が90°揺動したときに、駆動させるのが好ましい。すなわち、第1から第4までの熱浴がちょうど揺動の中間にあるときに、駆動させるのが好ましい。これにより、ベルトコンベア51vの駆動により、揺動部材または熱浴が保持部やベルトコンベアに接触する等の問題を生じ難くすることができる。
また、図10に示す熱処理装置1vでは、保持部2vはベルトコンベア51vに設置されているが、被熱処理物そのものをベルトコンベア上に設置し、温度制御してもよい。この場合には、被熱処理物を支えるベルトコンベアの一部が保持部となる。これにより、複数の被熱処理物を交換する手間を省くことができ、複数の被熱処理物を一度に処理することができる。また、工業的なライン工程に利用可能となる。
[実施の形態6]
実施の形態1の熱処理装置1aでは、熱浴5aから5dが保持部2aに密着することで、被熱処理物を急加熱または急冷却するが、保持部2aまたは被熱処理物を加熱または冷却する第2の温度制御手段を有していてもよい。たとえば、保持部2aに組み込むように第2の温度制御手段として熱線ヒータまたは冷却パイプを設けてもよい。これにより、第2の温度制御手段を補助的に使用し、さらに時間に対し大きな変化幅で被熱処理物の温度を変化させることができる。
なお、本発明の熱処理装置を、温度変化を伴う構造解析に用いる場合には、放射線による構造解析だけでなく、IRやラマン測定などの光学解析、NMRによる磁気的解析にも適用可能である。