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JP4025850B2 - 糖鎖構造同定方法及び同解析装置 - Google Patents
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JP4025850B2 - 糖鎖構造同定方法及び同解析装置 - Google Patents

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Description

本発明は、質量分析装置を用いた糖鎖構造の解析システムに関する。
ヒトゲノムのドラフトシーケンスデータ公開により、研究開発のフェーズはポストゲノム研究としてタンパク質の機能・構造解析と相互作用解析に移っている。一方、生体内においてタンパク質の約半数が翻訳後に糖鎖による修飾を受けており、そのような修飾を受けることによって初めて本来の機能を発揮することが明らかとなりつつある。従って、糖タンパク質の機能の解明は、ゲノム創薬や再生医療等を実現するために不可欠なアプローチである。すなわち、次世代ポストゲノム研究として、糖鎖とタンパク質を一体として網羅的に解析し、その機能の解明を目指す「グライコプロテオミクス」の視点から研究開発を進めることが必要であり、特に機能・構造解析の困難な糖鎖を迅速に解析できる新たな技術開発が望まれている。
糖鎖はタンパク質等の安定性や局在性に深く関わっており、細胞表面にあっては認識分子として機能するなど、細胞の高次な生命機能の発現に重要な役割を果たしている。しかし、糖鎖は、構成糖の種類や、糖の結合順序、構成糖間の結合様式やアノマー構造の違いなどにより、きわめて高い多様性を有する。例えば、構成糖のうち、グルコース(Glc)、ガラクトース(Gal)、マンノース(Man)は分子量が同じ、異性体である。構成糖の種類は多くはないと考えられているが、多くの糖鎖は構成糖が数十個程度結合したものであるため、その結合の組み合わせは極めて多数にのぼる。それに加えて、枝分かれ構造による異性体、α、βアノマー異性体等の異性体が存在し、硫酸化、リン酸化などの修飾を受けているものもある。
これらの多様性を有する上、分析を更に困難にしているのが、糖鎖は微量にしか存在しないという点であり、しかも現在のところ、糖鎖を増幅する手法は未だ開発されていない。
糖鎖構造の解析法として、現在まで、加水分解酵素やHPLCを用いた手法、レクチンアフィニティークロマトグラフィー、メチル化分析、質量分析、NMRなどを利用した手法等、種々の手法が開発されている(非特許文献1)が、いずれも単独で糖鎖の完全な構造情報が得られるものではなく、複数の手法を組み合わせた解析を行う必要がある。そのため、1つの糖鎖を解析するには、煩雑な操作と多くの時間が必要であり、ハイスループットな解析を行うことができなかった。
高速性及び操作の容易性の点より、上記のような種々の解析法の中でも、質量分析を用いた手法が今後の糖鎖構造解析の主流となるものとして期待されている。
しかし、従来より行われているMS/MS(MS2)による質量分析法では、アノマー異性体や構造異性体などを区別することができないという問題があった。
そこで、糖鎖イオンの[(i)断片化]−[(ii)断片イオンの質量測定及び選択]−[(iii)さらなる断片化]を多段階繰り返す(MSn)ことにより、糖鎖の複雑な構造情報を得ることが期待される(非特許文献2)。しかし、断片化毎に開裂イオンが場合によっては数十から数百も生成されるため、これら全ての開裂イオンに対して更なる断片化を行い、照合(パターンマッチング)を行ってゆくのは非現実的である。また、主要な開裂イオンだけに絞って更なる断片化を行うにしても、試行錯誤で行っていたのでは大量のサンプルが必要となる。
大倉,亀山「糖鎖構造解析の現状と将来」, バイオインダストリー, シーエムシー出版, 2003年1月, 18-24 Y. Takegawa, et al., "Structural assignment of isomeric 2-aminopyridine-derivatized oligosaccharides using MSn spectral matching", Rapid Commun. Mass Spectrum, 2004; 18: 385-391
本発明が解決しようとする課題は、微量のサンプルで、簡便且つ迅速に糖鎖の完全な一次構造を決定することのできる、糖鎖構造解析システムを提供することである。
本願発明者らは、質量分析のみで糖鎖構造を迅速に決定できる手法を求めて鋭意研究を重ねた結果、生成された開裂(フラグメント)イオンの中から適切なイオンを選択し、それ(又はそれら)について次段階の開裂を行うことにより、迅速且つ正確に異性体や単糖間の結合位置の情報を含めた、糖鎖の完全な一次構造情報を得られる方法を見いだした。
すなわち、上記課題を解決するために成された本発明は、分析目的糖鎖を開裂質量分析することにより得られる測定MS2フラグメントパターンに含まれる各MS2フラグメントイオンの更に開裂質量分析パターンである測定MS3フラグメントパターンをデータベースに記憶されている参照MS3フラグメントパターンと照合することにより分析目的糖鎖構造の同定を行う、質量分析装置を用いた糖鎖構造同定方法において、
測定MS2フラグメントパターンに含まれる複数のMS2フラグメントイオンのうち、データベースに記憶されている、その質量電荷比をプリカーサイオン質量電荷比とする複数の参照MS3フラグメントパターンの相互の類似度が所定値以下の測定MS2フラグメントイオンのみを開裂質量分析することを特徴とする。
前記の通り、糖鎖には様々な異性体が存在するため、それらを質量分析で区別することは難しいと考えられてきた。しかし、それらも、開裂を繰り返すことにより、そのフラグメントパターンに差異が生じることが明らかとなってきた。現在では、MS3までのフラグメントパターンを採取することにより、殆どの糖鎖についてその構造を同定することができると考えられている。
しかし、MS3フラグメントパターンを得るためには、原糖鎖から2段階の開裂を行うことになるため、1つの糖鎖から得られるMS3フラグメントパターンの数は厖大なものとなる。未知糖鎖から得られるMS3フラグメントパターン(これを測定MS3フラグメントパターンと呼ぶ)とデータベースに記憶されているMS3フラグメントパターン(これを参照MS3フラグメントパターンと呼ぶ)を何の指針も無しに順にパターンマッチングさせてゆくことは、いたずらに時間を消費するばかりではなく、正確なパターンマッチング(同定)をも妨げる恐れがある。
そこで本発明では上記の通り、1つの測定MS2フラグメントパターンに含まれる複数のMS2フラグメントイオンのうち、その質量電荷比をプリカーサイオン質量電荷比とする参照MS3フラグメントパターン相互の類似度が予め定められた値(第1所定値)以下のMS2フラグメントイオンのみを開裂質量分析するようにしたものである。
ここで、そのようなMS3フラグメントパターンが3つ以上存在する場合は、それらの中の任意の2個の組み合わせの類似度の中で最も高いものを上記類似度の指標として採択することができる。
データベースに記憶されている参照MS3フラグメントパターン相互の類似度が高い場合、未知試料についてMS3分析を行ってMS3フラグメントパターンを測定しても、いずれの方にパターンマッチするかを判定し難い。そこで、本発明に係る方法により、MS3フラグメントパターン相互の類似度が低いMS2フラグメントイオンから先に(又は低い方から順に)開裂質量分析を行い、MS3フラグメントパターンの照合(マッチング)を行うことにより、より速く同定を行うことができる。
上記のMS3フラグメントパターン相互の類似度は、予め、プリカーサイオンの質量電荷比に関連づけてデータベースに記憶しておくことが望ましい。これにより、より迅速なパターンマッチングを行うことができるようになる。
上記選択されたMS2フラグメントイオンについては、所定の基準により順位付けしておくことが望ましい。この順位付けには、上記参照MS3フラグメントパターン相互の類似度を利用することができる。また、データベースに記憶されている参照MS3フラグメントパターンの数の多さを勘案してもよい。その順位に従って順次開裂質量分析を行ってゆき、分析によって得られた未知試料のMS3フラグメントパターンとデータベースに記憶されている参照MS3フラグメントパターンの類似度が予め定められた値(第2所定値)以上である場合に、そこで分析を終了し、マッチしたパターンにより糖鎖構造を同定する。
なお、このような処理の対象とするMS2フラグメントイオンは、測定MS2フラグメントパターンにおけるピーク強度が所定値以上のもののみとしておくことが望ましい。
また、上記手順で同定を行う際、それら前に、測定された(プリカーサイオンのピークを含む)MS2フラグメントパターンから糖鎖の理論組成を算出し、それに基づいて、データベースに記憶されているMS2フラグメントパターン及びMS2フラグメントイオンの中から測定MS2フラグメントパターン及びフラグメントイオンと照合すべきものを予め選択しておく(絞っておく)ことが望ましい。
上記手順は、MS2フラグメントイオンを更に開裂質量分析するに関しての指針を示したものであるが、本発明に係る方法は、それ以上の段階の開裂により生成されたフラグメントイオン(MSnフラグメントイオン)の中で、どれを先に更なる開裂質量分析するかを決定する際にも同様に利用することができるものである。上記の通り、殆どの糖鎖についてはMS3フラグメントパターンを照合することにより構造の同定を行うことができると考えられるが、一部の複雑な、或いは異性体構造の差異が微妙である糖鎖に関しては、MS4又はそれ以上の開裂を行う必要があり得る。その場合に、本発明に係る方法を指針として用いることにより、更なる効率化を図ることができる。
以上、各段階で開裂質量分析を行うに際しては、プリカーサイオンの開裂エネルギーを、そのプリカーサイオンに応じて定まる所定値以上とすることが望ましい。このエネルギー値を、プリカーサイオンがほぼ完全に開裂する程度の値としておくことにより、開裂により生成されるフラグメントパターンの再現性が良好なものとなり、糖鎖構造同定の信頼性を高めることができる。なお、この所定の開裂エネルギー値は、プリカーサイオンに対応づけてデータベースに記憶しておくことが望ましい。
質量分析は、複雑且つ多様な糖鎖の構造解析を迅速に行い得る手法として期待されているが、正しい同定を行うためには、糖鎖イオンの[(i)断片化]−[(ii)断片イオンの質量測定及び選択]−[(iii)さらなる断片化]を繰り返し、少なくともMS3フラグメントパターンまでパターンマッチングを行う必要があると言われている。しかし、断片化毎に開裂イオンが場合によっては数十から数百も生成されるため、これら全ての開裂イオンに対して更なる断片化を行い、照合(パターンマッチング)を行ってゆくのは非現実的である。また、主要な開裂イオンだけに絞って更なる断片化を行うにしても、試行錯誤で行っていたのでは大量のサンプルが必要となる。
本発明に係る糖鎖構造解析方法では、その更なる断片化を行うに際して有益な指針を与えるものであり、これにより、迅速に、目的とする同定にたどり着くことができるようになる。また、無駄な分析を行う必要がなくなるため、試料の消費量を抑えることができ、微量の試料であっても十分な同定を行い得るようになる。
以下、本発明を一つの実例によって詳しく説明する。図1は、本発明を実施するための糖鎖構造解析装置の概略構成を示すものであり、この装置はマトリックス支援レーザ脱離イオン化装置(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)MALDI、四重極電場型イオントラップ装置(Quadrupole Ion Trap)QIT、及び飛行時間形質量分析器(Time Of Flight)TOFを備えた質量分析装置MSと、データベースDBを含む解析装置ANLから成る。データベースDBには、構造が明らかとなっている糖鎖のイオン、並びにその第1次及び第2次(MS2及びMS3)の断片化イオン(フラグメントイオン)の質量分析パターン(フラグメントパターン)が多数記憶されている。解析装置ANLにはその他に、質量分析装置MSから送られてくるフラグメントパターン(データ)を、データベースDBに記憶されているフラグメントパターン(データ)と照合し、その類似度を算出する照合装置(Pattern Matcher)PMが備えられている。また、質量分析装置MSには、装置全体を制御する制御部CNTLが設けられている。
この装置を用いて、未知の糖鎖の構造解析を行う手順を、図15を用いて説明する。まず、糖タンパク質や糖脂質を含有する生体試料から、同定しようとする未知の糖鎖を切断酵素又は化学的切断反応を用いて切り出す。得られた糖鎖試料を必要に応じてラベル化し、マトリクス剤と混合して質量分析装置MSにかける。質量分析部MSでは、試料はMALDIによりイオン化され、TOFにより質量分析が行われる。これにより、その糖鎖のイオン(プリカーサイオン)の質量電荷比(質量m/電荷z)が測定される。また、イオントラップ装置QIT内で開裂を行うことによりそのフラグメントイオンを生成し、各フラグメントイオンの質量電荷比及び強度を測定する。これにより、MS/MSフラグメントパターン(測定MS2フラグメントパターン。MS2FPm)が得られる(ステップS1)。このMS2フラグメントパターンの例を図2に示す。この例では、プリカーサイオン(未知糖鎖試料のイオン)の質量電荷比m/zは2147.8となっている。MS2フラグメントパターンのデータは、質量分析装置MSから解析装置ANLに送られる。
解析装置ANLでは、このMS2フラグメントパターンのデータより、
(1)プリカーサイオンの質量電荷比
(2)各フラグメントイオンの質量電荷比
(3)各フラグメントイオンの強度
を取り出す。解析装置ANLは、これらのデータ及びこの試料を採取する際に使用されたラベル化剤、切断酵素、試薬等の情報に基づき、糖鎖の理論組成を算出する(ステップS2)。なお、ラベル化剤等の情報は、分析者が質量分析装置MS側で入力してもよいし、解析装置ANL側で入力してもよい。
図2の例の場合、プリカーサイオンの質量電荷比2147.8より、糖鎖の理論組成は(Hex)5(HexNAc)6であると決定される。
次に、解析装置ANLでは、算出された理論組成を有する全ての糖鎖異性体のMS2フラグメントパターン(参照MS2フラグメントパターン。MS2FPd)と、質量分析装置MSから送られてきたMS2フラグメントパターン(MS2FPm)との間の類似度Sを算出する。2つのフラグメントパターンの類似度S(相違度D)の算出方法については、後に詳しく説明する。そして、測定MS2フラグメントパターンとの類似度Sが所定値S21以上の参照MS2フラグメントパターンのみを予備選択する(ステップS3)。
理論組成が(Hex)5(HexNAc)6の場合、解析装置ANLのデータベースDBには糖鎖異性体のMS2フラグメントパターンとして、図3に示す4種のものが記憶されている。各フラグメントパターンを呈する糖鎖構造模型をそのパターンの上に示す。図2の測定フラグメントパターンとの類似度Sが所定値S21以上のものは、(c)と(d)の2種のみである。
こうして予備選択された参照MS2フラグメントパターンより、強度の高い順にフラグメントピークを所定本数だけ選択する(ステップS4)。ここにおけるフラグメントピークの選択は、予め本数を定めておいてもよいし、所定の強度レベル(最大ピークに対する相対強度レベル)以上のものを選択するようにしてもよい。
図3(c)、(d)の2つの参照MS2フラグメントパターンからは、次の6本のフラグメントピークを選択する。
m/z=2129
m/z=1848
m/z=1782
m/z=1645
m/z=1483
m/z=1280
こうして選択されたフラグメントピークの中から、次に質量分析装置MSにおいて開裂質量分析を行うべきフラグメントイオン(MS2フラグメントイオン)を選択する。ここで本発明に係る方法を用いる。
すなわち、選択されたフラグメントピークに対応するフラグメントイオンをプリカーサイオンとする、データベースDBに記憶されているMS3フラグメントパターンを読み出し(通常、1つのプリカーサイオンに対してMS3フラグメントパターンは複数記憶されている)、それらの間の類似度(後記の相違度Dではなく、類似している度合いが高いほど高い値を示す類似度)Sを算出する。そして、その類似度が所定値S22以下のMS2フラグメントイオンのみ、質量分析装置MSにおいて開裂質量分析を行うようにする(ステップS5)。なお、この際、これらのMS2フラグメントイオンに、類似度の低い順に順位付けを行っておく(ステップS6)。
上記選択された6個のフラグメントピークについて、それぞれに対応するMS3フラグメントパターンを図4に示す。これらのうち、m/z=1483をプリカーサイオンとする2個のMS3フラグメントパターン、及びm/z=1280をプリカーサイオンとする2個のMS3フラグメントパターンは、他のプリカーサイオンのMS3フラグメントパターンよりも、相互の類似度が低い。データベースDBに記憶されているこれら参照MS3フラグメントパターンを未知試料の測定MS3フラグメントパターンと照合(パターンマッチング)する場合、両参照MS3フラグメントパターンが相互に類似しているよりも、両者の類似度が低い(両者が離れている)方が、測定MS3フラグメントパターンがいずれにマッチングするかを判定しやすい。
なお、図4ではMS3フラグメントパターンをそれぞれ2個ずつ示したが、1つのプリカーサイオンに対して3個以上のMS3フラグメントパターンがデータベースDBに記憶されている場合もある。その場合には、任意の2個のMS3フラグメントパターンの間の類似度を指標としてもよいが、相互の類似度が最も高い2個のMS3フラグメントパターンの間の類似度を指標とすることが望ましい。この場合、その他のMS3フラグメントパターンとの類似度はいずれもそれよりも低いということであるため、確実な測定/参照パターンマッチングを行うことができる。
図4の場合、m/z=1280の方がMS3フラグメントパターン相互間の類似度が低いため、こちらを第1位、m/z=1483のMS2フラグメントイオンを第2位とする。
解析装置ANLは、このような選択・順位付の結果に基づいて、質量分析装置MSに、次に開裂質量分析を行うべきプリカーサイオンの質量電荷比のデータを送る。質量分析装置MSでは、解析装置ANLから送られてくるデータに従い、イオントラップQIT内で生成されるMS2フラグメントイオンの中から指定されたフラグメントイオン(上記例の場合、m/z=1280のフラグメントイオン)のみを残し、それを所定のエネルギーで開裂してMS3質量分析を行う(ステップS7)。これにより得られるm/z=1280(正確にはm/z=1280.4)の測定MS3フラグメントパターンを図5に示す。
測定MS3フラグメントパターンのデータは質量分析装置MSから解析装置ANLへ送られ、そこで図4の2段目の2個の参照MS3フラグメントパターンとの類似度がそれぞれ算出され、所定の閾値S31と比較される(ステップS8)。今の場合、図6に示すように、(a)の方が測定MS3フラグメントパターンとの類似度が高い。
こうして、今回の分析試料である糖鎖は、図6(a)の上部に示す構造を有する(Hex)5(HexNAc)6であると同定される(ステップS9)。
次に、上記同定手順の中で用いた、未知試料の測定フラグメントパターンとデータベースに記憶されている参照フラグメントパターンの類似度算出のアルゴリズムを説明する。なお、以下のアルゴリズムの説明においては、上記の「フラグメントパターン」を「スペクトル」と呼ぶ。
(1) 測定スペクトルと参照スペクトルそれぞれについて、m/z値が或る値の範囲にあるピークを一つにまとめる(マージする)。それらのピークの中で最も強度が高いピークをマージ後のピークとする。
(2) 測定スペクトルのマージ後のn本のピーク(P1, P2, …, Pn)の強度がxi(i=1〜n)のとき、以下のようにスペクトルのベクトルXを作成する。
X=(x1, x2, …, xn)
(3) 参照スペクトルについて、ピークPiに相当する参照スペクトルのピークを決定し、そのピークの強度からスペクトルのベクトルYを作成する。
Y=(y1, y2, …, yn)
(4) 以下のように、2つのベクトルXとYのユークリッド距離からスペクトル間の相違度D1を求める。
D1=Σ(i=1〜n)(xi-yi)2
ここで算出される値D1は、両スペクトルが全く同一の場合には0(ゼロ)であり、両スペクトルの差が大きくなるほど値が大きくなるため「相違度」と表現しているが、当然、両スペクトルの類似度の尺度となるものである。両スペクトルが近いほど大きい値とするためには、この相違度の逆数等で表現すればよい。
(5) 上記のように算出した相違度D1では、未知試料のスペクトル(測定スペクトル)に存在しないピークを持つ既知糖鎖構造(参照スペクトル)でも低い相違度(高い類似度)でヒットするので、測定スペクトルと参照スペクトルのベクトル算出方法を入れ替えて相違度D2を再計算する。つまり、相違度D1が所定の閾値以下の参照スペクトルについて、参照スペクトルから上記ベクトルX、測定スペクトルから上記ベクトルYを算出し、相違度D2を求める。
上記相違度(類似度)算出方法の有効性を、実際のデータにより検証した。検証に用いた試料は、PAでラベル化した糖鎖を質量分析することにより得られたスペクトルである。マージする際のm/z値の範囲を0.8、ピーク同士が一致しているとみなすm/z値の範囲を0.5として計算をおこなった。また強度値としては、質量分析装置AXIMA-QIT(AXIMAは株式会社島津製作所の登録商標)が出力するピークリストの%AREA値(所定範囲内のピーク面積の値)を用いた。
(1) ONA-00001a(100.1)とONA-00001b(100.2)の比較
両者の構造式を図7(a)、(b)に示す。これら2種の異性構造体について、同一構造体試料を異なる実験由来で採取したスペクトル相互間の相違度と、異性体試料のスペクトル相互間の相違度を算出した結果を図8に示す。
図8の1段目は、ONA-00001a(100.1)のMS2スペクトル(プリカーサイオンの質量電荷比は1214)の相違度の計算結果である。中央の2列のデータは、同一の試料を異なる機会に質量分析して得られた場合の平均相違度の算出値を表し、右側の2列のデータは、異性体ONA-00001b(100.2)のMS2スペクトルとの間の相違度の値である。MS2スペクトルでは、同一試料との間の相違度と異性体試料間での相違度とは、あまり変わりはない。
図8の2段目は、ONA-00001a(100.1)のm/z=915のフラグメントイオンを更に開裂した質量分析スペクトル(MS3スペクトル)に関する相違度の計算結果である。上記同様、中央の2列のデータは同一の試料を異なる機会に質量分析して得られた場合の平均相違度であり、右側の2列のデータは異性体ONA-00001b(100.2)の同じくm/z=915のMS3スペクトルとの間の相違度である。MS3スペクトルまで分析を行うと、異性体試料間での相違度は、同一試料間での相違度よりも大きくなっている。図8の3段目は、m/z=1196のプリカーサイオンについての結果であるが、同じ結果を示している。
図8の4段目〜6段目は、ONA-00001b(100.2)について同様の計算を行った結果である。m/z=1214をプリカーサイオンとするMS2スペクトル及びm/z=915をプリカーサイオンとするMS3スペクトルの測定結果では、同一試料同士の相違度の値と異性体間の相違度の値とに差はみられないが、m/z=1196をプリカーサイオンとするMS3スペクトルの結果では同一試料同士の相違度の方が異性体間の相違度よりも小さい。
(2) ONG-00001c(100.3)とONG-00001d(100.4)の比較
両者の構造式を図9(c)、(d)に示す。また、上記同様の相違度の計算結果を図10に示す。これらの試料では、いずれの場合においても、同一試料間の相違度は異性体試料間の相違度よりも遙かに小さくなっている。
(3) ONG-00001e(310.2)とONG-00001f(310.3)の比較
両者の構造式を図11(e)、(f)に、相違度の計算結果を図12に示す。この試料の場合、m/z=1280をプリカーサイオンとする場合の他は、同一試料間の相違度が異性体試料間の相違度よりも高くなっているが、これは両試料のピークの出方がやや異なっており、マージ操作によりその差が現れたものである。m/z=1280をプリカーサイオンとするMS3スペクトルでは、同一試料間の相違度が異性体試料間の相違度よりも低くなっている。従って、これで両異性体を区別することができる。
(4) ONG-000020(400.2)、ONG-000021(400.3)、ONG-000022(400.5)の3種の比較
それぞれの構造式は図13に示す通りである。MS2スペクトルからではこれら3種の異性体の区別はできない。しかし、特定のピークを選んでMS3を行うと区別ができる。特にm/z=1686, 1764, 1967のプリカーサイオンをピークとしたMS3スペクトルであれば、相違度の最も低い構造(最も類似した試料)が正しい糖鎖構造を表している。
以上の実験結果より、まず、上記算出方法が、2つのスペクトルの類似度(相違度)の判定を行うに有効であることが確認された。また、MS2段階では異性体間の構造の相違はスペクトルの類似度(相違度)の差異となって現れない場合であっても、MS3まで開裂質量分析を行うことにより、異性体構造の差異がスペクトル類似度(相違度)の計算により分別できるようになることが明らかとなった。
本発明を実施するための装置の概略構成図。 本発明の一実施例において採取した測定MS2フラグメントパターン。 上記測定MS2フラグメントパターンに対応する、データベースに記憶されている参照MS2フラグメントパターンとその構造模型。 各種MS2フラグメントイオンをプリカーサイオンとするMS3フラグメントパターンの比較図。 m/z=1280のMS2フラグメントイオンの測定MS3フラグメントパターン。 上記測定MS3フラグメントパターンに対応する、データベースに記憶されている参照MS3フラグメントパターンとその構造模型。 2個のフラグメントパターン(スペクトル)の類似度(相違度)を算出するアルゴリズムの検証に用いた2種の試料の糖鎖構造式。 同試料の相違度算出結果の表。 上記アルゴリズムの検証に用いた別の2種の試料の糖鎖構造式。 同試料の相違度算出結果の表。 上記アルゴリズムの検証に用いた更に別の2種の試料の糖鎖構造式。 同試料の相違度算出結果の表。 上記アルゴリズムの検証に用いた更に別の3種の試料の糖鎖構造式。 同試料の相違度算出結果の表。 本発明に係る方法の一実施例の方法の流れを示すフローチャート。

Claims (13)

  1. 分析目的糖鎖を開裂質量分析することにより得られる測定MS2フラグメントパターンに含まれる各MS2フラグメントイオンの更に開裂質量分析パターンである測定MS3フラグメントパターンをデータベースに記憶されている参照MS3フラグメントパターンと照合することにより分析目的糖鎖構造の同定を行う、質量分析装置を用いた糖鎖構造同定方法において、
    測定MS2フラグメントパターンに含まれる複数のMS2フラグメントイオンのうち、データベースに記憶されている、その質量電荷比をプリカーサイオン質量電荷比とする複数の参照MS3フラグメントパターンの相互の類似度が所定値以下の測定MS2フラグメントイオンのみを開裂質量分析することを特徴とする糖鎖構造同定方法。
  2. 更に、データベースに参照MS4フラグメントパターン又はそれ以上の開裂が行われたMSn参照フラグメントパターンが記憶されており、測定されたMS4フラグメントパターン又はそれ以上の開裂が行われたMSn測定フラグメントパターンとの照合を行うことにより糖鎖構造の同定を行う糖鎖構造同定方法であって、上記と同様に、複数の参照MSn+1フラグメントパターンの相互の類似度が所定値以下の測定MSnフラグメントイオンのみを開裂質量分析することを特徴とする請求項1に記載の糖鎖構造同定方法。
  3. 分析目的糖鎖を開裂質量分析することにより得られる測定MS2フラグメントパターンに含まれる各MS2フラグメントイオンの更に開裂質量分析パターンである測定MS3フラグメントパターンをデータベースに記憶されている参照MS3フラグメントパターンと照合することにより分析目的糖鎖構造の同定を行う、質量分析装置を用いた糖鎖構造同定方法において、
    測定MS2フラグメントパターンに含まれる複数のMS2フラグメントイオンのうち、データベースに記憶されている、その質量電荷比をプリカーサイオン質量電荷比とする複数の参照MS3フラグメントパターンの相互の類似度が低いMS2フラグメントイオンから順に開裂質量分析することを特徴とする糖鎖構造同定方法。
  4. 更に、データベースに参照MS4フラグメントパターン又はそれ以上の開裂が行われたMSn参照フラグメントパターンが記憶されており、測定されたMS4フラグメントパターン又はそれ以上の開裂が行われたMSn測定フラグメントパターンとの照合を行うことにより糖鎖構造の同定を行う糖鎖構造同定方法であって、上記と同様に、複数の参照MSn+1フラグメントパターンの相互の類似度が所定値以下の測定MSnフラグメントイオンのみを開裂質量分析することを特徴とする請求項3に記載の糖鎖構造同定方法。
  5. 上記参照MSn+1フラグメントパターン相互の類似度が、プリカーサイオンの質量電荷比に関連づけてデータベースに記憶されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の糖鎖構造同定方法。
  6. 測定MSnフラグメントパターンにおけるピーク強度が所定値以上のMSnフラグメントイオンのみを対象とすることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の糖鎖構造同定方法。
  7. 測定MSnフラグメントパターンから糖鎖の理論組成を算出し、それに基づいて、データベースに記憶されている参照MSn+1フラグメントパターンのうち、照合の対象とすべきものを予め限定しておくことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の糖鎖構造同定方法。
  8. 開裂質量分析に際し、開裂エネルギーを、プリカーサイオンに応じて定まる所定値以上とすることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の糖鎖構造同定方法。
  9. 上記開裂エネルギーの所定値がデータベースに記憶されていることを特徴とする請求項8に記載の糖鎖構造同定方法。
  10. 2つのフラグメントパターンの類似度を次の方法で決定することを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の糖鎖構造同定方法。
    a)第1のフラグメントパターンにおいて、質量電荷比が所定の範囲内にあるピークを1つにまとめ、その中で最も強度の高いピークをその範囲を代表するピークとする。
    b)第2のフラグメントパターンにおいて、上記と同じ範囲分けにより同様に代表ピークを選択する。
    c)両フラグメントパターンの各範囲内の代表ピークの強度を要素とする2つのベクトルのユークリッド距離を相違度とし、該相違度に基づき類似度を決定する。
  11. 第1のフラグメントパターンに対して上記相違度が所定値以下である第2フラグメントパターンについて、第1及び第2を入れ替えて上記手順を繰り返して第2相違度を算出し、第2相違度に基づいて類似度を決定することを特徴とする請求項10に記載の糖鎖構造同定方法。
  12. イオン保持・開裂手段を備えた質量分析部と、
    既知の糖鎖のMSnフラグメントパターンを記憶したデータベース部と、
    請求項1〜11のいずれかに記載の方法に基づいて上記質量分析装置を制御するとともに、分析目的糖鎖の同定を行うデータ処理部と、
    を備えることを特徴とする糖鎖解析用質量分析装置。
  13. 請求項1〜11のいずれかに記載の方法を実施するためのプログラム。
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