JP4656236B2 - タンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量及び位置決定を行う方法 - Google Patents
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Description
一方、タンパク質・ペプチド中のトリプトファン残基を選択的に修飾することができる物質として、スルフェニルハライド(例えば、Scoffone E,Fontana A,Rocchi R,Sulfenyl Halides as Modifying Reagents for Polypeptides and Proteins.I.Modification of Tryptophan Residues,Biochemistry,7(1968)971−979参照)や、ベンジルハライド(例えば、Horton,H.R.and Koshland,D.E,Jr.(1972),Modification of proteins with active benzyl halides,Methods in ENZYMOLOGY,25,468−482参照)などが知られている。
そして、タンパク質・ペプチド中のトリプトファン残基に着目した定量プロテオーム解析が、スルフェニルハライドの安定同位体標識化合物を用いて行われている(例えば、Rapid Communications in Mass Spectrometry,17,1642−1650(2003)、国際公報第2004/002950号パンフレット参照)。
W.E.サヴィージ(W.E.Savige)及びA.フォンタナ(A.Fontana)、「インターナショナル・ジャーナル・オブ・ペプチド・アンド・プロテイン・リサーチ(International Journal of Peptide and Protein Research)」、1980年、第15巻、p.285 スコフォン・E(Scoffone E)、フォンタナ・A(Fontana A)、及びロッチ・R(Rocchi R)、「バイオケミストリー(Biochemistry)」、1968年、第7巻、p.971−979 ホートン・H・R(Horton,H.R.)及びコシュランド・DE・ジュニア(Koshland,D.E,Jr.)、「メソッズ・イン・エンザイモロジー(Methods in ENZYMOLOGY)」、1972年、第25巻、p.468−482 「ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリー(Rapid Communications in Mass Spectrometry)」2003年、第17巻、p.1642−1650
生体内で起こるタンパク質の酸化は、タンパク質の活性の低下、毒性発現などを引き起こすものであり、白内障、肺気腫、リウマチ、喘息などと関わっていることが報告されている。さらに、タンパク質の酸化はどの位置においても一様に進行するのではなく、酸化を受けやすい位置とそうでない位置がある。様々なin vivo或いはin vitro条件における酸化の位置とその程度とを知ることは、生命現象、構造活性相関などの解明に大きな意味を持つと考えられる。
本発明では、トリプトファン残基の酸化度に着目した。トリプトファン残基はメチオニン残基と並んで酸化されやすいアミノ酸残基であるため、酸化ストレス、加齢変化などの研究において注目されている。
上に挙げた従来技術のうち、紫外可視スペクトルを用いた酸化トリプトファン残基の定量方法では、精度の良い定量を行うことはできない。また、タンパク質中のどのトリプトファン残基が酸化されているのかもわからない。
なお、上に挙げた従来技術のうち、スルフェニルハライドの安定同位体標識化合物を用いた定量プロテオーム解析においては、酸化トリプトファン残基の定量については示唆されていない。
本発明の目的は、タンパク質・ペプチド中のトリプトファン残基の酸化の程度を決定することができる方法、及び、酸化を受けたトリプトファン残基の位置を決定することができる方法を提供することにある。
発明の概要
本発明には、以下の発明が含まれる。
下記(1)〜(4)の発明は、タンパク質の酸化度の相対量を定量する方法である。
(1) (i)トリプトファン残基の酸化度が未知であるタンパク質試料Aと、トリプトファン残基の酸化度が未知であるタンパク質試料Bとを用意し、
(ii)修飾試薬として、互いに同じ分子構造を有し、且つ互いに質量数の異なる同位体を含むことによって異なる分子量を有する2種の化合物を用意し、
前記タンパク質試料Aに対し、前記2種の化合物のうちいずれか一方の化合物を用いてトリプトファン残基の修飾を行い、修飾タンパク質試料A’を得て、
別途、前記タンパク質試料Bに対し、前記2種の化合物のうちいずれか他方の化合物を用いてトリプトファン残基の修飾を行い、修飾タンパク質試料B’を得て、
(iii)前記修飾タンパク質試料A’と前記修飾タンパク質試料B’とを混合し、質量分析用混合試料を得て、
(iv)前記質量分析用混合試料を質量分析に供し、タンパク質試料A及びタンパク質試料Bの各々におけるトリプトファン残基の酸化度を定量することを含む、タンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
上記(1)において、タンパク質とは、比較的分子量の小さいペプチドをも含む意味で用いる。
上記(1)においては、工程(i)で2種類のタンパク質試料を用意し、工程(ii)で同位体組成のみが異なる2種類の修飾試薬を用いて当該2種のタンパク質試料を別々に修飾し(すなわち同位体標識法によりいずれか一方のタンパク質試料を同位体標識し)、工程(iii)で2種類の修飾タンパク質試料を混合し、工程(iv)で質量分析を行う。
また、上記(1)において、工程(iii)で得られる質量分析用混合試料は、本発明の方法に供する試料の種類によって必要に応じた処理が適宜行われたものであって良い。すなわち、工程(iii)において、混合処理とともに、脱塩処理、乾燥処理、再可溶化処理、還元アルキル化処理、断片化処理、濃縮分離処理及び分画処理などから選ばれる処理が当業者によって適宜行われて良い。
(2) 前記修飾試薬が、スルフェニル化合物である、(1)に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
(3) 前記スルフェニル化合物が、アリールスルフェニルハライドである、(2)に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
(4)前記アリールスルフェニルハライドが、2−ニトロベンゼンスルフェニルクロライドである、(3)に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
下記(5)の発明は、タンパク質のトリプトファン残基の酸化位置を決定する方法である。
(5) (1)〜(4)のいずれかに記載の方法を行い、その後、アミノ酸配列決定を行うことにより、酸化されたトリプトファン残基の位置を決定する方法。
下記(6)〜(9)の発明は、タンパク質の酸化度の絶対量を定量する方法である。
(6) (i)トリプトファン残基の酸化度を定量すべきタンパク質試料Cと、トリプトファン残基の酸化度が既知であるタンパク質試料Dとを用意し、
(ii)修飾試薬として、互いに同じ分子構造を有し、且つ互いに質量数の異なる同位体を含むことによって異なる分子量を有する2種の化合物を用意し、
前記タンパク質試料Cに対し、前記2種の化合物のうちいずれか一方の化合物を用いてトリプトファン残基の修飾を行い、修飾タンパク質試料C’を得て、
別途、前記タンパク質試料Dに対し、前記2種の化合物のうちいずれか他方の化合物を用いてトリプトファン残基の修飾を行い、修飾タンパク質試料D’を得て、
(iii)前記修飾タンパク質試料C’と前記修飾タンパク質試料D’とを混合し、質量分析用混合試料を得て、
(iv)前記質量分析用混合試料を質量分析に供することによって、前記タンパク質試料Cにおけるトリプトファン残基の酸化度を定量することを含む、タンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
上記(6)において、タンパク質とは、比較的分子量の小さいペプチドをも含む意味で用いる。
上記(6)においては、工程(i)で2種類のタンパク質試料を用意し、工程(ii)で同位体組成のみが異なる2種類の修飾試薬を用いて当該2種のタンパク質試料を別々に修飾し(すなわち同位体標識法によりいずれか一方のタンパク質試料を同位体標識し)、工程(iii)で2種類の修飾タンパク質試料を混合し、工程(iv)で質量分析を行う。
また、上記(6)において、工程(iii)で得られる質量分析用混合試料は、本発明の方法に供する試料の種類によって必要に応じた処理が適宜行われたものであって良い。すなわち、工程(iii)において、混合処理とともに、脱塩処理、乾燥処理、再可溶化処理、還元アルキル化処理、断片化処理、濃縮分離処理及び分画処理などから選ばれる処理が当業者によって適宜行われて良い。
(7) 前記修飾試薬が、スルフェニル化合物である、(6)に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
(8) 前記スルフェニル化合物が、アリールスルフェニルハライドである、(7)に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
(9)前記アリールスルフェニルハライドが、2−ニトロベンゼンスルフェニルクロライドである、(8)に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
下記(10)の発明は、タンパク質のトリプトファン残基の酸化位置を決定する方法である。
(10) (6)〜(9)のいずれかに記載の方法を行い、その後、アミノ酸配列決定を行うことにより、酸化されたトリプトファン残基の位置を決定する方法。
図2は、本発明において、トリプトファン残基の酸化度が未知であるタンパク質試料Cと、トリプトファン残基が酸化されていないこと(すなわち酸化度が0%であること)が分かっている非酸化タンパク質試料Dとを解析対象とした場合の一例を概説する図である。
図3は、トリプトファン残基非酸化DSIP試料を用い、50%のトリプトファン残基が酸化されているDSIP試料について、本発明のトリプトファン残基酸化度の定量を行った結果を示すMSスペクトルである。
まず、トリプトファン残基の酸化状態を調べるための2種類のタンパク質試料を用意する。2種のタンパク質試料としては、以下の関係にあるものを挙げることができる。
例えば、一方のタンパク質がある検体に由来するタンパク質試料であり、他方のタンパク質が別の検体に由来するタンパク質試料である場合;一方のタンパク質が解析すべきタンパク質試料であり、他方のタンパク質試料が前記一方のタンパク質に対する対照タンパク質である場合;一方のタンパク質試料が病態サンプルから抽出したタンパク質試料であり、他方のタンパク質試料が正常サンプルから抽出したタンパク質試料である場合、などが挙げられる。
本発明に供する2種のタンパク質は、後の質量分析において解析を行いやすいように、互いに同じ量を用意することが好ましい。2種のタンパク質は、少なくとも一方の酸化度が未知であり、両者の酸化度が異なれば、両タンパク質試料におけるタンパク質のそれぞれの平均分子量は厳密には異なってくる。しかしながら、本発明においてターゲットとするトリプトファン残基はタンパク質中での出現頻度が最も少ない部類に属するアミノ酸であるため、当該平均分子量の差は本質的に無視できるものと考えることができる。
2種のタンパク質試料の両方においてトリプトファン残基の酸化度が未知である場合(この場合、2種のタンパク質試料をタンパク質試料A及びBと記載する場合がある)は、本発明によって、それぞれのタンパク質試料の相対的な酸化度を知ることができる。2種のタンパク質試料のうちいずれか一方の酸化度が未知であり、いずれか他方の酸化度が既知である場合(この場合、一方のタンパク質試料をタンパク質試料C、他方のタンパク質試料をタンパク質試料Dと記載する場合がある)、前記一方のタンパク質試料について絶対的な酸化度を知ることができる。
タンパク質試料は、可溶化処理が行われたものであっても良い。可溶化の方法としては、特に限定されない。例えば、変性剤として、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)などの界面活性剤、尿素、グアニジン塩酸塩などを用いてタンパク質を可溶化することができる。変性剤の濃度は特に限定されず、タンパク質試料の可溶化及び変性が起こるように、タンパク質試料の種類やその他の条件等を考慮して当業者が適宜決定すればよい。反応条件についても、常温変性及び熱変性を問わず、使用する変性剤を考慮して当業者が適宜決定すればよい。
(ii)タンパク質試料の修飾
本工程では、いわゆる同位体標識法により、2種類のタンパク質のいずれか一方を同位体標識する。この際、同位体標識法を行うための修飾試薬によって、2種類のタンパク質両方において、酸化されていないトリプトファン残基が修飾される。
修飾試薬としては、トリプトファン残基への選択的修飾能を有し、且つ酸化されたトリプトファン残基に対しては反応しない化合物を特に限定することなく用いることができる。
トリプトファン残基は、側鎖インドール環の2位が最も反応性が高く、通常はこの位置で酸化が起こる。そこで、本発明で用いるトリプトファン残基に対する修飾試薬としては、トリプトファン残基が酸化されていない場合は側鎖インドール環の2位への反応性を有し、トリプトファン残基が酸化されている場合はそのような反応性を有しない特性を有する化合物が用いられる。
なおかつ、本発明における修飾試薬は、互いに分子構造は同じであるが、互いに質量数の異なる同位体を含むことによって分子量が異なる2種の化合物を組み合わせて用いる。このうち、分子量が大きい化合物を重い試薬とし、分子量が小さい試薬を軽い試薬とする。より具体的にいうと、修飾試薬分子を構成する少なくとも1種類の元素が安定同位体で標識された化合物と、それとは同一構造であるが、前述の元素が前記安定同位体とは別の安定同位体で標識された化合物とを組み合わせて用いる。そして、質量数の大きい安定同位体で標識された化合物の方を重い試薬として、他方の化合物を軽い試薬として用いる。
なお、安定同位体で標識される元素は複数であっても良い。
具体的には、タンパク質試料A及びBを用意した場合は、タンパク質試料Aを重い試薬及び軽い試薬のうちいずれか一方で修飾し、修飾タンパク質試料A’を得て、タンパク質試料Bを重い試薬及び軽い試薬のうちいずれか他方で修飾し、修飾タンパク質試料B’を得る。同様に、タンパク質試料C及びDを用意した場合、タンパク質試料Cを重い試薬及び軽い試薬のうちいずれか一方で修飾し、修飾タンパク質試料C’を得て、タンパク質試料Dを重い試薬及び軽い試薬のうちいずれか他方で修飾し、修飾タンパク質試料D’を得る。
本発明において用いることができる修飾試薬としては、一般式1:R1−S−X1(R1は有機基を表し、X1は脱離基を表す)で表される構造を有する化合物や、一般式2:R2−X2(R2は置換されてよいアラルキル基を表し、X2は脱離基を表す)で表される構造を有する化合物などが挙げられる。
上記一般式1で表される化合物、すなわちスルフェニル化合物としては、上記一般式1におけるR1が置換されてよいアリール基である、アリールスルフェニルハライドが好ましい。さらに、アリールスルフェニルハライドとしては、2−ニトロベンゼンスルフェニルクロリド(2−nitrobenzenesulfenyl chloride;NBSCl)が好ましい。
2−ニトロベンゼンスルフェニルクロリドを用いる場合、下記式に示すように、重い試薬としての2−ニトロ[13C6]ベンゼンスルフェニルクロリド(NBSCl heavy)と、軽い試薬としての2−ニトロ[12C6]ベンゼンスルフェニルクロリド(NBSCl light)とを組み合わせて用いることが好ましい。
NBSCl heavy試薬及びNBSCl light試薬は、ともに島津製作所製13C NBS(R)Stable Isotope Labeling Kit−Nに収容されて販売されている。
なお、タンパク質・ペプチド中のトリプトファン残基に対する修飾試薬としてのスルフェニル化合物については、国際公報第2004/002950パンフレットなどに詳述されている。
上記一般式2で表される化合物としては、ベンジルハライドが好ましい。さらに、ベンジルハライドとしては、2−ヒドロキシ−5−ニトロベンジルブロミド(2−hydroxy−5−nitrobenzyl bromide)などが挙げられる。
2−ヒドロキシ−5−ニトロベンジルブロミドを用いる場合、下記式に示すように、重い試薬としての2−ヒドロキシ−5−ニトロ[13C6]ベンジルブロミドと、軽い試薬としての2−ヒドロキシ−5−ニトロ[12C6]ベンジルブロミドとを組み合わせて用いることが好ましい。
なお、タンパク質・ペプチド中のトリプトファン残基に対する修飾試薬としてのベンジルハライド化合物については、Horton,H.R.and Koshland,D.E,Jr.(1972),Modification of proteins with active benzyl halides,Methods in ENZYMOLOGY,25,468−482などに詳述されている。
修飾試薬としては、上に挙げた化合物に限らず、トリプトファン残基に対する修飾能を有し、且つ酸化トリプトファン残基に対する反応性を有さない化合物が、重い試薬と軽い試薬と組み合わされていれば特に限定されない。
(iii:質量分析用混合試料の調製)
上記の修飾工程によって得られた2種の修飾タンパク質試料A’とB’、或いは2種の修飾タンパク質試料C’とD’とを互いに混合する。
質量分析用混合試料においては、混合された修飾タンパク質試料は、脱塩処理、乾燥処理、再可溶化処理、還元アルキル化処理、断片化処理、及び/又は、トリプトファン残基を有する分子について濃縮分離処理されたものであっても良い。
これらの処理を行う段階は、修飾タンパク質試料同士の混合段階の前後を問わず、当業者が適宜決定することができる。
これら処理を行うための方法は、いずれも限定されない。例えば脱塩工程は、セファデックスカラムなど、通常用いられる脱塩カラムを用いることによって行うことができる。再可溶化処理は、上述の可溶化処理と同様に行うことができる。還元アルキル化処理も、通常の方法によって行うことができる。断片化処理も特に限定されず、通常行われるトリプシンなどの酵素による消化や化学的断片化を行うことができる。
濃縮分離処理も特に限定されない。例えば、セファデックスカラムや、フェニル基を有する担体を充填したカラムを用いることができる。フェニル基を有する担体を充填したカラムは、上記(ii)工程における修飾試薬として、π電子性化合物(NBSCl試薬を含む)が用いられる場合などに有用に用いられる。このようなカラムとしては、Hi−Trap phenyl FF、Hi−Trap phenyl HP、Phenyl Sepharose 6 Fast Flow、Phenyl Sepharose High Performance、(以上、アマシャムバイオサイエンス社製)、YMC*GEL Ph(ワイエムシィ社製)などが挙げられる。
さらに、質量分析用混合試料は、分画処理が行われたものであっても良い。分画処理を行うための方法としては、逆相カラムとHPLCとを用いたシステムを用いる方法などが挙げられる。分画処理を行われた場合の質量分析用混合試料は、それぞれ、複数の画分を含むことになる。
(iv:質量分析)
上記質量分析用混合試料について、質量分析を行う。本発明における測定にはMALDI型質量分析装置を用いることができる。この場合、MALDI−TOF型質量分析装置(例えば島津製作所/クレイトス製AXIMA−CFR plus)等や、MAIDI−IT−TOF型質量分析装置(例えば島津製作所/クレイトス製AXIMA−QIT)等が用いられる。
MALDI質量分析装置を用いる場合、マトリックスとしては特に限定されない。例えば、DHB(2,5−ジヒドロキシ安息香酸;2,5−dihydroxybenzoic acid)、4−CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸;α−cyano−4−hydroxycinnamic acid)、3−CHCA(α−シアノ−3−ヒドロキシ桂皮酸;α−cyano−3−hydroxycinnamic acid)、3H4NBA(3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸;3−hydroxy−4−nitrobenzoic acid)などをマトリックスとして用いることができる。MALDI−TOF型質量分析装置を用いる場合は、4−CHCAをマトリックスとして用いると良い。一方、MAIDI−IT−TOF型質量分析装置を用いる場合は、3−CHCA、3H4NBA、3H4NBAと4−CHCAとの混合物をマトリックスとして用いると良い。
このような条件のもと、上記質量分析用混合試料について、質量分析装置による測定を行い、MSスペクトルを得る。MSスペクトル解析は、以下のようにして行う。
たとえば、上記工程(i)で同量の2種のタンパク質試料を用意し、13C NBSCl及び12C NBSClを用いた上記工程(ii)と、断片化を含む上記工程(iii)とを行って質量分析用混合試料を得た場合を仮定する。上記工程(i)で用意した2種のタンパク質試料のうち、少なくともいずれか一方のタンパク質試料において、トリプトファン残基が部分的に酸化されていた場合、すなわち、2種のタンパク質試料のうち、少なくともいずれか一方の試料中に、酸化トリプトファン残基を有するタンパク質(以下、oxi−Try含有タンパク質と記載する場合がある)が、非酸化トリプトファン残基を有するタンパク質(以下、non−oxi−Try含有タンパク質と記載する場合がある)とともに含まれていた場合、得られる質量分析用混合試料には、NBS修飾トリプトファン残基を有するペプチド(以下、NBS−Try含有ペプチドと記載することがある)と、酸化トリプトファン残基を有するペプチド(以下、oxi−Try含有ペプチドと記載することがある)とが少なくとも含まれる。NBS−Try含有ペプチドとしては、重い試薬で修飾された13CNBS−Try含有ペプチドと軽い試薬で修飾された12CNBS−Try含有ペプチドとが含まれる。
MSスペクトルの解析においては、上記工程(ii)で用いた重い試薬と軽い試薬との分子量差に相当する質量電荷比を有するペアピーク(すなわちNBS−Try含有ペプチドのピーク)に着目する。
NBS試薬による修飾は、酸化されていないトリプトファン残基に対して起こることから、ペアピークを構成する2本のピークそれぞれの強度比は、上記(i)で用意した2種のタンパク質試料中にそれぞれに含まれていたnon−oxi−Try含有タンパク質の量の比に相当する。従って、ペアピークの強度の逆数比が、oxi−Try含有タンパク質の量の比に相当することになる。
このように、工程(iv)のMS解析では、ペアピークを構成する2本のピークそれぞれの強度比から、タンパク質試料中の酸化度を求める。
また、工程(i)で用意したタンパク質試料の量比と、工程(iv)で得られたMSスペクトルにおけるペアピークの強度比とが同じになる場合も考えられる。タンパク質試料の双方の酸化数が未知の場合にこのようなスペクトルが得られる場合、工程(i)における2種のタンパク質試料のいずれにもoxi−Try含有タンパク質が含まれていなかった可能性と、2種のタンパク質試料が同じ割合でoxi−Try含有タンパク質を含んでいた可能性との両方が考えられる。そのため、工程(iv)のMS解析では、NBS−Try含有ペプチドに相当する当該ペアピークとともに、NBS−Try含有ペプチドに対応する構造を有するoxi−Try含有ペプチドに相当するシングルピークが検出されていることを確認することが好ましい(ここで、「NBS−Try含有ペプチドに対応する構造を有するoxi−Try含有ペプチド」とは、トリプトファン残基がNBS化されているか酸化されているかの違いを除いてはNBS−Try含有ペプチドと同じ構造を有するペプチドをいう)。このようなシングルピークが検出されていれば、2種のタンパク質試料が同じ割合でoxi−Try含有タンパク質を含んでいたと判断することができる。
以下に、参考例をモデルに、本発明をより具体的に説明する。
[参考例1]
参考例1では、トリプトファン残基の酸化度が共に未知である、タンパク質試料Aとタンパク質試料Bとを解析対象とした場合の一例を示す(図1参照)。
まず、タンパク質試料A及びタンパク質試料Bを、同じ量だけ用意する(i)。タンパク質試料Aを、NBSCl heavy試薬で13C NBS修飾し、13C NBS修飾タンパク質試料A’を得る。一方で、タンパク質試料Bを、NBSCl light試薬で12C NBS修飾し、12C NBS修飾タンパク質試料B’を得る(ii)。13C NBS修飾タンパク質試料A’と12C NBS修飾タンパク質試料B’とを混合/脱塩し、還元/アルキル化、トリプシン消化、及び濃縮を行い、質量分析用混合試料を調製する(iii)。得られた質量分析用混合試料を、質量分析装置を用いて測定する(iv)。得られるMSスペクトルにおいて、NBSCl heavy試薬とNBSCl light試薬との分子量差に相当する6Daの質量差を有するペアピーク、すなわちNBS−Try含有ペプチドのピークに着目する。図1の(iv)に、MSスペクトル(横軸:質量電荷比(Mass/Charge)、縦軸:相対強度(% Int.))のモデルを示す。図1のように、当該ペアピークのうち、タンパク質試料Aに由来する13C NBS−Try含有ペプチドのピーク強度と、タンパク質試料Bに由来する12C NBS−Try含有ペプチドのピーク強度との比が、3:7であったとする。タンパク質試料Aとタンパク質試料Bとが同量用いられたことから、タンパク質試料Aとタンパク質試料Bとにおける、oxi−Try含有タンパク質の量比は、7:3であったことが分かる。すなわち、参考例1においては、タンパク質試料Aとタンパク質試料Bとのトリプトファン残基酸化度の相対比は、7:3であったことが分かる。
[参考例2]
参考例2では、トリプトファン残基の酸化度が未知であるタンパク質試料Cと、トリプトファン残基が酸化されていないこと(すなわち酸化度が0%であること)が分かっている非酸化タンパク質試料Dとを解析対象とした場合の一例を示す(図2参照)。
まず、タンパク質試料C及び非酸化タンパク質試料Dを、同じ量だけ用意する(i)。タンパク質試料Cを、NBSCl heavy試薬で13C NBS修飾し、13C NBS修飾タンパク質試料A’を得る。一方で、非酸化タンパク質試料Dを、NBSCl light試薬で12C NBS修飾し、12C NBS修飾タンパク質試料B’を得る(ii)。その後は、上記参考例1と同様の工程(iii)及び(iv)を行う。得られたMSスペクトルにおいて、ペアピークに着目し、非酸化タンパク質試料Dに由来する12C NBS−Try含有ペプチドのピーク強度に対する、タンパク質試料Cに由来する13C NBS−Try含有ペプチドのピーク強度を調べる。図2のように、非酸化タンパク質試料Dに由来するピークの強度を1とした場合に、タンパク質試料Cに由来するピークの強度が0.2であったとする。タンパク質試料Cと非酸化タンパク質試料Dとが同量用いられたことから、参考例2においては、タンパク質試料Cのトリプトファン残基酸化度は80%であったことが分かる。
本発明においてターゲットとしているトリプトファン残基は、タンパク質中での出現頻度が最も少ない部類に属するアミノ酸である。その頻度は、たとえば上記の工程(iii)で断片化処理を行った場合に得られるトリプトファン残基含有ペプチドフラグメントなどの、比較的鎖長の短いペプチド1分子につき、トリプトファン残基1個であることが多い。
この場合、本発明では、MS解析により酸化度が明らかになったタンパク質試料に関し、酸化されたトリプトファン残基の位置の決定を行うこともできる。具体的には、MS測定で得られたペアピークの少なくともいずれか一方をプレカーサイオンとしてMS/MS測定、或いはそれ以上の多段階MS測定を行い、アミノ酸配列を決定する。アミノ酸配列を決定することは、トリプトファン残基の位置を特定することでもある。
MSで得られたペアピーク自体は、タンパク質試料中のnon−oxi−Try含有タンパク質に由来するものであるが、non−oxi−Try含有タンパク質中のトリプトファン残基の位置を知ることによって、当該non−oxi−Try含有タンパク質に対応する構造を有するoxi−Try含有タンパク質(すなわち、トリプトファン残基が酸化されているか否かの違いを除いてはnon−oxi−Try含有タンパク質と同じ構造を有するタンパク質)における酸化位置を間接的に知ることができる。
[実施例1]
解析すべきペプチドとして、デルタ睡眠誘発ペプチド(DSIP:WAGGDASGE(配列番号1)、m/z 848.1)を用いた。50%のトリプトファン残基が酸化されたDSIPモデル試料(すなわち、酸化DSIPと非酸化DSIPとを等量含む試料)を調製し、100%非酸化DSIPをコントロールとして、モデル試料の酸化度の定量を行った。
1.DSIP酸化体の調製
1)過蟻酸の調製
蟻酸900μLと過酸化水素水(30w/w%)100μLとを混合して氷上で2時間反応させた。
2)DSIPの酸化
DSIP(ペプチド研究所製)100μgを0.1v/v%トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液200μLに溶解した。得られたDSIPの溶液に、上記1)で調製した過蟻酸100μLを加えて、室温で2.5時間反応させた。液体クロマトグラフィー(LC)によって原料の消失を確認し、その後、凍結乾燥した。
2.50%のトリプトファン残基が酸化されたDSIPモデル試料の調製
上記1.で調製したDSIP酸化体の全量を、50μLの酢酸に溶解し、DSIP酸化体溶液とした。別途、酸化されていないDSIP100μgを、50μLの0.1v/v%TFA水溶液に溶解し、非酸化DSIP溶液とした。DSIP酸化体溶液に非酸化DSIP溶液を加えて混合した。得られた混合物は、50%のトリプトファン残基が酸化されたDSIP200μgを、酢酸−0.1v/v%TFA水溶液(体積比1:1)混合溶液中に含む試料に相当する。
3.NBS試薬(13C NBS(R)Stable Isotope Labeling Kit−N、島津製作所製)による、モデル試料中のトリプトファン残基の酸化度の定量
非酸化のDSIP200μgを、酢酸−0.1v/v%TFA水溶液(体積比11)混合溶液中に溶解し、非酸化DSIP試料とした。非酸化DSIP試料に、12C NBS試薬(1mg)の酢酸(100μL)溶液を加えた。一方、上記2.で調製したDSIPモデル試料に、13C NBS試薬(1mg)の酢酸(100μL)溶液を加えた。双方の試料を、室温で3時間反応させた。反応終了後、双方の試料からそれぞれアリコート2μLを取って互いに混合し、さらに、0.1v/v%TFA水溶液200μLで希釈した。ZipTip処理を行った後、マトリックスとしてα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)を用いて、質量分析装置(AXIMA−CFR、島津製作所製)にてMALDI−TOF MSを測定した。
4.MALDI−TOF MSの結果
MSスペクトル上では、NBS試薬による修飾を受けたDSIPのペアピークが、m/z 1002.58、1008.64に観測された。それぞれのピークの面積比は、Area(1002.58):Area(1008.64)=1.99:1であった。
これは、より大きい質量電荷比を有するピークが、13C NBS試薬の修飾を受けた試料、すなわち酸化トリプトファン残基を有するDSIPモデル試料であり、当該モデル試料におけるトリプトファン残基酸化度が50%であることを示している。この結果は、DSIPモデル試料中に、トリプトファン残基を酸化したDSIPを50%、トリプトファン残基が酸化されていないDSIPを50%含ませたことと良い一致を示した。このことから、試料中のトリプトファン残基酸化度が、MSスペクトルにおけるペアピークの強度から求められることが示された。従って、2種類の試料のうち少なくとも一方のトリプトファン残基酸化度が未知であっても、ペアピークの強度から、相対的或いは絶対的酸化度を求めることが示された。
上記実施例においては、トリプトファン残基酸化度が50%であるタンパク質試料を人為的に調製し、この試料について解析を行うことによって、本発明の効果が奏されていることを確認した。従って、本発明は、天然のトリプトファン残基酸化度を有するタンパク質試料に対しても、当然実施することができる。また、上記実施例においては、DSIP試料を解析対象のタンパク質試料とし、同位体標識法を行うための修飾試薬としてNBS試薬を用い、解析を行った。しかしながら、本発明は、DSIP試料以外のタンパク質試料、及び、NBS試薬以外の同位体標識用修飾試薬にも適用される。そのため、上記実施例はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変更は、すべて本発明の範囲内のものである。
[配列表]
Claims (10)
- (i)トリプトファン残基の酸化度が未知であるタンパク質試料Aと、トリプトファン残基の酸化度が未知であるタンパク質試料Bとを用意し、
(ii)修飾試薬として、互いに同じ分子構造を有し、且つ互いに質量数の異なる同位体を含むことによって異なる分子量を有する2種の化合物を用意し、
前記タンパク質試料Aに対し、前記2種の化合物のうちいずれか一方の化合物を用いてトリプトファン残基の修飾を行い、修飾タンパク質試料A’を得て、
別途、前記タンパク質試料Bに対し、前記2種の化合物のうちいずれか他方の化合物を用いてトリプトファン残基の修飾を行い、修飾タンパク質試料B’を得て、
(iii)前記修飾タンパク質試料A’と前記修飾タンパク質試料B’とを混合し、質量分析用混合試料を得て、
(iv)前記質量分析用混合試料を質量分析に供し、タンパク質試料A及びタンパク質試料Bの各々におけるトリプトファン残基の酸化度を定量することを含む、タンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。 - 前記修飾試薬が、スルフェニル化合物である、請求の範囲第1項に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
- 前記スルフェニル化合物が、アリールスルフェニルハライドである、請求の範囲第2項に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
- 前記アリールスルフェニルハライドが、2−ニトロベンゼンスルフェニルクロライドである、請求の範囲第3項に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
- 請求の範囲第1〜4項のいずれか1項に記載の方法を行い、その後、アミノ酸配列決定を行うことにより、タンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の位置を決定する方法。
- (i)トリプトファン残基の酸化度を定量すべきタンパク質試料Cと、トリプトファン残基の酸化度が既知であるタンパク質試料Dとを用意し、
(ii)修飾試薬として、互いに同じ分子構造を有し、且つ互いに質量数の異なる同位体を含むことによって異なる分子量を有する2種の化合物を用意し、
前記タンパク質試料Cに対し、前記2種の化合物のうちいずれか一方の化合物を用いてトリプトファン残基の修飾を行い、修飾タンパク質試料C’を得て、
別途、前記タンパク質試料Dに対し、前記2種の化合物のうちいずれか他方の化合物を用いてトリプトファン残基の修飾を行い、修飾タンパク質試料D’を得て、
(iii)前記修飾タンパク質試料C’と前記修飾タンパク質試料D’とを混合し、質量分析用混合試料を得て、
(iv)前記質量分析用混合試料を質量分析に供することによって、前記タンパク質試料Cにおけるトリプトファン残基の酸化度を定量することを含む、タンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。 - 前記修飾試薬が、スルフェニル化合物である、請求の範囲第6項に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
- 前記スルフェニル化合物が、アリールスルフェニルハライドである、請求の範囲第7項に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
- 前記アリールスルフェニルハライドが、2−ニトロベンゼンスルフェニルクロライドである、請求の範囲第8項に記載のタンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の定量を行う方法。
- 請求の範囲第6〜9項のいずれか1項に記載の方法を行い、その後、アミノ酸配列決定を行うことにより、タンパク質中の酸化されたトリプトファン残基の位置を決定する方法。
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