特許法第30条第2項適用 ・ウェブサイトのアドレス:https://jps200908.award-con.com/ ウェブサイトの掲載日:2020年(令和2年)8月28日 ・集会名:一般社団法人日本物理学会 2020年秋季大会(物性) 開催日:2020年(令和2年)9月8日~11日 ・ウェブサイトのアドレス:https://doi.org/10.1016/j.fusengdes.2021.112712 ウェブサイトの掲載日:2021年(令和3年)6月14日
非特許文献1乃至3に記載の荷電粒子の輸送方法では、荷電粒子を輸送する間、輸送する距離に対応する長さの管に巻き付けられたソレノイドコイルに電流を流し続ける必要があり、ソレノイドコイルから熱が発生してしまう。このため、真空中にソレノイドコイルを配置しなければならない場合や、荷電粒子の観測で極低温の標的を使用する場合などでは、非特許文献2に記載のように、ソレノイドコイルの発熱を抑えるために高価な超伝導コイル等や、ソレノイドコイルを冷却するための大掛かりな冷却装置を使用する必要があり、設備コストが嵩むという課題があった。
また、非特許文献4に記載の方法でも、ワイヤに1000Aの大電流を流す必要があり、ワイヤからの発熱が大きくなるため、冷却のための設備コストが嵩むという課題があった。また、非特許文献5および6に記載のような、電場や磁場によるレンズ効果を用いる方法では、粒子エネルギーに応じて各レンズの焦点距離が変化するため、実効的に輸送できる粒子エネルギーの幅が小さくなり、輸送効率が悪いという課題があった。
また、非特許文献7および8に記載の、粒子と物質との相互作用を用いる手法では、ガスや絶縁体などをイオン化または帯電させるために、相当量のビームを予め照射しておく必要があり、電流値が小さい場合には荷電粒子を輸送することができないという課題があった。また、粒子を閉じ込めておくための電位分布は、物質との相互作用の大きさや荷電粒子の電流値に依存するため、パルス状の粒子の輸送など、電流量が変化する荷電粒子を輸送する際には、輸送効率が低下してしまうという課題があった。
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、設備コストを低減することができ、荷電粒子の量によらず、効率よく荷電粒子を輸送することができる荷電粒子輸送装置を提供することを目的とする。
本発明者等は、素粒子の1つであるミュオンが水素同位体核の核融合反応を手助けするミュオン触媒核融合反応において、一度反応を手助けしたミュオンが、核融合後に一度放出されて再度他の核反応を手助けすることに着目し、固体水素標的を用いてその標的面から等方的に放出される核反応後のミュオン(再生ミュオン)を観測する装置の開発を進めていたところ、標的面から放出されるミュオンを観測機器まで運搬可能であるだけでなく、他の荷電粒子の運搬にも適用可能な新たな運搬装置についての着想を得、本発明に至った。
すなわち、本発明に係る荷電粒子輸送装置は、細長い内側導体と、前記内側導体との間に間隔をあけて、前記内側導体の側面の全体または一部を覆い、前記内側導体の長さ方向に沿って伸びるよう配置された外側導体と、前記内側導体と前記外側導体との間に電位差を付与可能に設けられた電位差付与手段とを有し、前記電位差付与手段により前記電位差を付与したとき、前記内側導体と前記外側導体との間の空間で、荷電粒子が前記内側導体の周囲を旋回しながら前記内側導体の長さ方向に沿って移動可能に、前記荷電粒子に、前記内側導体に向かう力が常に加わるよう構成されていることを特徴とする。
本発明に係る荷電粒子輸送装置は、以下の原理により、荷電粒子を輸送することができる。すなわち、図1に示すように、外側導体が細長い管状であり、内側導体が外側導体の内側に、外側導体との間に間隔をあけて、外側導体と同軸に配置されているものとする。このとき、外側導体は、内側導体の側面の周囲全体を覆っている。ここで、内側導体の半径を rin、外側導体の半径を rexとし、電位差付与手段により、内側導体に電位 Vin、外側導体に電位 Vexを加えるものとする。なお、ここでは、説明を簡単にするために、内側導体の電位 Vinを負とし、外側導体を接地して Vex=0Vとする。
このとき、内側導体の中心軸からの距離を rとすると、内側導体と外側導体との間の空間には、(1)式に示す、半径方向 rに沿った log型の静電位の分布 VES(r)が形成される。
VES(r)=Vex-(Vin-Vex)×{log(r/rex)/log(rex/rin)} (1)
正の電荷 qを有する荷電粒子に対する電位分布は、図2に示す q・VES(r)の分布となり、荷電粒子には、内側導体に向かう中心力が常に加わる。
このため、荷電粒子が内側導体の長さ方向に沿った速度成分を有する場合には、荷電粒子は、遠心力とのつりあいにより、内側導体の周囲を旋回しながら、内側導体の長さ方向に沿って一定速度で移動する螺旋軌道をとることになる。荷電粒子の質量を m、角運動量を Lとすると、周回運動の遠心力ポテンシャル Vcf(r)は、(2)式で表され、荷電粒子の r方向の運動は、(3)式に示す有効ポテンシャル Veff(r)で規定される。
Vcf(r)=(1/2)×(L2/m)×1/r2 (2)
Veff(r)=q・VES (r)+Vcf(r) (3)
(2)式の遠心力ポテンシャル Vcf(r)、および(3)式の有効ポテンシャル Veff(r)の分布の例を、図2に示す。
図2に示すように、有効ポテンシャル Veff(r)により、荷電粒子の r方向の運動は、ある最小半径からある最大半径までの往復運動となり、その位置は、荷電粒子の r方向の保存エネルギーEにより決定される。また、荷電粒子の保存エネルギーEが、有効ポテンシャル Veff(r)の最低値よりも大きく、軌道最小半径が内側導体の半径 rinより大きく、軌道最大半径が外側導体の半径 rinより小さいときに、荷電粒子の継続した r方向の往復運動が許される。このことから、内側導体に垂直な面内においては、図3に示すように、荷電粒子の軌道は、内側導体の周囲を周回するサイクロイド的な軌道となる。
このように、本発明に係る荷電粒子輸送装置によれば、荷電粒子は、内側導体の周囲を旋回しながら、内側導体の長さ方向に沿って一定速度で移動する螺旋軌道をとる。このとき、図2に示すように、一旦この軌道に入った荷電粒子は、内側導体や外側導体に衝突することはない。また、内側導体の長さ方向に沿った荷電粒子の運動は、単なる等速運動となるため、荷電粒子を螺旋軌道に留めたまま、無制限に輸送することができる。
なお、ここでは、内側導体および外側導体が同軸管の場合について説明したが、同様の原理が適用できるものであれば、同軸管に限らず、他の構成であってもよい。例えば、内側導体および外側導体は、1または複数から成り、長さ方向に対して垂直な断面が、円形、楕円形、三角形、矩形、多角形、または、それらのいずれかの外形を有する環状を成していてもよい。また、内側導体および外側導体は、表面に凹凸を有していてもよい。
また、ここでは、内側導体の電位 Vinを負とし、外側導体の電位 Vexを接地電位に一致させているが、荷電粒子を輸送できるよう、内側導体と外側導体との間に電位差を設けていれば、各導体の電位をどのように設定してもよい。例えば、正の荷電粒子の輸送には、内側導体の電位 Vinを外側導体の電位 Vexよりも低くし、負の荷電粒子の輸送には、逆に内側導体の電位 Vinを外側導体の電位 Vexよりも高くすることにより、荷電粒子に中心力を加えることができ、上記の原理により荷電粒子を輸送可能にすることができる。
このように、本発明に係る荷電粒子輸送装置は、内側導体と外側導体との間に電位差を設けるだけで、荷電粒子を輸送することができる。このため、コイルやワイヤに電流を流す場合と比べて、必要な電力を少なくすることができ、熱の発生をほぼ抑えることができる。これにより、真空や極低温などの特殊な環境であっても、高価な超伝導コイルや冷却装置等が不要であり、設備コストを低減することができる。
本発明に係る荷電粒子輸送装置は、例えば、内側導体と外側導体との間の空間に荷電粒子を入射する際、内側導体および外側導体に荷電粒子が衝突せず、荷電粒子により発生する空間電荷に打ち勝つだけの電位差を、内側導体と外側導体との間に設けることにより、大電流の荷電粒子であっても輸送することができる。このように、本発明に係る荷電粒子輸送装置は、あらかじめビームを照射しておく必要がなく、微小電流から大電流まで、荷電粒子の量によらず、効率よく荷電粒子を輸送することができる。また、内側導体と外側導体との間の電位差を瞬時に調整することができるため、電流量が変化する荷電粒子であっても、その電位差を荷電粒子の種類に応じて調整することにより、効率よく輸送することができる。
本発明に係る荷電粒子輸送装置は、例えば、加速器等を利用して発生したミュオンなどの荷電粒子を、荷電粒子の発生位置から荷電粒子の観測位置まで輸送するのに使用することができる。荷電粒子の発生位置付近では、観測の妨げになるノイズも多く発生するが、本発明に係る荷電粒子輸送装置は、発生位置から離れた位置まで荷電粒子を輸送することができるため、観測時のノイズを低減することができる。
本発明に係る荷電粒子輸送装置で、前記内側導体および前記外側導体は、長さ方向に沿った一部が湾曲していてもよい。この場合、その湾曲部に沿って所望の荷電粒子を輸送するために、湾曲部の内側導体と外側導体との間に、直線の部分とは異なる電位差を付与可能であることが好ましい。湾曲部は、内側導体および外側導体の伸張方向を、いかなる角度に曲げるように設けられていてもよく、任意の曲線や立体的な湾曲に沿って設けられていてもよい。湾曲部を設けることにより、所望の荷電粒子を湾曲部に沿って曲げて輸送することができる。また、その荷電粒子よりもエネルギーが高い粒子は湾曲部を曲がりきれず、外側導体に衝突するため、所望の荷電粒子を観測する際の背景ノイズを削減することができる。
本発明に係る荷電粒子輸送装置で、前記内側導体および/または前記外側導体は、長さ方向に沿った所定の区間が、その他の区間とは異なる電位を付与可能に設けられた電位可変部を成し、前記電位差付与手段は、前記内側導体と前記外側導体との間に、前記電位可変部の区間とその他の区間とで異なる電位差を付与可能に構成されていてもよい。この場合、電位可変部の電位を調整することにより、荷電粒子が有するエネルギー、角運動量、またはそれらの組み合わせに応じて、荷電粒子を除去、反射または通過させるフィルター効果を得ることができる。
また、この電位可変部を有する場合、前記電位差付与手段は、前記電位可変部の区間の電位差を変化可能に構成されていることが好ましい。これにより、荷電粒子に対するフィルター効果の制御性を高めることができる。さらに、前記内側導体および/または前記外側導体は、前記電位可変部を、長さ方向に沿って互いに間隔をあけて2つ以上有し、前記電位差付与手段は、各電位可変部のうちの2つの電位可変部の間に前記荷電粒子を閉じ込め可能に、各電位可変部の区間に電位差を付与可能に構成されていてもよい。これにより、各電位可変部のうちの2つの電位可変部の間の区間に荷電粒子をトラップしたり、トラップされた荷電粒子を任意のタイミングでパルスとして出射したりすることができる。
本発明に係る荷電粒子輸送装置は、前記内側導体と前記外側導体との間の空間に磁場を印加可能に、前記外側導体の外側に設けられた磁場印加手段を有していてもよい。この場合にも、磁場印加手段で印加する磁場を調整することにより、荷電粒子が有するエネルギー、角運動量、またはそれらの組み合わせに応じて、荷電粒子を除去、反射または通過させるフィルター効果を得ることができる。また、電位可変部と併用することにより、磁場と電場との組み合わせにより、フィルター効果の制御性を高めることができる。
また、この場合、前記磁場印加手段は、前記空間に印加する磁場を変化可能に構成されていることが好ましい。これにより、荷電粒子に対するフィルター効果の制御性を高めることができる。さらに、前記磁場印加手段は、前記外側導体の長さ方向に沿って互いに間隔をあけて2つ以上設けられ、いずれか2つの磁場印加手段が前記空間に印加する磁場により、前記空間の中に前記荷電粒子を閉じ込め可能に構成されていてもよい。これにより、内側導体と外側導体との間の空間に荷電粒子をトラップしたり、トラップされた荷電粒子を任意のタイミングでパルスとして出射したりすることができる。
本発明によれば、設備コストを低減することができ、荷電粒子の量によらず、効率よく荷電粒子を輸送することができる荷電粒子輸送装置を提供することができる。
以下、図面および実施例等に基づいて、本発明の実施の形態について説明する。
図4乃至図17は、本発明の実施の形態の荷電粒子輸送装置を示している。
図4に示すように、荷電粒子輸送装置10は、内側導体11と外側導体12と電位差付与手段13とを有している。
内側導体11は、細長く、断面が円形を成している。内側導体11は、例えば、銅線から成っている。外側導体12は、細長い管状であり、内径が内側導体11の外径より大きく、内側に内側導体11を挿入して、内側導体11の長さ方向に沿って伸びるよう配置されている。外側導体12は、内側導体11との間に間隔をあけて、内側導体11と同軸に配置されている。外側導体12は、内側導体11の側面の周囲全体を覆っている。
電位差付与手段13は、内側導体11と外側導体12との間に電位差を付与可能に設けられている。これにより、荷電粒子1に、内側導体11に向かう力(図4中の矢印参照)が常に加わるよう構成されている。すなわち、電位差付与手段13は、正の荷電粒子1を輸送するときには、内側導体11の電位を外側導体12の電位よりも低くし、負の荷電粒子1を輸送するときには、逆に内側導体11の電位を外側導体12の電位よりも高くするよう構成されている。図4に示す具体的な一例では、電位差付与手段13は、外側導体12を接地すると共に、内側導体11に電位Vを印加可能に設けられている。
なお、荷電粒子1は、例えば、電子、陽電子、陽子、反陽子、負ミュオン、正ミュオン、荷電中間子、荷電レプトン、荷電バリオン、荷電イオン、荷電分子、荷電エアロゾル、荷電微粒子など、素粒子からマクロサイズにいたる粒子まで、粒子種を問わずいかなるものであってもよい。また、内側導体11と外側導体12との間の空間は、真空であることが好ましい。
荷電粒子輸送装置10は、電位差付与手段13により内側導体11と外側導体12との間に電位差を付与したとき、図1~図3に示す原理に基づいて、内側導体11と外側導体12との間の空間で、荷電粒子1が内側導体11の周囲を旋回しながら内側導体11の長さ方向に沿って移動可能に構成されている。
次に、作用について説明する。
荷電粒子輸送装置10は、荷電粒子1を、内側導体11の周囲を旋回する螺旋軌道1aで、内側導体11の長さ方向に沿って一定速度で移動させることができる。このため、一旦この螺旋軌道1aに入った荷電粒子1を、螺旋軌道1aに留めたまま、内側導体11や外側導体12に衝突させることなく、内側導体11および外側導体12が続く限り、無制限に輸送することができる。
また、荷電粒子輸送装置10は、内側導体11と外側導体12との間に電位差を設けるだけで、荷電粒子1を輸送することができる。このため、コイルやワイヤに電流を流す場合と比べて、必要な電力を少なくすることができ、熱の発生をほぼ抑えることができる。これにより、真空や極低温などの特殊な環境であっても、高価な超伝導コイルや冷却装置等が不要であり、設備コストを低減することができる。また、あらかじめビームを照射しておく必要がなく、微小電流から大電流まで、荷電粒子1の量によらず、効率よく荷電粒子1を輸送することができる。また、内側導体11と外側導体12との間の電位差は瞬時に調整することができるため、電流量が変化する荷電粒子1であっても、その電位差を荷電粒子1の種類に応じて調整することにより、効率よく輸送することができる。
なお、荷電粒子輸送装置10で、内側導体11および外側導体12は、長さ方向に沿った一部が湾曲していてもよい。この場合、その湾曲部の曲率半径が外側導体12の半径よりも大きいことが好ましい。また、湾曲部に沿って所望の荷電粒子1を輸送するために、湾曲部の内側導体11と外側導体12との間に、直線の部分とは異なる電位差を付与可能であることが好ましい。特に、湾曲部の曲率半径が小さいほど、その電位差が大きくなるよう構成されていることが好ましい。湾曲部は、内側導体11および外側導体12の伸張方向を、いかなる角度に曲げるように設けられていてもよく、任意の曲線や立体的な湾曲に沿って設けられていてもよい。湾曲部を設けることにより、所望の荷電粒子1を湾曲部に沿って曲げて輸送することができる。また、その荷電粒子1よりもエネルギーが高い粒子は湾曲部を曲がりきれず、外側導体12に衝突するため、所望の荷電粒子1を観測する際の背景ノイズを削減することができる。このように、荷電粒子1を輸送可能な湾曲部を設けることができるため、荷電粒子輸送装置10の設計自由度を高めることができる。
また、図5に示すように、荷電粒子輸送装置10で、外側導体12は、長さ方向に沿った所定の区間が、その他の区間とは異なる電位を付与可能に設けられた電位可変部21を成し、電位差付与手段13は、内側導体11と外側導体12との間に、電位可変部21の区間とその他の区間とで異なる電位差を付与可能に構成されていてもよい。また、図6に示すように、電位可変部21が、内側導体11および外側導体12の所定の区間に設けられていてもよい。図6に示す具体的な一例では、内側導体11は、所定の区間のみ間隔をあけて設けられた外管22aと、外管22aの内部に挿入された棒状の挿入体22bとを有し、外管22aと挿入体22bとに異なる電位を付与可能に設けられており、挿入体22bが露出した所定の区間が電位可変部21を成している。なお、電位可変部21は、内側導体11のみに設けられていてもよい。
この電位可変部21を有する場合、例えば、電位可変部21の区間の電位差を小さくすることにより、内側導体11に引き寄せられる力を弱くして、高エネルギーの荷電粒子1を外側導体12に衝突させることができ(図5の破線の軌道1b参照)、低エネルギーの荷電粒子1だけを選択的に輸送することができる。また、電位可変部21の区間の電位差を大きくすることにより、内側導体11に引き寄せられる力を強くして、低エネルギーの荷電粒子1を内側導体11に衝突させることができ、高エネルギーの荷電粒子1だけを選択的に輸送することができる。また、電位可変部21の区間の電位差を、その他の区間の電位差と逆符号の電位差にすることにより、荷電粒子1を反射させることもできる。このように、電位可変部21の電位を調整することにより、荷電粒子1が有するエネルギー、角運動量、またはそれらの組み合わせに応じて、荷電粒子1を除去、反射または通過させるフィルター効果を得ることができる。
また、図7に示すように、荷電粒子輸送装置10は、内側導体11と外側導体12との間の空間に磁場を印加可能に、外側導体12の外側に設けられた磁場印加手段23を有していてもよい。磁場印加手段23は、例えば、ソレノイドコイルから成っている。この場合にも、磁場印加手段23で印加する磁場を調整することにより、荷電粒子1が有するエネルギー、角運動量、またはそれらの組み合わせに応じて、荷電粒子1を除去、反射または通過させるフィルター効果を得ることができる。なお、磁場印加手段23は、内側導体11と外側導体12との間の空間に印加する磁場がより強くなるよう、コイルの周囲に配置された磁気ヨークを有していてもよい。また、図5および図6に示すような電位可変部21を有していてもよく、この場合、磁場と電場との組み合わせにより、フィルター効果の制御性を向上させることができる。図7に示す具体的な一例では、荷電粒子1に加わる磁場と電場とが概ね直交する、ウィーンフィルターで構成されている。このため、荷電粒子1の電荷と質量との比である電荷質量比に応じたフィルター機能を付加することもできる。
また、図8に示すように、荷電粒子輸送装置10で、内側導体11および外側導体12は、図6に示すような電位可変部21を、長さ方向に沿って互いに間隔をあけて2つ以上有し、電位差付与手段13は、各電位可変部21の区間の電位差を変化可能であり、各電位可変部21のうちの2つの電位可変部21の間に荷電粒子1を閉じ込め可能に、各電位可変部21の区間に電位差を付与可能に構成されていてもよい。図8に示す具体的な一例では、電位可変部21を2つ有している。なお、各電位可変部21は、内側導体11のみ、または、外側導体12のみに設けられていてもよい。
図8に示す2つの電位可変部21を有する場合、例えば、以下のようにして、各電位可変部21の間の区間(粒子貯留区間24)に荷電粒子1をトラップすることができる。すなわち、まず、一方の電位可変部21を、荷電粒子1が通過する状態にし、他方の電位可変部21を、荷電粒子1が反射する状態にしておき、一方の電位可変部21から粒子貯留区間24に荷電粒子1を入射させる。粒子貯留区間24に荷電粒子1が存在している状態で、一方の電位可変部21を、荷電粒子1が反射する状態に切り替えることにより、荷電粒子1を粒子貯留区間24にトラップすることができる。荷電粒子1をトラップすることにより、荷電粒子1の存在が局在化されるため、例えば、粒子貯留区間24から放出される崩壊2次粒子を検出することによる荷電粒子1の寿命測定や、粒子貯留区間24に磁場やマイクロ波を加えること等による荷電粒子1のスピンや微細構造定数の測定、粒子貯留区間24に薄膜やガスなどの物質を挿入することによる荷電粒子1の冷却、挿入した物質等と荷電粒子1との繰り返し相互作用の効率的な測定などを行うことができる。
また、荷電粒子1が粒子貯留区間24にトラップされた状態で、任意のタイミングで、いずれかの電位可変部21を、荷電粒子1が通過する状態に切り替えることにより、トラップされた荷電粒子1をそのタイミングでパルスとして出射することができる。また、このときの荷電粒子1を通過させる電位可変部21の電位設定を、特定のエネルギーのみが通過するように制御することにより、トラップされた荷電粒子1のうち、特定のエネルギーの荷電粒子1を選択してパルスとして取り出すこともできる。このことから、荷電粒子1のパルスを周期的に出射するために、電位差付与手段13により、いずれかの電位可変部21の区間の電位差を周期的に変更可能に構成されていてもよい。
なお、荷電粒子輸送装置10は、電位可変部21ではなく、図7に示すような磁場印加手段23を、外側導体12の長さ方向に沿って互いに間隔をあけて2つ以上有していてもよい。この場合にも、荷電粒子1をトラップしたり、トラップされた荷電粒子1を任意のタイミングでパルスとして出射したりすることができる。荷電粒子1のパルスを周期的に出射するために、いずれかの磁場印加手段23の磁場を、周期的に変更可能に構成されていてもよい。
また、図9に示すように、荷電粒子輸送装置10で、内側導体11は、複数から成り、棒状または線状を成し、互いに平行に配置されており、外側導体12は、2枚の平行板から成り、各内側導体11の長さ方向に沿って伸び、各内側導体11との間に間隔をあけて、各内側導体11を挟むよう配置されていてもよい。各外側導体12は、それぞれ各内側導体11の片方の側面を覆っている。この場合、図9(b)に示すように、電位差付与手段13により、内側導体11と外側導体12との間に電位差を付与することにより、内側導体11と外側導体12との間の空間で、荷電粒子1に対して内側導体11に向かう力が常に加わるような電位分布(図中の等電位線2参照)が形成され、1本の内側導体11の周囲を旋回する軌道1cや、複数の内側導体11にまたがって旋回する軌道1dに沿って、荷電粒子1を輸送することができる。
[シミュレーションについて]
以下では、荷電粒子輸送装置10により輸送される荷電粒子1について、市販のイオン光学設計ソフトのSIMION(Scientific Instrument Services社製)を用いて、シミュレーションを行った。シミュレーションでは、固体水素標的を使用したミュオン触媒核融合実験を想定し、電圧を印加可能な電極(内側導体、外側導体、固体水素標的)を配置して、任意の電圧を設定して電場を形成し、その電場内に荷電粒子1としてミュオン(Muon;重さ0.11 a.u.)を配置することで、その後のミュオンの軌道を求めた。
図10に示すように、実際のミュオン触媒核融合実験は、以下のようにして行われる。すなわち、まず、直方体の箱状のサーマルシールド31の内部に、矩形板状の固体水素標的32を配置する。ここで、固体水素標的32は、重水素やトリチウムで表面をコートして、重水素やトリチウムを添加したものであり、極低温に冷やされている。また、固体水素標的32の側方に、固体水素標的32の表面に対して平行な方向に伸びるよう、図4に示す荷電粒子輸送装置10を設置する。このとき、荷電粒子輸送装置10の外側導体12の固体水素標的32の側の端部を、サーマルシールド31の内側に配置し、外側導体12の反対側の端部に、ミュオン検出用の円形の金属箔33を設置する。金属箔33は、チタン製であり、内側導体11に接続されており、内側導体11と同じ電位になっている。
実験では、固体水素標的32の背面に、その背面に対して垂直方向から、加速器により高エネルギーの負のミュオン粒子を打ち込む。これにより、低温量子効果であるラムザウア・タウンゼント効果、および、ミュオン触媒核融合反応により、固体水素標的32の表面から、10 keV程度に減速された負のミュオン粒子が等方的に放出される。放出されたミュオン粒子のうち、固体水素標的32の側の端部から外側導体12の内側に入ったものの一部が、内側導体11と外側導体12との間の空間を通って、反対側の端部まで輸送され、金属箔33に当たって検出される。このミュオン触媒核融合実験をシミュレーションするために、図11に示すモデルを作成した。図11に示すモデルでは、内側導体11の外径を1 mm、外側導体12の内径を56 mm、金属箔33の半径を58 mm、内側導体11および外側導体12の長さを約1.1 mとしている。
まず、荷電粒子輸送装置10で荷電粒子1を輸送できることを確認するために、外側導体12の一方の端部に、内側導体11および外側導体12の長さ方向に対して垂直に固体水素標的32を配置し、その中心からミュオンが放出されたときの、ミュオンの軌道をシミュレーションにより求めた。シミュレーションでは、固体水素標的32および内側導体11に+10 kVの電位を印加し、外側導体12を接地電位(0 V)とした。
シミュレーションの結果を、図12に示す。図12には、固体水素標的32、内側導体11および外側導体12が形成した電位分布(図中の等電位線2参照)、ならびに、それを受けて運動する10~30 keVのミュオンの軌道群の例を示している。図12に示すように、固体水素標的32から放出されたミュオンの一部は、内側導体11と外側導体12との間の空間を旋回する軌道に入り、固体水素標的32とは反対側の端部まで輸送されることが確認された。図中の軌道1eは、仰角が15度で放出された、10 keVの負ミュオンの軌道であり、図中の軌道1fは、仰角が15度で放出された、30 keVの負ミュオンの軌道である。
なお、素粒子であるミュオンは、不安定な粒子であり、2.2マイクロ秒の寿命で崩壊するが、その寿命内に数メートルの距離を輸送することができる。高エネルギーの粒子にさらされる固体水素標的32の付近には、実際には、様々なエネルギーを有する電子や陽電子、光子などのノイズとなる粒子が多数存在している。荷電粒子輸送装置10では、寿命以外の因子で負ミュオンが失われることはないが、ノイズとなる粒子は、距離の2乗に反比例して小さくなるため、数メートルの輸送により背景ノイズを大幅に低減することができる。例えば、非特許文献9に記載のPHITSを用いて、1つのミュオンの入射による光子(ノイズ)の量を計算したところ、荷電粒子輸送装置10による輸送距離が400 mmの位置では、2.7×10-3個であり、輸送距離が1100 mmの位置では、1.5×10-4個であった。また、ミュオンの輸送距離を長くすることにより、ノイズを遮蔽するための遮蔽材を配置するための空間を増やすことができるため、さらなるノイズの低減を図ることができる。このように、荷電粒子輸送装置10により、特定のエネルギーを有する主に負ミュオンから成る粒子だけを、固体水素標的32から離れたところまで効率的に輸送することができ、ノイズの少ない環境下で、負ミュオンを用いた実験や観測を行うことができる。
ミュオン触媒核融合実験を想定した図11に示すモデルを用いて、固体水素標的32から放出されるミュオンの軌道をシミュレーションにより求めた。シミュレーションでは、内側導体11に+10 kVの電位を印加し、固体水素標的32および外側導体12を接地電位(0 V)とし、他の条件は実施例1と同じとした。シミュレーションにより求められたミュオンの軌道群を、図13に示す。固体水素標的32を保護するサーマルシールド31がない場合の軌道群を図13(a)に、固体水素標的32を保護するサーマルシールド31を追加し、より精密なシミュレーションを行った場合の軌道群を図13(b)に示す。図13(a)および(b)に示すように、固体水素標的32から放出されたミュオンの一部が、内側導体11と外側導体12との間の空間に入り、その空間を旋回する軌道1aを描いて、固体水素標的32とは反対側の金属箔33まで輸送されることが確認された。
図11に示すモデルを用い、固体水素標的32から放出される任意の運動エネルギーを有するミュオンのシミュレーションを行い、荷電粒子輸送装置10により金属箔33まで到達したミュオンの到達割合を求めた。シミュレーションの各条件は、実施例2と同じとした。シミュレーションでは、0.25~30 keVの範囲の複数の運動エネルギーのそれぞれに対して、100,000個のミュオンの軌道を求め、そのうちのいくつのミュオンが金属箔33まで到達するかを確認した。なお、シミュレーションでは、固体水素標的32の方向とは逆方向、すなわち荷電粒子輸送装置10の方向に向かう成分を有するミュオンのみを使用している。ここで、シミュレーションで得られた金属箔33まで到達したミュオンの個数を、シミュレーションしたミュオンの個数(ここでは、100,000個)で割った値を到達割合とした(以下でも、同じ)。
ミュオンの運動エネルギーに対する到達割合の変化をまとめ、図14に示す。図14に示すように、0.25~30 keVの範囲では、ミュオンの運動エネルギーが大きくなるに従って、到達割合は低下することが確認された。また、このときの到達割合は、約0.004~約0.15程度であることが確認された。内側導体11と外側導体12との間に電位差を与えない場合、すなわち、内側導体11、外側導体12、および固体水素標的32が0Vの場合には、到達割合は、金属箔33の表面積に対応する立体角で計算でき、約0.002程度である。このことから、荷電粒子輸送装置10により、到達割合が約2~70倍高くなっており、荷電粒子の輸送効率が高くなるといえる。
図11に示すモデルの内側導体11および外側導体12の途中に、湾曲部を有するモデルを用い、固体水素標的32から放出されるミュオンの軌道をシミュレーションにより求めた。使用したモデルでは、内側導体11および外側導体12の金属箔33の側の端部に、それぞれの伸張方向を90度曲げるよう、内側導体11および外側導体12をそれぞれ一定の曲率で湾曲させた湾曲部(曲率半径R = 144 mm)を挿入した。シミュレーションでは、直線部および湾曲部の内側導体11に+10 kVの電位を印加した場合、および、直線部の内側導体11に+10 kV、湾曲部の内側導体11に+30 kVの電位を印加した場合の、2通りの場合についてミュオンの軌道を求めた。また、ミュオンの運動エネルギーは、10 keVとした。なお、いずれの場合も、固体水素標的32および外側導体12は接地電位(0 V)とし、他の条件は実施例2と同じとした。
各場合について、シミュレーションにより求められたミュオンの軌道群を、それぞれ図15(a)および(b)に示す。図15(a)に示す直線部25aおよび湾曲部25bの内側導体11に+10 kVの電位を印加した場合には、図15(b)に示す直線部25aに+10 kV、湾曲部25bに+30 kVの電位を印加した場合と比べて、湾曲部25bで曲がりきれず、外側導体12に衝突しているミュオンが多く、金属箔33まで到達するミュオンが少なくなっている様子が確認された。
図15に示す各シミュレーションについて、金属箔33に到達したミュオンの数から、到達割合を求めた。また、湾曲部25bの曲率半径を半分(R = 72 mm)にし、直線部25aの内側導体11に+10 kV、湾曲部25bの内側導体11に+30 kVの電位を印加した場合についてもシミュレーションを行い、到達割合を求めた。また、比較のため、湾曲部25bを設けない場合についてもシミュレーションを行い、到達割合を求めた。湾曲部25bを設けない場合の到達割合を1としたときの、湾曲部25bを有する各場合の到達割合の比率(相対的到達割合)を求め、その結果を表1に示す。なお、固体水素標的32から金属箔33までの距離(内側導体11の長さ)は、全ての場合について同じ長さにしている。
表1に示すように、湾曲部25bの曲率半径を変えても、相対的到達割合はほとんど変化せず、今回のシミュレーションでの曲率半径の範囲では、曲率半径の大小は、到達割合に大きな影響を与えないことが確認された。これに対し、湾曲部25bの内側導体11の電位を、直線部25aの電位より上げた場合、すなわち、内側導体11と外側導体12との電位差を、直線部25aよりも湾曲部25bで大きくした場合には、相対的到達割合が著しく向上することが確認された。これは、内側導体11と外側導体12との電位差を湾曲部25bで大きくすると、ミュオンが内側導体11に引き寄せられる力が湾曲部25bで強くなり、曲がり切れなくなるミュオンの数を減らすことができるためであると考えられる。
湾曲部25bを有する場合、固体水素標的32と金属箔33と互いに直線的には見通せなくなるという利点が得られる。すなわち、固体水素標的32では、必要とするミュオン以外に、高いエネルギーの各種粒子やX線粒子などが副次的に放射されるが、ミュオンより高いエネルギーの荷電粒子1は、湾曲部25bではほとんど曲がらず直進し、X線粒子はそもそも電磁場では曲がらず直進する。このため、湾曲部25bを設けることにより、直進するノイズ粒子を遮蔽し、必要なミュオンのみを金属箔33に入射させることができ、観測時の背景ノイズを大幅に削減することができる。このように、湾曲部25bを有する場合には、湾曲部25bがない場合よりも到達割合が低下しているが、背景ノイズを低下させることができるため、背景ノイズの低下割合よりも到達割合の低下割合の方が小さい場合に、湾曲部25bを挿入するのが効果的であると考えられる。
図5に示すように、図11に示すモデルの外側導体12の一部に、電位を変化させることができる電位可変部21を有するモデルを用い、固体水素標的32から放出されるミュオンの軌道をシミュレーションにより求めた。シミュレーションでは、内側導体11に+10 kVの電位を印加し、電位可変部21の電位を0 kV~-10 kVまで、1 kVずつ変化させた。また、固体水素標的32および、電位可変部21以外の外側導体12は接地電位(0 V)とし、他の条件は実施例2と同じとした。
電位可変部21の電位が5 kVのときのミュオンの軌道群を、図16(a)に示す。また、ミュオンの運動エネルギーを0.5~20 keVとし、電位可変部21の電位を変化させたときの、電位可変部21以外の外側導体11と電位可変部21との電位差(filterの電位)ごとの到達割合を求め、図16(b)に示す。図16(a)に示すように、電位可変部21に内側導体11とは逆符号の電位を印加したとき、形成された電位分布(図中の等電位線2参照)により、ミュオンが内側導体11に引き寄せられる力が強くなったため、高いエネルギーを有するミュオン(軌道1g参照)は、電位可変部21を通過するが、低いエネルギーを有するミュオン(軌道1h参照)は、内側導体11に衝突したり、固体水素標的32の側に反射したりして、電位可変部21を通過することができない様子が確認された。図16(b)に示すように、電位可変部21の電位やミュオンのエネルギーにより、到達割合が変化し、特に、低いエネルギーを有するミュオンの到達割合が、電位可変部21の電位により大きく変化することが確認された。このことから、電位可変部21の電位を調整することにより、エネルギーの低いミュオンを除去するフィルター効果を得ることができる。また、電位可変部21の電位を変化させながら観測を行うことにより、ミュオンの運動エネルギー分布を得ることができると考えられる。
図11に示すモデルを用い、固体水素標的32の電位を変化させてシミュレーションを行い、到達割合を求めた。シミュレーションでは、内側導体11の電位(VC)を+10 kVとし、固体水素標的32の電位(VT)を0 kV、1 kV、5 kV、10 kVとした。また、外側導体12は接地電位(0 V)とし、他の条件は実施例2と同じとした。
ミュオンの運動エネルギーを0.25~20 keVとし、固体水素標的32の電位を変化させたときの、各電位での到達割合を求め、図17に示す。図17に示すように、固体水素標的32の電位やミュオンのエネルギーにより、到達割合が変化し、特に、低いエネルギーを有するミュオンの到達割合が、固体水素標的32の電位により大きく変化することが確認された。このことから、固体水素標的32の電位を調整することにより、エネルギーの低いミュオンを除去するフィルター効果を得ることができる。また、固体水素標的32の電位を変化させながら観測を行うことにより、ミュオンの運動エネルギー分布を得ることができると考えられる。