カレダ・ジア
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カレダ・ジア
খালেদা জিয়া
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| 生年月日 | 1945年8月15日 |
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| 没年月日 | 2025年12月30日(80歳没) |
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| 所属政党 | バングラデシュ民族主義党 |
| 配偶者 | ジアウル・ラフマン(1981年死別) |
| 在任期間 | 2001年10月10日 - 2006年10月29日 |
| 在任期間 | 1991年3月20日 - 1996年3月30日 |
ベグム・カレダ・ジア(Begum Khaleda Zia、1945年8月15日 - 2025年12月30日)は、バングラデシュの政治家。同国首相を2度(第9・11代)務め、同国初の女性首相である。バングラデシュ民族主義党(BNP)党首で、ジアウル・ラフマン元大統領の未亡人。
経歴
同国北部のディナジプル出身。1984年からBNP党首。1991年から1996年まで首相。その後、アワミ連盟に政権を奪われたが、2001年10月の総選挙でBNPが勝利したことを受け、首相に再就任。しかしその後、事実上の軍政が敷かれるようになると、2007年1月に予定されていた総選挙が非常事態宣言で中止に追い込まれ、同年9月3日には収賄・入札妨害等の罪で次男と共に逮捕される。
2018年には汚職疑惑で起訴され、17年の懲役刑を宣告される[1]。2018年から2024年までダッカ中央刑務所に収監されていた。2024年8月5日、ジアを訴追したシェイク・ハシナ首相が反政府デモで失脚したことに伴い、モハンマド・シャハブッディン大統領から恩赦を受け釈放された[2]。
2025年11月23日から関節炎、糖尿病などさまざまな健康上の問題によりダッカの病院に入院したが、2025年12月30日午前6時過ぎに亡くなった[3][4]。31日にダッカで国葬が営まれた[5]。
関連項目
脚注
- ^ “'No one should abuse state power in such manner'” (英語). Dhaka Tribune. (2018年10月30日) 2024年8月6日閲覧。
- ^ “バングラデシュ、首相の辞任と国外脱出で歓喜広がる 混乱と政治的空白への懸念も”. BBC News. BBC. (2024年8月6日) 2024年8月7日閲覧。
- ^ “Begum Khaleda Zia going through critical phase: Dr Zahid | Bangladesh” (ベンガル語). Somoy News (2025年12月30日). 2025年12月30日閲覧。
- ^ “バングラデシュ初の女性首相、カレダ・ジア氏が死去 80歳”. BBCニュース (2025年12月30日). 2025年12月30日閲覧。
- ^ “ジア元首相に最後の別れ 首都で国葬、2月は弔い選挙に―バングラデシュ”. 時事ドットコム (2025年12月31日). 2026年1月1日閲覧。
外部リンク
固有名詞の分類
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