勅使河原秀行
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てしがわら ひでゆき
勅使河原 秀行
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| 生誕 | 1963年(62 - 63歳) |
| 国籍 | |
| 出身校 | 京都大学農学部農林経済学科卒業 |
| 職業 | 宗教家 |
| 肩書き | 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)教会改革推進本部長 |
勅使河原 秀行(てしがわら ひでゆき、1963年〈昭和38年〉 - )は、日本の宗教家。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)教会改革推進本部長[1]。
略歴
愛知県一宮市に生まれる[2]。一宮市立北部中学校卒業、愛知県立一宮高等学校卒業、父親は大阪に本社のある繊維問屋の取締役で一宮支店長[2]。京都大学農学部農林経済学科入学後、原理研究会に入り[2]、大学卒業後は大和証券に入社[2]。
1992年6月30日、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の日本会長の神山威と原理研究会会長の大塚克己ともに元体操選手でタレントの山﨑浩子とホテルオークラで面会した。神山は山﨑に「浩子さん、この人があなたの相対者」と言って勅使河原を紹介した。山崎はその場で結婚を了承した[3]。同年8月25日、ソウルオリンピック主競技場で開かれた合同結婚式に山﨑とともに参加した[4][5][6][7]。
1993年4月21日、山﨑は記者会見を開催。46日ぶりに報道陣に姿を見せ、統一教会を脱会する意向を表明した[8][9]。このため2人が入籍することはなく[10]、婚姻関係は解消された[6]。一連の動きはメディアに注目され、「テッシー」と呼ばれた[10]。
鈴木エイトによると、2013年に統一教会の教団職員、翌年に人事部長のポストを得た。2016年には、総合企画局副局長との役職を務めていた[6]。
2022年9月22日、安倍晋三銃撃事件に関連する旧統一教会の会見において「教会改革推進本部本部長」として、約30年ぶりにメディアの前に姿を現した[7]。
脚注
- ^ “【会見詳報】旧統一教会の会長、元信者にお詫びも「教団は巻き込まれた」 安倍元首相銃撃事件後に返金44億円”. www.tokyo-np.co.jp. (2023年11月7日) 2023年11月10日閲覧。
- ^ a b c d “統一教会「勅使河原秀行さん」が30年ぶりに登場 実父が語っていた息子の“京大卒、大和証券勤務のエリート人生””. デイリー新潮. 新潮社. p. 2 (2022年9月24日). 2022年10月23日閲覧。
- ^ 山崎 1994, pp. 123–125.
- ^ 통일교 합동결혼식 - KBS NEWS(韓国放送公社)(KBS9時ニュース現場、1992年8月25日)
- ^ 세계 각국 통일교 신도 3만여쌍 합동 결혼식(MBCニュースデスク、1992年8月25日)
- ^ a b c “統一教会・勅使河原氏によるマスコミへの“逆襲” 弁護士は「会見はうそばかり。1家族につき183万円の献金ノルマが」”. デイリー新潮. 新潮社. p. 1 (2022年10月5日). 2022年10月23日閲覧。
- ^ a b “統一教会「勅使河原秀行さん」が30年ぶりに登場 実父が語っていた息子の“京大卒、大和証券勤務のエリート人生””. デイリー新潮. 新潮社. p. 1 (2022年9月24日). 2022年10月23日閲覧。
- ^ 『中日新聞』1993年4月21日付夕刊、第2社会面、10頁、「山崎浩子さん46日ぶり姿 『統一教会から脱会を決意』」。
- ^ 山崎 1994, p. 227.
- ^ a b 「旧統一教会「教会改革」会見に“テッシー”登場! 勅使河原秀行氏の変わり様にネット沸く」『日刊ゲンダイ』2022年9月22日。
参考文献
- 山﨑浩子『愛が偽りに終わるとき』文藝春秋、1994年3月15日。 ISBN 978-4163489001。
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