四部分類
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/12 13:31 UTC 版)
時代の流れに適応するように、六部分類から四部分類へと変化した[1]。
| 目録学 |
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四部分類(しぶぶんるい)は、前近代中国の漢籍の目録(図書目録)を作成するために発明された、図書分類法の一種である。書物を経・史・子・集の四部に分類する。四庫分類(しこぶんるい)、経史子集(けいしししゅう)ともいう。
歴史
四部分類が発明される前の分類法としては、紀元前1世紀に前漢の哀帝の命令で劉歆が編纂した『七略』による分類法がある。七略とは、六芸略・諸子略・詩賦略・兵書略・術数略・方技略・輯略の七部分類法(実際には、輯略は総記に相当するので、六部分類法)のことである。
3世紀には、西晋の武帝の命令で、荀勗が『中経新簿』を編纂し、その際に甲・乙・丙・丁の四部の分類法を最初に適用した。
その後、東晋の李充によって経・史・子・集の四つに整理された[2][3]。これが四部分類法として完成したのは7世紀、初唐の『隋書』「経籍志」である[4][5]。
四部分類の代表例として、清の乾隆帝の命令によって編纂された一大叢書である『四庫全書』による四部分類がある。
近代以降、四部分類はデューイ十進分類法や中国図書館分類法などに替わられ使われなくなるが、漢籍を所蔵する大学図書館等では漢籍用の分類法として使われている。
四部の構成
- 経部(けいぶ)
- 史部(しぶ)
- 子部(しぶ、こぶ)
- 集部(しゅうぶ)
現代では、さらに叢書部を加えて五部分類とすることもある。叢書部の初出は清末の張之洞『書目答問』とされる[12]。
現代でいう中国文学の「小説」は、文言小説が「子部小説家類」、白話小説が「集部」に分類される[13]。
関連項目
- イェンチン分類(燕京分類) - ハーバード燕京研究所で四部分類を参考に作られた分類法[14]
脚注
- ^ 清水茂 (2024), pp. 33–34.
- ^ 坂出祥伸 (2018), p. 120.
- ^ 清水茂 (2024), p. 36.
- ^ 坂出祥伸 (2018), pp. 124–128.
- ^ 清水茂 (2024), p. 40.
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中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Category:经部
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中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Category:史部
- ^ 大木康「第九章 玩物の世界」『中国人はつらいよ その悲惨と悦楽』PHP研究所〈PHP新書〉、2015年。ISBN 978-4569823461。
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中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Category:子部
- ^ 金文京 (1998).
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中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Category:集部
- ^ 坂出祥伸 (2018), p. 200.
- ^ 金文京 (1998), p. 200f;205f.
- ^ 津谷喜一郎「ハーバード大学イェンチン図書館の和漢医籍」『日本医史学雑誌』第39巻、第2号、日本医史学会、1993年。237-239頁。
参考文献
- 坂出祥伸『初学者のための中国古典文献入門』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2018年5月(原著2008年10月)。 ISBN 978-4-480-09869-6。
- 清水茂『中国目録学』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2024年12月(原著1991年9月)。 ISBN 978-4-480-51276-5。
- 金文京「中国目録学史上における子部の意義:六朝期目録の再検討」『斯道文庫論集』第33号、慶應義塾大学附属研究所斯道文庫、1998年。
外部リンク
- 漢籍目録の歴史 - 大阪大学中国哲学研究室Webサイト、2020年5月11日閲覧。
- “全國漢籍データベース 四庫提要”. kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp. 京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター. 2020年11月28日閲覧。
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