せんせい‐しょう〔‐シヤウ〕【陝西省】
読み方:せんせいしょう
⇒陝西
陝西省
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/08 06:59 UTC 版)
| 陝西省 | |
|---|---|
| 略称: 陝 / 秦 (拼音: ) | |
| |
|
| 簡体字 | 陕西 |
| 繁体字 | 陝西 |
| 拼音 | |
| カタカナ転記 | シャンシー ション |
| 省都 | 西安市 |
| 最大都市 | 西安市 |
| 省委書記 | 胡和平(前省長) |
| 省長 | 劉国中(前吉林省省長) |
| 面積 | 205,800 km² (11位) |
| 人口 (2020年) - 人口密度 |
39,528,999[1] 人 (16位) 192 人/km² (21位) |
| GDP (2018年) - 一人あたり |
24,438 億元 (16位) 63,729 元 (14位) |
| HDI (2018年) | 0.77 (高) (14位) |
| 主要民族 | 漢民族 - 99.5% 回族 - 0.4% |
| 地級行政区 | 10 個 |
| 県級行政区 | 107 個 |
| 郷級行政区 | 1745 個 |
| ISO 3166-2 | CN-SN |
| 公式サイト www |
|
陝西省(せんせいしょう、中国語: 陕西省, 拼音: [ʂan˧˩˧ ɕi˥] シャンシー ション、英語: Shaanxi[注釈 1])は、中華人民共和国の省の一つ。略称は秦、または三秦。古代中国の長安一帯を含む地域。
表記
陝西省の「陝」(セン)の旁(つくり)部分は「大」の両脇に「入」であり、これを「大」の両脇に「人」の「陜」(キョウ、せまい)と書くのは誤り。
陝西という地名の由来は以下のような歴史とかかわりがある。現在の河南省三門峡市陝州区の西南に、「陝原」(陝塬、陝陌)という台地状の地域があった。周朝の初年、周公旦と召公奭は殷の旧域を陝塬で二分し、陝塬より東を周公旦の、陝塬より西を召公奭の管理とした(分陝而治)。現在の陝西省にあたる地方は長らく「秦」と呼ばれており、長安に都があった唐代には「京畿」とされたが、宋代(北宋)に「陝原の西」という由来から陝西路と呼ばれる行政区分が置かれた。現在の陝西の名はここから始まる。なお唐の行政区分や中華民国初期の行政区分に陝東道というものがあったが、現在は陝東という地名は使われない。
普通話では「陝西省」(Shǎnxī Shěng [ʂan˧˩˧ ɕi˥])と「山西省」(Shānxī Shěng [ʂan˥ ɕi˥])との発音の違いは、声調のみにある。拼音で声調符号を付けない(または環境の問題で符号付き文字を表現できない)場合、「陝西」も「山西」も「Shanxi」となって区別が付かないので、便宜的に前者を「Shaanxi」と書き(aが2個)、後者を原則どおり「Shanxi」と書いて区別する。例えば、陝西省人民政府のドメイン名は「shaanxi.gov.cn」である。母音字を重ねて第三声を表すのは「国語ローマ字」の特徴であり[注釈 2]、「Shaanxi」という表記は、拼音と国語ローマ字の混合ということになる。
ハングル(朝鮮語)では、「陝西省」と「山西省」はどちらも「산시성」と同じように書かれるが、韓国式漢字音を用いて陝西省を「섬서성」、山西省を「산서성」と表記することもある。
地理
省内には黄河が流れ、中国のほぼ中央に位置し、黄土高原が広がる。北部は内蒙古自治区と接し、砂漠である。東部は、山西省・河南省、西部は寧夏回族自治区・甘粛省、南部は四川省・重慶市、東南部は湖北省と接している。南部を秦嶺山脈が東西に走る。
北部の冬は乾燥し寒く、夏は非常に暑い。南部は雨がより多い。
歴史
秦の都・咸陽、前漢・隋・唐の都長安が有った地であり、シルクロードの起点とされることもあり(シルクロード:長安-天山回廊の交易路網)、近代では第二次国共合作を成立させた西安事件の舞台となったことで有名である。北部の延安は陝甘寧辺区の首都で中国革命の聖地として名高く、呉旗は長征の終了宣言が出された街である。
行政区画
本省には1の副省級市·9の地級市(地区クラスの市)が設置されており、下級行政単位として市区が30市轄区、県級市が5市、県が72県所属する。詳細については下記データーボックスを参照。
| No. | 名称 | 中国語表記 | 拼音 | 面積 (km2) |
人口 (2020年[1]) |
政府所在地 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 陝西省の行政区画 | ||||||
| — 副省級市 — | ||||||
| 1 | 西安市 | 西安市 | 10096.81 | 12,183,280 | 未央区 | |
| — 地級市 — | ||||||
| 2 | 安康市 | 安康市 | 23536.31 | 2,493,436 | 漢浜区 | |
| 3 | 宝鶏市 | 宝鸡市 | 18116.93 | 3,321,853 | 金台区 | |
| 4 | 漢中市 | 汉中市 | 27096.43 | 3,211,462 | 漢台区 | |
| 5 | 商洛市 | 商洛市 | 19587.31 | 2,041,231 | 商州区 | |
| 6 | 銅川市 | 铜川市 | 3884.81 | 698,322 | 耀州区 | |
| 7 | 渭南市 | 渭南市 | 13030.56 | 4,688,744 | 臨渭区 | |
| 8 | 咸陽市 | 咸阳市 | 10323.99 | 4,983,340 | 秦都区 | |
| 9 | 延安市 | 延安市 | 37030.54 | 2,282,581 | 宝塔区 | |
| 10 | 楡林市 | 榆林市 | 42920.18 | 3,624,750 | 楡陽区 | |
文化
主要観光地
教育機関
公立機関
私立機関
交通
- 空路
西安咸陽国際空港には、東京やソウルなどの近隣諸国の主要都市の他、ロンドンやロサンゼルスなどを結ぶ長距離国際線が就航している。その他、国内線が就航する空港が省内の主要都市にある。
- 鉄道 (主な路線)
- 都市交通
脚注
注釈
出典
- ^ a b “Shaanxi/Prefectures, Cities, Districts and Counties”. Citypopulation (2022年11月18日). 2023年8月23日閲覧。
関連項目
外部リンク
| 寧夏回族自治区 | 内モンゴル自治区 | |||
| 甘粛省 | 山西省 河南省 |
|||
| 四川省 | 重慶市 | 湖北省 |
陝西省
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/17 03:59 UTC 版)
1862年、太平天国と捻軍が陝西省に入ると、漢人は防衛のため団練を組織した。その結果漢人を恐れた回民も武装することとなった。こうして対立が深まった結果、回民が太平天国に呼応して蜂起した。初期の指導者には任武・赫明堂、馬生彦、馬振和、白彦虎らがいた。同時期に寧夏でも馬兆元と馬化龍の指導で回民が蜂起した。陝西省の回民軍は清朝が太平天国の対応に忙殺されている間に渭水流域の陝西中部に勢力を伸ばした。蜂起軍は西安を包囲したが、1863年秋に欽差大臣ドロンガ(多隆阿)に敗北した。 太平天国の崩壊後、左宗棠が率いる湘軍が陝西に入った。左宗棠は捻軍を先に討ってから回民軍を倒すという方針をとり、1866年に回民軍は甘粛省への撤退を余儀なくされた。左宗棠はまた綿や穀物などの農業を振興し、さらに他の地域からの財政援助を受けた。こうして補給を確保した左宗棠は、1869年に劉松山を派遣してもっとも重要なジャフリーヤのリーダー馬化龍への攻撃を開始し、甘粛省北部にある馬化龍の拠点の金積堡を包囲した。16ヶ月の包囲ののち、馬化龍は降伏して処刑された。何千ものイスラム教徒が中国を逃れた。
※この「陝西省」の解説は、「回民蜂起」の解説の一部です。
「陝西省」を含む「回民蜂起」の記事については、「回民蜂起」の概要を参照ください。
- 陝西省のページへのリンク