実質賃金
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/17 08:26 UTC 版)
実質賃金(じっしつちんぎん, Real wages)とは、労働者が労働に応じて取った賃金が実際の社会においてどれだけの物品の購入に使えるかを示す値である。賃金から消費者物価指数を除することで求められる。このときの賃金、すなわち貨幣で受け取った賃金そのもののことを名目賃金(めいもくちんぎん, Nominal wages)という。
概要
労働者の賃金は貨幣によって支払われるが、この貨幣によって購買できる物の量は、その時の物価によって左右される。たとえ労働者に名目上の賃金として支払われる貨幣の金額が同じでも、物価の変動によって貨幣の価値は上がったり下がったりしているので、実質的な賃金は増えたり減ったりしていると言える(インフレーション・デフレーション)。そのため、労働者の賃金の変化を比較するためには、労働者が賃金として受け取った貨幣の金額(「名目賃金」)を単純に比較するだけでは駄目で、名目賃金から物価上昇や下落などの物価変動部分を取り除き、実質的な賃金(「実質賃金」)の数値を算出する必要がある。
労働者が貨幣として受け取る賃金(「名目賃金」、いわゆる「現ナマ」)の金額が上がったり下がったりする方が、「給料が上がった」「給料が下がった」という労働者の実感に近く、一般社会で「賃金」と言った場合は「名目賃金」を指すことが多いが、国家の経済を分析する上においては、物価の変動を考慮した実質的な賃金の数値を用いないと、その国の年ごと・月ごとの労働者の賃金の比較はできず、また2国間の相対的な労働者の賃金の比較もできない。そのためこれらの用途には、「賃金」の数値としては「実質賃金」の数値が主に使われる。
なお、物価の変動を考慮せず、名目上の賃金が上がったり下がったりしたことのみをもって「給料が上がった」「給料が下がった」と考えるのは、人間の錯覚であるが(貨幣錯覚)、実質賃金が下がっている(名目賃金の上昇以上に物価が高くなっている)にもかかわらず散財してしまったり、実質賃金が上がっている(名目賃金の下降以上に物価が安くなっている)にもかかわらず貯蓄してしまったりして、労働者の消費活動に影響を与えるので、経済の指標としては「名目賃金」の値も重要となっている。
日本における実質賃金の扱い
日本国においては、厚生労働省が作成する毎月勤労統計による賃金(現金給与総額・きまって支給する給与)の指数を消費者物価指数(総務省統計局による基本分類指数の「総合」と「持家の帰属家賃を除く総合」)で割った値を、実質賃金指数として毎月公表している[1]。なお、毎月勤労統計による賃金の指標には問題があったことが2018年末に発覚している。この問題に対処するために2004年以降の値の再計算がおこなわれたが、統計学的に誤った計算方法が導入されたため、かえって不正確な値となっている可能性が指摘されている[2]。毎月勤労統計の計算方法が系統的なバイアスを持つ問題は長年にわたって指摘されているが、改善はされていない[3][4]。
日本の実質賃金は、オイルショック、バブル崩壊、消費税率5%への引き上げなどの後の景気後退期には下がっている[5]。もっとも、2002-2007年の景気拡大期にも、実質賃金が下がっている[6]。
経済学者の岩田規久男は「実質賃金の上昇率は、景気拡大期には高くなる傾向があり、景気後退期には低くなる傾向がある。実質賃金の変化は景気と連動している」と指摘している[7]。また岩田は「実質賃金上昇率は実質経済上昇率とほぼ同じ方向に動いている。ただし、2002年以降は関係がはっきりしなくなった。日本では2002年、2004年、2007年と実質経済成長率はプラスであったが、実質賃金は低下している」とも指摘している[8]。
エコノミストの永濱利廣は、実質賃金は従業員の景気実感を判断する指標とする向きもあるが、この統計の元になる名目賃金は労働時間が短く平均賃金より低い雇用者数が増加すると、すでに働いている人の賃金が下がらなくても低下してしまう。このため、最低賃金やアメリカの単位当たり賃金データは、時間当たり賃金で測られるのが一般的であるとしている[9]。
永濱利廣は、日・米・ユーロ圏の月平均総実労働時間の推移を比較すると、日本だけ働き方改革に伴う労働時間規制が強化された2010年代後半以降、急速に労働時間が減少していることがわかる。日本の実質賃金を欧州並みにあげるのであれば、労働生産性を高めることや労働分配率や交易条件に加えて、労働時間のマイナス寄与を縮小させることが必要であるとしている。労働時間のマイナス寄与を縮小させるには、行き過ぎた労働時間規制の緩和が効果的であり、過重労働を抑制することも重要だが、もっと働きたい人の労働供給を抑制してしまってはいけないとしている[10]。
脚注
- ^ “毎月勤労統計調査 (全国調査・地方調査): 結果の概要”. 厚生労働省. 2025年12月17日閲覧。
- ^ 田中重人「統計コミュニティは統計不正にどう対応したか: 毎月勤労統計調査問題における政府・専門家・非専門家のはたらき」『東北大学文学研究科研究年報』第73巻、東北大学大学院文学研究科、2024年3月、198-169頁、hdl:10097/0002000821、 ISSN 1346-7182、 NCID AA11521033。
- ^ 等々力正夫「毎月勤労統計調査の標本事業所の抽出替えについて」『労働統計調査月報』第31巻第8号、労務行政研究所、1979年8月、24-27, 32、doi:10.11501/2817924、 ISSN 09102558、 NAID 40003889579。
- ^ 肥後雅博「賃金統計の精度向上に向けて: 毎月勤労統計調査の再生への取り組みと今後の課題」『フィナンシャル・レビュー』第2025巻第1号、財務省財務総合政策研究所、2025年3月、33-61頁、 CRID 1521993091148850304、doi:10.57520/prifr.159.0_33、 ISSN 0912-5892。
- ^ 岩田, p. 90.
- ^ 岩田, p. 91.
- ^ 岩田, pp. 90–91.
- ^ 岩田, p. 108.
- ^ 「実質賃金に対する誤解 ~米国のように時間当たりで見れば、既往ピークを更新~」第一生命経済研究所2022年9月2日
- ^ 「実質賃金低迷の主因は低労働生産性の誤解 ~主因は労働時間の減少。実質賃金上昇に求められる経済政策~」第一生命経済研究所2024年11月25日
参考文献
関連項目
外部リンク
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