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Vanity Fareとは? わかりやすく解説

ヴァニティ・フェア (バンド)

(Vanity Fare から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/09 04:47 UTC 版)

ヴァニティ・フェア
1971年のヴァニティ・フェア
基本情報
出身地 イングランド ケント州
ジャンル ポップ・ミュージック
活動期間 1966年 -
レーベル ページ・ワン・レコード
公式サイト www.vanityfare.co.uk
メンバー バーニー・ハグリー
エディ・ウィーラー
マーク・エレン
スティーヴ・オークマン
旧メンバー トレヴァー・ブライス
トニー・グールデン
ディック・アリックス
トニー・ジャレット
バリー・ランデメン
ジミー・キャシディ
フィル・キットー
ブライアン・ジョンソン

ヴァニティ・フェアVanity Fare:小説『虚栄の市』や雑誌名との類似から、しばしば誤って Vanity Fair と誤記される)は、1966年に結成されたイギリスポップ/ロック・グループで、1970年に世界的な大ヒットとなり、百万枚以上を売った「夜明けのヒッチ・ハイク (Hitchin' a Ride)」によって知られている[1]

経歴

学校の友人だった、トレヴァー・ブライス (Trevor Brice、1945年2月12日 - :イングランドケント州ロチェスター生まれ:ボーカル)、トニー・グールデン (Tony Goulden、出生名アンソニー・グールデン (Anthony Goulden)、1942年11月21日 - :ロチェスター生まれ:ギター)、ディック・アリックス(Dick Allix、出生名リチャード・アリックス (Richard Allix)、1945年5月3日 - :ケント州グレイブセンド (Gravesend) 生まれ:ドラム)、トニー・ジャレット(Tony Jarrett、出生名アンソニー・ジャレット (Anthony Jarrett)、1943年9月4日 - :ロチェスター生まれ:ベース)は、1966年にケント州でバンドを組み、ジ・アヴェンジャーズ (The Avengers) と称した。地元のいろいろなナイトクラブに出演している間に、実業家のロジャー・イースタービー (Roger Easterby) に見出され、イースタービーがバンドのマネージャー、音楽プロデューサーとなった。やがて、サッカレーの小説『虚栄の市』からとった「ヴァニティ・フェア」に改名したバンドは、ベル・レコード (Bell Records) の一部門であったページ・ワン・レコード (Page One Records) と契約した。もともと1965年ザ・サンレイズが吹き込んだ曲をカバーした最初のシングル「太陽に叫ぼう(I Live For The Sun)」は、1968年の夏にイギリスでヒットした[1]。その後の2枚のシングル「二人だけの朝 (Summer Morning)」と「Highway Of Dreams」は全英シングルチャート入りしなかったが、続く「幸福の朝 (Early in the Morning)」は、バンドにとってイギリスでの最大のヒットとなった。マイク・リーンダー (Mike Leander) とエディ・シーゴ (Eddie Seago) が書いたこの曲は、1969年8月にイギリスで8位まで上昇し、ゴールドディスクに認定された[2]

続く「夜明けのヒッチ・ハイク」からは、キーボード奏者バリー・ランデメン(Barry Landemen、1947年10月25日 - :サフォーク州ウッドブリッジ (Woodbridge) 生まれ)がグループに加わった。ピーター・キャランダー (Peter Callander) とミッチ・マレイ (Mitch Murray) が書いた「夜明けのヒッチ・ハイク」は、グループにとって2枚目の、百万枚以上を売り上げたシングルとなり[2]、シカゴのラジオ局 WLSでは1970年5月に、同じくWCFLでは6月に、それぞれ2週間にわたってチャートの首位となり、Billboard Hot 100では、1970年6月から7月にかけて最高5位、イギリスでは1970年1月に16位まで上昇した。

このヒットに先だって、バンドは合衆国でツアーを行っていたが、このツアーの後、ディック・アリックスとトニー・グールデンはバンドを離れ、代わってピアニスト兼歌手のエディ・ウィーラー (Eddie Wheeler) と、ドラマーのマーク・エレン (Mark Ellen) が加わった。

1970年末までに、さらに2枚のシングルが続き、マイク・リーンダーとエディ・シーゴが書いた「Come Tomorrow」、ロジャー・クック (Roger Cook) とロジャー・グリーナウェイ (Roger Greenaway) の「Carolina's Coming Home」が出されたが、合衆国でもイギリスでも、チャート入りは果たせなかった。また、遅れて合衆国でもリリースされた「二人だけの朝」は、チャート入りも2週だけで、最高位は98位であった。

その後も数年間、さらにシングルがリリースされ、その中にはDJMレコード (DJM Records) から出た、トニー・マコーレイ (Tony Macaulay) 作の「Better By Far」なども含まれていたが、いずれもチャート入りはしなかった。この後、バンドはヨーロッパを回るライブ・ツアーに専念することを決め、ツアー先ではヒットする曲も出した。1970年代半ば以降は、ジャレットの脱退とバーニー・ハグリー (Bernie Hagley) への交代など、数々のメンバー交代を経て、グループは散発的にはレコーディングを行なわなくなった。1986年、グループはイギリス代表としてユーロビジョン・ソング・コンテストに出場することを目指し、予選である「A Song for Europe」のイギリス大会に、古くからのメンバーであるエレンとウィーラー、またベニー・ハグリーに加え、ジミー・キャシディ (Jimmy Cassidy) をボーカル、フィル・キットー (Phil Kitto) をキーボードに据え、「Dreamer」という曲で出場したが、結果は3位に終わった。グループは、2007年には、P・J・プロビー (P. J. Proby) とともにツアーをした。

その後もグループは活動を継続しており、メンバー構成はハグリー、ウィーラー、エレンに、スティーヴ・オークマン (Steve Oakman) となっている。

ブライスは、余暇として合唱団 the City of Bath Male Choir にセカンド・テナーとして参加しており、この合唱団はBBC One の『Last Choir Standing』の決勝まで進出した。ブライスの息子であるセバスチャン・ブライス (Sebastian Brice) はアート・ロック・バンド、エイヴィアス (Avius) のメンバーとなっている。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

  • 『サン・ウインド・アンド・アザー・シングス』 - The Sun. The Wind. And Other Things (1968年)
  • Early in the Morning (1970年)

コンピレーション・アルバム

  • 『夜明けのヒッチハイク』 - Coming Home (1970年)
  • Vanity Fare (1981年)
  • Beach Party (1988年)
  • Will You Still Love Me Tomorrow (1994年)
  • The Best of Vanity Fare (2004年)
  • Hitchin' a Ride (2013年)
  • 『アイ・リヴ・フォー・ザ・サン - コンプリート・レコーディングス 1968-1974』 - I Live for the Sun: Complete Recordings 1966–76 (2015年)

脚注

  1. ^ a b Roberts, Davi (2006). British Hit Singles & Albums (19th ed.). London: Guinness World Records Limited. pp. 582. ISBN 1-904994-10-5 
  2. ^ a b Murrells, Joseph (1978). The Book of Golden Discs (2nd ed.). London: Barrie and Jenkins Ltd. pp. 269 & 287. ISBN 0-214-20512-6 

関連項目

外部リンク


Vanity Fare

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/02 08:01 UTC 版)

バニティ・フェア」の記事における「Vanity Fare」の解説

ヴァニティ・フェア (バンド) (Vanity Fare) - イギリスポップ、ソフト・ロック・グループ。1970年に「夜明けのヒッチ・ハイク (Hitchin' a Ride)」がヒットした。 このページ曖昧さ回避のためのページです。一つ語句複数の意味職能有する場合水先案内のために、異な用法を一覧にしてあります。お探しの用語に一番近い記事選んで下さい。このページリンクしているページ見つけたら、リンクを適切な項目に張り替え下さい

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