ACONCAGUA
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/29 02:16 UTC 版)
『ACONCAGUA』(アコンカグア)は、WACWAC! が開発し、ソニー・コンピュータエンタテインメント (SCE)から2000年6月1日に発売されたPlayStation用のサバイバルアドベンチャーゲーム。
2000年後半にSCEの英語ウェブサイトにて公開され[1]、北米での発売が予定されていたが、結局は発売されずに日本だけの発売となった。また、本作はSCEがアルゼンチンのゲーム市場進出拡大を狙って開発したものでもある[2]。
プレイヤーは5人のキャラクターを操作するが、キャラクターの移動などはカーソルをダブルクリックすることでキャラクターを移動させたり、調べさせたりする。
物語の舞台は、民主化運動が激化する南米アンデス山脈の最高峰アコンカグア付近に存在する架空の軍事国家「メルーザ」[3]。アコンカグア上空で謎の爆発事故により墜落した旅客機に乗っていた5人の乗客(日本人ジャーナリストのカトウ、エンジニアのスティーブ、アメリカ人女性ジャーナリストのジュリア、メルーザ人のパチャママとロペス)は奇跡的に助かり、絶望的な状況を生きて下山することを決意するが、謎の武装集団に襲われ、メルーザの内政を巡る陰謀に巻き込まれてゆく。
登場人物
5人のキャラはそれぞれ特殊技能を持っており、特徴をふまえて行動したり、数人のキャラクターを順番に行動させることが攻略の糸口になる。キャラクター同士の会話がヒントになることもある。
- カトウ
- 5人のリーダー格であり、フリージャーナリストの日本人。テレビ局の取材の同行して、メルーザ民主運動の指導者パチャママを取材している。雪山登山の知識に長け、険しい絶壁を登ることができる。
- パチャママ
- 大学で医学を学んでいたが、祖国における民主化運動の高まりから政治の道を志す。メルーザ民主化のリーダーとして軍事政権に狙われている女性。スペイン語の通訳ができる。
- スティーブ
- 勤めている多国籍企業のメルーザ営業所に転勤となり、不満に思っている。弱気で自己中心的なアメリカ人エンジニア。ツールキットを使った機械の修理が得意。簡単な鍵なら開けることもできる。
- ジュリア
- 謎の多いフリージャーナリストの女性。紛争地帯の仕事が多く護身術に長けているアメリカ人。ナイフを用いた暗殺術は常人離れした腕を持つ。武器、爆弾の知識も豊富。唯一、ライターを所持している。
- ロペス
- 政情不安で産業に乏しいメルーザに南米の特産品を仕入れるために、貿易で訪れたアメリカ人。メンバー随一の怪力を持つ[4][5]。
脚注
- ^ Sony Offers Movie of Aconcagua
- ^ New Info and Unseen Screens of Aconcagua
- ^ 名称はアルゼンチンに実在するメンドーサ州にちなむ。
- ^ 『電撃王』通巻108号、メディアワークス、2000年7月1日、74頁。
- ^ 『ACONCAGUA 取扱説明書』ソニー・インタラクティブエンタテインメント、2000年、8,9,頁。
アコンカグア
(ACONCAGUA から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/06 05:48 UTC 版)
| アコンカグア | |
|---|---|
|
アコンカグア(2004年11月撮影)
|
|
| 標高 | 6967.15 m |
| 所在地 | |
| 位置 | 南緯32度39分20秒 西経70度00分57秒 / 南緯32.65556度 西経70.01583度座標: 南緯32度39分20秒 西経70度00分57秒 / 南緯32.65556度 西経70.01583度 |
| 山系 | アンデス山脈 |
| 初登頂 | マティアス・ツールブリッゲン(スイス) |
アコンカグア(Aconcagua)は、アンデス山脈にある南米最高峰の山である。標高6960.8 m[1][2]。またアジア州以外、南半球での最高峰でもある。アルゼンチンとチリとの国境付近のアルゼンチン側にある。
初登頂は、1897年1月14日、スイス人ガイドのマティアス・ツールブリッゲンによるものである。日本人の初登頂は1953年1月26日、早稲田大学遠征隊によるもの。
登頂ルート
- 北西面ルート(ノーマルルート)
- 北東面ルート(ポーランドルート)
- 南壁ルート
毎年3500人以上が入山する。およそ80 %がノーマルルートを登り、15 %がポーランド・トラバースルート(北東面から途中でノーマルルートに移る)を登る[3]。この2つのルートは氷壁登攀等の高度な登山技術が必要とされないため、難易度は低いとされている。ただし高度順応が上手くいかなかったり、ビエント・ブランコ(白い嵐)と呼ばれるアンデス地方特有の悪天候に見舞われると行動困難に陥るため、実際の登頂成功率は入山者の3割ほどとされている。
南壁を登るルートは技術的に難しい。
登頂歴
- 1897年1月14日 -(世界初登頂)マティアス・ツールブリッゲン(スイス)
- 1897年2月13日 - ステュアート・バインズ(イギリス)、ニコラ・ランティ(イタリア)
- 1928年3月5日 - ジェームズ・ラムジー・ウルマン(アメリカ合衆国)
- 1934年3月8日 -(アルゼンチン人初登頂)ニコラス・プランタムラ
- 1951年12月31日 - ハンス・ウルリッヒ・ルーデル(西ドイツ)
- 1953年1月26日 -(日本人初登頂)早稲田大学遠征隊
- 1967年2月 -(南壁フランスルート第二登)日本山岳会東海支部アンデス学術遠征隊隊
- 1968年2月5日 - 植村直己[4]
- 1981年8月17日 -(南壁フランスルート冬期単独初登頂)長谷川恒男
- 1988年3月 -(登頂後マウンテンバイクによる滑降)九里徳泰
- 2007年11月26日 -(87歳での史上最高齢登頂)スコット・ルイス
- 2013年12月24日 -(9歳での史上最年少登頂)タイラー・アームストロング(アメリカ合衆国)[5]。14歳未満での登頂は認められていないが、アルゼンチン当局と交渉して特別に許可を得ている[5]。
- 2015年2月19日 -(最速登頂)カール・エグロフ。標高2850 mのオルコネスから7時間55分で登頂、往復11時間52分[6][7]。
- 2016年2月21日 - 肘先、膝先のない先天性四肢欠損症の総合格闘家カイル・メイナードが義手義足を使わずに登頂[8][9]。
脚注
- ^ Informe científico que estudia el Aconcagua: el Coloso de América mide 6.960,8 metros - Universidad Nacional de Cuyo Archived 2012年9月8日, at the Wayback Machine.
- ^ 1956年のブエノスアイレス大学の調査では6959.6 mであった。かつては6962 mや6952 mとの文献もあった。
- ^ ginethsoto.com Aconcagua
- ^ 下山時に登頂した隣の処女峰(5700 m)が、後日「明治峰」と命名された。
- ^ a b “9歳少年、南米最高峰に登頂 史上最年少”. 日テレNEWS24. (2013年12月29日)
- ^ “Where in the World Did Karl Egloff Come From?”. outsideonline.com. (2015年3月5日)
- ^ “Swiss-Ecuadorian breaks Jornet’s Aconcagua record”. Canadian Running Magazine. (2015年2月23日)
- ^ Meet mountaineering's record making quadruple-amputee
- ^ “No arms or legs to the top of the world”. (2016年7月5日)
関連項目
- オホス・デル・サラード
- 山の一覧
- 七大陸最高峰
- メンドーサ : アルゼンチン側の最寄都市
- ACONCAGUA(アコンカグア) : 2000年に発売された、アコンカグアが舞台のPlayStation用のサバイバルアドベンチャーゲーム。
- ACONCAGUAのページへのリンク