CorrectUA
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/31 02:30 UTC 版)
「KyivNotKiev」の記事における「CorrectUA」の解説
「KyivNotKiev」キャンペーンは、「CorrectUA」キャンペーンの一環であり、後者はキーウだけでなく、英語名がロシア語に由来する他のウクライナの都市も含めた、広範な英語名はもちろんのこと日本語を含む多言語での変更を提唱している。例えば2019年時点では日本語片仮名表記を、オデッサを「オデサ」に、ハリコフを「ハルキヴ」に、リボフを「リヴィヴ」に、ニコラーイウを「ムィコライヴ」に、ロヴノを「リヴネ」にすると提唱していた。英語圏での表記の歴史に着目すると、「Kiev」は早くも1804年にJohn Caryによってロンドンで出版された「New Universal Atlas」中の「New map of Europe, from the latest authorities」に確認される他、1823年に出版されたMary Holdernessの旅行記「New Russia: Journey from Riga to the Crimea by way of Kiev」にも見られる。加えてオックスフォード英語辞典には、1883年までに「Kiev」が、2018年になって「Kyiv」が引用されている。これらの事例はロシア帝国と続くソ連政府が進めたロシア化政策によって定まったロシア語に基づく音訳が、慣行として維持されてきた事を示している。 このキャンペーンは、「the Ukraine」のようなウクライナ国名の前に定冠詞(the)を使用する事に関する勧告も含んでいる。というのも、定冠詞は独立国の名称にはめったに用いられない一方で、ある国の特定地域の名前の前によく使用されるからである。つまり、国名表記に定冠詞を用い続けることは、多くのウクライナ国民に対して、ウクライナの主権が懐疑的であるような印象を与えることとなったので、ウクライナへのロシアの軍事介入の開始後、この運動は特に強力になった。その一方で、このキャンペーンはポピュリズムに過ぎず、より重要な問題から意識を逸らす為の見せかけだという意見もある。
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