全日本ロードレース選手権
(GP250 から転送)
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全日本ロードレース選手権(ぜんにほんロードレースせんしゅけん、ALL JAPAN ROAD RACE CHAMPIONSHIP)は、全国のサーキットを舞台に争われる国内最高峰のモーターサイクル・ロードレース選手権大会。通称はMFJ SUPER BIKE(エムエフジェイスーパーバイク)。
沿革
- 1961年 日本モーターサイクルスポーツ協会 (MFJ) 設立
- 1962年 全日本ロードレース大会を初開催
- 1967年 FIM方式による得点制シリーズ戦がスタート[1]
- 1981年 最高峰クラスが750ccから500ccへ移行[2]、250ccクラス新設、350ccクラス終了
- 1984年 TT F1クラスが全日本格式に格上げされる[3]
- 1990年 日本モーターサイクルスポーツ協会 (MFJ) が旧・文部省所管の財団法人として認可される
- 1993年 GP500クラスが終了[4]。(1994年はエントリー数不足による不成立。)
- 1994年 TT F1クラスをスーパーバイククラスへと移行、全日本での最高峰クラスと位置付けられた[5]
- 1999年 シリーズに「R2-1」と通称される。スーパーNKクラス開始
- 2000年 GP250クラスへのワークス・チームの参加禁止
- 2001年 ST600クラス開始
- 2002年 スーパーバイククラスにJSB1000の参戦が可能に
- 2003年 スーパーバイク・スーパーNKクラス終了、2004年からJSB1000に一本化
- 2005年 シリーズの通称が「MFJ SUPERBIKE」に変更される
- 2006年 GP-MONOクラス開始
- 2009年 GP250クラスが終了[6]
- 2010年 J-GP2クラス開始、旧GP125クラスがJ-GP3クラスに改称
- 2011年 GP-MONOクラス終了
- 2019年 J-GP2クラス終了
- 2020年 ST1000クラス開始
クラス
2026年のクラス
- JSB1000(Japan Super Bike 1000:ジャパンスーパーバイク1000)
- 4ストローク・4気筒は600 - 1000cc、3気筒は750 - 1000cc、2気筒は850 - 1200ccの公道用一般市販車両によって競われる、日本独自のスーパーバイクのクラス。
- レギュレーションは、スーパーバイク世界選手権準拠のスーパーバイクではなくFIM世界耐久選手権準拠のフォーミュラEWCをベースに、ヘッドライトの撤去など一部をスーパーバイク選手権準拠にした。本クラス参戦チームの大半はFIM世界耐久選手権シリーズとして開催される鈴鹿8時間耐久ロードレースにエントリーすることを考慮し、独自レギュレーションを採用した。セルモーターを搭載するため、転倒時もオフィシャル要員らの押し掛け支援を得ずにレースへ復帰する。
- 2023年のレギュレーションでは、4気筒車両は600 - 1000cc/最低車両重量165キログラム (kg)、3気筒車両は750 - 1000cc/165kg、2気筒車両は850 - 1200cc/170kgに制限されている。クラス3位以内入賞マシンは部品の買い取り制度があり、当該レース参加者から買い取り希望があれば決められた額で販売しなくてはならない。2002年に開設されて2003年から全日本ロードレース選手権最高峰カテゴリーと位置付けられる。メーカー直系のファクトリーチームであるワークスチームは、2007年から参戦が認められた。かつてGP500クラスやTT-F1クラス、スーパーバイククラスで車両開発費が高騰して参加台数が減少した反省から、改造範囲を限定して開発費を抑制している。特例として2023年から、エンジン改造範囲をST1000相当、車重を170kg、と制限して1100ccのアプリリア・RSV4の参戦が認められた[7]。
- カーボンニュートラル燃料の導入[8]を2023年度から開始している。
- 2025年現在はファクトリー体制の参戦はヤマハ発動機のみである。
- ST1000
- J-GP2の代替として2020年に新設されたクラスである。1000ccの市販スーパースポーツをベースに、レギュレーションはST600ベースに登録ECU制度などを導入する。主催者は「世界耐久選手権のSSTクラスやアジアロードレース選手権のASB1000に繋がるクラス」を目する[9]。2024年に車重を176kgに制限して、1100ccのアプリリア・RSV4の参戦が認められる。
- ST600
- 4ストローク公道用一般市販車両で競われるクラスである。2010年のレギュレーションは、4気筒車両は401 - 600cc/最低車両重量158kg、3気筒は500 - 675cc/162kg、2気筒は600 - 750cc/166kgに制限されてバラスト使用は認めない。改造範囲も大きく制限され、全日本選手権の中では最も市販車に近い状態で開催される。大会6位以内入賞マシンは車両及び部品の買い取り制度があり、当該レース参加者から買い取り希望があれば決められた額で販売しなくてはならない。予選からウォームアップと決勝を通算して3セットのタイヤが使用可能である。
- JP-SPORT
- 2016年にJP250クラスとして新設され、メーカー間性能調整のため排気量が250ccではなくなるケースも生じたことを受け、2026年シーズンよりJP-SPORTクラスへと名称を変更[10]。厳密には全日本選手権が懸けられていない「MFJ CUP」としての併催だが、全イベントが本選手権と併催のためここで記載する。
- 基本的に4ストローク250ccの市販車をベースとした車両か、特別に認可されたヤマハ・YZF-R3、BMW・G310R、KTM・RC390によるクラスで、アジアロードレース選手権のAP250クラス等とほぼ同等のクラスで、クラス名称の「JP」は「Japan Production」の略称である。参戦コストを抑えてミニバイクレースからのステップアップを容易にすることを狙っている。国際ライセンス所持者と国内ライセンス所持者の混走で開催されるが、ランキングはそれぞれのライセンス別に争われる。タイヤはダンロップのワンメイクで、予選と決勝の通算で、1イベントに1セットのみ使用が認められる。
- J-GP3
- かつてのGP125の後継クラスである。2010年にGP125からJ-GP3へ名称が変更され、4ストローク175cc超250cc以下単気筒エンジンのマシンとGP125の2ストロークマシンの混走で競われたが、2011年にホンダがNSF250Rを投入するなどして4ストロークマシンへ移行が進み、2012年から規則が改正されて4ストロークマシンのみとなった。現在も地方選手権では2ストロークマシンの参戦が認められている。最低重量はライダーの体重と装備込みで145kg、GP-MONOベースのマシンは135kg。若手ライダーが多いクラスだが、ロードレース世界選手権同クラスで年齢制限が設けられた影響でベテランライダーの参戦も多く、若手とベテランの対決が秀逸である。
- 2023年現在は大半のライダーがNSF250Rを選択しているが、KTM・RC250Rを使用するライダーも少数ながら存在する。KTMの最新型[いつ?]は現行レギュレーションに抵触する部分があり、本シリーズは旧型となる2014年式のみ使用される[11]。
過去に存在したクラス
- 500cc (GP500)
- 500ccのレース専用車両で競われるクラスである。全日本では1981年から1993年まで開催された。2ストロークエンジンが主流だったが、1981 - 1982年はホンダ・NR500など4ストロークエンジン搭載のマシンも用いられた[12]。WGP500ccクラスへ直結するため、WGPに参戦する日本メーカーは実戦開発の場として各社ともにワークスマシンを開発して参戦した。1982年シーズン最終戦まではヤマハ・YZR500、スズキ・RG-Γ500、ホンダ・NS500、カワサキ・KR500などのワークスマシンはフォーミュラ・リブレ(FL / 改造自由)として参戦は可能だがレギュレーションにより選手権ポイントの対象外とされ、MFJの公認を受けたヤマハ・TZ500、スズキ・RGB500など市販レーサーの認定車両のみ選手権ポイント対象とされた[13]。1983年開幕戦からこのFL規定は解除され[14]、以後WGP以外で最新500ccワークスマシンが参戦する唯一のレースとして人気を博した。
- ワークスマシンの参戦により、費用の高騰などプライベーターの上位入賞を困難とし、1990年代に入りプライベーターチームのエントリー台数が一桁になった。規定上は250cc超500cc以下であれば参加が可能で、モリワキエンジニアリングはRS250をボアアップして250cc超の排気量としたマシンをエントリーさせた。
- 750cc
- 750ccのレース専用車両で競われるクラスで、全日本では1973年から1980年までトップカテゴリーであった。1970年代はFIMの管轄するカテゴリーでF750選手権、1977年から1979年までの3年間はFIM世界選手権、が開催されたが、全日本では750ccクラスとしてMFJによる公認を受けた車両が選手権ポイント対象とされ、1976年まではワークスマシンであるヤマハ・TZ750、スズキ・TR750、カワサキ・H2RやKR750、ホンダ・CB500改は全日本750ccにフォーミュラ・リブレ(改造自由)として参戦は可能だが、MFJ未公認車両のためポイント対象外であった。1976年から全日本750ccレギュレーションが「FIM F750レースレギュレーションに準ずる」と改定され、従来はポイント対象外とされたKR750、TZ750も全日本750ccクラスのポイント対象となった。1977年にヤマハからTZ750が市販されておもにビッグイベントでスポット参戦し、優勝争いに加わるワークス車両のヤマハ・YZR500やスズキ・RG500 / RGB500はMFJ公認車両ではなくポイント非対象のため、観客にとって選手権のチャンピオン争いが判り難くなった[15]。
- 1980年までのレースは、350cc - 750cc、時には250ccや500ccも含むマシン、が予選と決勝で混走し、350ccと750ccそれぞれクラス別にポイントを付与する場合が多かった。1980年に販売開始された500cc市販レーサーのヤマハ・TZ500がMFJ公認を受け[16]、この車両で750ccクラスに参戦するライダーが増加して上位を獲得[17]し、750cc車両は参戦者が減少した。加えて欧州はF750選手権が1979年を最後に終了となり、マシン開発が停止され、スズキの市販レーサー・RGB500がMFJ公認[18]となるなど、複数要因が重なり、新たに全日本500ccクラスの設置が決定した。最高峰クラスを500ccクラスへ移行して750ccクラスは1980年を最後に廃止された[19]。
- オーバー251cc
- 251cc超の排気量の車両で競われるクラスで、1968年から1972年まで開催されたトップカテゴリーである。
- 350cc
- 350ccのレース専用車で競われるクラスで、1976年から1981年まで開催された。1983年までGP250とGP500の中間カテゴリーとしてWGPでも開催された。
- TT-F1
- 4ストローク750cc以下または2ストローク500cc以下の公道用市販車をベースにレース参戦用に改造を施した車両で競われるクラスで、1984年から1993年まで開催された。市販車のクランクケースを使用していれば、改造範囲としてフレーム交換やサスペンションの構造変更も可能で、GP500と同様のプロトタイプマシンが開発されて各メーカーのワークス・チームが競い、開発費の高騰を招いた。1988年からスーパーバイク仕様のエントリーも可能となった。
- スーパーバイク (SB)
- 4ストロークの公道用市販車をベースにレース参戦用に改造を施した車両で競われる、スーパーバイク世界選手権に準拠したクラス[5]である。4気筒は600cc超750cc以下、3気筒は600cc超900cc以下、2気筒は750cc超1000cc以下と気筒数で排気量制限が変わる点はJSB1000と同様である。気筒数により最低重量も異なった。1994年から2002年まで最高峰カテゴリーとして開催された。
- TT-F3
- スーパーNK(S-NK、スーパーネイキッド)
- スーパーバイククラスと混走で開催された。改造範囲はスーパーバイククラスよりも広く、排気も制限されなかったが、入賞マシンは車両の買い取り制度があった。
- Xフォーミュラ
- プライベーターの手による排気量750cc以上のの4ストロークマシンとなる、Xフォーミュラマシンで競われるクラスである。
- NK-1
- プロトタイプ
- 2002年のみ開催された賞典外クラス。排気量1000cc以下の車両で安全上の問題が無ければ参戦できた。ロードレース世界選手権最大排気量クラスがGP500からMotoGPへ移行することに伴い、メーカーがMotoGPマシンの開発に力を入れざるを得ない状況があり創設されたクラスである。スズキはGSV-R、カワサキはスーパーバイク車両を大幅に改良したマシンでそれぞれ参戦した。買い取り制度が無いため、ヨシムラとケンツがGSX-R1000改造マシン、モリワキエンジニアリングがホンダ・CBR954RRベースのマシンでフル参戦した。SB/S-NK/JSB1000と混走であった。
- 250cc (GP250)
- 1981年に開始したが、初年度は250cc車両での参戦ライダーが少なく、350ccクラス廃止により1982年から参戦ライダーが250ccへ流れて本格開催となった。250ccレース専用車両で競われるクラスで、2009年まで開催された。2ストロークかつ175cc超250cc以下の最大2気筒のエンジンで、車体最低重量は100kg。1983年までは市販レーサーで参戦するプライベイターによる戦いが中心だったが、1984年からホンダとヤマハによるワークス・レーサーが投入されはじめ「H・Y戦争」と呼ばれるワークス対決が始まった[要検証][要出典]。市販レーサーで参戦可能で、ワークス・チーム参戦開始後もプライベイターの参戦はGP500クラスよりも障壁がすくなく、WGPに直結したクラスとして1986年は参加台数が100台を超える盛況であった。ロードレース世界選手権が4ストローク化へ移行してクラス終了となった。2009年は賞典外ながら、現J-GP2クラスに相当するマシンの混走を認めていた。
- 125cc (GP125)
- 2009年まで開催された2ストローク・85cc超125cc以下単気筒エンジンのマシンで競われるクラス。2008年より4ストローク175cc超250cc以下単気筒エンジンのマシンの参戦が認められ、2010年の車体最低重量は2ストローク車両が77kg、4ストローク車両が75kgであった。市販レーサーもGP250クラスより安価で、WGP125ccクラスに直結するため若手の登竜門的存在となり、WGPに進出するレーサーを多数輩出した。ロードレース世界選手権の4ストローク移行化によりクラス終了となった。
- GP-MONO
- J-GP2
- 2010年から新設されたクラスである。主催者は「ST600上位者のステップアップクラス」と位置づけているが[22]、ロードレース世界選手権 (MotoGP) のGP250クラスが2010年から4ストロークエンジンの「Moto2」クラスへ移行するために設けられた。
- 2018年までのMoto2はホンダ製エンジンのワンメイクだが、本クラスはMFJが公認した、4ストローク401cc - 600ccのST600用エンジンであれば他メーカーのエンジンも使用可能である。フレームは、最低車両重量153kgの専用プロトタイプマシンのほかに、「コンストラクターのビジネスチャンス創出のため」としてST600からの最低車両重量148kgの改造車両も「デチューン版Moto2マシン」として参戦が認められる。2011年度から最低車両重量はプロトタイプとST600ベースは両者とも148kgに統一されている。初年度の2010年は、moto2とJ-GP2は重量制限のレギュレーションが異なり、moto2用マシンはバラストなどを搭載して重量アップしなければ参戦が認められず、moto2用シャーシを使用したチームは存在しなかった。2011年はいくつかのチームがmoto2用フレームを使用しての参戦を予定している。2011年第5戦時点、関口太郎と小山知良がTSRのTSR6、小山は第4戦までICP製シャーシ、山口辰也が第5戦からモリワキのMD600、それぞれを使用して参戦している。2012年からTSRとモリワキはともに、J-GP2レギュレーションに合致した『全日本選手権J-GP2仕様』シャーシを供給している。従来はシャーシ使用チームがレギュレーションに合致するようにそれぞれ対応した。
- Moto2は2019年から、エンジンサプライヤーがトライアンフへ変わり[23]、同エンジンは他シリーズへ供給が見込めないことから、2019年で開催を終了した[9]。
歴代チャンピオン
ライダー
| 年 | 251cc超 | 250cc | 125cc | 90cc | 50cc |
|---|---|---|---|---|---|
| 1967年 | 松永喬 | 矢野啓司 | 増田恒弘 | 滋野靖穂 | 伊藤光夫 |
| 1968年 | 松永喬 | 和田正宏 | 馬場忠雄 | 神谷良明 | |
| 1969年 | 隅谷守男 | 金谷秀夫 | 隅谷守男 | 小田豊 | |
| 1970年 | 河崎裕之 | 大脇俊夫 | 小田豊 | 近藤英二 | |
| 1971年 | 金谷秀夫 | 大脇俊夫 | 杉本泉 | 金谷秀夫 | |
| 1972年 | 小田豊 | 小田豊 | |||
| 年 | 750cc | 250cc | 125cc | 350cc | |
| 1973年 | 根本健 | 角谷新二 | |||
| 1974年 | 高井幾次郎 | 青木辰己 | |||
| 1975年 | 浅見貞男 | 江崎正 | |||
| 1976年 | 高井幾次郎 | 毛利良一 | 飯田浩之 | 佐藤順造 | |
| 1977年 | 毛利良一 | 飯田浩之 | 鈴木修 | ||
| 1978年 | 上野真一 | 上田公次 | 上田公次 | 石川岩男 | |
| 1979年 | 水谷勝 | 斉藤三夫 | 木下恵司 | ||
| 1980年 | 鈴木修 | 一ノ瀬憲明 | 平忠彦 | ||
| 年 | 500cc | 250cc | 125cc | 350cc | |
| 1981年 | 木下恵司(ヤマハ) | 一ノ瀬憲明(ホンダ) | 藤本泰東 | ||
| 1982年 | 水谷勝(スズキ) | 福田照男(ヤマハ) | 一ノ瀬憲明(ホンダ) | ||
| 1983年 | 平忠彦(ヤマハ) | 斉藤光雄(ヤマハ) | 栗谷二郎(ホンダ) | ||
| 年 | GP500 | GP250 | GP125 | TT-F1 | TT-F3 |
| 1984年 | 平忠彦(ヤマハ) | 小林大(ホンダ) | 栗谷二郎(ホンダ) | 八代俊二(モリワキ) | 江崎正(ヤマハ) |
| 1985年 | 平忠彦(ヤマハ) | 小林大(ホンダ) | 畝本久(ホンダ) | 辻本聡(ヨシムラ) | 山本陽一(ホンダ) |
| 1986年 | 木下恵司(ホンダ) | 片山信二(ヤマハ) | 吉田健一(ホンダ) | 辻本聡(ヨシムラ) | 山本陽一(ホンダ) |
| 1987年 | 藤原儀彦(ヤマハ) | 清水雅広(ホンダ) | 畝本久(ホンダ) | 大島行弥(ヨシムラ) | 田口益充(ホンダ) |
| 1988年 | 藤原儀彦(ヤマハ) | 本間利彦(ヤマハ) | 廣瀬政幸(ホンダ) | 宮崎祥司(ホンダ) | 塩森俊修(ヤマハ) |
| 1989年 | 藤原儀彦(ヤマハ) | 岡田忠之(ホンダ) | 山崎冬樹(ホンダ) | ダグ・ポーレン(ヨシムラ) | ダグ・ポーレン(ヨシムラ) |
| 1990年 | 伊藤真一(ホンダ) | 岡田忠之(ホンダ) | 坂田和人(ホンダ) | 岩橋健一郎(ホンダ) | 鶴田竜二(カワサキ) |
| 1991年 | ピーター・ゴダード(ヤマハ) | 岡田忠之(ホンダ) | 小野真央(ホンダ) | 宮崎祥司(ホンダ) | 高橋勝義(ヤマハ) |
| 1992年 | ダリル・ビーティー(ホンダ) | 原田哲也(ヤマハ) | 斉藤明(ホンダ) | 塚本昭一(カワサキ) | |
| 1993年 | 阿部典史(ホンダ) | 宇川徹(ホンダ) | 加藤義昌(ヤマハ) | 北川圭一(カワサキ) | |
| 年 | SB | GP250 | GP125 | ST600 | S-NK |
| 1994年 | 吉川和多留(ヤマハ) | 宇川徹(ホンダ) | 宮坂賢(ホンダ) | ||
| 1995年 | 青木拓磨(ホンダ) | 沼田憲保(スズキ) | 宇井陽一(ヤマハ) | ||
| 1996年 | 青木拓磨(ホンダ) | 沼田憲保(スズキ) | 東雅雄(ホンダ) | ||
| 1997年 | 芳賀紀行(ヤマハ) | 加藤大治郎(ホンダ) | 秋田貴志(ヤマハ) | ||
| 1998年 | 伊藤真一(ホンダ) | 中野真矢(ヤマハ) | 仲城英幸(ホンダ) | ||
| 1999年 | 吉川和多留(ヤマハ) | 松戸直樹(ヤマハ) | 仲城英幸(ホンダ) | 鎌田学(スズキ) | |
| 2000年 | 井筒仁康(カワサキ) | 中冨伸一(ホンダ) | 小山知良(ヤマハ) | 鶴田竜二(カワサキ) | |
| 2001年 | 梁明(スズキ) | 関口太郎(ヤマハ) | 仲城英幸(ホンダ) | 武田雄一(ホンダ) | 北川圭一(スズキ) |
| 年 | SB | GP250 | GP125 | ST600 | JSB1000/S-NK |
| 2002年 | 渡辺篤(スズキ) | 嘉陽哲久(ヤマハ) | 仲城英幸(ホンダ) | 清成龍一(ホンダ) | 山口辰也(ホンダ) |
| 年 | JSB1000/SB/S-NK | GP250 | GP125 | ST600 | |
| 2003年 | 北川圭一(スズキ) | 青山博一(ホンダ) | 青山周平(ホンダ) | 小西良輝(ホンダ) | |
| 年 | JSB1000 | GP250 | GP125 | ST600 | GP-MONO |
| 2004年 | 井筒仁康(ホンダ) | 高橋裕紀(ホンダ) | 仲城英幸(ホンダ) | 辻村猛(ホンダ) | |
| 2005年 | 伊藤真一(ホンダ) | 青山周平(ホンダ) | 菊池寛幸(ホンダ) | 安田毅史(ホンダ) | |
| 2006年 | 伊藤真一(ホンダ) | 横江竜司(ヤマハ) | 中上貴晶(ホンダ) | 安田毅史(ホンダ) | 山下祐(ヤマハ) |
| 2007年 | 渡辺篤(スズキ) | 宇井陽一(ヤマハ) | 岩田裕臣(ホンダ) | 小西良輝(ホンダ) | 森隆嘉(ホンダ) |
| 2008年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 高橋巧(ホンダ) | 菊池寛幸(ホンダ) | 小西良輝(ホンダ) | 乃村康友(ホンダ) |
| 2009年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 宇井陽一(ヤマハ) | 菊池寛幸(ホンダ) | 手島雄介(ホンダ) | 花房一樹(ヤマハ) |
| 年 | JSB1000 | J-GP2 | J-GP3 | ST600 | GP-MONO |
| 2010年 | 秋吉耕佑(ホンダ) | 小西良輝(ホンダ) | 大久保光(ホンダ) | 山口辰也(ホンダ) | 藤井謙汰(ホンダ) |
| 2011年 | 秋吉耕佑(ホンダ) | 中上貴晶(ホンダ) | 藤井謙汰(ホンダ) | 山口辰也(ホンダ) | 長島哲太(ホンダ) |
| 年 | JSB1000 | J-GP2 | J-GP3 | ST600 | |
| 2012年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 渡辺一樹(カワサキ) | 徳留真紀(ホンダ) | デチャ・クライサー(ヤマハ) | |
| 2013年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 野左根航汰(ヤマハ) | 山田誓己(ホンダ) | 渡辺一馬(ホンダ) | |
| 2014年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 高橋裕紀(モリワキ) | 山田誓己(ホンダ) | 小林龍太(ホンダ) | |
| 2015年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 高橋裕紀(モリワキ) | 水野涼(ホンダ) | 横江竜司(ヤマハ) | |
| 2016年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 浦本修充(スズキ) | 徳留真紀(ホンダ) | 榎戸育寛(ホンダ) | |
| 2017年 | 高橋巧(ホンダ) | 水野涼(ホンダ) | 伊達悠太(ホンダ) | 前田恵助(ヤマハ) | |
| 2018年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 岩戸亮介(モリワキ) | 中島元気(ホンダ) | 岡本裕生(ヤマハ) | |
| 2019年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 名越哲平(ホンダ) | 長谷川聖(ホンダ) | 小山知良(ホンダ) | |
| 年 | JSB1000 | ST1000 | J-GP3 | ST600 | |
| 2020年 | 野左根航汰(ヤマハ) | 高橋裕紀(ホンダ) | 村瀬健琉(ホンダ) | 岡本裕生(ヤマハ) | |
| 2021年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 渡辺一馬(ホンダ) | 尾野弘樹(ホンダ) | 埜口遥希(ホンダ) | |
| 2022年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 渡辺一馬(ホンダ) | 尾野弘樹(ホンダ) | 荒川晃大(ホンダ) | |
| 2023年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 渡辺一馬(ホンダ) | 尾野弘樹(ホンダ) | 阿部恵斗(ヤマハ) | |
| 2024年 | 岡本裕生(ヤマハ) | 國井勇輝(ホンダ) | 尾野弘樹(ホンダ) | 阿部恵斗(ヤマハ) | |
| 2025年 | 中須賀克行(ヤマハ) | 羽田太河(ホンダ) | 尾野弘樹(ホンダ) | 伊達悠太(ヤマハ) | |
| 2026年 |
- 掲載クラス
- 1967年 - 1975年:セニア
- 1976年 - 1978年:エキスパート
- 1979年 - 1994年:国際A級
- 1995年 - :国際
チーム
| 年 | SB | GP250 | GP125 | S-NK | |
|---|---|---|---|---|---|
| 2000年 | カワサキレーシングチーム | Team高武RSC | Jhaレーシング | TEAM YELLOWCORN | |
| 2001年 | チーム キャビンホンダ | SP忠男レーシングチーム | Team Jha | ケンツJトラストレーシング | |
| 年 | SB | GP250 | GP125 | JSB1000/S-NK | |
| 2002年 | YSP Racing Team | SP忠男レーシングチーム | TEAM Jha | ホンダドリームフィルレーシング | |
| 年 | JSB1000総合 | GP250 | GP125 | ST600 | |
| 2003年 | ケンツJトラストモジョウエスト | SP忠男レーシングチーム | Team・HARC-PRO. | Team HARC-PRO. | |
| 年 | JSB1000 | GP250 | GP125 | ST600 | GP-MONO |
| 2004年 | チーム桜井ホンダ | DyDO MIU Racing Team・iF | Jhaレーシング | F.C.C. TSR | |
| 2005年 | Honda DREAM RT | Team HARC-PRO. | チームウイリー | Team HARC-PRO. | |
| 2006年 | KEIHIN KoharaR.T. | RACING TEAM 森のくまさん | Team HARC-PRO. | Team HARC-PRO. | ZIPBIKE |
| 年 | JSB1000 | GP250 | GP125 | ST600 | GP-MONO |
| 2007年 | ヨシムラスズキwithJOMO | TEAM PRO-TEC | TEAM PLUS ONE | Team HARC-PRO. | TEAM PLUS ONE |
| 2008年 | YSP&PRESTOレーシング | バーニングブラッドRT | TSR | Team HARC-PRO. | モリワキMOTULレーシング |
| 2009年 | YSP Racing team | Team SJ-R | TSR | ウイリーDAYTONA | プリミティブRT |
| 年 | JSB1000 | J-GP2 | J-GP3 | ST600 | GP-MONO |
| 2010年 | TSR | Team HARC-PRO. | 18 GARAGE RACING TEAM | モリワキクラブ | TSRⅡ |
| 2011年 | TSR | Team HARC-PRO. | Team Projectμ7C | TOHO Racing | Project μ7c Racing |
| 年 | JSB1000 | J-GP2 | J-GP3 | ST600 | |
| 2012年 | ヤマハYSPレーシングチーム | RS-ITOH | Team Projectμ7C | YamahaThailandRacingTeam | |
| 2013年 | ヤマハYSPレーシングチーム | ウエビック チームノリック ヤマハ | TEAM PLUSONE | RS-ITOH | |
| 2014年 | ヤマハYSPレーシングチーム | MORIWAKI RACING | TEAM PLUSONE | RS-ITOH | |
| 2015年 | YAMAHA FACTORY RACING TEAM | MORIWAKI RACING | MuSASHiRTハルク・プロ | Yamaha Thailand Racing Team | |
| 2016年 | YAMAHA FACTORY RACING TEAM | Team KAGAYAMA | CLUB PLUSONE | MOTO BUM HONDA | |
| 2017年 | MuSASHi RT ハルク・プロ | TEAM HARC-PRO | BATTLE FACTORY | 伊藤レーシング | |
| 2018年 | YAMAHA FACTORY RACING TEAM | RSC | Team SRS-Moto | 51ガレージ | |
| 2019年 | YAMAHA FACTORY RACING TEAM | TEAM HARC-PRO | CLUB Y's | T.Pro.Innovation |
テレビ放送
1980年代はテレビで中継放送されず、数週遅れでダイジェストがテレビ東京系『モーターランド』内で放送された。1991年から1994年に衛星放送のWOWOWで生中継で放送された。
2011年までCSデジタルのGAORAで中継録画を放送予定した。2012年から、BSデジタルのTwellVで原則レース7日後に中継録画放送、加えてUstreamとMFJの動画配信サイト「MFJ Live Channel」でインターネット動画配信する。
脚注
- ^ 「'67国内スポーツカレンダー」『ライディング No.25』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1967年1月1日、12-13頁。
- ^ 「今年ロード界注目されたできごと・排気量は750から500ccへ」『ライディング No.120』MFJ、1980年9月1日、10-12頁
- ^ 「ロードレース委員会 '84選手権対象種目」『ライディング No.163』日本モーターサイクルスポーツ協会、1984年1月1日、6頁。
- ^ 「全日本ロードレースGP500ccクラス開催を休止」『ライディング No.293』1994年1月1日、27頁。
- ^ a b 「'94シーズンはスーパーバイクをメインにより発展していく」『ライディング No.293』MFJ、1994年1月1日、27頁。
- ^ 28年間の歴史に幕を閉じるGP250 ヤマハ発動機 (2009年11月1日)
- ^ “MFJ国内競技規則付則8 JSB1000技術仕様 特別申請車両の規定”. rules.mfj.or.jp. 2023年1月8日閲覧。
- ^ motoバトルLIVE (2022-11-10), JSB1000クラスカーボンニュートラル燃料導入/記者会見 2024年11月18日閲覧。
- ^ a b 編集部, autosport web (2018年12月15日). “全日本ロード:J-GP2クラスが2019年をもって終了。2020年から新たにST1000クラスがスタート MotoGP”. autosport web. 2024年11月18日閲覧。
- ^ JP250クラスの名称変更について 日本モーターサイクルスポーツ協会 (2025年12月9日)
- ^ 編集部, autosport web (2023年11月16日). “【ブログ】“純レーサーマシン”の闘いを見よ。全日本ロードJ-GP3考察 KTM RC250R編/“ヘンタイ”カメラマン現地情報 Blog, MotoGP”. autosport web. 2024年11月18日閲覧。
- ^ 「4サイクルで健闘する ホンダNR500」『ライディング No.128』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1981年4月1日、8頁。
- ^ 「'81全日本選手権ランキング発表 ロードレース」『ライディング No.137』、1982年1月1日、9-10頁。
- ^ 「MFJロードレース委員会 1983年度国内競技規則の変更」『ライディング No.151』日本モーターサイクルスポーツ協会、1983年1月1日、8頁。
- ^ 「メーカーワークス活動計画」『ライディング No.128』日本モーターサイクルスポーツ協会、1981年4月1日。12-13頁。
- ^ 「世界GPのYZR500レプリカ版、ヤマハTZ500が発売」『ライディング No.115』 MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1980年4月1日、38頁。
- ^ 「A級750ccはTZ500鈴木修が初のチャンピオン獲得」『ライディング No.124』日本モーターサイクルスポーツ協会、1981年2月1日、11頁。
- ^ 「特集'81全日本ロードレース スズキから市販されたRG500がMFJの公認を取得して全日本に参戦」『ライディング No.128』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1981年4月1日、6-7,13頁。
- ^ 「ロードレース頂点は1981年より500ccクラスに変更」『ライディング No.125』日本モーターサイクルスポーツ協会、1981年1月1日、11頁。
- ^ 俺たちのヨンタイ 45年の歴史に幕 webミスターバイク モーターマガジン社 (2024年9月6日)
- ^ 「スーパーB級RZ-Rのワンマンショー・第7戦筑波」『サイクルワールド別冊 GRAND PRIX SCENE 1985』CBS・ソニー出版、1985年11月5日、166頁。
- ^ a b 2010年もシリーズ全7戦!クラス名称変更も!(2009年12月31日)
- ^ 編集部, autosport web (2017年1月10日). “MotoGP:ホンダに代わりトライアンフが2019年のMoto2エンジンサプライヤーに MotoGP”. autosport web. 2024年11月10日閲覧。
関連項目
- 全日本F2選手権 - 1970-80年代の鈴鹿BIG2&4レースで併催。
- 全日本F3選手権 - 1970-80年代の鈴鹿BIG2&4レースで併催。
- スーパーフォーミュラ - 例年春にJSB1000クラスとの併催イベント(2&4レース)が行われる。
外部リンク
- GP250のページへのリンク