GWINKO
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/11 06:16 UTC 版)
| GWINKO | |
|---|---|
| 出生名 | 金城吟子 |
| 別名 |
|
| 生誕 | 1973年6月4日(52歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP、 R&B、ファンク |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 1987年 - 1994年、2020年 - |
| レーベル | CBS・ソニー→Sony Records(1987年 - 1991年) メディア・レモラス(1994年) |
| 事務所 | スリースタープロ(1987年?) CSアーティスツ(1987年? - 1993年?) PRIMARY SOUL PROCESSOR(1994年?) |
| 共同作業者 | 西村麻聡 大沢誉志幸 久保田利伸 |
GWINKO(ぎんこ、1973年6月4日 - )は、日本の歌手。沖縄県出身。
2024年現在、喜納昌吉、石岡裕とともにKINA&GWINKO 喜納昌吉セレブレーションチャンプルーズで活動中[1]。喜納が代表理事を務めるNPO法人ピースメーカーズ・ネットワークの顧問も務めている[2]。
経歴
「沖縄アクターズスクール」出身
1986年、CBS・ソニーのオーディションに合格後、上京する。
1987年9月2日にシングル「STAR SHIP-I'm going high-」、同月21日にアルバム『「YESTERDAY TODAY FOREVER』(CBS・ソニー)でメジャーデビュー。デジタルサウンドを前面に押し出したR&Bを伸びやかなボーカルで歌い、シャープなダンスでキメるスタイルは、のちのアクターズスクール出身歌手のひな型となった。
1988年夏、CBS・ソニー創立20周年記念コンサート『NEW BLOOD 88-89』に参加。同年秋、大沢誉志幸プロデュースのEPIC・ソニー創立10周年記念クリスマス・アルバム及びライブ『Dance To Christmas』の参加で注目を集める。 1989年夏、『NEW BLOOD』の一員[3]として全国7ヶ所を巡るライブツアー『NEW BLOOD PRESENTS FUNKA HIPS LIVE SHOW』に参加。同年10月から音楽番組『ヒットスタジオR&N』で古舘伊知郎と共にMCを務めた。
1990年、『FUNKA HIPS ALL STARS』名義で8cmCD「OUR SONG」をリリース。
1991年、アルバム『東京UKIUKI GIRL』発表直後に沖縄に拠点を置いて活動[4]。
1993年4月より、NHKの音楽番組『POP JAM'93』に番組のマスコットガール兼ダンサー“PJG(ポップ・ジャム・ガールズ)”としてレギュラー出演。
2003年3月19日リリースの鉄腕アトムトリビュート・アルバム『MUSIC FOR ATOM AGE♪』に「GWINKO(吟呼)」で参加。
2008年7月2日、夫と死別[5]。與那覇は琉装を纏た妻をモデルに絵を複数描いていた。吟呼はそれらの何点かを沖縄県の自治体や学校に寄贈している[6]。
2024年、琉球独立活動家のロバート・カジワラの映画、短編映画 『占領下の沖縄』への出演[7][8]。
KINA&GINKO 喜納昌吉セレブレーションチャンプルーズにて活動中[1]。
ディスコグラフィ
シングル
- STAR SHIP-I'm going high-(1987年9月2日)
- GWINKO'S CHRISTMAS CAROL(SWEET HEART REMIX)/DREAMIN' KISS(BOY MEETS GIRL MIX)/SCRAMBLE MOON(DANCE REMIX)(1987年11月21日、12インチ)
- GET ON(1988年4月2日)
- "us"(1990年1月21日) - 『ヒットスタジオR&N』エンディングテーマ
- よくばりなウィークエンド(1990年7月21日)
- DOWNTOWN GAME(1991年4月25日)『シティーハンター '91』オープニングテーマ
- ブーゲンビリアを抱いて笑って/夏の後悔(1994年7月21日)
アルバム
- YESTERDAY TODAY FOREVER(1987年9月21日)
- TEENAGE BEAT(1988年6月1日)
- EVERY GIRL(1989年6月21日)
- I'M IN(1990年7月21日)
- 東京UKIUKI GIRL(1991年5月22日)
- Princess Moon(1994年9月21日)
ミュージッククリップ集
- STEP OUT(1990年、監督:小松壮一郎)
参加作品
- オムニバス『Dance To Christmas』(1988年11月2日)「Merry Christmas Go Round」(大沢誉志幸とデュエット)
- P.J 『INTIMACY』(1991年12月12日)「Don't Get Me Wrong」 - P.Jとデュエット
- 鉄腕アトム トリビュート・アルバム『MUSIC FOR ATOM AGE♪』(2003年3月19日)「Sleep-less dreaming」
メディア出演
テレビ
- ヒットスタジオR&N(1989年 - 1990年) - 司会
- POP JAM'93(1993年4月10日 - 8月12日) - PJG(ポップ・ジャム・ガールズ)
ラジオ
映画
- ハートブレイカー 〜弾丸より愛を込めて(1992年、監督:小松壮一郎)[9]
- OCCUPIED OKINAWA 占領下の琉球(The Peace For Okinawa Coalition制作)[10]
舞台・ミュージカル
- STARMITES Broadway Musical(1991年4月20日 - 30日:新神戸オリエンタル劇場、5月4日 - 26日:サンシャイン劇場) - 主演・少女エレナ 役
- ※1989年にオン・ブロードウェイで上演されたミュージカル「Starmites」の日本版
- 下町のショーガール(1992年、新宿厚生年金会館、中野サンプラザ、主演:木の実ナナ) - 井上マリコ 役[11][12]
- ミュージカル「姫ちゃんのリボン」(1993年12月3日 - 26日、博品館劇場[13][14]、主演:草彅剛) - 日比野ひかる 役
- ザ・シンギング(1994年2月11日 - 27日、シアター・ドラマシティ、主演:大浦みずき)
- 恩納ナビー(2006年9月23日:沖縄コンベンションセンター、2009年9月20日:豊見城中央公民館) - 主演・恩納ナビー 役[15][16]
脚注
- ^ a b “『晴れ豆のかりゆし2023』『Limited Live & Talk 喜納昌吉の逆襲 エピソード1』”. schedule. 晴れたら空に豆まいて. 2024年10月13日閲覧。
- ^ “「人類全体の脅威がそこに」ウクライナ侵攻と核兵器による威嚇に抗議 前広島市長らのNPO、沖縄で訴え”. 沖縄タイムスプラス. 沖縄タイムス (2022年3月17日). 2024年10月13日閲覧。
- ^ 『NEW BLOOD』のメンバーは久保田利伸、バブルガム・ブラザーズ、AMAZONS、富樫明生等。『NEW BLOOD 88-89』とは一部メンバーが異なっている。
- ^ 片岡義朗のブログ2005年10月5日に当時の思い出話が綴られている。
- ^ “與那覇朝大氏が死去 画家、沖縄の風景精緻に”. 琉球新報 (2008年7月2日). 2024年10月26日閲覧。
- ^ “百十踏揚の絵画贈呈(pdf)”. 広報なんじょう 2011年1月号. 沖縄県南城市. 2024年10月26日閲覧。
- ^ 映画「占領下の沖縄」完成 県系4世・ロバートさん制作 -琉球新報
- ^ 「占領された沖縄」世界上映へ 県系4世・梶原さん製作 -琉球新報
- ^ “m.c.A・Tが証言する、90年代日本語ラップの興隆とその手法「ラップとメロディの融合を試みた」”. RealSound (2014年12月7日). 2024年10月22日閲覧。
- ^ Robert Kajiwara |比嘉孝昌| 魏孝昌 [@robkajiwara] (5 July 2024). “OCCUPIED OKINAWA 占領下の琉球 ドキュメンタリー映画の予告編 2024年 The Peace For Okinawa Coalition が制作 主演 比嘉・梶原ロバート 仲村芳信 カウル・シムランビル 新里千賀子 金城吟呼 AND 喜納昌吉”. X(旧Twitter)より2024年10月13日閲覧.
- ^ “Biography”. 木の実ナナ Official Web Site. 2024年10月26日閲覧。
- ^ “下町のショーガール”. NHKクロニクル. NHK. 2024年10月26日閲覧。
- ^ “1993年”. 博品館劇場. 2024年10月26日閲覧。
- ^ “姫ちゃんのリボン”. 演劇上演記録データベース. 早稲田大学文化資源データベース. 2024年10月26日閲覧。
- ^ “一緒に創る 歌人 恩納ナビーの世界”. CATCHY. 琉球朝日放送 (2006年9月22日). 2024年10月26日閲覧。
- ^ “恩納ナビー」公演のお知らせ”. NPO首里まちづくり研究会. 2024年10月26日閲覧。
固有名詞の分類
- GWINKOのページへのリンク