リベラル
リベラルとは、リベラルの意味
リベラルとは、自由主義に基づいて多様性を重んじる世の中を支持する思想全般を意味する言葉である。わかりやすくいうと、自由主義者ということである。語源は英語の liberal である。なお、リベラルな思想の持ち主をリベラリストと呼ぶ。現代において、リベラルはしばしば政治的な左派と混同して語られている。そのため、保守派の論客からリベラルは仮想的にされることも多い。しかし、リベラルの本当の意味では、左翼思想と直接的な関係がない。あくまでも、個人の活動や信条に、国家が介入することを防ごうとする考え方がリベラルの定義である。リベラリストは伝統主義者と対極をなす思想の持主だといえる。もしも伝統的な価値観、古くからの体制に欠点があった場合、リベラリストは変革を厭わない。むしろ、彼らは停滞したシステムを引きずるよりも、抜本的な部分から再構築したほうが人々の幸福につながると考える。そのため、保守層とリベラル層は対立しやすい傾向にある。また、多様性を支持するリベラル層は、異なる価値観や民族にも寛容な姿勢を示す。基本的にリベラリストは反戦主義であり、日本国憲法の第九条にも肯定的である。結果的に、護憲派と呼ばれる人々の中にはリベラル層が多い。
1930年代以降、リベラリストによって、個人の経済活動の自由を無条件で認めるよう働きかける運動が起こった。これを「ネオリベラリズム(新自由主義)」と呼び、アメリカや日本で広く受け入れられている。ネオリベラリズムは、一般的なリベラリズムと別物である。
日本におけるリベラル派の政党
日本のような政党政治は、「リベラル派」「保守派」の対立構造で語られることも多い。2020年時点では、立憲民主党、日本共産党、社会民主党などが主なリベラル派政党として挙げられている。いずれも増税や外交などへの見解で食い違う部分は多い。ただ、護憲派の立場を貫いたり、社会保障の充実に向けて活動していたりする点は共通している。日本の政党政治でリベラルが果たす役割のひとつは、保守政権の監視である。日本では2012年以来、保守政党である自由民主党(自民党)政権が続いてきた。そうでなくても、政党政治が始まって以来、保守政党の議席数が多くなる傾向は顕著だった。しかし、保守政党だけが主導する国会では、偏った価値観に基づく政策ばかりが施行される危険性を否定できない。そこで、リベラル派は保守政党が暴走しないよう、逆の視点からの意見を国会で提言し続けている。
また、新自由主義への抑止力としてもリベラル派に意義はある。戦後の新自由主義では、国が企業や個人事業主に介入せず、柔軟性の高い経済活動が守られてきた。しかし、新自由主義は成功を収められなかった人間への自己責任論を助長しかねない。失業者や障害者、後期高齢者への保障を削減し、一部の富裕層にのみ有利な社会制度を生み出す可能性を持つ。リベラル派は、新自由主義で振り落とされた人々へのセーフティネットとなる政策を提言する。すなわち、リベラル派は寛容な世の中を維持するために国会での存在意義がある。
リベラルと保守との違い
保守とリベラルは多くの面で違いを表明している。まず、憲法改正について、保守派の多くは肯定的である。近隣諸国から攻め込まれる可能性、海外派遣された自衛隊員の自己防衛などを考慮し、保守派は日本が正式に攻撃力のある軍隊を持つよう望んできた。実際、保守政権のもとでは、憲法改正がたびたび大きな公約として掲げられている。一方、リベラルな考えに基づく人々は、憲法改正について反対の立場を示す。リベラル層は戦後日本で実施されてきた平和教育に、おおむね共感してきた。そのため、戦争放棄の核となる憲法九条の現状維持を望んでいる。日本で保守とリベラルの、戦争観の違いが顕著に表れている事例が靖国参拝である。保守派は、太平洋戦争の戦死者を英霊としてまつっている靖国神社参拝を積極的に行ってきた。しかし、リベラル派は戦争を肯定することにつながるとして、靖国参拝に否定的な態度をとり続けている。
次に、伝統的な慣習に対して、保守派は厳守の立場をとることが多い。夫婦別姓や同性婚について反対する保守層も目立つ。保守層は国体維持を大きな目標としているので、伝統を壊すような考え方には嫌悪感を抱きやすい。逆に、リベラル派は自由主義に基づき、伝統に柔軟な考えを持っている。夫婦別姓、同性婚に対しても、リベラル派は当人たちの幸福を優先的に考える。そのうえで、伝統が邪魔になっていると判断した場合、リベラル派は変革も厭わない。社会制度の撤廃、修正を求めるリベラル派は多い。そのほか、保守が国家の経済介入を最小限に留めるよう主張しているのに対し、リベラルはむしろ、積極的な介入を求める。
リベラルの語の対義語
しばしばリベラルの対義語は「保守」といわれてきた。しかし、実際には「パターナル(権威主義)」のほうが、より逆の意味に近い。パターナルは英語の「paternal」を語源としている。パターナルでは、権威が絶対的な力とみなされてきた。主従関係が肯定され、目上の者が目下の者に介入し、支配することが肯定される。また、パターナルにおける権威は往々にして世襲制であり、本人の能力に関係なく受け継がれているケースも多い。個人の自由を認めるリベラルとパターナルは大きくかけ離れた概念である。パターナルは、実力主義を内包しているネオリベラリズムとも使い分けるべきだといえる。レイシズムもリベラルの対義語のひとつである。レイシズムは英語で「racism」と表記し、人種差別主義を意味する。レイシズムは肌の色や国籍によって人間を差別することを肯定し、社会保障においても優劣をつけようとする。代表例は欧米で蔓延していた奴隷制度であり、現代でも当時の名残によって白人優位社会が形成されてしまった。リベラリズムはレイシズムに反対しており、人種平等の社会を実現させようと働きかけている。
そして、結束主義を意味するファシズム(fascism)もリベラルと反対の意味である。ファシズムでは、国民が国家のために奉仕するよう誘導される。そして、個人主義はファシズムの下で認められない。個人が自由に行動していいとする、リベラル思想とは大きな違いがある。ファシズムの類義語としてトータリタリアニズムやミリタリズムが挙げられる。
liberal
「liberal」とは、自由主義の・進歩的なということを意味する英語表現である。
「liberal」とは・「liberal」の意味
「liberal」は、形容詞として主に人の政治思想が自由主義の、進歩的なという意味がある。人の性格が寛大な、気前が良い、けちけちしないことを指す場合もある。ある物体や液体などの量がたっぷりの、豊富なという意味もある。また、名詞としては自由主義者、リベラリストを意味する。その他、カナダの自由党員という意味で使われることもある。「liberally」は、自由に、寛大にという意味の副詞である。「liberal」の発音・読み方
「liberal」の発音記号は「líb(ə)rəl」であり、カタカナ読みは「リベラル」となることが多い。「liberal」の語源・由来
「liberal」の語源は、ラテン語で自由な、解放されたという意味の「liber」である。その後に同じくラテン語の「liberalis」、古期フランス語の「liberal」となり、英単語の「liberal」の形となった。「liberal」の覚え方
「liberal」の覚え方として、「自由主義の男がリブロースを注文する」と語呂合わせで暗記すると良い。「liberal」と「liberty」の違い
「liberal」は、形容詞で自由主義の、気前が良い、度量が大きいという意味である。一方、「liberty」は自由、解放、権利を意味する名詞である。「liberal」の対義語
「liberal」の対義語には、いずれも形容詞の「authoritative」「conservative」がある。「authoritative」は、権威のある、権威主義の、厳然たるという意味である。また、「conservative」は保守的な、保守主義の、地味なという意味である。「conservative」を名詞として使う場合は保守主義者、イギリスの保守党員を指すこともある。「liberal」を含む英熟語・英語表現
「liberal arts」とは
「liberal arts」とは、リベラルアーツあるいは自由学芸の名称で広まっており、実用性や専門性、職業性などが低い学問を一括りにした概念である。「liberal arts」の本来の意味は、生きるために必要な力を身につける方法のことである。
「politically liberal」とは
「politically liberal」とは、政策面で自由主義のという意味である。自由主義思想を持っている人のことを指す場合もある。
「liberal attitude」とは
「liberal attitude」とは、寛大な態度、気前の良い対応という意味である。
「liberal democracy」とは
「liberal democracy」とは、自由民主主義という意味である。
「liberal father」とは
「liberal father」とは、寛大な父親、温厚な父親という意味である。
「liberal idea」とは
「liberal idea」とは、自由主義的な考えという意味である。
「liberal of money」とは
「liberal of money」とは、金銭を出し惜しみしない、太っ腹という意味である。
「liberal position on」とは
「liberal position on」とは、~に関する自由な意見という意味である。
「liberal reward」とは
「liberal reward」とは、十二分の報酬、不足の無い給料という意味である。
「liberal spending」とは
「liberal spending」とは、気前よく消費をするという意味である。
「liberal with」とは
「liberal with」とは、~に対して寛大であるという意味である。
「liberal」の使い方・例文
「liberal」の使い方「liberal」は、自由主義の思想に関することだけではなく、名詞の前に置かれ、出費をする際の気前の良さや寛大な性格、物が十分にある様子を表わすこともできる。
「liberal」の例文
On the main street in front of the station, on the first Sunday of every month, people with liberal ideas gather from all over the country and hold large-scale demonstrations.
駅前の大通りでは毎月第一日曜日になると自由主義思想を持つ人が各地から集まって大規模なデモ活動が行われている。
Please let me know your liberal opinion on environmental issues.
環境問題に対する自由な意見をどうか聞かせて。
Because he is liberal of money, he is liked by his colleagues and juniors.
あの人は金銭を出し惜しみしないから周りの同僚や後輩から好かれている。
If you want someone to rely on you, try to be liberal attitude with everyone and never get irritated.
あなたが誰かに頼りにされたければ、いつでもイライラすることなく、どのような人に対しても寛大な態度で接するように心がけた方が良い。
The idea of liberal democracy spread in Japan after the war, and various political activities were carried out in various places to create a society where many people could live comfortably.
自由民主主義の思想は戦後の日本で広まるようになり、各地では多くの人が暮らしやすい社会を作るために様々な政治活動が行われるようになった。
「liberal」の英語での説明
Liberal is a word that means free, generous in character, and big-hearted.It is a word that is used not only for political thought, but also for people's opinions and ways of thinking.リベラル【liberal】
リベラル
(Liberal から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/17 23:00 UTC 版)
| 自由主義 |
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リベラル(英: liberal)とは、「自由な」「自由主義の」「自由主義者」などを意味する英語[1][2]であり、日本では政治思想の分野では主に以下の3つの意味で使用されている。
- 自由主義(リベラリズム)の立場、または自由主義者(リベラリスト)を意味する広義[3][4]-政治体制としての自由民主主義体制(リベラル・デモクラシー)を指すこともある[5][6]。冷戦期には西側諸国(自由主義陣営)を率いるアメリカ合衆国と、各国親米右派勢力に共通する価値観として位置づけられていた[7][8]。
- 1930年代以降のアメリカ合衆国の民主党が掲げる社会自由主義(ソーシャル・リベラリズム)の政治思想 - 対立する共和党(米国右派、同国保守派)も自由主義(リベラリズム)の立場であるが、より自由主義的な小さな政府を志向する古典的自由主義(クラシカル・リベラリズム)である。自由民主体制を支持しながらも共和党支持派とは異なり、民主党支持派は個人の自由や権利を実質的に保障するためには、市場への介入や高負担高福祉の社会保障制度を支持するなど政府の積極的役割を重要と考える大きな政府の立場である[9][3]。更に民主党内には中道派(穏健派)とリベラル派(左派)の党内対立がある[10][11][12]。
- 日本における用法 - 55年体制下の日本では、「リベラル」とは自由民主党内のハト派である宏池会に対して用いられてきた[13][14]。しかし、ソ連(東側諸国)の敗北が決まった冷戦終結前後の1990年代末あたりから、日本国左派は「革新」という共産主義・社会主義と結合していた表現を次第に引っ込め、「リベラル」という表現を用い始めた[15][16]。冷戦期の「革新」勢力のうち、社会主義から社会民主主義へと中道左派の立場へを変えた政治勢力(旧日本社会党系の一部、その流れを汲む旧民主党系の政治勢力など)や日本国メディアが、アメリカ合衆国の右派左派における共和党(保守)と民主党(リベラル)の構図を参照し、その用語法を取り入れた結果、日本においても「リベラル」という呼称が用いられるようになったとされている[3][5][15][9][17]。
用語
「リベラル」とは、リベラリズムやリベラリストを指す用語である。
「リベラル」には、歴史的に大きく以下の二つの潮流がある[18]。
- 個人の自由や多様性を尊重する「リベラル」。当初は「権力からの自由」を重視した。ジョン・スチュアート・ミルは『自由論』で、他人に危害を加えた場合のみ自由は制限される、と共存のルールを示した。アダム・スミスは経済活動に対する国家の介入を批判し「小さな政府(レッセ・フェール)」を説いた[18]。
- 上記に対し、国家による放任だけでは万人が自由を享受することは困難であるとし、各人の自由な人生設計を可能にするために国家の介入や支援が必要と考える「権力による自由」の発想。20世紀の先進諸国は社会保障や福祉国家を整備した。代表的著作には理論家ジョン・ロールズの『ロールズ 政治哲学史講義』がある[18]。
上記の二潮流は、英語では同じ単語(リベラル)だが、ヨーロッパでは1の潮流(古典的自由主義に近い立場)、アメリカ合衆国では2の潮流(社会自由主義に近い立場)を指すことが一般的である[18]。
宗教・啓蒙主義とリベラリズムの推移
リベラリズム(自由主義)は、中世的な教会や諸領主による権威や宿命論に対して、「人間には自由に判断し決定する事が可能であり、自己決定権を持つ」という政治哲学であり、18世紀ヨーロッパで啓蒙主義として広まった。
当初の主題は宗教改革での信教の自由であった。三十年戦争後のヴェストファーレン条約により近代的な主権国家が誕生して、国家単位での信教の自由が確立したため、異なる宗教を持つ間で寛容や多様性の概念が重要となった(政治的リベラリズム、多元主義)。またプロテスタント内部よりリベラリズム(自由主義神学)が発生した。
その後、イギリスの清教徒革命・名誉革命、アメリカ独立革命、フランス革命などの市民革命(ブルジョワ革命)によってブルジョワジーが実権を握り、経済的リベラリズム(古典的リベラリズム、自由主義経済、資本主義)が進展した。これは、アダム・スミスに代表される個人主義的な私有財産権に基づき、政府介入を排除するレッセフェールを特徴とした。
しかし、資本主義の高度化に伴い、伝統的な共同体の解体、都市への人口集中、プロレタリアートとの貧富拡大や劣悪な労働条件、世界恐慌の発生など社会不安が増大した。これに対抗して、各種の社会主義(改良主義的な社会民主主義、あるいは私有財産権の制限・廃止と暴力革命を主張する共産主義などの集産主義)が台頭した。また、国家間の植民地獲得競争やブロック経済なども進展した(帝国主義、ファシズム、統制経済)。
こうした危機に対し、ジョン・メイナード・ケインズらはリベラリズムの立場から有効需要理論を唱え、政府による金融政策や公共事業などの財政政策により非自発的失業を最小にできると主張した。またヨーロッパ諸国では福祉国家論などが進められた(修正資本主義、混合経済)。これらの社会的公正を重視したリベラリズムは、ニュー・リベラリズムやソーシャルリベラリズムと呼ばれるようになった。(後述のように、アメリカ合衆国では単に「リベラリズム」との呼称が普及した影響で、従来の古典的リベラリストの一部はリバタリアニズムを名乗るようになった。)
しかし、1970年代に入ると、オイルショックを契機としたスタグフレーション(通常の不況とは異なり、不況下にインフレと高失業率が併発する状態[20])や財政赤字の拡大により、ケインズ主義的な政策は行き詰まりを見せた。これを受けて、フリードリヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンなど、政府の介入を批判し古典的リベラリズム(市場原理)の復権を主張する立場が台頭し、新自由主義(ネオ・リベラリズム)と呼ばれるようになった。
地域による用法の相違
「リベラル」という言葉が指す政治的立場は、国や地域によって大きく異なる。特に「経済的自由(市場原理)」と「社会的自由(個人の権利)」のどちらを重視するかによって、右派(保守)を指す場合と左派(革新)を指す場合がある。
ヨーロッパ・オセアニア
ヨーロッパやオーストラリアでは、リベラリズムという言葉は、本来の「古典的自由主義」の意味を強く残しており、経済的な自由放任や小さな政府を志向する「中道右派」や「保守」を指すことが多い。
- イギリス
- 自由民主党(LibDems)は中道政党だが、歴史的な自由党は保守党に対抗して自由貿易を推進する勢力であった。
- ドイツ
- 自由民主党(FDP)は、経済界の利益を代弁する傾向があり、連立政権では市場経済重視の立場から中道右派としての役割を果たすことが多い。
- オーストラリア
- 主要政党であるオーストラリア自由党(Liberal Party)は、労働党(左派)に対抗する明確な「保守政党(中道右派)」である。
アメリカ合衆国
一方、アメリカ合衆国では「リベラル」は、ニューディール政策以降の「社会自由主義」を指し、政府による再分配やマイノリティの権利擁護を重視する「中道左派」あるいは「左派」を意味する(詳細は後述)。
日米欧の右派左派の違い
アメリカ合衆国には欧州のような封建制の歴史がなく、建国以来「自由主義(リベラリズム)」が社会の共通基盤(国是)であった。そのため、アメリカにおける対立軸は自由主義の枠内での解釈の違いとして現れる。冷戦期のアメリカにおける主要な左派政党である「民主党」は、欧州の社会主義政党とは異なり、自由主義の枠内で政府の積極的な役割を肯定する立場をとった。これがアメリカにおける「リベラル」である[3][21][9][15]。
一方、日本では冷戦期において、社会主義や共産主義を掲げる勢力は「革新」と呼ばれていた。しかし、冷戦終結と社会主義の退潮に伴い、「革新」という呼称が実態にそぐわなくなると、主に社会民主主義や中道左派の勢力が、人権や多様性を重視する欧米の潮流に合わせて「リベラル」を自称、あるいは他称されるようになった経緯がある。
自由主義の枠のなかで、1930年代から民主党は政府による積極的経済政策・自由市場への一定の介入を支持する立場を取り、これが「リベラル」と呼ばれた。逆に、より強固な自由を求めるのが米国における「保守」の立場である[3]。欧州の左派政党の多くは社会民主主義を掲げており、米国民主党のような「リベラル」という呼称は一般的ではない。逆に、欧州における「リベラル政党」は、自由主義インターナショナルや欧州刷新(旧・欧州自由民主同盟)に加盟する政党(ドイツの自由民主党やイギリスの自由民主党など)を指すことが多く、これらは自由権や市場経済を重視する中道から中道右派の立場をとる傾向がある。ただし、21世紀には英国労働党のブレア政権が標榜した「第3の道」のように、社会民主主義とリベラリズムの融合を模索する動きも見られる[21]。
-
左派(革新) 中道 - 右派(保守) ヨーロッパ(現代) 社会民主主義、社会主義、緑の党 リベラリズム(中道)、キリスト教民主主義、保守主義 アメリカ合衆国 リベラリズム(社会自由主義) - 民主党 保守主義(古典的リベラリズム、キリスト教右派) - 共和党 日本(55年体制下) 社会主義、共産主義(革新) 保守主義(自由民主党)、民主社会主義 日本(現代) リベラリズム(社会自由主義、社会民主主義) 保守主義
アメリカ政治のリベラリズム
背景
1930年代以降のアメリカ合衆国では、特に社会的公正や多様性を重視する自由主義の支持者が「リベラリズム」を名乗り、対立する古典的リベラリズムの一部は「リバタリアン」[22]などを名乗るようになった。この用法はアメリカ合衆国の以下の歴史的経緯などの特殊性による用法である。
- 1770年代の建国時に王党派が存在せず、リベラリズムが保守派となった
- 社会主義が有力な勢力とならず、政治的な二大潮流はいずれもリベラリズムを掲げた
- 1930年代、ニューディール政策など社会的公正を重視する自由主義の勢力が「リベラリズム」を自称して、「保守派(コンサーバティブ)」を批判した
- 1980年代、保守(古典的自由主義、新自由主義)を掲げる自由主義の勢力が、「リベラリズム」を大きな政府・社会主義的と批判した
歴史
アメリカ政治において、「リベラル」や「保守(コンサーバティブ)」という用語は、複雑な歴史的経緯を経て形成されたものである[23]。
1929年からの大恐慌の頃から、ニューディール政策など政府主導の自由主義立て直しが図られ、それを実施した民主党の人々が自分達こそ自由主義を守る自由主義者(リベラル)と自称し、「リベラル」の意味が変わった[23] [24]。この考えでは、増税などで個人の自由や財産を犠牲にしても、貧困対策や医療保険制度などの拡充により、遠回りだが個人の自由を拡大するためリベラルと主張した。1950年代頃は「保守(派)」は軽蔑的な用語となった。「リベラル」を大きな政府で社会主義的と批判する立場は、ヨーロッパ的な王党派などの保守とも区別するため、リバタリアン(自由至上主義者、完全自由主義者[25])や古典的自由主義者と呼ばれるようになった[23]。
1955年、ルイス・ハーツが著作『アメリカ自由主義の伝統』において「アメリカには自由主義(リベラリズム)の伝統しかない」と論じた際、ハーツが意図した「リベラル」は建国以来の古典的な自由主義を指していた。しかし、会田弘継らは、当時の「リベラル(ニューディール・リベラル)」派は自分たちこそが正統派であると証明されたと解釈し、逆に保守派はハーツが自分達を支持しなかったと受け止めたことで、用語をめぐる混乱が生じたと指摘している[23]。1950年代から1960年代にかけて「リベラル」は公民権運動など多様性を重視した運動を推進した。
ヨーロッパからアメリカ合衆国に移住したフリードリヒ・ハイエクは、エッセー「私はなぜ保守主義者ではないか」を記し、この用語の混乱はアメリカ合衆国とヨーロッパの政治伝統の違いにも起因しており、自分は保守主義者と呼ばれるがリベラル(自由主義者)であると主張した。ハイエクによると、自由主義と保守主義と社会主義はそれぞれ異なり、三角形の角のようなものである[23]。
1980年以降、ジョン・F・ケネディ、リンドン・ジョンソン政権時代のベトナム戦争での失策や、ジミー・カーター政権時代の内政・外交での失敗の後に、ロナルド・レーガン政権の頃から「保守」の意味が変化した。レーガンは、「ルーズベルト連合」と呼ばれた労働者・農民・黒人などの少数者連合を切り離し、保守連合を形成した。規制緩和や小さな政府をスローガンに経済を立て直し、共産圏に対する強硬姿勢が功を奏し冷戦終結に向かった。これらを背景に「保守」のイメージは向上し、「リベラル(進歩派)」は軽蔑語のようになっていった[23]。
しかし2003年以降のジョージ・W・ブッシュ政権のイラク戦争での失敗により、「保守」と「リベラル」のイメージが再び変化する可能性もある[23]。
思想
アメリカ合衆国の「リベラル」に大きな影響を与え、民主党の政策を支えていた思想家にはジョン・ロールズがいる[23]。
1958年、ロールズは論文『公正としての正義』を発表して「公正(フェアネス)」を基礎とする「正義(ジャスティス)」という概念を提示し始め、1971年の『正義論』を通じて発展していく「正義」の概念の二つの原理の原型を示した[23]。
- 人は他人の自由を侵さない限り、自由への最大限の権利を平等に持つ
- 経済的・社内的に不平等が許されるとすれば、それはすべての人の利益に繋がらなくてはならない。また、他と平等でない地位があれば、だれもがそれを得る機会を平等に持つべきだ。
1971年の『正義論』では、二番目の原理は「すべての人の利益」から「最も不遇な人々に最低限の利益」と定義が発展し、哲学書としては異例の20万部のベストセラーとなった。ロールズは、自由と平等という相容れない価値をなんとか結び付け、自由を重視するアメリカ社会が失いがちな公正さを担保しようとした[23]。
1960年代末から1970年代は、アメリカにおけるリベラリズムの影響力が頂点に達すると同時に、その後の退潮の契機を含む時期であったとされる[23]。リベラルな政策はケネディ政権で本格化し、ジョンソン政権下の「偉大な社会」構想や、ニクソン政権下での環境保護政策などで制度化が進んだ。ジョンソンは1964年公民権法を成立させ、貧困対策や福祉拡大を推進したが、一方でベトナム戦争の激化により支持を失い、三選出馬を断念した。ジョンソン政権を引き継いだニクソンは共和党ながら、環境保護庁の設置、大気浄化法の強化、職業安全衛生法、包括雇用・職業訓練法や、南部の人種別学校の統合の進展、黒人の雇用促進のための積極的差別是正処置(アファーマティブ・アクション)、連邦政府事業を請け負う企業への黒人雇用義務付け、女性雇用差別解消、貧困家庭の養育費補助や学校給食などの福祉制度の大幅整備拡大など、リベラルな政策を進めた[23]。
1960年代以降、権利意識の高まりとともに多様な集団がそれぞれの主張を展開するようになると、社会の分断が懸念されるようになった。こうした状況下で、ロールズの問題意識は、異なる価値観を持つ人々がいかにして安定的に「共存」できるかという点に向けられた。1993年、ロールズは第二の主著とされる『政治的リベラリズム』で「相容れることのできない宗教、思想、倫理上の教義で深刻に分断されている自由で平等な市民の間で、安定した公正な社会を築き上げることは可能か」と問いかけ、その多元社会の安定には「重なり合う合意(オーバーラッピング・コンセンサス)」という考え方を使用し、最低限の共通基盤を維持することで、安定した状態で共存できるとし、その共通基盤の核として「公正としての正義」を置いた[23]。
ロールズの主張は、アメリカ社会の新たな形の分裂に対してリベラル側から回答を試みたもので、その回答は「アメリカの理念に立ち返っていく」ということであり、ある意味では保守的であった[23]。
支持基盤
アメリカ合衆国において、リベラル(主に民主党)は、都市部の居住者、人種的マイノリティ、高学歴層などに支持基盤を持つ傾向がある。
特に教育機関においてはリベラル派が優勢であることが複数の調査で示されている。大学教授などを対象とした調査では、共和党支持者よりも民主党支持者の割合が高く、特に人文学や社会科学系の学部、および四年制大学やエリート大学においてその傾向が顕著である[26]。
日本におけるリベラル
日本において「リベラル」という用語は、時代や政治状況によって異なる意味合いで用いられてきた。
55年体制下
55年体制下においては、自由民主党内のハト派(吉田茂の系譜に連なる宏池会など)が、対米協調を基軸としつつも軽武装・経済重視の姿勢を取り、「保守リベラル」と呼ばれることがあった[27]。対する日本社会党や日本共産党などの野党勢力は、社会主義や共産主義を掲げ「革新」と呼ばれた。
1990年代以降
1990年代初頭の冷戦終結とソビエト連邦の崩壊により、社会主義の求心力が低下すると、「革新」という言葉は急速に使われなくなった。これに代わる新しい政治理念として「リベラル」が注目されるようになった。
日本では、本来の「リベラリズム(個人の自由尊重)」と「自由主義(経済的自由)」を書き分ける傾向があったが、この転換によって両者の区別は曖昧化し、「保守 対 リベラル」という構図が用いられるようになった。
その後、民主党の結成にあたり、旧社会党出身者や市民運動出身者が合流したことで、再分配重視や人権擁護、選択的夫婦別姓などを志向する勢力が、自らを「リベラル」と規定する傾向が強まった。
日本における「リベラル」は、経済的な「大きな政府」志向だけでなく、個人の尊厳や立憲主義の重視、日本国憲法第9条の維持(護憲)、歴史認識における和解重視(ハト派)といったスタンスと強く結びついている点に特徴がある。これは、冷戦期の「革新」勢力が担っていた平和主義や人権擁護の側面が、社会主義イデオロギーの退潮に伴い、「リベラル」という言葉で再定義されたものとも解釈される。
2017年の希望の党騒動の際には、枝野幸男らが「リベラル勢力の結集」を掲げて旧・立憲民主党を結成し、自民党(保守)対 立憲民主党(リベラル)という構図が一時的に強調された。
日本のリベラルにおける「ねじれ」
日本のリベラル勢力については、思想的な「ねじれ」も指摘されている。法哲学者の井上達夫は、本来リベラリズムは「個人の自律」を最優先する思想であるにもかかわらず、日本のリベラル勢力(旧革新勢力)は、護憲や反権力を重視するあまり、組織票(労働組合など)や集団主義的な構造に依存しており、リベラリズムの核心である「個人主義」が徹底されていないと批判している[28]。
リベラリズムへの批判と現代的課題
21世紀に入り、リベラリズムは左右両陣営から批判に晒され、その存立基盤が問われる状況にある。
共同体論(コミュニタリアニズム)からの批判
マイケル・サンデルらは、リベラリズムがあまりにも他者や歴史から切り離された原子論的な個人を理想としすぎた結果、人々が本来必要とする共同体への帰属意識や道徳的紐帯を希薄化させたと批判した[29]。また、パトリック・デニーンは、リベラリズムが成功したことによって個人主義化が進み、孤独や格差、環境破壊といった病理を生み出したとする論を展開している[30]。
アイデンティティ・ポリティクスをめぐる分断
現代のアメリカや欧州のリベラル勢力が、人種・ジェンダーなどのマイノリティの権利擁護(アイデンティティ・ポリティクス)に注力するあまり、経済的な不平等等に苦しむ労働者階級(かつての支持基盤)の関心から離れ、エリート化してしまったという批判がある。マーク・リラなどは、これが保守ポピュリズムの台頭を招いたと指摘している[31]。
非自由主義的民主主義の台頭
また、21世紀にはハンガリーやトルコのように、選挙という民主的な手続きを経ながらも、リベラリズムの核心である「法の支配」「言論の自由」「少数者の権利」を制限する「非自由主義的民主主義(イリベラル・デモクラシー)」と呼ばれる体制も台頭しており、リベラリズムの普遍性が挑戦を受けている。
脚注
出典
- ^ iberal - 研究社新英和中辞典、Eゲイト英和辞典、他
- ^ liberal - goo辞書
- ^ a b c d e 米国にとって「リベラル」と「保守」とは何か論座 朝日新聞デジタル
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- ^ a b “「リベラル」の逆は「保守」ではなく…歴史に耐えるものさしで、中島岳志さんと現代日本を読み解く政治学(江川紹子) - エキスパート”. Yahoo!ニュース. 2024年9月28日閲覧。
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参考文献
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- Brown, Howard G.; Miller, Judith A. (2003). Taking Liberties: Problems of a New Order From the French Revolution to Napoleon. Manchester University Press. ISBN 978-0719064319
- 犬塚元 (2017年11月12日). “ひもとく - リベラルとは何か”. 朝日新聞: pp. 13
- ブライアン・カプラン、月谷真紀訳 『大学なんか行っても意味はない? 教育反対の経済学』みすず書房、2019
- Gross,Neil and Solon Simmons 2007, The Social and Political Views of American Professors,Working Paper, Harvard University.
- Rothman,Stanley, Robert Lichter, and Neil Nevitte,2005,Politics and Professional Advancement among College Faculty,Forum3(1). DOI:10.2202/1540-8884.1067
- Moe,Terry ,2011,Special Intersett: Teachers Unions and America's Public Schools,Brookings Institution Press (2011)
関連項目
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