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MR. BIGとは - わかりやすく解説 Weblio辞書
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MR. BIGとは? わかりやすく解説

MR.BIG

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/23 20:35 UTC 版)

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ミスター・ビッグ
Mr. Big
ブルガリア・ソフィア公演 (2011年6月)

バンド ロゴ
基本情報
出身地 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス[1]
ジャンル ハードロック[1]
活動期間 1988年 - 2002年
2009年 - 現在
レーベル アトランティック・レコード
Frontiers Records
WOWOWエンタテインメント
共同作業者 レーサーX
スティーヴ・ヴァイ
公式サイト www.mrbigsite.com
メンバー ビリー・シーン (B)
エリック・マーティン (Vo)
ポール・ギルバート (G)
パット・トーピー (Ds)
旧メンバー リッチー・コッツェン (G)

ミスター・ビッグ(Mr. Big)は、アメリカ合衆国出身のハードロックバンド

同国の実力派ロック・ミュージシャンが参加した、スーパーグループの一つ。1989年にデビュー。1999年にメンバーチェンジし、2002年に一度解散したが、2009年にオリジナル・メンバーの4人で再結成した。

バンド名

バンド名の由来

Mr. Bigというバンド名はパット・トーピーが考えたものであり、Freeのアルバム『ファイアー・アンド・ウォーター』に収められた「Mr. Big」からきている。 当初はジミ・ヘンドリックスの「Red House」をバンド名とする案もあった。しかし、当時既に存在していたクラウデッド・ハウスというバンド名と似てしまうので、バンドの目指していた方向性に最も近いFreeのレパートリーからバンド名を拝借した。[2]

1970年代にイギリスで活動していた全く同名のバンドが存在することをメンバーは知らなかった。[3]

また、パット・トーピーは、バンド名のみならず、バンドが発表した作品の多くのタイトルを考案している。

バンド名の表記

日本では「MR.BIG」と、 全て大文字で、かつピリオドの後にスペースを入れない表記が多いが、これ以外の表記方法(MR. BIG、Mr. Big、ミスター・ビッグなど)も存在している。

全て大文字(MR. BIG)にするか、あるいは小文字と組み合わせる(Mr. Big)かについては、「ERIC MARTIN」と書くか「Eric Martin」と書くかの違いなだけであり、どちらも間違いではない。

また、英文的には、「Mr.」の後にスペースを入れるのが正しい。例えば「Mr.Sato」とは書かずに「Mr. Sato」と表記する。よって、「Mr.Big」よりも「Mr. Big」の方がどちらかと言えば正しく、現に公式サイトやCDには「MR. BIG」または「Mr. Big」等とスペースを入れた表記がされている。(CDに「MR.BIG」とピリオドの後にスペースが入っていないものもあるが、それらはほとんどの場合が日本で作成されたものである) そして、「Mr Big」とピリオド自体を入れない表記も英文的には間違いではない。

「ミスター・ビッグ」と「ミスタービッグ」についても同様に、どちらも間違いではない。

メンバー

オリジナル・ラインナップ

旧メンバー

サポート・メンバー

  • マット・スター (Matt Starr) - ドラムス (2014- )

来歴

1992年のグループショット

結成〜活動休止

タラスでデビューし、デイヴィッド・リー・ロスのバンド等で活躍していた超絶技巧ベーシスト、ビリー・シーンが、サンフランシスコの実力派シンガー、エリック・マーティンと出会い、元レーサーXのギタリスト(後に再結成)、ポール・ギルバートと、インペリテリなどで活躍していたドラマー、パット・トーピーが加わり、バンドを結成。 1989年、アルバム『ミスター・ビッグ』でデビュー。結成当初から、その華やかな顔ぶれからスーパーバンドと呼ばれ、高度な演奏技術の応酬が期待されたが、実際にアルバムの大半を占めたのは、そのバンド名が示す通りのオーソドックスなハードロックであり、オープニングナンバーの「Addicted To That Rush」でこそビリーとポールが得意の速弾きを披露して周囲の期待に応えたものの、2曲目以降ではメンバー各人が持ち場をわきまえたプレイに徹していた。

1991年に、2作目のアルバム『Lean Into It』をリリース。先端にギターピックを取り付けた電動ドリルによるトリックプレイで話題を呼んだ「Daddy, Brother, Lover, Little Boy」[4]や、その後のライブにおける定番曲となる「Alive And Kickin'」といったパワフルなハードロック、「Just Take My Heart」のようなバラード、キャッチーなメロディを持つ「Green-Tinted Sixties Mind (60'S マインド)」、そして全米No.1シングルとなる「To Be With You」などが収録され、バンドの代表作となる。しかし、"60'S マインド"と"To Be With You"の2曲は、同じアルバムに収録するか否かについてメンバー間で問題となった曲でもある。このポップな2曲のヒットによって、「ブリティッシュ・ハードロックに根差したブルージーなロックバンド」という結成当時の構想と、現実との間にずれが生じ始める皮肉な結果を生んだのも、また事実である。良くも悪くも、ここがバンドの分岐点となった。

1993年、3作目のアルバム『Bump Ahead』をリリース。「To Be With You」の大ヒットによって一躍人気アクトの仲間入りを果たした、レコード会社からの大きな期待、言い換えれば圧力を受けながら、このアルバムを制作することとなった。さらに会社側からの「『To Be With You』のような曲がもう一つほしい」との要望によって大量のバラード曲のデモ制作を余儀なくされ、結果、キャット・スティーヴンスの「ワイルド・ワールド」のカバーを追加収録し、シングルカットもされたが、商業的に成功したとはとても言えない結果に終わることとなる。しかしながらアルバムの完成度は高く、楽器隊の3人が超人的なユニゾンプレイを披露する「Colorado Bulldog」をはじめ、グルーヴ満載の作品である。また、シンセサイザーストリングスを大胆に導入した曲もあり、音楽性の広がりを感じさせる作品となっている。本作には、バンド名の由来となったFreeの「Mr. Big」のカバーが収録されている。

1996年1月に、4作目のアルバム『Hey Man』をリリース。これまでのアルバムは、1曲目に必ず「激しく、楽器陣が超絶テクニックを駆使したアップテンポのハードロックナンバー」を持ってくるという法則があったが、このアルバムで初めてそれが破られた。ピアノによるイントロで幕を開けるオープニングナンバー「Trapped In Toyland」は、ドライブ感はあるがダークなムードが漂う異色作。「Take Cover」は日本でシングルヒットした。「Goin' Where The Wind Blows (風にまかせて)」のレコーディングはビリー抜きで行われ、その後のメンバーの人間関係に悪影響を及ぼす結果を招いた。

同年11月には、初のベスト・アルバム『BIG, BIGGER, BIGGEST!』をリリース。その後、『ミュージックステーション』への出演を最後に活動休止を宣言。メンバーはそれぞれ、ソロ活動、別のプロジェクトに乗り出す。1997年に、日本武道館でのライブを収録した『LIVE AT BUDOKAN』をリリース。初回盤は、武道館と同じ八角形のアルミ製のケース(武道とアルミをかけた洒落と思われる)入りであった。

ポールの脱退〜解散

1999年、活動を再開しようとした矢先、ポールが脱退。その後バンドは、かねてから親交のあった実力派ギタリスト、リッチー・コッツェンを新ギタリストとして迎え、スタジオ・アルバムとしては通算5枚目となる『Get Over It』をリリースする。新生ミスター・ビッグによる第1弾のアルバムは、新加入のリッチーの個性を前面に押し出した内容で、ポール時代のポップ性は影を潜め、よりブルージーな楽曲が中心となった。また、ソロシンガーとしてのキャリアを持つリッチーが、エリックとリードヴォーカルを分け合う「Static」で、バンドは新たなラインナップによる進化の可能性を主張している。この年の年末、久々の来日公演を行い、大晦日にはエアロスミスバックチェリーと共に、ミレニアム・カウントダウン・コンサート(大阪ドーム)に参加。この時の模様は、WOWOWで生中継された。

2000年、新曲入りバラード・ベスト・アルバム『Deep Cuts』をリリース。ポール在籍時代の曲の一部は、新ラインナップによってリメイクされている。このリメイク曲のうち1曲でビリーのベースソロが本人に許可なく削除されたほか、前述の「Goin' Where The Wind Blows」が収録されたことから、ビリーと他のメンバーとの人間関係が再び悪化した。

2001年8月に、6作目のアルバム『Actual Size』をリリース。しかしリリース直前に、バンド側が「ビリーを解雇した」と公式発表する。自身のソロ活動のためレコーディングを一時離脱した際に、残りの3人とプロデューサーのリッチー・ズィトーによってアルバムの方向性が大幅に変更されたことに対する不満から、ビリーがバンドに対して非協力的な態度をとり続けたためとされる。アルバムのブックレットにはビリーのサンクスリストすら用意されず、作曲に関わった楽曲もわずか1曲に留まっている。しかし、協議の末、最後にビリーを含むメンバー4人でフェアウェルツアーを行い、その後解散するという結論に至る。千秋楽となった、2002年2月5日東京国際フォーラムでのライブはレコーディングされ、『In Japan』としてCDDVDでリリースされた。

再結成〜現在

2008年5月7日ロサンゼルスのハウス・オブ・ブルースで行われた、ポールのソロライブにて、「ミスター・ビッグのほぼ再結成」が実現。サプライズ・ゲストとしてビリー・シーン、パット・トーピー、リッチー・コッツェンがステージに登場し、2曲を披露。リッチーが、ボーカルで「30 Days In The Hole」、ポールとマイク・ズーターのダブル・ボーカルで、「Daddy, Brother, Lover, Little Boy」を演奏した。4人のうち3人が同じステージに立つのは、実に6年ぶり。

2009年1月31日2月1日放送のラジオ番組『HMシンジケート』で、オリジナル・メンバー4人による再結成が発表された。同年4月、未発表曲のリマスター・バージョンを含むベスト・アルバム『NEXT TIME AROUND』がリリースされ、6月には「Next Time Around 2009 Tour」を日本のみで決行。10公演全てがソールド・アウトとなる。その後、アジア・ツアーとヨーロッパ・ツアーも実現。 9月16日、「Next Time Around 2009 Tour」の武道館公演の模様を完全収録した『BACK TO BUDOKAN』がCDとDVDで(その後Blu-ray Discも)、リリースされた。

2010年12月、9年4ヶ月ぶり、オリジナル・メンバーでは約15年ぶりとなるスタジオ・アルバム『What If...』がリリースされた[5]

2014年7月23日、パットが2年前よりパーキンソン病を患っている事を公式に告白。新作「...The Stories We Could Tell」のツアーも通常の演奏が出来ず、一部サポートメンバーを迎えて行う事を明らかにした[6][7]。代役としてエース・フレイリーなどの活動経験のあるマット・スターが25周年のツアーに参加。パットも同行し、日本武道館を含む来日公演を開催[8]

2017年、来日公演を開催。本公演にもパットが同行し、パーカッション担当(1曲のみドラムキットを演奏)で参加した[9]

2018年2月7日、パット・トーピーがパーキンソン病の合併症により死去[10]

2018年5月23日カリフォルニア州AgouraのCannyon Clubにて「Mr. Big & Friends Celebrate The Life Of Pat Torpey」と題したパット・トーピーのトリビュート・ライヴが開催され、この日のために日本を始め世界中からパット・トーピーのファンが集まった。この公演では生前パットがミスター・ビッグ再結成後に日本で使用していたTAMAの白いドラムキットが用意され、ミスター・ビッグ(ビリー、エリック、ポール、マット)の演奏に加え、ビリー・シーンとエリック・マーティン、リッチー・コッツェンの3人が16年ぶりに共演し、「Shine」、「Dancin' With My Devils」、「Superfantastic」と第2期ミスター・ビッグのナンバー3曲が披露された。なお、この時ドラマーを務めたのはリッチー・コッツェンバンドのマイク・ベネットである。 その他、チャック・ライト、ギルビー・クラーク、マット・ソーラム、デイヴ・アマト、リッキー・フィリップス、ブレット・タグル、グレッグ・ビソネットらパットと関係の深いミュージシャンが参加した。

作品

スタジオ・アルバム

タイトル ピークチャート·ポジション
米・ビルボード 日本・オリコン 認定
1989 Mr. Big 46 22 60 Gold (JP)
1991 Lean Into It 15 6 28 Platinum (US, JP)
1993 Bump Ahead 82 4 61 Platinum (JP)
1996 Hey Man - 1 - Gold (JP)
1999 Get Over It - 5 - Gold (JP)
2001 Actual Size - 5 - -
2010 What If... - 7 117 -
2014 ...The Stories We Could Tell 158 6 -
2017 Defying Gravity - 9 -

ライブ・アルバム

  • Raw Like Sushi (1990年)
  • Raw Like Sushi II (1992年)
  • Live - (1992年)
  • Raw Like Sushi Ⅲ (Japandemonium) (1994年)
  • Live At Budokan (1997年)
  • At The Hard Rock Live (1998年)
  • In Japan (2002年)
  • Back To Budokan (2009年)
  • Live From The Living Room (2011年)
  • Raw Like Sushi 100 (2012年)
  • R.L.S. 113 SENDAI Official Bootleg Nov.8 2014 (2015年)

サウンドトラック

  • Caddyshack II (1988年)[11]
  • Navy Seals (1990年)

ベスト・アルバム

  • Big, Bigger, Biggest! The Best Of Mr. Big (1996年)[12]
  • Deep Cuts -Best Of Ballads- (2000年)
  • Greatest Hits (2004年)
  • Next Time Around -Best Of Mr. Big- (CD+DVD、CD) (2009年)

セルフ・トリビュート・アルバム

  • Influences And Connections Volume One: Mr. Big (CD+DVD、CD) (2003年)

映像作品

  • Lean Into It (MV&メイキング)(VHS、LD、DVD) (1991年)
  • Live And Kickin' (VHS、LD、DVD) (1992年)
  • Live (サンフランシスコライブ) (VHS、LD、DVD) (1992年)
  • A Group Portrait (VHS) (1993年)
  • Greatest Video Hits (MV集) (VHS、LD、DVD) (1996年)
  • Farewell Live In Japan (DVD) (2002年)
  • Back To Budokan (DVD) (2009年)
  • Back To Budokan (Blu-ray) (2011年)
  • Raw Like Sushi 114 Live At Budokan 2014 (2DVD+2CD、Blu-ray+2CD) (2015年)
  • Live From Milan + Japan 2017 Official Bootleg (Blu-ray+3CD) (2018年)

ボックスセット

  • Mr. Big Box (6CD) (2002年)
  • Raw Like Sushi 100 (2CD+2DVD) (2012年)
  • The Vault 25周年記念オフィシャル・アーカイヴ・ボックス (20CD+2DVD) (2015年)
  • Raw Like Sushi 114 Live At Budokan (Blu-ray+3DVD+5CD) (2015年)

シングル

  • Green-Tinted Sixties Mind (1991年) _オフィシャル・チャート・カンパニー(以下全英) 71位。
  • To Be With You (1991年) _ビルボード誌HOT100チャート(以下全米)最高1位(1992年2月29日付から4週間連続),全英:最高2位。
  • Just Take My Heart (1992年) _全米:最高15位,全英:最高25位。
  • Wild World (1993年) _全米:最高26位,全英:最高58位。日本のオリコン洋楽シングルチャートで最高1位(1993年11月22日付から2週間連続)[13]
  • I Love You Japan (1995年)
  • Take Cover (1996年)
  • Goin' Where The Wind Blows (1996年)
  • Stay Together (1996年)
  • Not One Night (1997年)
  • Superfantastic (1999年)
  • Static (1999年)
  • Where Are They Now? (2000年)
  • Shine (2001年)
  • Arrow (2001年)
  • The World Is On The Way East Japan Earthquake Relief 2011 (2011年)

日本公演

イベント

2011年

  • 1月23日 What If...発売記念スペシャル・イベント (アコースティックライブ及び握手会、高田馬場ESPミュージックアカデミー)
  • 1月27日 What If...ワールド・プレミア・TV・ライブ・スペシャル (Live From The Living Room、東宝スタジオ)

2014年

  • 9月26日 J-WAVE BAR (アコースティックライブ、六本木ヒルズ森タワー)
  • 9月29日 …ザ・ストーリーズ・ウイ・クッド・テル発売記念イベント (アコースティックライブ&ハイタッチ会、川崎クラブチッタ)

脚注

  1. ^ a b Mr. Big - ミスター・ビッグ - キューブミュージック・2014年6月19日閲覧。
  2. ^ 「BURRN!」1993年10月号より
  3. ^ 「BURRN!」1988年11月号より
  4. ^ ポールとビリーは、電動ドリルピックを取り付けて演奏する「ドリル奏法」の使い手であり、その際には、必ず日本の工具メーカーであるマキタの電動ドリルを使用したことで有名。そのせいか、マキタは、Mr.Bigのコンサートツアーを後援した事があるだけでなく、前述の「I Love You Japan」も、日本ツアーのスポンサーとして協賛した事に対する、マキタへの返礼として書かれた曲であり、マキタとMr.Bigの関係は非常に深い。
  5. ^ MR.BIG、オリジナルアルバム『What If…』完成 - BARKS
  6. ^ MR.BIGよりパット・トーピーに関する重要なプレス・リリース WHD Entertainment 2014年7月24日
  7. ^ MR.BIGのドラマー、パット・トーピーがパーキンソン病であることが明らかに amass 2014年7月24日
  8. ^ MR.BIG メンバーの絆に感涙の武道館 難病を抱えたパットもステージに”. billboard JAPAN (2014年11月27日). 2018年2月9日閲覧。
  9. ^ MR.BIG @ 日本武道館”. ロッキング・オン (2017年9月26日). 2018年2月9日閲覧。
  10. ^ MR.BIGのドラマーであるパット・トーピーが逝去。享年64歳”. NME JAPAN (2018年2月9日). 2018年2月9日閲覧。
  11. ^ エリック・マーティン名義で「One Way Out」という曲が収録されているが、演奏はMr. Bigである。
  12. ^ 日本では大人気を獲得したため、度々日本でのツアーを行った。(ビッグ・イン・ジャパン)メンバー、はインタビューなどで事あるごとに、日本のファンへの感謝の念を口にし、日本のファンを単なるファンという概念をこえて「Brothers(兄弟)」と呼んでいた。ベスト・アルバム『Big, Bigger, Biggest! The Best Of Mr. Big』日本盤ボーナストラックに「I Love You Japan」という曲が収録されている事などからも、日本のファンを大事にしていたかが伺える。
  13. ^ コンピレーション・アルバム『ナンバーワン90s ORICON ヒッツ』の裏ジャケットナンバーワン 70s 80s 90s オリコン・ヒッツも参照。

外部リンク


MR.BIG (曖昧さ回避)

(MR. BIG から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/25 10:11 UTC 版)

MR. BIG(ミスター・ビッグ)

人名
  • ミスター・B.I.G. - 映画監督バート・I・ゴードンのあだ名。名前の頭文字と巨大生物もの映画を得意とすることから。
架空のキャラクター
音楽

Mr.Big

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/05 03:56 UTC 版)

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MR.BIG
ミスター・ビッグ
ブルガリア・ソフィア公演 (2011年6月)

バンド ロゴ
基本情報
出身地 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス[1]
ジャンル ハードロック[1]
活動期間 1988年 - 2002年
2009年 - 現在
レーベル アトランティック・レコード
Frontiers Records
WOWOWエンタテインメント
共同作業者 レーサーX
スティーヴ・ヴァイ
公式サイト www.mrbigsite.com
メンバー ビリー・シーン (B)
エリック・マーティン (Vo)
ポール・ギルバート (G)
パット・トーピー (Ds)
マット・スター (サポート)(Ds)
旧メンバー リッチー・コッツェン (G)

MR.BIG(ミスター・ビッグ)は、アメリカ合衆国出身のハードロックバンド

同国の実力派ロック・ミュージシャンが参加した、スーパーグループの一つ。1989年にデビュー。1999年にメンバーチェンジし、2002年に一度解散したが、2009年にオリジナル・メンバーの4人で再結成した。

来歴

1992年のグループショット

結成〜活動休止

タラスでデビューし、デイヴィッド・リー・ロスのバンド等で活躍していた超絶技巧ベーシスト、ビリー・シーンが、サンフランシスコの実力派シンガー、エリック・マーティンと出会い、後にレーサーXのギタリスト、ポール・ギルバートと、インペリテリなどで活躍していたドラマー、パット・トーピーが加わり、バンドを結成。ポール・ロジャース率いるロックバンド、Freeの楽曲タイトルからMR.BIGと名乗り[2]1989年、アルバム『MR.BIG』でデビュー。結成当初から、その華やかな顔ぶれからスーパーバンドと呼ばれ、高度な演奏技術の応酬が期待されたが、実際にアルバムの大半を占めたのは、そのバンド名が示す通りのオーソドックスなハードロックであり、オープニングナンバーの「Addicted To That Rush」でこそビリーとポールが得意の速弾きを披露して周囲の期待に応えたものの、2曲目以降ではメンバー各人が持ち場をわきまえたプレイに徹していた。

1991年に、2作目のアルバム『Lean Into It』をリリース。先端にギターピックを取り付けた電動ドリルによるトリックプレイで話題を呼んだ「Daddy, Brother, Lover, Little Boy」[3]や、その後のライブにおける定番曲となる「Alive And Kickin'」といったパワフルなハードロック、「Just Take My Heart」のようなバラード、キャッチーなメロディを持つ「Green-Tinted Sixties Mind (60'S マインド)」、そして全米No.1シングルとなる「To Be With You」などが収録され、バンドの代表作となる。しかし、"60'S マインド"と"To Be With You"の2曲は、同じアルバムに収録するか否かについてメンバー間で問題となった曲でもある。このポップな2曲のヒットによって、「ブリティッシュ・ハードロックに根差したブルージーなロックバンド」という結成当時の構想と、現実との間にずれが生じ始める皮肉な結果を生んだのも、また事実である。良くも悪くも、ここがバンドの分岐点となった。

1993年、3作目のアルバム『Bump Ahead』をリリース。「To Be With You」の大ヒットによって一躍人気アクトの仲間入りを果たした、レコード会社からの大きな期待、言い換えれば圧力を受けながら、このアルバムを制作することとなった。さらに会社側からの「『To Be With You』のような曲がもう一つほしい」との要望によって大量のバラード曲のデモ制作を余儀なくされ、結果、キャット・スティーヴンスの「Wild World」のカバーを追加収録し、シングルカットもされたが、商業的に成功したとはとても言えない結果に終わることとなる。しかしながらアルバムの完成度は高く、楽器隊の3人が超人的なユニゾンプレイを披露する「Colorado Bulldog」をはじめ、グルーヴ満載の作品である。また、シンセサイザーストリングスを大胆に導入した曲もあり、音楽性の広がりを感じさせる作品となっている。本作には、バンド名の由来となったFreeの「Mr.Big」のカバーが収録されている。

1996年1月に、4作目のアルバム『Hey Man』をリリース。これまでのアルバムは、1曲目に必ず「激しく、楽器陣が超絶テクニックを駆使したアップテンポのハードロックナンバー」を持ってくるという法則があったが、このアルバムで初めてそれが破られた。ピアノによるイントロで幕を開けるオープニングナンバー「Trapped In Toyland」は、ドライブ感はあるがダークなムードが漂う異色作。「Take Cover」は日本でシングルヒットした。「Goin' Where The Wind Blows (風にまかせて)」のレコーディングはビリー抜きで行われ、その後のメンバーの人間関係に悪影響を及ぼす結果を招いた。

同年11月には、初のベスト・アルバム『BIG, BIGGER, BIGGEST!』をリリース。その後、『ミュージックステーション』への出演を最後に活動休止を宣言。メンバーはそれぞれ、ソロ活動、別のプロジェクトに乗り出す。1997年に、日本武道館でのライブを収録した『LIVE AT BUDOKAN』をリリース。初回盤は、武道館と同じ八角形のアルミ製のケース(武道とアルミをかけた洒落と思われる)入りであった。

ポールの脱退〜解散

1999年、活動を再開しようとした矢先、ポールが脱退。その後バンドは、かねてから親交のあった実力派ギタリスト、リッチー・コッツェンを新ギタリストとして迎え、スタジオ・アルバムとしては通算5枚目となる『Get Over It』をリリースする。新生・MR.BIGによる第1弾のアルバムは、新加入のリッチーの個性を前面に押し出した内容で、ポール時代のポップ性は影を潜め、よりブルージーな楽曲が中心となった。また、ソロシンガーとしてのキャリアを持つリッチーが、エリックとリードヴォーカルを分け合う「Static」で、バンドは新たなラインナップによる進化の可能性を主張している。この年の年末、久々の来日公演を行い、大晦日にはエアロスミスバックチェリーと共に、2000年カウントダウンコンサート(大阪ドーム)に参加。この時の模様は、WOWOWで生中継された。

2000年、新曲入りバラード・ベスト・アルバム『Deep Cuts』をリリース。ポール在籍時代の曲の一部は、新ラインナップによってリメイクされている。このリメイク曲のうち1曲でビリーのベースソロが本人に許可なく削除されたほか、前述の「Goin' Where The Wind Blows」が収録されたことから、ビリーと他のメンバーとの人間関係が再び悪化した。

2001年8月に、6作目のアルバム『Actual Size』をリリース。しかしリリース直前に、バンド側が「ビリーを解雇した」と公式発表する。自身のソロ活動のためレコーディングを一時離脱した際に、残りの3人とプロデューサーのリッチー・ズィトーによってアルバムの方向性が大幅に変更されたことに対する不満から、ビリーがバンドに対して非協力的な態度をとり続けたためとされる。アルバムのブックレットにはビリーのサンクスリストすら用意されず、作曲に関わった楽曲もわずか1曲に留まっている。しかし、協議の末、最後にビリーを含むメンバー4人でフェアウェルツアーを行い、その後解散するという結論に至る。千秋楽となった、2002年2月5日東京国際フォーラムでのライブはレコーディングされ、『MR.BIG IN JAPAN』としてCDDVDでリリースされた。

再結成〜現在

2008年5月7日ロサンゼルスのハウス・オブ・ブルースで行われた、ポールのソロライブにて、「Mr.Bigのほぼ再結成」が実現。サプライズ・ゲストとしてビリー・シーン、パット・トーピー、リッチー・コッツェンがステージに登場し、2曲を披露。リッチーが、ボーカルで「30 Days In The Hole」、ポールとマイク・ズーターのダブル・ボーカルで、「Daddy, Brother, Lover, Little Boy」を演奏した。4人のうち3人が同じステージに立つのは、実に6年ぶり。

オリジナル・メンバーのグループショット (2011年)

2009年1月31日2月1日放送のラジオ番組『HMシンジケート』で、オリジナル・メンバー4人による再結成が発表された。同年4月、未発表曲のリマスター・バージョンを含むベスト・アルバム『NEXT TIME AROUND』がリリースされ、6月には「Next Time Around 2009 Tour」を日本のみで決行。10公演全てがソールド・アウトとなる。その後、アジア・ツアーとヨーロッパ・ツアーも実現。 9月16日、「Next Time Around 2009 Tour」の武道館公演の模様を完全収録した『BACK TO BUDOKAN』がCDとDVDで(その後Blu-ray Discも)、リリースされた。

2010年12月、9年4ヶ月ぶり、オリジナル・メンバーでは約15年ぶりとなるスタジオ・アルバム『What If...』がリリースされた[4]

2014年7月23日、パットが2年前よりパーキンソン病を患っている事を公式に告白。新作「...The Stories We Could Tell」のツアーも通常の演奏が出来ず、一部サポートメンバーを迎えて行う事を明らかにした[5][6]。代役としてエース・フレイリーなどの活動経験のあるマット・スターが25周年のツアーに参加。パットも同行し、日本武道館を含む来日公演を開催[7]

2017年、来日公演を開催。本公演にもパットが同行し、パーカッション担当(1曲のみドラムキットを演奏)で参加した[8]

2018年2月7日、パット・トーピーがパーキンソン病の合併症により死去[9]

2018年5月23日カリフォルニア州AgouraのCannyon Clubにて「Mr.Big & Friends Celebrate The Life Of Pat Torpey」と題したパット・トーピーのトリビュート・ライヴが開催され、この日のために日本を始め世界中からパット・トーピーのファンが集まった。この公演では生前パットがMR.BIG再結成後に日本で使用していたTAMAの白いドラムキットが用意され、MR.BIG(ビリー、エリック、ポール、マット)の演奏に加え、ビリー・シーンとエリック・マーティン、リッチー・コッツェンの3人が16年ぶりに共演し、「Shine」、「Dancin' With My Devils」、「Superfantastic」と第2期MR.BIGのナンバー3曲が披露された。なお、この時ドラマーを務めたのはリッチー・コッツェンバンドのマイク・ベネットである。 その他、チャック・ライト、ギルビー・クラーク、マット・ソーラム、デイヴ・アマト、リッキー・フィリップス、ブレット・タグル、グレッグ・ビソネットらパットと関係の深いミュージシャンが参加した。

メンバー

オリジナル・ラインナップ

旧メンバー

サポート・メンバー

  • マット・スター (Matt Starr) - ドラムス (2014- )

ディスコグラフィー

シングル

  • Green-Tinted Sixties Mind (1991年) _オフィシャル・チャート・カンパニー(以下全英) 71位。
  • To Be With You (1991年) _ビルボード誌HOT100チャート(以下全米)最高1位(1992年2月29日付から4週間連続),全英:最高2位。
  • Just Take My Heart (1992年) _全米:最高15位,全英:最高25位。
  • Wild World (1993年) _全米:最高26位,全英:最高58位。日本のオリコン洋楽シングルチャートで最高1位(1993年11月22日付から2週間連続)[10]
  • Take Cover (1996年)
  • Goin' Where The Wind Blows (1996年)
  • Stay Together (1996年)
  • Not One Night (1997年)
  • Superfantastic (1999年)
  • Static (1999年)
  • Where Are They Now? (2000年)
  • Shine (2001年)
  • Arrow (2001年)
  • The World Is On The Way East Japan Earthquake Relief 2011 (2011年)

スタジオアルバム

タイトル ピークチャート·ポジション
米・ビルボード
日本・オリコン

認定
1989 Mr. Big 46 22 60 Gold (JP)
1991 Lean Into It 15 6 28 Platinum (US, JP)
1993 Bump Ahead 82 4 61 Platinum (JP)
1996 Hey Man - 1 - Gold (JP)
1999 Get Over It - 5 - Gold (JP)
2001 Actual Size - 5 - -
2010 What If... - 7 117 -
2014 ...The Stories We Could Tell - -
2017 Defying Gravity - 9 -

ライブ・アルバム

  • Raw Like Sushi (1990年)
  • Raw Like Sushi II (1992年)
  • Live - (1992年)
  • Raw Like Sushi Ⅲ (Japandemonium) (1994年)
  • Live At Budokan (1997年)
  • At The Hard Rock Live (1998年)
  • In Japan (2002年)
  • Back To Budokan (2009年)
  • Live From The Living Room (2011年)
  • Raw Like Sushi 100 (2011年)
  • R.L.S. 113 SENDAI Official Bootleg Nov.8 2014 (2015年)

コンピレーション

  • Caddyshack II (1988年)[11]
  • Navy Seals (1990年)
  • Big, Bigger, Biggest! The Best Of Mr. Big (1996年)[12]
  • Deep Cuts -Best Of Ballads- (2000年)
  • Influences And Connections Volume One: Mr. Big (2003年)
  • Greatest Hits (2004年)
  • Next Time Around -Best Of Mr. Big- (2009年)

VHS

  • A Group Portrait
  • Lean Into It (MV&メイキング)
  • Live And Kickin'
  • Live (サンフランシスコライブ)
  • Greatest Video Hits (MV集)

LD

  • Live And Kickin'
  • Greatest Video Hits (MV集)

DVD

  • Live And Kickin'
  • Live (サンフランシスコライブ)
  • Greatest Video Hits (MV集)
  • Farewell Live In Japan (2002年)
  • Back To Budokan (2009年)
  • Raw Like Sushi 114 Live At Budokan 2014 (2DVD+2CD) (2015年)

Blu-ray

  • Back To Budokan (2011年)
  • Raw Like Sushi 114 Live At Budokan 2014 (Blu-ray+2CD) (2015年)
  • Live From Milan + Japan 2017 Official Bootleg (Blu-ray+3CD) (2018年)

ボックスセット

  • Mr. Big Box (6CD) (2002年)
  • Raw Like Sushi 100 (2CD+2DVD) (2012年)
  • The Vault 25周年記念オフィシャル・アーカイヴ・ボックス (20CD+2DVD) (2015年)
  • Raw Like Sushi 114 Live At Budokan (Blu-ray+3DVD+5CD) (2015年)

日本公演

日程 ツアータイトル 会場 備考
1989年10月18日 - 10月25日
※初来日公演
全国5ヶ所6公演
大阪フェスティバルホール渋谷公会堂川崎クラブチッタ日本青年館MZA有明
1991年9月20日 - 10月1日 Lean Into It Tour 全国7ヶ所9公演
川崎市教育文化会館、渋谷公会堂、宮城県民会館NHKホール大宮ソニックシティ大阪厚生年金会館愛知厚生年金会館
1993年10月9日 - 10月31日 Bump Ahead Tour 全国12ヶ所16公演
仙台サンプラザホール東京厚生年金会館、東京簡易保険ホール、浦和市文化センター東京ベイNKホール名古屋市公会堂、大阪厚生年金会館、フェスティバルホール九州厚生年金会館倉敷市民会館人見記念講堂横浜文化体育館
1994年10月9日 - 10月26日 Japandemonium Tour 全国11ヶ所13公演
東京ベイNKホール、月寒グリーンドーム、仙台サンプラザホール、郡山市民文化センター、横浜文化体育館、名古屋センチュリーホール大阪城ホール広島サンプラザホール鹿児島市民文化ホール、九州厚生年金会館、日本武道館
1996年4月8日 - 5月4日 Hey Man Tour 全国12ヶ所18公演
新潟テルサ、月寒グリーンドーム、仙台サンプラザホール、赤坂ブリッツ、日本武道館、横浜文化体育館、川口リリアメインホール福岡サンパレス、鹿児島市民文化ホール、大阪城ホール、広島厚生年金会館、名古屋センチュリーホール
日本公演で最多の18公演。
1999年12月31日 大阪ドーム ミレニアム・カウントダウンライブにエアロスミス、バックチェリーとともに出演。
2000年1月3日 - 1月18日 Get Over It Tour 全国9ヶ所11公演
Zepp Fukuokaメルパルクホール広島名古屋市民会館Zepp Tokyo神奈川県民ホール、仙台サンプラザホール、盛岡市民文化ホール石川厚生年金会館静岡市民文化会館
2002年1月12日 - 2月5日 Farewell Tour 全国13ヶ所16公演
赤坂ブリッツ、Zepp Tokyo、SHIBUYA-AXアクトシティ浜松、愛知厚生年金会館、金沢市観光会館、大阪厚生年金会館、Zepp Fukuoka、渋谷公会堂、Zepp Sendai、盛岡市民文化ホール、Zepp Sapporo東京国際フォーラム
2009年6月5日 - 6月21日 Next Time Around Tour 全国10ヶ所10公演
北海道厚生年金会館、Zepp Sendai、石川厚生年金会館、Zepp Nagoya、Zepp Fukuoka、グランキューブ大阪、広島ALSOKホール、大阪厚生年金会館、日本武道館、横浜アリーナ
再結成後初のライヴの地として日本が選ばれた。
2011年4月7日 - 4月26日 Around The World Tour 全国11ヶ所11公演
大阪城ホール、金沢歌劇座福岡市民会館、広島ALSOKホール、愛知県芸術劇場大ホール、盛岡市民文化ホール、ニトリ文化ホール秋田県民会館パシフィコ横浜、日本武道館、Tokyo Dome City ホール
大阪公演は日本公演通算100回目。
盛岡公演は、海外アーティストとしては震災後初の東北地方でのコンサート。
2014年11月5日 - 11月19日 ...The Stories We Could Tell Tour 全国9ヶ所9公演
ニトリ文化ホール、盛岡市民文化ホール、夢メッセみやぎ日本武道館グランキューブ大阪、松下IMPホール、BLUE LIVE 広島、名古屋国際会議場福岡サンパレス
このツアーよりマット・スターがサポートドラマーとして参加。パット・トーピーは一部の曲のみでドラムを演奏。
2017年9月20日 - 10月5日 Defying Gravity Tour 全国9ヶ所9公演
ニトリ文化ホール本多の森ホールZepp Nagoya日本武道館仙台サンプラザ、メルパルクホール大阪、大阪フェスティバルホール福岡市民会館、BLUE LIVE 広島
パット・トーピーが参加した最後の来日ツアー

脚注

  1. ^ a b Mr. Big - ミスター・ビッグ - キューブミュージック・2014年6月19日閲覧。
  2. ^ 当初はジミ・ヘンドリックスの曲名から取った「RED HOUSE」をバンド名とする案もあった。しかし、当時既にクラウデッド・ハウスという似た名前のバンドが存在していたためこれは没になり、バンドの目指していた方向性により近いFreeのレパートリーからバンド名を拝借した。1970年代に、イギリスで活動していた全く同名のバンドが存在することは、メンバーは知らなかったらしい。ちなみに、Mr.Bigをバンド名に提案したのは、パットであり、その後もバンド名のみならず、バンドが発表した作品の、多くのタイトルを考案している(「BURRN!」1993年10月号より)。
  3. ^ ポールとビリーは、電動ドリルピックを取り付けて演奏する「ドリル奏法」の使い手であり、その際には、必ず日本の工具メーカーであるマキタの電動ドリルを使用したことで有名。そのせいか、マキタは、Mr.Bigのコンサートツアーを後援した事があるだけでなく、前述の「I Love You Japan」も、日本ツアーのスポンサーとして協賛した事に対する、マキタへの返礼として書かれた曲であり、マキタとMr.Bigの関係は非常に深い。
  4. ^ MR.BIG、オリジナルアルバム『What If…』完成 - BARKS
  5. ^ MR.BIGよりパット・トーピーに関する重要なプレス・リリース WHD Entertainment 2014年7月24日
  6. ^ MR.BIGのドラマー、パット・トーピーがパーキンソン病であることが明らかに amass 2014年7月24日
  7. ^ MR.BIG メンバーの絆に感涙の武道館 難病を抱えたパットもステージに”. billboard JAPAN (2014年11月27日). 2018年2月9日閲覧。
  8. ^ MR.BIG @ 日本武道館”. ロッキング・オン (2017年9月26日). 2018年2月9日閲覧。
  9. ^ MR.BIGのドラマーであるパット・トーピーが逝去。享年64歳”. NME JAPAN (2018年2月9日). 2018年2月9日閲覧。
  10. ^ コンピレーション・アルバム『ナンバーワン90s ORICON ヒッツ』の裏ジャケットナンバーワン 70s 80s 90s オリコン・ヒッツも参照。
  11. ^ エリック・マーティン名義で「One Way Out」という曲が収録されているが、演奏はMr. Bigである。
  12. ^ 日本では大人気を獲得したため、度々日本でのツアーを行った。(ビッグ・イン・ジャパン)メンバー、はインタビューなどで事あるごとに、日本のファンへの感謝の念を口にし、日本のファンを単なるファンという概念をこえて「Brothers(兄弟)」と呼んでいた。ベスト・アルバム『Big, Bigger, Biggest! The Best Of Mr. Big』日本盤ボーナストラックに「I Love You Japan」という曲が収録されている事などからも、日本のファンを大事にしていたかが伺える。

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