KAMAKURA
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/06 14:27 UTC 版)
| 『KAMAKURA』 | ||||
|---|---|---|---|---|
| サザンオールスターズ の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 | 1985年3月 - 8月 VICTOR STUDIO FREEDOM STUDIO in Tokyo |
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| ジャンル | ロック[1] ジャズ[1] レゲエ[1] ハードロック[1] 電子音楽[2][3] 実験音楽[2][3] AOR[3] |
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| 時間 | ||||
| レーベル | タイシタレーベル | |||
| プロデュース | サザンオールスターズ 高垣健 藤井丈司 |
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| チャート最高順位 | ||||
| サザンオールスターズ アルバム 年表 | ||||
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| 『KAMAKURA』収録のシングル | ||||
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『KAMAKURA』(カマクラ)は、サザンオールスターズの8作目のオリジナル・アルバム。1985年9月14日にレコードとCDとカセットで発売。発売元はタイシタレーベル。
ジャケット表記や一部メディアなどは、『kamakura』として表記されている[4][5]。
1998年5月22日と2008年12月3日にはCD版が再発売されている。また、2014年12月17日からはダウンロード配信、2019年12月20日からはストリーミング配信が開始されている[6][7]。
背景・制作
グループ初の2枚組のオリジナル・アルバム。総レコーディング時間は1,800時間を費やしている[2]。
2枚組になったことについては、当初は普通に1枚のアルバムを作る予定だったものの、制作していくうちに桑田が作る曲が増えてきてしまい、それらの楽曲をすべて収録したいという意向で2枚組としてリリースすることとなり、このアルバムの制作でサザンとしてできる事を当時の時点ですべてやりつくしてしまったというエンジニア・マニピュレーター側の見解と[8][3]、本作のコンセプトがそもそも2枚組であり、メンバーの構想として2枚組として出す考えが何となくあったという桑田や識者による見解が存在している[2][9]。
タイトルは鎌倉を撮影で一泊した際に浮かんだものであることが語られている[9]。
音楽性
音楽的には、当時出始めたサンプラーやデジタル・シンセサイザー、ドラムマシンなどが多く使用されている。これら電子楽器やプログラミングの担当として、YMOのアシスタントを務めた藤井丈司が参加している[2]。
プロモーション
「国民待望の2枚組」という触れ込みで発売され、CMには明石家さんまが出演した。さんまは、サザンの楽曲「メロディ (Melody)」を口パクで歌っており、そのCMを見た人のほとんどが「メロディ (Melody)」をさんまの歌だと思っていた、という逸話は有名であり[10]、さんまの持ちネタの1つでもある。さんまの出演のきっかけは大阪の業界人が集まる飲み屋に桑田やさんまが足を運んでおり、この場で桑田とさんまは交流を深めるようになった。その後に本作の宣伝用CMを作る際に桑田はさんまに出演を頼み、さんまも承諾したという[11]。本作のCMは、2004年にDVD『ベストヒットUSAS (Ultra Southern All Stars)』に収録されている。
リリース
前述の通りレコーディングが長引いたことにより、発売が当初の予定より半年ほど延びたことが語られている[3]。
1985年10月21日には、ステッカーや1986年度のカレンダーなどとLP版がセットとなった『1986 KAMAKURA BOX』も発売されている。
1998年の再発盤の初回限定盤は、オリジナルLP復刻ジャケット(いわゆる紙ジャケット)仕様で、当時テレビ朝日アナウンサーの辻よしなりによるライナーノーツが封入されている。
本作発表以降、バンド活動は休止状態となり、桑田や松田弘が参加したKUWATA BANDなど、各メンバーはソロ活動に移行する。
再発売
批評・チャート成績
音楽プロデューサーの小室哲哉は本作に衝撃を受けたことを公言しており、「けっこうハイテクで、テクノロジーを駆使したアルバム。ちゃんとしたセールスの中で、セールスを考えた中での実験だったと思うから、いいバランスだと思ったんですよ。こういうことやれるのはサザンしかいないなと思ってたし、マーケットを考えてもね。だからすごい羨ましかった。」と評価している[12]。
サザンや桑田のソロ作品のサポートメンバーとして参加したことがあるパーカショニストのはたけやま裕はサザンの中で一番好きなアルバムとして挙げ、「時代を超越している傑作」と評価している[13][14]。
オリコンによる本作の累計売上枚数は95.3万枚を記録している[15]。
受賞歴
| 年 | 音楽賞 | 結果 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 1985年 | 第27回日本レコード大賞 | 優秀アルバム賞 | [5] |
収録曲
- 初回限定盤(再発盤)・通常盤共通収録。既発曲の解説は各収録作品を参照のこと。
| # | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 「Computer Children」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 |
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| 2. | 「真昼の情景 (このせまい野原いっぱい)」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 大谷幸 |
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| 3. | 「古戦場で濡れん坊は昭和のHero」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ | |
| 4. | 「愛する
|
桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 |
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| 5. | 「死体置場でロマンスを」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 大谷幸 |
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合計時間:
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| # | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 「欲しくて欲しくてたまらない」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 |
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| 2. | 「Happy Birthday」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 |
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| 3. | 「メロディ (Melody)」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ | |
| 4. | 「吉田拓郎の唄」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 新田一郎(管編曲) |
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| 5. | 「鎌倉物語」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 大谷幸(弦編曲) |
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合計時間:
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| # | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 「顔」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 |
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| 2. | 「Bye Bye My Love (U are the one)」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ リアル・フィッシュ |
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| 3. | 「Brown Cherry」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 新田一郎(管編曲) |
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| 4. | 「Please!」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 原田末秋 |
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| 5. | 「星空のビリー・ホリデイ」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐、八木正生 | 八木正生 | |
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合計時間:
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| # | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 「最後の日射病」 | 関口和之 | 関口和之 | サザンオールスターズ 大谷幸 |
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| 2. | 「夕陽に別れを告げて 〜 メリーゴーランド」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 大谷幸 |
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| 3. | 「怪物君の空」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 藤井丈司 |
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| 4. | 「Long-haired Lady」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 八木正生 |
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| 5. | 「悲しみはメリーゴーランド」 | 桑田佳祐 | 桑田佳祐 | サザンオールスターズ 大谷幸 |
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合計時間:
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Disc 1
- Computer Children
- 真昼の情景 (このせまい野原いっぱい)
- アフリカ色の強いアレンジである[16]。
- 副題の「このせまい野原いっぱい」は森山良子の「この広い野原いっぱい」のパロディである[17]。
- 古戦場で濡れん坊は昭和のHero
- 愛する
女性 とのすれ違い- 恋愛における心のゆらぎが描かれたポップな曲調のバラード[20]。
- 死体置場でロマンスを
- 欲しくて欲しくてたまらない
- Happy Birthday
- 自身としては初の誕生日をテーマにした楽曲[1]。
- アレンジ面ではスクリッティ・ポリッティの影響があるとされる[3]。
- メロディ (Melody)
- 23枚目シングル。
- 本作のCMにも使われ、明石家さんまが口パクでこの歌を口ずさんだ。
- 吉田拓郎の唄
- 制作当時『吉田拓郎 ONE LAST NIGHT IN つま恋』をもって引退と囁かれていた吉田拓郎を名指してのメッセージソング[1][20][23][24]。内容は桑田が吉田の音楽性に影響を受けたことに触れ[24]、そして決別するものになっている[23]。歌詞の中には「唄えぬお前に誰が酔う」「一人男が死ぬ」「フォークソングのカス」といった過激なフレーズも並んでいる[25]。
- 桑田はアルバムリリース当時の週刊誌のインタビューで、本楽曲制作経緯について、「レコーディング中に何か音楽雑誌見てたら、吉田拓郎が40才にして活動停止とか書いてあったわけ。本当にやめるのかやめないのかハッキリしてなかったみたいだけど、俺はやめるんじゃないかと思ったのね。で、情けなくなっちゃってさ。拓郎って俺らの世代にとっては生々しいものじゃない? 矢沢永吉よりも、内田裕也よりも、もっと生々しいわけよ。俺たちが高校生のころ、コンサートに行くのにわざわざリーゼントにしなくても、カバン持って学生服着てればOKみたいな。吉田拓郎ってすぐそこにいるような、そういう感覚があったんだよね。それは今でも、俺の中に残ってるし。だからこそ、俺はあの人にもっとボロボロになってほしかったわけ。オフコースと同じような、こぎれいな美学で終わってほしくなかったわけ(原文ママ)。"フォークソングのカス"の意味は、今さらフォークのプリンスでもカリスマでもないでしょ、てことです。あの人は違うから、もっと生々しい。あんだけ何をやっても絵になる人いないもん、ほかに。キャンディーズの曲作ろうが、CMソングやろうが、女の子軟禁しようが(笑)(原文ママ)。日本であの人しかいないと思うんだ。確かに終身打率は低い人だと思うんだ、きっと。井上陽水とかユーミンに比べると。でもね、俺らにとっては記録そのものより大きい存在なの。長嶋茂雄なんだよね、吉田拓郎って。記憶に残る歌手だよね。だから死ぬなら死ぬで、もうガーン!とお祭りやってやんないと。親父が死んだ、バンザーイ!みたいな。そういう気持ちだったんだ」などと解説している[23]。当の吉田は1988年に引退を撤回し活躍の幅を広げていった[25]。この曲の発表後も桑田と吉田の交流は続き、桑田がそのエピソードを語ったり[26]、吉田が桑田及びサザンの才能や影響力を称えるといった良好な関係が続いている[27]。
- 2003年の『流石(SASが)だ真夏ツアー!』では当時肺がんの手術を受け療養していた吉田を励ます目的で歌唱され、「酔いどれ姿もいかしてた そんな男がいる」「今でもあなたの歌声が 胸を熱くさせる」など原曲とは逆に吉田を称えるフレーズが並んでいる[28]。
- スージー鈴木はこの曲を『桑田お得意の「先輩ミュージシャンへのおせっかいシリーズ」の最高傑作』と評している[29]。加藤典洋は「ここで語られる『詩』には吉田の『イメージの詩』が合意されていると同時に、歌詞という意味もいささか含まれている。吉田と同様、ボブ・ディランから影響を受け、また彼から自分の身の回りの出来事を一筆書きに歌う自在さを学んだ桑田が、歌詞にそもそも無関心だった筈がない。歌詞などに『意味』などあるものか、という彼の言葉と態度は、これを彼の歌詞への無関心ならぬ関心のあり方を示すものと受けとるとき、彼の歌詞との関係をより正確に指示するものとなるのである」などと論じている[24]。
- 鎌倉物語
- ユニクロ 「Life Wear/スフレヤーンニット 散歩の途中で編」CMソング[注釈 1]。
- 原由子メインボーカル曲。
- 歌詞は鎌倉付近の情景が情緒豊かに歌われ、タイトル通り、鎌倉の地名や名所が歌詞に登場している。
- 原は産休中であったため、レコーディングの際は野外コンサートなどで使うレコーディング車を当時の自宅の横に付け、原が寝ているベッドまでマイクをセッティングした状態で歌入れを行った[31][2]。
- 2022年に発売された原のソロアルバム『婦人の肖像 (Portrait of a Lady)』に収録されている「鎌倉 On The Beach」は、本楽曲の続編をイメージして制作されている[32]。
Disc 2
- 顔
- 歌詞にある「女人瓜売僕助平(にょにんうりうりぼくすけべい)」は桑田の造語。
- Bye Bye My Love (U are the one)
- 22枚目シングル。
- Brown Cherry
- Please!
- アウトロでは、エリック・クラプトンが在籍したバンド、クリームの「Sunshine of your love」のイントロがそのまま使われている[1]。
- 星空のビリー・ホリデイ
- 最後の日射病
- 関口和之のメインボーカル曲。
- 夕陽に別れを告げて 〜 メリーゴーランド
- 「中村敦夫の地球発22時」エンディングテーマ。
- 桑田が青春時代を過ごした鎌倉学園高等学校での思い出を唄った楽曲[1]。
- メドレー形式の曲だが、「メリーゴーランド」は本アルバムのラスト曲「悲しみはメリーゴーランド」のインストが少し使われているのみである。ライブで演奏される際には「メリーゴーランド」の部分は割愛される[34]。
- 怪物君の空
- Long-haired Lady
- 悲しみはメリーゴーランド
参加ミュージシャン
- 桑田佳祐:ボーカル、ギター、コーラス
- 大森隆志:リードギター、コーラス
- 原由子:キーボード、ピアノ、オルガン、アコーディオン、コーラス、ボーカル
- 関口和之:ベース、コーラス、ボーカル
- 松田弘:ドラムス、コーラス
- 野沢秀行:パーカッション、コーラス
- 藤井丈司:シンセサイザー & コンピュータ・プログラミング
- 関島雅樹:プログラミング アシスト
- 大谷幸:キーボード、コーラス
- EPO:コーラス、コーラスアレンジ
- イリア:コーラス、ピアノ
- 矢口博康:サクソフォーン、クラリネット
- 包国充:サクソフォーン
- 淵野繁男:サクソフォーン
- 片山鉱二:サクソフォーン
- 金城寛文:サクソフォーン、フルート
- Jake H. Conception:サクソフォーン
- 福原まり:アコーディオン、コーラスアレンジ
- 美尾洋乃:アコーディオン、ヴァイオリン
- 小滝満:アコーディオン
- 渡辺等:チェロ、ブズーキ
- 新田一郎:トランペット
- 兼崎順一:トランペット、フリューゲルホルン
- 吉田憲司:トランペット
- 早川隆章:トロンボーン
- 岩瀬富美夫:トロンボーン
- 向井滋春:トロンボーン
- 西山健治:トロンボーン
- 八木正生:ピアノ
- 鈴木重雄:クラリネット
- 石橋雅一:オーボエ
- 大畠條亮:ファゴット
- 山口弘治:ホルン
- 玉野嘉久グループ:ストリングス
- 広瀬裕美子グループ:ストリングス
- 八木のぶお:ハーモニカ
- 小林克也 & LINDA:Telephone
ライブ映像作品
| 曲名 | 作品名 | 備考 |
|---|---|---|
| Computer Children | 1998 スーパーライブ in 渚園 | |
| おいしい葡萄の旅ライブ –at DOME & 日本武道館- | ||
| 真昼の情景 (このせまい野原いっぱい) | 未収録 | |
| 古戦場で濡れん坊は昭和のHero | LIVE TOUR 2019 “キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!” だと!? ふざけるな!! | |
| 愛する
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シークレットライブ'99 SAS 事件簿 in 歌舞伎町 | |
| SUPER SUMMER LIVE 2013 「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」 胸熱完全版 | ||
| LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」 | ||
| 死体置場でロマンスを | 歌う日本シリーズ 1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec.1992 | |
| おいしい葡萄の旅ライブ –at DOME & 日本武道館- | 2番のAメロの歌詞が野沢をイジる内容に変更されている。 | |
| 欲しくて欲しくてたまらない | LIVE TOUR 2019 “キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!” だと!? ふざけるな!! | |
| Happy Birthday | おいしい葡萄の旅ライブ –at DOME & 日本武道館- | |
| メロディ (Melody) |
→「メロディ (Melody)#ライブ映像作品」を参照
|
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| 吉田拓郎の唄 | SUMMER LIVE 2003「流石だスペシャルボックス」胸いっぱいの “LIVE in 沖縄” & 愛と情熱の “真夏ツアー完全版” | 歌詞が当時闘病中だった吉田を称える内容に大幅に変更されている。 |
| 鎌倉物語 | ホタル・カリフォルニア | |
| スペシャルライブ2023 「婦人の肖像 (Portrait of a Lady)」 at 鎌倉芸術館 | 原由子ソロ名義の作品。 | |
| 顔 | 真夏の大感謝祭 LIVE | |
| おいしい葡萄の旅ライブ –at DOME & 日本武道館- | ||
| Bye Bye My Love (U are the one) | ||
| Brown Cherry | 未収録 | |
| Please! | ||
| 星空のビリー・ホリデイ | ||
| 最後の日射病 | ||
| 夕陽に別れを告げて 〜 メリーゴーランド | ホタル・カリフォルニア | |
| 1998 スーパーライブ in 渚園 | ||
| SUMMER LIVE 2003「流石だスペシャルボックス」胸いっぱいの “LIVE in 沖縄” & 愛と情熱の “真夏ツアー完全版” | ||
| 真夏の大感謝祭 LIVE | ||
| 桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜 あいなめBOX | 桑田佳祐ソロ名義の作品。特典映像DISC「サザンオールスターズ SPECIAL LIVE IN 建長寺」に収録。 | |
| LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」 | 完全生産限定盤のボーナスディスクに収録。ツアーの開幕地である石川県産業展示館4号館での歌唱。 | |
| 怪物君の空 | 未収録 | |
| Long-haired Lady | ||
| 悲しみはメリーゴーランド | すべての歌に懺悔しな!! -桑田佳祐 LIVE TOUR '94- | 桑田佳祐ソロ名義の作品。ロック調にアレンジされている。 |
脚注
注釈
出典
- ^ a b c d e f g h i j 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)リットーミュージック出版 p119
- ^ a b c d e f g h i 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)リットーミュージック出版 p37 - 38
- ^ a b c d e f 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)リットーミュージック出版 p44-46
- ^ a b 安室奈美恵の勢い衰えず!ドリカム以来14年8ヶ月ぶりの6週連続首位 オリコン 2017年11月29日閲覧
- ^ a b 第27回日本レコード大賞 日本作曲家協会 2020年7月6日閲覧
- ^ サザン、全266曲を世界111ヶ国で配信 オリコン 2014年12月17日配信, 2020年6月4日閲覧
- ^ サザン関連全972曲 サブスク一斉解禁 メンバーソロ曲も対象に オリコン 2019年12月20日配信, 2019年12月20日閲覧
- ^ SWITCH Vol.31 No.8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p48より。
- ^ a b 傑作かつ“豊作”だった二枚組の『KAMAKURA』(前編) WHAT's IN? Tokyo 2019年12月7日配信 2020年10月18日閲覧
- ^ ベストヒットUSAS (Ultra Southern All Stars)付属のブックレット 「KAMAKURA」テレビCMより
- ^ 桑田佳祐、明石家さんまがサザンのCMに出演した経緯を語る マイナビニュース 2018年6月27日閲覧
- ^ TK MUSIC CLAMP 1995年5月24日放送分 フジテレビ(ウェブ魚拓使用)。
- ^ はたけやま裕(@youpercussion)2022年5月19日20:30のツイート Twitter 2022年5月21日閲覧。
- ^ 『サザンオールスターズ 公式データブック 1978-2019』(2019年)リットーミュージック出版 p132,174
- ^ サザンオールスターズ 売上別TOP10&主な記録 オリコン 2015年1月22日閲覧
- ^ a b スージー鈴木『サザンオールスターズ 1978-1985』(2017年、新潮新書、P233)
- ^ 中山康樹『クワタを聴け!』(2007年、集英社新書 P120)
- ^ a b スージー鈴木『サザンオールスターズ 1978-1985』(2017年、新潮新書、P234)
- ^ 2022年10月18日放送 20:57 - 22:00 TBS マツコの知らない世界TVでた蔵 2022年10月18日配信 2022年10月21日閲覧
- ^ a b 傑作かつ“豊作”だった二枚組の『KAMAKURA』(後編)全曲解説付きWHAT's IN? Tokyo 2019年12月14日配信 2020年10月18日閲覧
- ^ 小貫信昭『いわゆる「サザン」について』水鈴社、2024年、80, 81頁。
- ^ スージー鈴木『サザンオールスターズ 1978-1985』(2017年、新潮新書、P235)
- ^ a b c 「HUMAN THEATER 人間劇場 第39回 桑田佳祐インタビュー 『"最後の世代"ブルース佳祐の反逆』 構成・文・萩原健太」『週刊明星』1985年12月19、26日号、集英社、63–64頁。
- ^ a b c 加藤典洋『耳をふさいで、歌を聴く』アルテスパブリッシング、2011年、393–399頁。ISBN 978-4-903951-45-4。
- ^ a b 吉田拓郎の闘病中に桑田佳祐が励ましの唄を歌った伝説ライブパフォーマンスとは?2017年11月17日 エキサイトニュース
- ^ 桑田佳祐と吉田拓郎との隠された過去。今日までそして明日から。 - Techinsight 2011年3月20日配信 2020年10月18日閲覧
- ^ 大衆に寄り添うサザンの真骨頂見せつけた『無観客ライブ』 その圧倒的パフォーマンスは今後のさまざまな方向性示した東京中日スポーツ 2020年7月23日配信 2020年10月18日閲覧
- ^ 吉田拓郎の闘病中に桑田佳祐が励ましの唄を歌った伝説ライブパフォーマンスとは?2017年11月17日 エキサイトニュース
- ^ スージー鈴木『サザンオールスターズ 1978-1985』(2017年、新潮新書、P236)
- ^ サザンオールスターズ「鎌倉物語」が流れるユニクロの「スフレヤーン」新TVCMが9月29日(金)よりオンエアスタート!,2023年9月29日,SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE
- ^ 原由子 『娘心にブルースを』 ソニー・マガジンズ、1998年 P190 - 191。
- ^ 原由子、「鎌倉物語」の続編として描かれた「鎌倉 On The Beach」をアルバムより先行配信 THE FIRST TIMES 2022年9月26日配信, 2022年9月30日閲覧。
- ^ スージー鈴木『サザンオールスターズ 1978-1985』(2017年、新潮新書、P238 – 239)
- ^ 2025年のライブ・ビデオ『LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」』BONUS DISC収録。
- ^ a b BRUTUS 2025年3月15日号 No.1026 P54。
外部リンク
- KAMAKURA - SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE
武家の古都・鎌倉
(kamakura から転送)
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「武家の古都・鎌倉」(ぶけのこと・かまくら、英語: Kamakura, Home of the SAMURAI)とは[1]、神奈川県鎌倉市・横浜市・逗子市に残る歴史的建造物群を対象とする世界遺産暫定リスト掲載物件である。
日本が世界遺産条約を批准した1992年(平成4年)に、暫定リストに登録された。この年に暫定リストに記載された日本の物件12件(文化遺産10件、自然遺産2件)で世界遺産リストに正式登録されていないのは、この物件のほかには「彦根城」があるだけである。
日本国政府がUNESCOの世界遺産センターに1992年に提出した時点での名称は「古都鎌倉の寺院・神社ほか」(英語: Temples, Shrines and other structures of Ancient Kamakura)だったが[2]、推薦書案の練り直しの中で現在の名称になった。
2013年(平成25年)4月30日、世界遺産の諮問機関であるイコモスによって、世界遺産への「不登録」を勧告された[3]。日本が単独で推薦した物件では、4段階の勧告の中で最も下の「不登録」が勧告されたのは初めてであり[4]、この勧告を受けて日本の関係省庁連絡会議では同年6月4日付けで、世界遺産委員会への推薦取り下げを正式決定した[5]。
歴史
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推薦理由
日本国政府は、鎌倉が最初の武家政権であるとともに、江戸と並ぶ武士によって築かれた都市であること、江戸が東京となって往時の姿を失ったのに対して、鎌倉にはかつての景観が残っていることなどから、暫定リストに加えている[2]。
日本国政府が1992年に世界遺産センターに提出した文書では、この物件が世界遺産の登録基準のうち、以下の項目を満たしていると主張していた[2]。
- (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
- (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
しかし、2009年から2010年にかけて3度にわたって行われた国際専門家会議では、特に基準 (3) と (4) を強調すべきと助言され、実際に2011年9月にユネスコに提出された推薦書の暫定版では、その線に沿って記載されている[6]。
基準(3) は、その後、明治時代の開始まで続く武家政権の成立と、彼らが生み出した武家文化を伝える例証であることに、基準 (4) は三方を山に囲まれた防衛重視の立地のもと、独自の都市景観と宗教景観が生み出されたことに、それぞれ適用できるとされている[7]。
さらに文化庁文化審議会の資料では、古都、宗教建築、防衛施設などの観点で、国内のすでに世界遺産リストに登録されている物件(古都奈良の文化財・厳島神社・姫路城など)と比較を行い、最初から防衛的観点を重視して建設され、さらにその狭隘な土地に適応するために独自の景観が生み出された例はないとしている。また、武士に対応する階級としてヨーロッパの騎士やイスラームのマムルーク、あるいは中央アジアの遊牧民などまで視野に入れ、それらの存在が関わる外国の世界遺産32件と比較を行なった上でも、鎌倉の独自性が認められるとした[8]。
推薦対象
2011年9月にユネスコに提出された推薦書の暫定版に記載されている構成資産は以下の10資産である[6]。三方を山に囲まれている地形を唯一の構成資産とし、点在する寺社や遺跡をそれらが属する山稜や海浜とまとめて一つの資産としている。朝夷奈切通の一部と称名寺が横浜市、名越切通の一部と和賀江嶋の一部が逗子市に含まれるのを除けば、すべて鎌倉市に属している。
- 構成資産1(山稜部)
- 構成資産2(山稜部)
- 構成資産3(山稜部)
- 構成資産4(山稜部)
- 構成資産5(山稜部)
- 構成資産6(山稜部)
- 構成資産7(山稜部)
- 構成資産8(山稜部)
- 構成資産9(山稜部)
- 構成資産10(海浜部)
構成資産の再編
不登録勧告が出されて以後、構成(資産と地域区分)の見直しが図られた。特に鎌倉で顕著に見られるやぐらを多く取り入れ(やぐらを有する寺では寺院建築主体でなくやぐらがある境内を重視)、一部の候補を除外した[9]。
- 構成資産1(北部・西部山稜)
- 構成資産2(南西部山稜)
- 極楽寺(忍性墓)
- 構成資産3(円覚寺山稜)
- 円覚寺(庭園とやぐら群)
- 構成資産4(東部山稜)
- 大町釈迦堂口遺跡 ※釈迦堂切通は含まない
- 名越切通(まんだら堂やぐら群)
- 構成資産5(朝夷奈切通山稜)
- 朝夷奈切通(やぐら)
- 構成資産6(称名寺)
- 称名寺
保護
鎌倉の文化財は文化財保護法、および古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)によって保護されている。
登録・推薦を巡る動き
推薦から取り下げまで
日本が世界遺産条約を批准した1992年に、暫定リストに登録された12件(文化遺産10件、自然遺産2件)のうちの一つである。同じ年に登録された古都京都の文化財、日光の社寺、1995年に暫定リストに追加された原爆ドーム、2001年に暫定リストに追加された紀伊山地の霊場と参詣道、平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―などが次々と正式登録されていく中で、鎌倉が世界遺産委員会に推薦されたことはなかった。「武家の都」という点は奈良・京都などと差別化を図りうるものではあるが、構成資産が神社、寺院を主体とし、鎌倉幕府の政治的建造物がほとんど残っていない点などを理由として、推薦された場合の苦戦を予想する意見が見られた[10]。
鎌倉市には2001年に「鎌倉市歴史遺産検討委員会」が設置され、2007年には「神奈川県・横浜市・鎌倉市・逗子市世界遺産登録推進委員会」が共同で設置されるなど、世界遺産登録の実現に向けて、市や県のレベルで具体化の動きが進められてきた[11]。一方、2007年11月に神奈川県から派遣された鎌倉市職員が世界遺産登録にむけた動きの中で、公文書偽造事件を起こしたこともあった[12]。
文化審議会に2011年2月に提出された報告書では、2011年9月の推薦を目指すタイムスケジュールも示されており、実際に2013年の登録を目指して富士山とともに推薦されることになった[13]。
それを踏まえて実際に、2012年1月に推薦書が世界遺産センターに提出され、同年9月24日から27日に諮問機関であるICOMOSの調査団が訪れた[14]。その調査を踏まえた勧告が2013年4月30日に示され、「不登録」と判断された。日本が単独で推薦した資産で「不登録」勧告を受けた例は初めてである[15](複数国の推薦ではル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―の例がある)。ICOMOSが不登録とした理由は、当時の都市計画や経済生活などを示す資産が含まれておらず、完全性の条件が満たされていないため、基準 (3) についても基準 (4) についても、証明ができていないと判定されたことによる[16]。
この勧告を受けて日本の関係省庁連絡会議では同年6月4日付けで、世界遺産委員会への推薦取り下げを正式決定した[5]。これは、再推薦が不可能になる委員会での「不登録」決議を回避し、抜本的な推薦文書の練り直しを踏まえて再推薦したいとする地元自治体などの意向を踏まえたものである[17]。
推薦取り下げ後の動向
2013年、ユネスコ大使や文化庁長官を歴任した近藤誠一が鎌倉で講演を行い、「建造物や史跡を紡いだ(文化財の)集合体ではなく、鎌倉を歴史地区という視点で俯瞰し、鎌倉時代以降の歴史や文化を複合的に見てみるのも一つの手法ではないか」と指摘した[18]。
2017年には、中国や韓国での視察調査も行ってきた鎌倉文化遺産比較研究委員会が類似物件の比較研究成果として、「中国南宋五山との交流で導入された建長寺の伽藍配置は日本の禅宗寺院の伽藍配置の基本になり現在も踏襲されている」「鶴岡八幡宮は都城であれば大内裏(宮殿)の位置にあるがそこに幕府は置かれず、都市の中心軸に祭祀性を持つような都市計画は類例がない」など、ユネスコが重視する国際交流視点を含む新たな価値を提示したほか、「"武家の古都"というタイトルのイメージは古都そのものだが、中身を見ると周辺の山と寺ばかりで街部分が抜け落ちている」として"武家の古都"というタイトルを改める必要性も示唆した[19]。
また、推薦取り下げを受け、その支援事業として『日本遺産制度』が創設され、2016年に「”いざ、鎌倉” ~歴史と文化が描くモザイク画のまちへ~」として認定された。だが、2022年(令和4年)に文化庁が日本遺産の運営状況を確認する定期監査を行った結果、観光客数や観光消費額が目標値に達しないことに加え、「日本遺産を通じた地域活性化や観光の振興を図る土台の整備などが十分実施できていない」として、3年後に再審査を受ける「条件付き認定」で延長措置となったが、2025年になっても状況が改善されていないことに認定取り消しも示唆した[20]。
他方、将軍居所で四回の変遷を経た御所(大倉御所・北条義時大倉亭御所・宇都宮辻子御所・若宮大路御所)が考古遺跡としてすら確認されていないことは「武家の古都」を名乗るにおこがましく、江戸時代の家屋が残るわけでもなく、明治以後の洋館や昭和戦後の観光ブームで整備された街並みであり、寺を含めて武士の要素を垣間見ることはできないと一刀両断する見解もある[21]。
このような多様な見解が示される中、不登録勧告内容を是正するためのコンセプト修正には相当な時間を要するため、2019年11月に神奈川県と鎌倉市・横浜市・逗子市が文化庁に提出する世界遺産推薦書(原案)の作成活動を同年度限りで休止すると発表した。規模は縮小するが基礎研究と文化財調査および整備事業は継続し、世界遺産登録は諦めない方針も明らかにされた[22]。
一方、文化審議会は一定期間(5年間程度)世界遺産登録に向けた活動実績が無い物件を有する自治体に対して継続か断念するかの意思を確認し、暫定リストからの削除も検討する方針も示しおり、鎌倉は推薦書原案作成という主たる活動の停止から5年以上経過している[23]。
鎌倉市と逗子市は世界遺産登録の意思を有していることを喧伝すべく、改めて世界遺産を目指す上でのコンセプトづくりの一環として近年の世界遺産登録の傾向を分析しており、そこで得られた方向性を紹介するセミナーを2025年11月16日に開催(於:逗子市)。それによると、「“最近はストーリー性や関連する無形要素も求められるため、鎌倉という特定の時代や場所から裾野を広げる必要がある”とした上で、《室町時代に鎌倉府(鎌倉公方)が置かれ引き続き東国支配の拠点として存立し、それは守旧派監視目的のみならず、京都の室町幕府に対し実質的な二元拠点・副都的な役割が与えられていた意味を再考する(但し鎌倉府などの史跡は残されていない)》《鎌倉時代の建造物が無く殆どが江戸時代の再建であるのも、徳川家康が頼朝を尊敬したため、徳川将軍家によりゆかりの寺社が復興され、そのことで江戸庶民による鎌倉観光が流行したことは現在に至る鎌倉人気に繋がるもので、大局的な歴史の流れや民衆史の視点も採り入れる》《構成資産候補に寺が多いことに関しては、禅宗が武士の精神的支柱であり、武家社会の規範を示すなど単なる宗教施設の以上の存在意義があったことを掘り下げて説明する必要がある》《鎌倉という一地域に固執せず、“いざ鎌倉”のために整備された近縁の鎌倉街道の顕彰なども視野に入れるべき》」とした[24]。
検証作業で得られた知見
世界遺産の推薦に際しては対象物の独自性や対外的な比較検証が求められることから学術的精査が行われ、新たな視点が示された[9]。
- 鎌倉大仏は、中国の大足石刻における宋朝様式を意識した上で日本化したもので、仏教の北伝ルートにより伝来した巨大仏信仰のアジア東端の事例を表しており、13世紀に鋳造された座像大仏としては世界最大級である。また、中国に現存する大仏は殆どが石胎塑坐像で、鎌倉大仏と同じ鋳造坐仏像の二例はいずれも観音菩薩立像であり、阿弥陀如来坐像という像容は仏教思想の流行における地域差・時代差を如実に表し、地域多様性・文化多様性を包摂する。
- 禅宗寺院は、中国(南宋五山)やその影響をうけた朝鮮半島(高麗)では、禅の思想を反映して伽藍を直線上に配置するか地形の都合で雛壇状となるが、鎌倉でも基本設計は踏襲しつつも土地の制約が多いため主要伽藍以外の施設を左右に展開させ、本山境内外に塔頭を発展させている。また、敷地を確保するため後背山稜を垂直に切り落として行われた造成は鎌倉固有の土地利用形態を示し、独特な美的景観を形成。その垂直壁にはやぐらが穿たれていることも独特。さらに、付随する庭園も南宋五山では入山に際しての潔斎の意味で門前池を配する程度だが、鎌倉では方丈に接して植生を伴う曲池を巡らせる景観様式を造り、その庭園景観を無心で眺めることで「自然との一体化」を図る精神修養にも用いられる独自の思想に昇華。これが室町時代以降に京都などで禅宗庭園として醸成され、日本庭園へと発展した。
- やぐらは、インドのアジャンター石窟群、アフガニスタンのバーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群、中国の莫高窟など石窟寺院でみられる龕穴に共通するが、特に禅宗では洞窟は開祖である達磨の嵩山少林寺での壁観坐禅に起因する重要な位置づけがあるが、中国以西では仏像を安置する厨子とその礼拝の場やそこで生活しつつ修行する場であるのに対し、やぐらには葬送機能を主とする点で大きな相違がある。一方で、中国南方でみられる横穴崖墓(瘞窟・瘞穴)との関係性が指摘され、当該地を領有した南宋からの文化流入などグローバルな視点での研究の必要性も問われる。
- 鎌倉における鶴岡八幡宮の位置関係が都城における内裏が建つ場所に立地した宗教都市的側面があることは、上掲「推薦取り下げ後の動向」の節でも触れているが、若宮大路が藤原京や平安京における南から進む朱雀大路に相当する役割を与えられていたとも考えられ、それまでの伝統的な歴代の都を意識しつつも武家政権の独自性を主張した都市設計が行われている可能性も示唆される。
一方で、文化審議会が近年の登録審査での傾向や諮問機関の評価基準を分析し、文化遺産であっても自然と人間の共生や相互作用にも注意を払う必要性があるとし[25]、佐渡島の金山では推薦書に金鉱脈が形成される地質学的経過などを追加で盛り込み評価された経緯もあることから[26]、鎌倉でもやぐらが造られた周囲山嶺の岩石に関する研究や、やぐらに収められた五輪塔などを含めた石工技術など産業考古学の視点も求められる。
脚注
- ^ 文化審議会 (2011) p.1
- ^ a b c Temples, Shrines and other structures of Ancient Kamakura
- ^ “鎌倉は登録困難に 地元は”. NHKニュース (日本放送協会). (2013年5月1日). オリジナルの2013年5月7日時点におけるアーカイブ。 2013年5月7日閲覧。
- ^ 世界遺産 鎌倉不登録、イコモス勧告「武家の物証」不十分/神奈川
- ^ a b 「武家の古都・鎌倉」の世界遺産一覧表への推薦取下げの決定について (PDF) (文化庁プレスリリース、2013年6月4日)
- ^ a b 「武家の古都・鎌倉」の世界文化遺産推薦について(案)
- ^ 文化審議会 (2011) pp.2-3
- ^ 文化審議会 (2011) pp.5-6
- ^ a b 世界遺産暫定一覧表記載資産の準備状況 文化庁
- ^ 佐滝 (2009) p.194
- ^ 鎌倉のこれまでの経過と鎌倉市の取り組み
- ^ 鎌倉行革市民会議 平成 19 年度 第4回会議録 (PDF)
- ^ “富士山と鎌倉、世界文化遺産への推薦を了承”. 読売新聞. (2011年9月1日) 2011年9月2日閲覧。
- ^ 日本ユネスコ協会連盟 (2013) 『世界遺産年報2013』朝日新聞出版、p.29
- ^ 富士山、世界文化遺産登録へ…鎌倉は「不登録」(読売新聞、2013年4月30日)
- ^ 我が国の推薦資産に係る世界遺産委員会諮問機関による評価結果及び勧告について(平成25年5月1日) (PDF)
- ^ 鎌倉、世界遺産の推薦取り下げ正式決定 再挑戦目指し抜本見直し(サンケイビズ、2013年6月4日)
- ^ 「これからの鎌倉」 (PDF)
- ^ 鎌倉、世界遺産へ「価値」議論 取り下げ4年、新コンセプト 神奈川新聞(カナロコ) 2017年8月20日
- ^ 「いざ、鎌倉」日本遺産取り消しなら「聞こえが悪い」…年内判断に市長困惑 カナコロ 2025年8月1日
- ^ 高橋慎一郎『幻想の都 鎌倉 都市としての歴史をたどる』光文社新書、2022年。ISBN 978-4334046071。
- ^ “世界遺産、鎌倉推薦の活動休止 県と3市”. 神奈川新聞. (2019年11月22日) 2019年11月23日閲覧。
- ^ 文化審議会世界文化遺産部会(第5回)議事次第 文化庁
- ^ 鎌倉世界遺産登録推進協議会
- ^ 文化審議会世界文化遺産部会(第6回)議事次第
- ^ 読売新聞 2025年5月1日夕刊
参考文献
- 奥富敬之 (2010) 『もっと行きたい鎌倉歴史散歩』 新人物往来社〈新人物文庫〉
- 神奈川県高等学校教科研究会社会科歴史分科会 (2001) 『新版 神奈川の歴史散歩・下』 山川出版社
- 鎌倉市歴史遺産検討委員会 (2004) 『武家の古都・鎌倉~鎌倉における歴史的遺産の普遍的な価値について~』 (鎌倉市歴史遺産検討委員会 中間報告書)
- 佐滝剛弘 (2009) 『「世界遺産」の真実』 祥伝社〈祥伝社新書〉
- 関口欣也 (2005) 『増補 鎌倉の古建築』 有隣堂〈有隣新書〉
- 文化審議会 (2011) 『資料7 世界遺産暫定一覧表記載資産 準備状況報告書 (PDF) 』
関連項目
外部リンク
- Temples, Shrines and other structures of Ancient Kamakura(世界遺産センター・英語)
- 武家の古都 鎌倉(神奈川県・横浜市・鎌倉市・逗子市)
固有名詞の分類
- kamakuraのページへのリンク