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トラック諸島に沈む艦船で眠る「海没遺骨」、帰還待つ英霊【動画・3D映像】 : 読売新聞
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トラック諸島に沈む艦船で眠る「海没遺骨」、帰還待つ英霊【動画・3D映像】

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水中ライトの明かりを頼り「清澄丸」で遺骨を探す潜水士。横倒しの船内は障害物も多く移動を妨げる(10月21日)
水中ライトの明かりを頼り「清澄丸」で遺骨を探す潜水士。横倒しの船内は障害物も多く移動を妨げる(10月21日)

 太平洋戦争中に連合艦隊の拠点が置かれ、1944年に米機動部隊の空襲で約40隻の艦船が撃沈されたトラック諸島(現ミクロネシア連邦・チューク州)。激戦の地で10月、海底の船から5年ぶりに遺骨が引き揚げられた。

 「ブリッジが潰れ狭くなっていた。船も朽ち始めている」。給油船「神国丸」から遺骨を引き揚げた潜水士の日野友仁さん(49)は、年々難しくなっていく作業を振り返った。

 厚生労働省による戦没船からの遺骨収集は1969年に始まったが、まだ9回しか行われていない。フィリピンやインドネシアも含め計679柱を収容。トラック諸島では6回収集を行い509柱を回収した。今回は新たに「神国丸」から4柱を引き揚げ、特設巡洋艦「清澄丸」で見つかった遺骨も収容し、帰還の準備を進めている。

 現地で78年からトラック諸島の歴史を研究し、ダイビングガイドもしている末永卓幸さん(74)によると、遺骨収集は島の住民のキムオ・アイサクさん(2001年死去)と写真家の吉村朝之さん(12年死去)による活動が始まりだった。

 キムオさんは日本海軍で働いた経験があり、戦後、米軍からの依頼で環礁内に沈む船の場所を特定したり、遺骨を探したりした。74年からは吉村さんも加わり、遺骨を見つけるたびに日本側に連絡した。

 そして今、戦後78年が過ぎても遺骨は見つかっている。政府はこうした「海没遺骨」の情報を集め、技術的に可能な場合は収容を進める方針だ。帰りを待つ遺族も高齢となった。艦船は海底で静かに朽ち始めている。残された時間は少ない。(写真と文 編集委員・加藤学)

3Dモデル

 取材で撮影した数多くの写真から、トラック諸島の海に沈む偵察機などを3Dモデルで再現した(画面中央の再生ボタンを押してご覧ください。読み込みに多少時間がかかります)。

動画

沈没した艦船からの遺骨収集

トラック諸島に沈む艦船

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