〈住人プロフィール〉
21歳(女性・大学生)
学生マンション・1R・中央線 武蔵小金井駅・小金井市
入居2年・築年数8年・ひとり暮らし
『コロナに罹(かか)ってしまったので、取材を延期願います』
7月末に突然メールが届き、2カ月遅れでやっと取材が実現した。
大学1年の終わりに新型コロナが流行し始め、2年4月からリモート授業。アパートを引き払い、実家の愛知で受講した。4年の今、とうとう自分も罹患(りかん)。学生時代はコロナに振り回されたように見える。ところが本人はあまり気にしていない。
「みんなから大変だったねって言われるんですが、いちばん辛(つら)かったのは入学からリモートだったひとつ下の学年で。私は1年の終わりまで、友達と普通に過ごせたのが大きい。そんなに大変だったという実感はないんですよね」
いつ対面授業が再開するかわからないまま部屋を引き払ったので、さすがに突然再開したときは、苦労したらしい。
「各地に帰っていた学生が、一斉に住まいを探し出します。他の大学もだいたいタイミングは一緒なので、選んでいる余裕はなくてこの部屋しか空いてなかった。絶対ガスのほうがいいけどIHコンロになっちゃったし、台所も狭い。しょうがないですね」
学生マンションで、来客の宿泊や宴会は禁止という厳しめのルールがある。そのため彼氏には早く帰ってもらうし、ダンスサークルの仲間との鍋会も、今はできない。これもさしてネガティブに受けとめていないのは、コロナ禍で密な集まりは避けるという意識がスタンダードになっているからだ。
越して2年になるが、冷蔵庫には購入時の注意書きの紙がそのまま扉に貼られていた。冷凍庫の一段は、霜で2年前から開かずの引き出しになっている。電気ポットと炊飯器は1年以上使っておらず、台所の床にぽつんと置かれている。
「冷蔵庫の札は、遊びに来た友達にもよく突っ込まれます。そう、『東京の台所』に出るんだよって言ったら、“えっ、あの台所を写されちゃうの?”とめっちゃ驚かれました」
おおらかな笑顔で語る。
ふだんは、コンビニ弁当か学食が中心だ。実家から送られるレンジ用パックご飯に、納豆と豆腐で済ませることも多いが、今はパックを切らしている。しいて料理をするといえば、「雑炊かラーメンです。コンロ脇のネギは、雑炊のときにハサミで切って入れます」。
就職先も内定済みで、毎日体育会系ダンスサークルの大会練習に打ち込んでいる。冷たい飲み物が好きで、練習後は野菜ジュース、家では隣のスーパーで買った水を飲む。
1年生の上京してまもない頃、勇気を出して飛び込んだ美容室に通い続けていて、担当美容師がことあるごとに食生活を心配してくれているという。
「コンビニ弁当ばっかりだと言ったら、家で作り置き料理を教えてあげるからおいでって言われて。3人お子さんのいる主婦で忙しいのに、キャロットラペと手羽焼きときゅうりとちくわの和(あ)え物を作ってくれて。帰りには炊いたごはんと、メキシコのスパイスを“焼いたきのこにかけるだけでおいしいからね”って分けてくれました」
さっそく家でトライしたら、おいしくできた。友達の影響で、編み物にもハマっている。
徹底的に料理や暮らしまわりのことをやらないというわけではなく、刺激があれば素直に吸収するし、挑戦もする。ただ、今は興味がないだけのようだ。
どうぞと、ペットボトルのお茶とリンツのチョコレートを勧められた。小さなテーブルに、カメラマンの本城直季さんと私のそれをそれぞれ並べて。
取材のために用意しておいたとのこと。美容師が思わず手を差し伸べたくなるのがわかるような、人懐っこさが印象的だ。
悩みなどなさそうに見える彼女に、ぶしつけながら尋ねた。
「太っては見えないけれど、痩せたい願望が強いんですか?」
台所にあった低糖質のパンの箱買いやダイエット甘味料、部屋のフォームローラーなどが気になった。それに大量のコスメグッズも。年齢的に美に関心が高いのは自然だが、それが少し強めなのかなと。
「高校時代から痩せたい痩せたいって思いつめていて、大学2年の時10キロ落として体を壊しかけたことがあります」
その後過食になり、リバウンドした。誰にも言えず自己否定を続ける日々が1年続いた。
ほがらかな笑顔の裏に、強烈なルッキズムに苦しんだ時間があった。
過食と極端なダイエットを繰り返した青春時代を、彼女はこう振り返る。
「中学の頃からたとえばK-POPの女の子の、痩せて色白で目が二重でかわいいというビューティースタンダードがあって、容姿至上主義にさらされて過ごしてきました。でもいちばん容姿至上主義だったのは、他人ではなく自分だったんですよね。自分で自分を縛っていたのです」
うまくいかないのは体形のせい
中学2年の夏。彼氏に何げなく言われた。
「痩せたら?」
痩せてはいないが、太ってもいない。自分の体形に劣等感を感じたことがなかったが、その瞬間から「痩せなきゃいけない体をしているんだ」と思うようになった。
以来、なにか少しでも嫌なことや理不尽なことがあると、きっとこんな体をしているからなんだという思考回路ができた。
高校では、男子がふくよかな女の子を見てバカにしているのを見て、「絶対太っちゃいけない」と強く自己を戒めた。
メディアに出る女の子は、みんなスリムで色白で目がパッチリしている。身近でもそういう体形のかわいい友達が自分よりちやほやされたり、優しくされたり優遇されているのをさんざん見てきた。
同時に、スタイルが良くてかわいい子に話しかけてもらうと嬉(うれ)しかったり、友だちになりたいなと思ってしまう自分もいる。今思えば、「私自身が進んでかわいい女の子をちやほやしていました」。
自分と同じように周囲もみな容姿至上主義だと思い込み、自分がかわいかったらもっと大切に扱ってもらえるのにと考える。「うまくいかないことを全部体形のせいにしていて、それなら外見を変えればいいかと思ってしまったのです」
思考の歪(ゆが)みは親元を離れ、大学生になってもふくらむ一方だった。
キャンパスで気づく新しい自分
理想の女性像はガリガリでかわいい。
大学2年の4月から1年間、誰にも言わずに極端に食べない生活を始めた。
12月から大学が再開。サークルの子に食事を誘われると、なんとかごまかして断った。1日1000キロカロリー以内で、家では大食い動画を見ながら水を飲んでやりすごす。
「お腹(なか)が空(す)きすぎて昼間はフラフラだし、夜は眠れないんですよね」
自分がかわいいと思っていた子のSNSに、だれかが「太っている」とコメントしているのを見ると「あ、そっか。これも太ってるんだ」とさらに自分に厳しくなる。
友達にダイエットを言えなかった理由は、ふたつある。
「太っている私なんかが、かわいくなろうと思っていることを知られるのが恥ずかしかった。もうひとつは、何もしていないのに元から痩せている子への憧れがあって、私もそんなふうに見せたかったためです」
私から見たら中肉中背、けっして太ってはいない。だが、彼女の思い込みを笑い飛ばす気持ちには、全くなれない。50代の自分でも、自虐からくる恥ずかしさや憧れに共感できるし、デジタルネイティブの世代が、多様性を謳(うた)いながらも、とりわけ若い女性に対して、自分の若い頃以上に画一的な美意識の価値基準が拡大しているように見えて、しかたないからだ。K-POPでもJ-POPでも、一般にイメージする「スリム」よりさらにひとまわり細いアイドルが多出しているように。
結果10キロ痩せたが気持ちが続かず、サークルの打ち上げで焼き肉屋に行ったらタガが外れ、過食症であっというまに戻った。なんてだめなんだと自己否定に苦しむなか、摂食障害の体験を発信する学友を見つけ、ある日「わたしもじつは」と話しかけた。
すると彼女は開口一番「あーわかる! つらいよね」と、「まるで恋バナしているみたいに」、明るく共感した。
「シリアスにしたくなかったので、その反応は嬉しかったし、ほっとしました。彼女と話したり、これまでを冷静に振り返ったりするなかで、やっぱり痩せたいとは思うけど、徐々に食べたことは責めなくなった。大学が再開し、いろんな友達と話すようになって、さらに気持ちが変化していきました」
高校3年間は、似たような環境・価値観の同級生と接していた。大学はグループディスカッション一つしても、自分とは全く違う考え方をする人がたくさんいるとわかる。“こんな素敵な人たちに触れないのは損だ”と考えるようになり、できるだけ様々な団体、活動に自分から参加してきた。学生記者やラジオもその一端だ。
思えば、接してきたその全員が、自分が急に痩せても急に太っても、態度を変えることがなかった。
「ああそうかと。かわいいからつきあったり、対応を良くしていたのは自分であって、友達は外見で付き合う態度なんて変えない。4年間を通してそう気づけたのは大きいです。それから一生立ち直れないと思うような出来事も、時が経てば収束すると知った。ダイエットも就活もそう。迷ったり悩むことはこれからもあるだろうけれど、狭いところで考えすぎず、肩の力を抜いていこうと思いました」
そのいい塩梅(あんばい)のアバウトの表れがつけっぱなしの冷蔵庫の札である、とはこじつけすぎだろうか。
最近、友達の家に行ったら、急にもかかわらずぱっと、もやしときゅうりとツナのナムルでもてなされた。
「それが店かって思うくらいおいしかったんです! 私もいつか、あるものでぱぱっともてなせるくらいにはなりたいと、思うようになりました」
そう遠くない日に、休眠中の炊飯器にスイッチが入るかもしれない。

















