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コロナ禍から始まった学生生活の迷い道、分かれ道〈326〉 | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
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朝日新聞デジタル

コロナ禍から始まった学生生活の迷い道、分かれ道〈326〉

LIFE
2025.10.22

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  • 大平一枝
    文筆家

    長野県生まれ。市井の生活者を独自の目線で描くルポルタージュコラム多数。著書に『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『人生フルーツサンド』(大和書房)、『注文に時間がかかるカフェ』(ポプラ社)など。本連載は、書き下ろしを加えた『東京の台所』『男と女の台所』(平凡社)、『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』(毎日新聞出版)の3冊が書籍化されている。

  • 本城直季
    写真家

    現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。1978年東京生まれ。

〈住人プロフィール〉
24歳(大学院生・女性)
賃貸マンション・1K・西武新宿線・小平駅・小平市
入居1年・築年数1年・ひとり暮らし

 大学入学の年に新型コロナウイルスが出現した。1年間、実家の関東近郊で、オンライン授業を受けた。
 「サークルは、ダンスをやりたかったのですが、それもできなくなり、リモートで参加できる学術系にしました。興味のあるテーマだったので」

 孤独だったと振り返る。
 一浪しているので、地元の同学年に知り合いがおらず、情報や孤独感を共有できない。
 Zoomの授業では、マスクをしているので表情まではわからない。
 「大学に友だちができず寂しかったですね。それでも上京して、感染対策をしながら東京で暮らす学生もいたようですが、地元界隈(かいわい)では“今、(感染者の多い)都内に行くのはちょっと”というトーンでしたので」
 帰省中の大学生を介して、地方に感染者が出た事例がニュースになっていた。

 さまざまに意識の高い学生が多く、それなりに刺激になった。
 2年生の春に満を持して上京。共有の台所付き学生アパートに入居し、学業の傍ら、サークルでは熱心に新歓活動に打ち込んだ。それ以外にも新聞社でバイトをしたり、地域おこしの手伝いをしたり、閉塞(へいそく)的だった1年間を取り返すように、関心のあるものは積極的に参加し、充実した日々を過ごす。

 秋にはサークル代表に選ばれた。歴史あるサークルで女性は稀有(けう)だったため、多方面から叱咤(しった)激励や、予期せぬ声が届いた。
 「“女性なのに代表って、新しい時代だね”と目に見えないプレッシャーを感じました。女性だから頼りないと思われないよう、がんばらなきゃと人一倍、肩に力が入ったように思います」

 全力でうちこむも、がんばりが空回りしたり、思わぬ失敗をしたり、自信を失うような大小のできごとも続いたあるとき。
 あれ? 
 思考がまとまらない。どんなに課題や改善策を考えようとしても、途中で眠くなり、なにひとつまとまらないことに気づく。

 「自分でも変だな、と思いました。今思えば急激なストレスがかかったのだと思います」
 事情を話して同期にサークルの業務を委ね、二日後、実家に帰った。このままひとりでいたら危ないと思った。
 帰省後も不眠、頭痛、倦怠(けんたい)感、落ち込みは激しくなる一方だった。

運命

 学生アパートの台所では一度しか料理をしていない。課外活動に時間をとられ、帰宅は22時もざらだった。
 「毎日コンビニで買っていました。ダイエットも意識していたのでサラダチキンとかカット野菜とか。取り寄せの完全栄養食と謳(うた)う菓子パンもよく食べていました」

 両親は陰日向(ひなた)となり、彼女に寄り添った。
 母のふわふわの豆腐ハンバーグ、バターと醬油(しょうゆ)入りのかぼちゃの煮物。父の作るホウレンソウのおひたしは、びっくりするほど根っこが甘い。

 「ふたりとも、野菜たっぷりでヘルシーな私の好きそうなものを毎日作ってくれました。そんな食卓を見ると、食べる気持ちだけはつねに湧いてきてよく食べました。東京で食べていたコンビニの冷凍野菜と、両親が茹(ゆ)でてくれた野菜とは、味の濃さ、おいしさが段違いでびっくりしました」

 徐々に元気を取り戻していく。単位を取得済みで、大学院進学も決めていたので、実家近くのインドカレー屋でバイトも始めた。
 なぜカレーだったのか。
 「3年の大学祭のとき、カレーと運命的な出会いをしたためです」

知らない世界

 実家の滋味深い温かな食事にふれ、体と心と食の関係に興味を抱いていた。
 学祭の帰り、たまたま家族と目についたスリランカカレー屋に入った。スパイスやハーブのことも調べているときだったので、店名だけは知っていた。

 「初めて見るカレーに驚きました。カレーなのにガツンとこない。バナナの葉で包んで蒸し上げているので体に優しくて、ココナツやお豆や野菜の味も優しい。これいいぞと、本能的に感じました」
 ごはんと、チキンカレーや野菜の炒め物を大きなバナナの皮で包んだランプライスという伝統的なスリランカ料理だった。
 以来毎週通うようになり、やがて広い台所のある実家で挑戦するようになる。

 「最初は、ターメリック、クミン、コリアンダーの3種で作るスパイスカレーを作りました。スーパーで買えるものばかりで簡単なのに本格的。自分で作れるんだーと感激しましたね」

 インドカレー屋のバイトでは、常連に気さくに話しかけられ、さらに新しい世界が広がる。
 「なんの仕事をしているかわからない人、会社をやめて農家をしている人、インドで修行をしたヨガの先生……。インターンで出会ってきた人たちとは、服装からしてまるで違う。ラフなコットンのワンピースでゆるい。自分でも探して、お店で着て働くのも楽しかったです」

 カレーを食べながら気づいたことがある。
 「カレーの周りの人たちって、違うんですよね。あるがままを生きてる。肩書も年齢も性別も関係ない。日々いろいろあっても自分の自由な幸せのものさしで生きる。私はなんでも完璧を目指し、いい学校、いい会社を目指してきました。優秀じゃないといけないと思いこんで。サークル活動もそうです。でも、肩書に関係なく接してくれるお客さんたちから、ありのままの心地よさを知りました」

 休日は野外イベントの出店を手伝った。インドの器の卸売業者の店があり、ビリヤニというたきこみご飯を作る鍋に魅了された。
 欲しいが高価なので躊躇(ちゅうちょ)していると、「お手伝いのお礼に」と店主が買ってくれた。
 ピカピカの鍋は、去年越してきたマンションの台所のコンロ下に、大事そうにしまわれていた。

 昨春から東京に戻り、院に進学。現在は都内企業に内定し、料理に、カレーの野外フェアの出店にと、学生最後の年を楽しんでいる。

 冷蔵庫には野菜の作り置きや納豆、母の漬けた梅干し、父が作った塩漬けオリーブとともに、キャベツがひと玉あった。
 ひとり暮らしでひと玉を消化できるのか尋ねると、「一度の料理で半玉使っちゃいます。煮込むと小さくなるので」と屈託がない。

 ふだんは和食で、肉や魚料理、ご飯もお腹(なか)いっぱい食べる。休日はカレーだ。
 「思い返すと、体を壊したときは栄養も足りていなかった。食事を栄養素とカロリーでしかみていませんでした。インターン先でも“それで足りる?”“食堂で好きなもの食べていいんだよ”といわれても断っていた。周囲の優しさや心配をうまく受け取れていなかったのです」

 カレーを通じて、居場所がたくさんできた。いつなんどきも変わらぬ家族の慈しみ、日々の食卓がもたらす健康の尊さにも気づけた。
 社会で研鑽(けんさん)を積んだ後は、カレー屋を開きたいと語る。
 「体調を崩してよかったとまでは言いませんが、ありのままの自分で生きても大丈夫と心から思えるようになれた。大きな学びをもらいました」

 だいぶ回り道をした。「一直線に成長して優秀でい続けなければ、周囲に必要としてもらえないと思っていた自分」は、過去のものになりつつある。

 最近、紅茶好きになった。以前は、ハーブティーだった。
 「いちばん好きなのは、マルコポーロですが最近値上がりしてしまって。でも換算すると1杯100円くらい。ペットボトルより安いんですよね。高価なお茶は昔だったら躊躇(ちゅうちょ)したと思うけれど、今は暮らしを大事にしたいので、自分のために丁寧に淹(い)れて飲んでいます」
 台所には、遠回りの末にたどりついたおだやかな時間が流れていた。 

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