ニューヨーク在住9年目の、久保純子さん。家族や友人との時間、街で見かけたモノ・コト、感じたことなど、日々の暮らしを通して久保さんが見つめた「いまのニューヨーク」をつづります。
初めて上林龍(かみばやしりょう)くんに会ったのは、龍くんが中学生のときだった。娘と同じ学校に通う龍くんは、演劇の公演で異彩を放っていた。「歌も、お芝居も素晴らしいな〜」と脳裏に焼き付いていた。
そんな龍くんと再会を果たしたのは、今から3年ほど前。お母さま(ママ友)と一緒にNYに遊びに来たときのことだった。名門アメリカのミシガン大学に留学中で、ブロードウェーの道に進みたいが、いかんせんビザの問題がある。さあどうする?という話をしていたのである。
そうなのだ、ブロードウェーは、ユニオン(労働組合)が強く、アメリカ国籍の俳優陣を守るために、外国籍の俳優にはほとんどと言っていいほど門戸が開かれていないのだ。
コロナ禍の「Black Lives Matter」「Stop Asian Hate」を経て、黒人やアジア人の権利が声高に唱えられるようになり、以前よりは不均衡は緩和されているものの、現在ブロードウェーに立っているアメリカ人の俳優陣の50.2%を白人が占め、黒人は40.9%、ヒスパニック系は4.1%、アジア系に至っては3.7%と極めて少ないのが現状だ。そして、いまだ外国人籍の俳優はごく少数に限られている。
あっという間にブロードウェーの舞台へ
そんな中で、新星のごとく現れた龍くんは、大学を卒業するや否や、OPT(米大学を卒業後1年間だけアメリカで働けるビザ)を使って、昨年トニー賞・作品賞をはじめ数々の賞を受賞した「ザ・アウトサイダーズ」のオーディションを受け、見事合格。「あっ」という間にブロードウェーの舞台に立ったのだ。
さらにとんとん拍子で、今は二つ目のミュージカル「パイレーツ! ザ・ペンザンス・ミュージカル」に出演中で、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。こんな出世例は聞いたことがない。
ユニオンに登録している51,000人ほどのブロードウェー俳優陣の中から、熾烈(しれつ)な競争を勝ち抜いて、今現在ブロードウェーの舞台に立っているのは800人ほど(2024年秋時点)。これまでどの俳優さんにお話を伺っても、早朝からオーディション会場へ出向き、何時間も並んでやっとオーディションを受け、不合格の通知を受けるたびに挫(くじ)けそうになりながら、また次のオーディションへ向かう、と一様に話している。それだけに、龍くんは異例中の異例で、ましてや大学を卒業したばかりで、しかも日本人の男性で、2作品に連続して立っているなんて、私の知る限り前代未聞だ。
日本人の「個性」と自分自身の「個性」
マイノリティーとして、どんな思いで舞台に上がっているのだろう。マイノリティーだからこそ勝ち抜く強みもあるのだろうか?
龍くんは、日本人であることの「個性」、そして自分自身の「個性」を最大限に生かしているという。オーディションでは、マイノリティーであるが故に、おのずと目立つ。だからこそ、それをチャンスと捉え、例えば「アウトサイダーズ」のオーディションでは、他の俳優たちが立って踊り始めたとしたら、龍くんは、座った状態から踊り始める。「パイレーツ」の6回のオーディションでは、コロナ禍で本格的に始めたピアノの技術を生かして、ジャズピアノを披露するなど、人種をプラスにしながら、自分の「個性」をどんどん前に出していたそうだ。実際に、今「パイレーツ」のミュージカルで、龍くんがピアノを弾くシーンは、彼のアイデアで組み込まれたそうだ。
小学生の頃から日本では劇団四季の舞台に立ち、その後も英語劇をいくつも経験してきた龍くん。目標のブロードウェーに立った今、思い描いていた世界だったか?と問うと、「正直、週8公演はきつい。体力勝負です」と。毎日公演があり、日によっては2回公演もある。朝起きるとまずは加湿器をつけて、喉(のど)の調子を確認。イガイガするときは、ジムに行き、スチームサウナに入って喉を潤すという。ブロードウェーの先輩俳優陣は、60〜70%の力で、うまく力を抜きながら、楽しんで舞台に立っているとのこと。龍くんも、今、ちょうど良い「塩梅(あんばい)」を模索中だ。
これからの夢は、出来うる限り多くのブロードウェーの「オリジナル」の作品に出演することだという。「オリジナル」というのは、これまでロングランされているものではなく、新しく作り出された、また復活したミュージカルのこと。
「僕はここブロードウェーで、日本人として唯一無二の存在を目指します」と意気込む。これからの活躍から目が離せない。娘とほぼ同い年、どうしても母目線になってしまう。皆さま、どうか応援をよろしくお願いいたします。


















