フリーアナウンサーで、AGプロジェクトのアンバサダーを務めていただいたこともある住吉美紀さんが、エッセー集『50歳の棚卸(たなおろ)し』(講談社)を上梓(じょうし)しました。仕事のこと、恋愛遍歴、家族のことなど、これまでの人生でひとつずつ選んできたものについて、そのときの深い悩みや喜びといったビビッドな感情も含めて赤裸々に綴っています。「読んだ人も、自分の人生を『棚卸し』するきっかけになれば」と話す住吉さん。様々な経験を経てきたAG世代に響くエッセー集です。
数々の「トライアンドエラー」は仕事でもプライベートでも
本の元になったのは、ウェブマガジン「mi-mollet(ミモレ)」での連載エッセー。連載中からとても反響が大きかったそうです。
「ちょうど1年前ぐらいから連載を始めました。そのときに書きたいことを少しずつ書くことで、全体像が見えてきて、それで書籍用に書き足しながら、改めて自分と向き合ったんです。文章にすることで、自分を見つめ直す時間でした」
NHKのアナウンサーを経て数々の人気番組を担当。37歳で独立し、フリーに転身、と華やかなキャリアを持つ住吉さん。ですが、やりがいを感じていた番組が終わって虚しくなったり、悪い評判が聞こえてショックを受けたことなど、様々な挫折や悩みがあったことが率直につづられています。
そしてプライベートでは、元彼から「人生で一番ヒドイ仕打ち」を受けて、自尊心を傷つけられ、自己肯定感がどん底だったこと、婚活として大胆にも「元カレ行脚」をし、ことごとく撃沈していくエピソードなど、「そこまで書くんだ!」と驚くエピソードが続きます。
読みながら、元カレの仕打ちに腹を立てたり、年齢を重ねることの不安に共感したり。婚活エピソードでは、告白しては振られる様子に、思わず笑ってしまうところも。そう感想を伝えると、ご本人は「良いんです、大いに笑って下さい!」。
若い頃から仕事でも恋愛でも「トライアンドエラー」を繰り返してきたという住吉さん。そうやって出会ったラジオのパーソナリティーという仕事が、いまではライフワークになっています。
プライベートでは、知り合った当時「タイプではない」と、結婚相手として全く見ていなかった男性が今の夫です。「特に若い頃の恋愛って相手のことを考えて評価しますよね。こんなところが素敵だとか、こういう部分が好きだとか。私もそうでした。でも、夫といて感じたのは、自分が自然体でいられて楽しいこと。『彼と一緒にいるときの自分が好きだな』ということだったんです」。
書きたかった不妊治療の体験 「悩む人に届けたかった」
書籍化にあたっては、連載時から大幅に書き加えたパートがありました。不妊治療の経験です。
住吉さんは42歳から4年間、不妊治療にチャレンジしましたが、子どもは授かりませんでした。辛かったこの4年間のことは「ブラックボックスに詰めて蓋をして」過ごしてきたといいます。
採卵のたびに繰り返される肉体的な痛み、身近な人に打ち明けられない悩み、妊娠できたかとぬか喜びした後の激しい落ち込み……。そんな心の軌跡をたどる文章と同時に、目を引くのは不妊治療専門クリニックでの治療の描写です。待合室の様子や受付から診察、採卵時に見ていた超音波画像まで、細かく書かれています。
「専門クリニックがすごくシステマチックで、本当に驚きの連続だったんです。なので、治療がうまくいかないかもと感じ始めた頃から、いつかは絶対に書こうと思っていろんな記録を残していました」。改めて何百枚もの診療記録をめくって、当時を思い出しながら書いたといいます。
「そこだけ明らかに力がすごく入ってしまって。バランスが悪いかもと思ったんですが、どうしても書きたい部分だったので、表現を工夫して、書きたかったことはほぼ全て盛り込みました」
住吉さんがこの部分にこだわったのは「これから不妊治療を受けようかと思っている人、いま受けている人、そしてかつて治療を受けた人たちにも、『一人じゃない』って伝えたかった」からだと言います。
住吉さんはラジオのパーソナリティーとして、月〜金の生放送の仕事をしながらの不妊治療でした。肉体的にも精神的にもきつかったけれど、辛い気持ちを仕事仲間には言えませんでした。「『仲間』は待合室ですれ違う人たちだけという気持ちでした」と振り返ります。
そして、不妊治療には何より「やめどきが分からない」という辛さがあると言います。もしかしたら次は授かるかも……という小さな希望があるだけに、やめられないのです。「赤ちゃんがいない人生は不幸だ」とまで思い詰めていた住吉さんも、そうでした。
住吉さんの場合は、4年目の治療に入る頃、「いったん休む」時間を持つことで考えが整理され、「子どものいない人生」を受け入れる気持ちになれたといいます。
人生の「ミス」を「正解」にするのは自分自身
いまは夫と愛猫たち、そして「友人のような親族」と、「家族のような友人」たちが人生を豊かにしてくれていると言います。
夫婦二人で会社を立ち上げて、公私ともに支え合っている夫とは「相棒」のような関係だそう。そして、お米作りを通じて絆(きずな)が深まった「義実家」との関係も良好で、そのなかの女子メンバー(義理の妹と義理の兄嫁)とは、「老後のお喋(しゃべ)り温泉旅行仲間」になると決めているほどです。
結婚を通じて「友人のような」家族・親族ができた一方で、コロナ禍を経て絆を深めた友人たちとは、悩みを話し合い、クリスマスなどのイベントを過ごし、旅行をするなど「家族のような友人」になっていると言います。
過去の失敗や迷いや寄り道を改めて見つめた人生の「棚卸し」。感じたのは「自分にできることは、選択ミスや寄り道を“正解”にして生きていくことだけ」だということでした。
住吉さんは今回の「棚卸し」を通じて、人との縁や仕事が、自分の人生を支えてきたことに改めて気が付いたといいます。「書いてみて、あんなことやこんなことが、実は自分の人生でとても大きなポイントになって、有機的につながっていると、改めて発見しました」。
なかでも大きかったのは、ラジオパーソナリティーの仕事です。
「ラジオでは、リスナーたちがいろんな人生の話を率直にしてくれます。顔も知らないリスナーたちなのに、私がこんなことまで知っていいの?っていうエピソードなんです。まるで友達と話しているみたい。それで私も自分の人生をまた見つめて……そんな相互関係ができているんです」
今回のエッセー本を通じて、読者ともそんな相互関係が生まれて欲しいといいます。
「いろんな形で感想を伝えてほしいし、ぜひご自身の『棚卸し』をしてみてください。そして、今回改めて私にとっての『書くこと』の大切さも感じました。だから、何年か後に私もきっとまた『棚卸し』するときが来ると思います」
取材&文=&編集部 朴琴順
写真=慎芝賢
フリーアナウンサー/文筆家。国際基督教大学(ICU)卒業後、1996年にアナウンサーとして NHK入局、『プロフェッショナル 仕事の流儀』『第58回NHK紅白歌合戦』総合司会などを担当。2011年よりフリーに。2012年からTOKYO FM『Blue Ocean』(月〜金、9:00〜11:00)パーソナリティー。
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