新商品のご案内 脇差 額銘 則重 金粉銘 盲鹿
則重(のりしげ)は鎌倉後期の越中国婦負(ねい)郡御服荘(富山市呉羽町)の刀工で、新藤五國光に学んだ相州伝の代表工。則重の個性は、明瞭に入った地景により、肌目が松の木肌を想わせる「松皮肌」と呼ばれる地鉄にある。鍛えに感応して金線や砂流しが現れ、刃縁に沸と匂が敷き詰められた焼刃も、他工に紛れぬ強い個性となっている。
新商品のご案内 短刀 銘 肥前國吉光 成午年五月吉日
福田吉光刀匠は明治四十五年佐賀県伊万里の産。昭和七年二十歳の時に福岡石堂の流れを汲む福岡県怡土の小山信光に入門し、戦時中は海軍受命刀匠として鎚を振るい、戦後は全日本刀匠会に属して鍛刀を続け、新作刀展では努力賞にも輝いている。
新商品のご案内 刀 銘 南都住金房兵衛尉政次
大和興福寺門前子安町に鍛冶場を設けた戦国時代の金房兵衛尉政次(かなぼうひょうえのじょうまさつぐ)は、正實、政定等の優工を擁した金房派の棟梁で、宝蔵院流槍術の達人胤栄の需で十字槍を打ち、筒井氏を長とする興福寺僧兵のために長刀や大身槍を鍛造した。特筆すべきは、腰元の樋中に剣巻龍の彫のある地刃抜群に冴えた、信長の臣池田恒興所持の刀(『銀座情報』二五六号)のような極めて出来の優れた作で、それら遺作から高い技術力が窺いとれる。
新商品のご案内 短刀 生ぶ茎無銘 直江志津
志津三郎兼氏は鎌倉末期から南北朝初期に美濃国多芸郡志津で鍛刀し、正宗に見紛うような沸出来乱刃の刀を手掛け、古来「正宗十哲」に数えられた名手。この志津三郎兼氏の薫陶を受け、またその作刀を援けたのが兼次や子と伝える兼友等で、後に養老郡直江に移住したことから「直江志津」と尊称されている。志津に近似した作は出来が優れ、古来、数寄者の間では賞翫篤いものがある。
新商品のご案内 脇差 銘 行光(加州)
表題の行光二字銘の脇差は、『日本古刀史』の著者本間薫山博士が南北朝後期の至徳頃と鑑定して鞘書している、同銘中最も時代が上がる遺例。
新商品のご案内 短刀 銘 日本砂鐵以精錬鋼 大阪住月山貞勝(花押)
鋒から二寸程の鎬地の肉が削がれ、鎬筋が鋒に抜けた、一見して平家重宝の小烏丸造太刀を縮小した体配。皇国の鉱工業を担うべく昭和九年兵庫県高砂町に設立された、日本砂鐵鋼業株式会社の精錬鋼で精鍛された守刀である。
新商品のご案内 太刀 銘 平重守
元来は馬上から打ち降ろすに適した二尺五寸を越える太刀。江戸時代には大小揃いとされたのであろう三寸ほど磨り上げ、打刀として扱い易い寸法に仕立て直されている。
新商品のご案内 刀 銘 於浪華永口貞晴造之〔刻印〕應松本藩増田氏好 慶應元乙丑歳菊月
月山貞吉門の貞晴は、号を剣龍子。風雲急を告げる幕末の時好に応じた、幅広く大鋒の豪壮な作が多い。浪華より遠く離れた信州松本藩の増田氏なる武士の注文に応じて製作されたこの刀も、元先の身幅が広く鋒が大きく伸びて反りは控えめながら地造りたっぷりとした量感のある姿格好。
新商品のご案内 大小一腰 太刀 銘 仁勇信濃國住宮入清平作 昭和五十四年八月吉日 脇差 銘 仁勇宮入清平作 昭和五十五年八月日
人間国宝に指定された宮入行平刀匠の弟で、その没後の宮入一門を率い、相州伝のみならず備前伝の美観をも追い求めた清平刀匠の、貴重な大小揃い。清平刀匠は本名を栄三、大正十三年の生まれ。昭和十六年より行平師の下で作刀を学び、独立したのは戦後の二十三年、未だ作刀許可が降りないこの時代には伏龍の如く精進を重ね、作刀承認を得たのは三十四年。作刀技術発表会(後に新作名刀展)に出品して入選、以降は多数の特賞や奨励賞などを受賞している。
新商品のご案内 脇差 銘 出羽大掾藤原國路(業物)
堀川國廣古参の門人である出羽大掾國路は、初め國道と銘し、後に國路と改め、慶長十八年十月十日、三十八歳の時に出羽大掾を受領した(注)。かつて豊太閤の需にも応えた師國廣から優れた技術と胆力を受け継ぎ、相州正宗や貞宗、志津兼氏を範に名品の数々を手掛けて京の名匠と謳われている。
