地球上の海岸線は、気候変動による海面上昇によって着実に圧迫されている。その結果、砂浜に生息する多様な生物の生態系が脅かされるのみならず、漁業や観光業に依存する地域経済は打撃を受ける。そして沿岸の都市は、迫りくる海水の脅威に晒されることになるのだ。
こうしたなか、地球上の砂浜の半分近くは今世紀末までに消滅する可能性があることが、これまでの研究で明らかになっている。そして、このほどウルグアイの首都モンテビデオで開催されたシンポジウムでは、この研究を主導した専門家が改めて警鐘を鳴らした。
「なかでも反射型海岸(急な傾斜があり波のエネルギーが急激に散逸する海岸)と中間型海岸(反射型と散逸型の両方の特性をもつ海岸)において、人間の活動による影響が極めて大きいことがわかりました」と、ウルグアイ共和国大学教授で海洋科学者のオマール・デフェオは説明する。
沿岸域が育む相乗効果
デフェオらの研究チームは、世界5大陸における315カ所の砂浜を対象に、海岸の傾斜や砂粒の大きさ、潮位差といった情報を収集し、観測衛星から得た海面水温や気圧、風向きなどの広域的な情報と組み合わせて大規模なデータベースを構築した。そのうえで機械学習の手法を用いて、1984年から2016年までの32年間にわたる海岸線の変化を評価した。
この分析の結果、対象となった砂浜の5分の1で深刻な海岸侵食の兆しが見られた。また、砂浜の構造的な特徴に基づいて5つのグループに分類したところ、沿岸の侵食率は急峻で狭い反射型海岸から、緩やかで広大な散逸型海岸へと向かうにつれて増加する傾向にあることがわかった。
さらに研究者たちは、気候変動が海岸侵食に及ぼす具体的な影響も特定した。平均海面気圧の異常や陸向きの風の増加、温暖化率の上昇、海面上昇が相互に作用することで、一部のエリアで特に海岸侵食が加速しているという。これらの“ホットスポット”には、南西大西洋やインド洋、南東太平洋の沿岸地域が含まれる。
沿岸は相互に接続された3つの領域で構成されている。まず、満潮時に海面と陸地が接する満潮線の上に、風で運ばれた砂によって形成された丘がある。その下には干潮時に露出し、満潮時に覆われる海浜が広がる。そして海に水没した部分が、干潮線から波が崩れ始める砕波帯まで延びている。
デフェオによると、これらの領域は環境の均衡を保つために欠かせない沿岸の生態系を形成している。風によって砂丘から砕波帯へと運ばれた堆積物は、波が前進するとともに海浜へ押し戻される。この双方向の動きが、各領域を互いに養う恒常的な相乗効果を生み出しているのだ。さらに嵐の際には砂丘が緩衝材として機能することから、都市化によって砂丘が消失すると海辺の家屋が破壊される恐れがあるという。
ブラジルのサンパウロ州立研究財団との共同研究では、これら3つの領域のいずれかひとつにでも乱れが生じると、生態系全体に影響が及ぶ可能性があることが示された。サンパウロ州北部の海岸線にある30カ所の砂浜における90地点で生物多様性を調査したところ、海水浴客の増加がバイオマスに最も悪影響であることがわかった。なかでも顕著だったのは、沿岸の水没領域における生態系への影響である。このほか、砂の上に直接建設された建物や機械を使った海岸清掃も、バイオマスを減少させる要因になりうるという。
「沿岸スクイーズ」の脅威
アジア太平洋地域も深刻な影響を受けている。日本では2100年までに主要な自然海岸の30〜60%が失われる可能性があると予測されており、最悪のシナリオでは全国806カ所の砂浜の66%に相当する面積が消失すると見込まれている。日本の海岸線は第二次世界大戦後の急速な開発によって激しく侵食されており、このまま進めば人口が密集する海岸背後の地域にも深刻な影響を及ぼすことが危惧されている。
東南アジア地域も例外ではない。沿岸部が深刻な海岸侵食に直面しており、気候変動に対して最も敏感で脆弱な地域とされている。海面上昇はもちろん、気候変動による大気の動きやモンスーンの変化によって、高潮が沿岸部の侵食に影響を及ぼす可能性も指摘されている。
このほか、ツバルやキリバス、マーシャル諸島などの太平洋諸島諸国やインド洋に位置するモルディブのような低地の環礁諸国は、海岸侵食と浸水に本質的に脆弱であり、海面上昇によって完全に消滅するという現実的な脅威に晒されている。温室効果ガスの低排出シナリオでも、2050年までに洪水による年間の経済損失はGDPの3%を超えると予測されている。
研究を通してデフェオは、「沿岸スクイーズ」と呼ばれる現象に対して警鐘を鳴らしている。これは海側から海面上昇による圧力が、陸側からは都市開発による圧力が同時に作用するもので、砂浜が両側から“締め付けられる”状況を指す。こうした状況を踏まえて研究者たちは、砂浜の保全と管理には局所的な要因と広域での要因の両方を考慮した統合的なアプローチが必要だと強調している。
(Edited by Daisuke Takimoto)
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