- 1125/10/21(火) 19:48:29
未来予知の秘密を解体する話。
ビナーvsミレニアム。見える未来と見えない未来。学園に迫るは夜の闇。
極限の果てで見出すのは世界の秘密。千年難題、四番目の真理――。
※独自設定&独自解釈多数、オリキャラも出てくるため要注意。前回までのPartは>>2にて。
- 2125/10/21(火) 19:49:31
■前回のあらすじ
一年生組と三年生組で行われた発明対決の末、遂に暴かれたのは六番目の千年難題。
そして明らかになったのは、千年難題とは解き明かした者を人より遠ざける神への階であるということ。
解き明かして本当に良いものなのか、それを知る者は今なお存在せず、ただ眼前に在り続けるのは真理という名の『未知』である。
そうして始まる『理解』のセフィラ、ビナーとの対決は開幕早々『廃墟から出て来ない』という法則を打ち破るものであった。
絶対の未来予知を持つビナーのミレニアム侵攻を食い止めることは出来るのか。
敗北すれば世界が滅ぶ太古の脅威――その攻略法を求めてエンジニア部の戦いが始まる。
▼Part13
【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part13|あにまん掲示板ミレニアムがセフィラと戦う話。慰安旅行での発明対決。先達が開く道。主役でないものなどこの世界にはいない。ただその視点を知らないだけ。それはもうじき学校を去る三年生たちから送る、後輩たちへのプレゼント。…bbs.animanch.com▼全話まとめ
【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」まとめ | Writening■前日譚:White-rabbit from Wandering Ways コユキが2年前のミレニアムサイエンススクールにタイムスリップする話 【SS】コユキ「にはは! 未来を変えちゃいますよー!」 https://bbs.animanch.com/board…writening.net▼ミュート機能導入まとめ
ミュート機能導入部屋リンク & スクリプト一覧リンク | Writening 【寄生荒らし愚痴部屋リンク】 https://c.kuku.lu/pmv4nen8 スクリプト製作者様や、導入解説部屋と愚痴部屋オーナーとこのwritingまとめの作者が居ます 寄生荒らし被害のお問い合わせ下書きなども固…writening.net - 3二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 20:09:21
ボッシュ
- 4二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 21:27:25
10まで
- 5125/10/21(火) 22:12:52
保守
- 6125/10/21(火) 22:14:09
「うん……っ、あぁ……」
夕暮れが迫るミレニアムサイエンススクール――モノレールステーションにて、新素材開発部の部長たる山洞アンリはひとり大きく伸びをした。
遠くで聞こえる爆発音も、ミレニアムでは大した異常でも何でもない。どうせ何処かの工場が爆発でもしたのだろう。
よくあることだ。大方、整備をケチった工場のひとつやふたつが爆発することなんて日常茶飯事。安全を置き去りにしたような技術の発展が繰り返し起こるミレニアムだからこそ、その内情を知らない外からやってきた企業の多くはまずしくじる。夢のような技術を見せつけられ、ガードが下がったところでその不安定性を実体験として味わって破産――企業人たる大人こそミレニアムという地は過酷極まるものである。
「今日はやけに酷いな。私たちの発明が爆発していなければ良いが……まぁどうでも良いか」
リスクを抑えるよりも新しく、そして面白いものを。それが新素材開発部の理念であり、また今のミレニアム全土における『考え方』である。何かあったのなら、リスクを分からず取り込んだ方が悪い。ある程度の説明責任は存在するものの、ことミレニアムにおいては知らないことこそ罪なのである。
技術と合理の学園は、無知に対して非情だ。知らぬことこそ弱者であり、知らぬままでいるのは悪。
『未知』を求めて多くを知る。知って学んで一歩を踏み出す。学生の本分たる『勉学』を大人ですらも強いるのがミレニアムサイエンススクールという技術の最前線だった。
そうして学園内を回るモノレールを待っていると、やけに疲れたような保安部員が何名かホームにやってきたのが視界に映る。確か実働部隊ではなく事務方かつ情報処理を行っている部員だったはずだ。戦闘向きでない制服からそうだと認識する。
それだけであれば特に何とも思わず見過ごしただろう。問題は囁くように彼女たちが話す内容の方だった。
「ねぇ、書記があんなに追い詰められてるの初めてじゃない?」
「もしかして、本当にやばい感じだったり……?」 - 7125/10/21(火) 22:45:33
10まで保守
- 8125/10/21(火) 23:08:26
保守
- 9二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 23:28:19
掲示板学/問8:保守の非忘却化の発明
- 10二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 23:46:02
ほす
- 11125/10/21(火) 23:46:07
セミナー書記、燐銅ハイマはついこの前、会長の慰安旅行と銘打たれた温泉旅行と共に行った仲である。
無関係では無い人物の話を聞いてしまい、アンリ部長は「なぁ、そこの……」と声をかけてしまった。すると――
「ひゃっ――あ、アンリ部長!?」
「む? 何処かで会ったか?」
「い、いえ!!」
やけに緊張した様子のセミナー部員であったが、相手は一年生、自分は三年生ともなれば、突然交友の無い上級生から声を掛けられれば緊張もするかと頷いた。
「一応改めて名乗るが新素材開発部部長の山洞アンリだ。ハイマ書記とは個人的な関わりが無くも無いのだが……何かあったのか?」
「いえ、あの、その……」
言い淀むセミナー部員。しかしアンリとてミレニアムの三年生だ。セミナー保安部が行う作戦には当然関係の無い者においそれと話せないようなものもあるだろう。そう納得して無理に聞き出すつもりは無いことを示そうとすると、その間もなくもう一方のセミナー部員が今しがた話していた部員を肘で突いていた。
「ねぇ、言っちゃっていいんじゃない? 心配してるみたいだし隠しても逆効果じゃ……」
「そ、そうかも……?」
何処か迷うような視線が眼前でやり取りされる。そしてひとりがおずおずと告げたのは『正体不明の怪物と保安部が戦っている』とのことであった。
「……なるほどな」
真っ先に思う浮かぶのはエンジニア部のこと。セフィラという古代技術の結晶たる脅威と戦い、それらを捕獲していたことは慰安旅行で耳にしていた。曰く『廃墟』に閉じ込められた怪物。マルクトを導き捕まえなくてはならない脅威――今しがた聞いた限りにおいてはまるでセフィラが『廃墟』から出てきたような言い様であったが、それを確かめる手段を今この場にあるわけでも無い。
しかして、仮にそうであるのなら今かなりの危機的状況であるのではないかとも思う。
『廃墟』の中にて完結するはずだった戦いがミレニアムまで及んでいるのだとすれば、きっと一般生徒には気付かないよう戦いが始まっているのかも知れない。
とはいえ勝手に協力するのは難しい。『預言者』であるエンジニア部にとってセフィラとの戦いに横やりを入れるのは侮辱以外の何物でも無いからだ。 - 12二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 03:23:31
保守
- 13二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 07:57:50
ほむ
- 14二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 15:28:31
保守
- 15二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 15:50:03
ほむ...
- 16二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 22:12:31
補習
- 17125/10/22(水) 22:58:25
――お前たちでは出来ない。だから私たちも手を貸してやろう。
この思考の傲慢さたるや、こればかりは本物の天才である彼女たちに向けてはならない禁忌であるだろう。
だからアンリ部長は慰安旅行で交換したモモトークにメッセージを送った。「何か困っているのなら手伝ってやるぞ」と、極めて簡易なメッセージをひとつ。
返信は直ぐに来た。
『いますぐ来られますか? アンリ部長以外の招集は任せますが、まずはあなたに来てもらえると』
――明星ヒマリ。エンジニア部の中の誰よりも、目的達成のための手段を選ばない『本物の合理主義者』。彼女が言っているのである。自分だけはひとまず来て欲しいと。
思わず笑みが浮かんだ。
「はっ――。外部からの攻撃では傷つかないと言った端からこれか」
千年難題を解いてしまった影響で絶対の恒常性を保つようになってしまったこの身体。如何なる破壊をも受け付けず、寿命以外で死ぬことすら無くなってしまったような異常性を帯びてしまったのだと言ってからのこれである。
つくづく、合理を標榜しながらも情に厚い調月リオと、情を優先すると見せながら誰よりも合理的な明星ヒマリの対照性に苦笑いを浮かべるほか無い。
新素材開発部部長、山洞アンリはモモトークにメッセージを送った。
『私の可愛い部員たちはともかく、私だけなら行ってやる。何処にいるんだ貴様らは』
『先輩として』貴様らに関わってやるから教えろと打ち込んで、ひとり僅かに笑みを浮かべる。
きっと貴様らにもいずれ分かるだろう。『後輩』に頼られるのは中々に悪くないものであるのだと。
「エンジニア部……。目の敵と言うほど悪感情は抱いていなかったが……ともかく、貴様らに憧れた者としての責務ぐらいは果たしてやろうさ」 - 18125/10/22(水) 23:07:26
モノトークに書いてあるのは思い浮かぶその限りにおいて、今しがた爆発している地域の方である。
(交通機関は死んでいるだろうし……まぁ、大丈夫だろう。いまの私は多次元バリアとも言うべき状態になっているのだし……)
せめて1時間ぐらいで辿り着ければ良いのだが、はてさて――
アンリ部長は内心そう思いながらも自転車に跨って学園の外を目指した。
徹底した情報規制と言う名の揺籃を抜けて、未知たる怪物が暴れ回る外の世界へと。
そんな一方、ホームでアンリ部長との邂逅を果たしたセミナー部員は、ほっと息を吐いた。
なにせミレニアムでも頂点に立つ新素材開発部の部長と話してしまったのだ。今年入学した一年生たる自分にとってはアイドルと言葉を交わしたぐらいの緊張が走ったのである。
「はぁーーーーーっ! 話しちゃった! 新素材開発部の部長と!」
「あれ? 推しはチヒロさんじゃなかったっけ?」
「だからなの!! ライバル視する先輩! さらりと受け流す後輩! つまりチヒロさんってこと!! ああもうどうしよう! これ、『ある』よね!? 目の上のたんこぶ、そう意識していつの間にか積もる想い――! 半信半疑ながらに意識し始めるチヒロさん! 先輩からの『好き好き』を受けながらあしらっているつもりがいつの間にか嗜虐心を掻き立てられて試しに攻め始め――」
「生ものはよくないんじゃない?」
やってきたモノレールに乗り込みながら、セミナー部員たちは一息ついた。
向かう先は『推し』であるエンジニア部の元に向かうためである。一年生である少女たちにとって、エンジニア部とはまさに『特別』な存在なのであった。
入学当初からミレニアムの最高機関であるセミナーに存在を認知されるほどの圧倒的な存在感。
会長が作りだしたミレニアムの『ルール』である部活動対抗戦ですら、「何処吹く風」と言わんばかりに無視できる圧倒的な強者の群れ。
嫉妬なんてしようがない。あれは眩い『星』である。
およそ手すらも届かない――果ての才能。極天の星。ここまで離れてしまえば、ただ人は空の瞬きに憧憬を抱くしか無いのだ。 - 19二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 23:45:28
ほしゅ
- 20二次元好きの匿名さん25/10/23(木) 07:51:40
ほむ…
- 21二次元好きの匿名さん25/10/23(木) 07:54:40
保守
- 22二次元好きの匿名さん25/10/23(木) 16:08:33
同級生モブからは好意的に取られてるのか
- 23二次元好きの匿名さん25/10/23(木) 20:11:31
保守
- 24二次元好きの匿名さん25/10/24(金) 02:54:55
ほむ
- 25125/10/24(金) 08:02:39
そんなエンジニア部の元に畏れ多くも向かっているのはつい10分ほど前のこと。
授業を終えてセミナー本部へ戻るなり、突然セミナーの先輩に「エンジニア部の応援に行って」と言われたからである。
先輩の様子自体は特段変わったところはなかったものの、セミナー全体に何処となく緊張感が漂っていたのを察して「ただ事ではない」ということを理解した部員たちはすぐさま本部を出て、ここにいる。
ただ、出る直前に見た書記兼保安部部長のハイマが今まで見た事も無いような険しい顔でコンソールの前に居たのがやけに気にかかった。
その細やかな違和感と不吉な予感は、モノレールに乗り込んで自治区内を走る電車に乗り換えたところで実感へと変わっていった。
「……ねぇ、なんか事故多くない?」
「そ、そうだね……」
エンジニア部の応援に向かうよう指示されたのは五人。その先頭を歩く二人が電車の座席越しに道路を眺めるが、さきほどから交通事故で通行止めになっている道があまりにも多すぎるのだ。
そしてもうしばらくすると電車すらも止まった。
振替運行に切り替わったようで、このままでは目的地まで辿り着かないと電車を降りる。バス停を見ると多くの者が並んでおり、とてもではないが1時間は待つことになりそうである。
「どうする? 待つ?」
「ううん! 歩いて行こう! だってエンジニア部の手伝いだよ!? この機を逃したら二度と無いかもしれないじゃない!!」
遅れて参じて「もう大丈夫」なんて言われて返されたら死んでも死にきれない。
そう言わんばかりに拳を握る彼女を止められる者はおらず、仕方ないかとそんな空気が漂った――その時だった。
「あ! 保安部の戦車! 乗せてってもらおうよ!」
「いやいやいやいや」
早速駆け出したひとりを見て、それは流石に引いてしまう少女の友人。『推し』だなんだと言っても保安部の戦車に乗せてもらうのは畏れ多いを越えて普通に失礼である。止めようと手を伸ばすも空を切り、あっという間に戦車の前へと飛び出して身振り手振り。ちょっと怒られているのを遠目に見て溜め息を吐くも、それから聞こえた「乗せてってくれるってー!」という声に残された四人全員が頭を抱えそうになった。 - 26125/10/24(金) 08:03:49
そうして知ったのは、どうやらこの保安部員もエンジニア部の居る方へと向かっているということである。
時刻は17時。日は落ちきり、街灯が夜の闇にぽっかりと浮かんだ。
セミナー部員の五人は戦車の上に直接乗って、早すぎない速さで通行止めになった道路を進んでいく。
「本当に運が良かったなぁ。あたしらの交代時に鉢合わせなんてよ」
戦車の中から少々ガラの悪い保安部員が声をかけて来て、五人はそれぞれ礼を言う。
聞いたところによると、郊外の工場に凶悪なテロリストが立てこもっているとのことらしく、保安部はその対処に追われているのだという。
「かなりの長期戦っぽくてな。交代しながら戦線を維持してんだってさ」
「そんなに危険なんですか? ハイマしょ……部長が指揮しているのならすぐにでも解決しそうではありますけど……」
「そうだよなぁ……。まぁでも、あの部長だぞ? 何か考えがあるんだろうさ」
「考え……?」
セミナーの部員にとって、ハイマ『書記』は優秀だけれどおかしな人という印象が強かった。
確かにどんな仕事も当たり前のように片付いているし、何より、更に様子のおかしい会計やラインぎりぎりの悪戯ばかりを仕掛ける会長のことを唯一諫められる人である。この人に任せておけば問題ないという安心感はあるものの、『エイジ・オブ・ミソロジー』の布教活動だけはちょっと褒められるものではない。
実際、話の途中にちょくちょく挟まれる「ところで、五人で遊べる丁度いいゲームがあるのですが……」としつこいぐらい繰り返される押し売りに屈して遊ぶことになったりもした。……そこについては今でも五人が遊んでいることから布教に成功してしまっているわけであるが、それが良くなかったのだろう。良くない成功体験を得てしまった書記の布教活動が悪化したのは彼女たちも何となく自責の念があった。
とまぁ、とにかく。セミナー部員である彼女たちにとっては『ちょっとおかしい人』という印象が強かったために「何か考えがある」と言われても「ゲームのことしか頭にないのでは?」と思うのは当然のこと。
そんな空気を察したのか、保安部員は「いやいや」と手を振った。 - 27125/10/24(金) 08:04:49
「確かに部長はゲームにのめり込んでるけどよ……いやのめり込んでるってレベルじゃないっていうか、もう廃人一歩手前まで行ってる気もするけど、作戦指揮ならとんでもなく強いんだぜ。せっかくだし聞かせてやるよ。燐銅ハイマ伝説」
それから道中、語られたのは如何にミレニアムの保安を一手に担う保安部長が凄いかという話であった。
曰く、僅かな情報から犯人の計画の全てを暴き出し最短最速で事件を解決に導いた。
曰く、微かな違和感から裏で進行している事件の把握し、偶然を装う形で全てを収束させた。
曰く、その圧倒的かつ執拗なまでの『違和感』に対する自己問答は未来すらも見通すほどである。
曰く、曰く、曰く――
もはや数えきれないほどの偉業は、あのキヴォトスの頂点である連邦生徒会からもスカウトされるほどだったとのことで、ハイマ書記はそれを固辞したのだという。
理由はもちろん、「そんな忙しそうなところに行ったらいつゲームをすれば良いのですか?」ということであった。
会長がその才能を見出し、会長によってゲームという堕落を覚えてしまった異常存在。不要なことは何ひとつ言わず、必要なことと『エイジ・オブ・ミソロジー』のことだけを話す『伝説』の物語は、傍目に聞いても面白おかしいものであった。
「そんなわけだから、部長の言う通りにしていれば何とかなるんだよ。あたしらは言う通りに動く。工場にはテロリストが居る。それだけで充分だし、それよりもっと知りたがる奴にはそもそも最初から何が起きてんのか言ってんだろうしな」
故に、未来を読む合理の化身。知りたい者には先に伝える。知りたいと思わない者には「何をすればいいか」だけを言う。個々の人間心理すらも読み切って最適な配置を行い続ける盤上の支配者。だから強い。個人としてではなく、組織を動かす『プレイヤー』として。
チヒロ推しのセミナー部員はうんうんと頷いて、それから言った。
「でも、そんな書記に不意を突いたのがチヒロさんですよね!」
「あー、あれかぁ……。『セミナー襲撃事件』だろ? あれは……誰も読めなかったなぁ」 - 28125/10/24(金) 08:05:52
入学早々セミナー本部目掛けてロケットをぶっ放して直撃させた事件である。
噂によればコピーレフト至上主義の各務チヒロが現ミレニアムの体制に不満をもっての凶行らしいが、詳しいことは誰も知らない。一部では「ただの事故」だとか言われているらしいが、ただの事故でよりにもよってミレニアムタワー最上階のセミナー本部へロケットを直撃させるなんて無いだろう。
――実際の所は本当に事故なのだが、それを信じる者もおらず、かくして信仰は生まれていくばかりである。
「あの事件から保安部でもマークしてたんだけどな。今度は部活を作るとか言い出すもんだからそりゃもう警戒したさ」
各務チヒロが発起人となって生まれた『エンジニア部』。形式上、部長は幼馴染の白石ウタハではあるが、事実上の部長が各務チヒロであることは誰も疑っていない。問題は『エンジニア部』のメンバーである。
「連邦生徒会にハッキングを仕掛けられるとか噂されてる明星ヒマリに、やたら技術力の高い白石ウタハ。で、ハイマ部長を出し抜いた各務チヒロだろ? 調月リオのことは正直知らなかったけどよ、蓋を開けてみればミレニアムの軍事力に対抗できる発明をしてたってんで警戒対象に繰り上がってな」
調月リオの一件はセミナー部員も知っていた。
あまりに危険だったとのことで、色々あって会長が取り上げたらしい。それを聞いたときは酷いとも思ったが、現在のミレニアムを支える防衛力が格段に増したと聞いて何とも言えない気持ちになったことを思い出した。
良かったのか、悪かったのか。
少なくとも、エンジニア部が一方的な被害者というわけでもないことがすぐに分かって留飲は下ったのだ。
まるで仕返しと言わんばかりに作られた、悪質な広告をひたすら流すトラッキング技術の特許。各務チヒロの発明である。
ミレニアムの校則において認めざるを得ない特許申請と、それによる個人への弊害。それを認めたセミナーに対してとんでもない量の苦情が届いたとのことで、一時的にセミナーは大混乱に陥った。
事実チヒロを推すセミナー部員もその対処に駆り出された一人ではあったが、それでも権力に対してルールの範囲内でやり込めるというのは何処か胸のすく思いであった。 - 29125/10/24(金) 08:06:56
能力があると認められても、自分には決して出来ない『やり返し』。ミレニアムの最高機関に対して抗える個人。
きっと世界を変えるであろう存在に対する憧れは、このとき初めて自覚したのかも知れなかった。
「だから、手伝いに行けるのがすごく嬉しいんです! なんというか、その……」
と、言語化しようとしたその先にあったのは、どうにも「凄い人に相乗りしたい」のようなものになってしまって思わず口を噤んでしまう。
すると保安部員が笑って言った。
「『登場人物』になりたいよな。何処にでもいる誰かとかじゃなくてさ」
その言葉には、何処か寂しさが混じっていた。
「先輩だから凄いってのはまぁ、分かる。でもよ、同い年で……なのに凄い奴っているじゃん。そういう奴からしたらあたしらなんて何処にでもいる誰かなのかもしんねぇけどさ。でも分かるんだよ。こいつは凄い奴だって。あたしはこんな凄い奴と同じ教室にいたんだぜって言いたくなるよな。だから自慢にしたいんだ、凄くない普通のあたしがこんな凄い奴と一緒に居たんだって」
例え相手が覚えてなくとも、確かに自分はそこに居た。
情けない誇りだと言われても関係ないと言わんばかりの、『先輩』のその言葉にセミナー部員は表情を強張らせる。
――自分はそこまで達観できるのか。
――自分はそんな風に、情けない自分を認められるのか、と。
「じきに分かるさ。あんたらにも、きっとな」
それはきっと未来の話である。
先駆者が歩んだ優しき諦観の話であった。 - 30125/10/24(金) 08:08:04
「……だったら」
だからこそ、先駆者を見て後を追う者は答えられるのである。
セミナー部員であるひとりの少女は顔を上げて戦車が往く先を見た。
「頑張ります。ちょっとでも、誇れる自分になれるように」
今日から改めて頑張りたい。
自分は凄い人では無いのだろうけれど、昨日の自分よりは凄くありたい。
そんな願いを呟くと、保安部員は片目を閉じて笑みを浮かべた。
「応援するよ、後輩」
そうして、戦車は辿り着く。エンジニア部が拠点を構えるその場所へ。
此処から先こそ戦場の最中。情報規制による事態の矮小化が図られた、誰も彼もが正確に何が起こっているのかすら理解していない日常。
それを把握しているのはエンジニア部とセミナー上層部に限られた孤独な戦場。
時刻は既に17時30分を迫るところ。
ミレニアムに、夜の帳が覆っていく。
----- - 31二次元好きの匿名さん25/10/24(金) 12:32:16
何か大きな事には端役であっても。自身の人生においては皆主役なのだ
- 32125/10/24(金) 18:09:16
同時刻。戦闘開始から既に二時間が経過したハイマ書記の戦場にて、『ミレニアムライナー』の前に集まったエンジニア部たちは夜空を眺めていた。
「…………やっぱり、『消えた』わね」
空を見上げるリオの隣で頷くヒマリ。その後ろでは、スポットライトを空に向けて照射しているウタハの姿。
前線の様子を見に行っているコタマとチヒロはともかくとして、アスナとマルクトの姿はここにはない。
それから数秒、リオ達が見上げる空に突如として球体のような機械が出現した。
高度3000メートル。そこからゆっくりと落ちてくるのはティファレト戦にて使われた飛行兵器『サムス・イルナ』を改良したものである。
従来のガソリン式に合わせて反重力デバイスも取り付けられており、エネルギー効率が格段に上昇しただけではなく上空へと飛行も可能となった発明品だ。
およそ完璧な姿勢制御によって『サムス・イルナMk.2』はリオ達の眼前へと降り立ち、中からマルクトとアスナが出てくる。
「リオ。この地点では高度3000メートルを境に境界が敷かれているようです」
マルクトの言葉を聞いてリオは手元の端末に観測記録をつけていく。
この場に残ったメンバーが行っていたのは、『夜化』による影響の調査であった。
「ひとまず、調査結果をまとめたから聞いてちょうだい。チヒロたちへの通信は?」
「繋ぎっぱなしさ。……ということでチヒロ。聞こえていたかな?」
【一応ね】
通信機に聞こえるチヒロの声。普段のセフィラ戦ではグローブ越しに話していたが、あれはマルクトが本来の身体に戻らなければ出来ないということで現在は通常の通信機に頼っている。
そうして行われるのはこの2時間で得られた情報の共有会だ。まずはリオから、『夜』の調査について。
「ビナーが作り出した『夜』なのだけれど、ビナーの通った場所には幅3メートルの領域が生成されるわ。そして領域に侵入すると『夜』が見える。ここまでが事前情報だったのだけれど、縦方向での観測結果は異なるのよ」 - 33125/10/24(金) 18:10:30
気付いたのは本当に偶然だった。
まず偽物の『夜』に対して上下の差異があるのかを調べようとして、空を飛べる『サムス・イルナ』をひっぱり出して来たところまでは良かった。
そして二人乗りに改良を施してマルクトとヒマリの二人で空に飛んだところ、上空2500メートルを越えた瞬間『サムス・イルナ』が消失したのだ。
通信途絶。地上に残ったリオとウタハは大いに焦ったが、すぐに『サムス・イルナMk.2』が降りて来て何があったのかを確認した。
すると返って来た答えは『上空2500メートルを超えた瞬間地上が見えなくなった』というもので、どうやらそこを境に何か別の空間が発生していることが判明したのである。
【ハイマ書記が航路の制御から取り掛かっていたけど、あれ本当に最適解だったんだ……】
「ええ、本当に結果論だけれど航空機が『夜』に侵入していたら確実に大事故になっていたわね」
地上が見えないだけでも大ごとだが、それ以上に最悪と言うべきは『方向が捻じれる』という現象である。
例えば北を向いてまっすぐ上空に上がっても、高度2500メートルを越えてから再び降りると南側を向いている等、平面的な向きがランダムに入れ替わるのだ。
「どのぐらい向きがズレるかは極めて乱数的ね。せめて定まっているのなら上空からの狙撃も検討できたのだけれど」
【安定しているのは上下の移動だけってことか。潜水でも似たようなのなかったっけ?】
「ヴァーティゴですね。方向感覚が失われて何処を向いているのか分からなくなり、水面へ上がれなくなるという……」
【そういう名前だったんだ……。っていうか詳しいね。ダイビングでもやってたの?】
「私の美少女さを生かして人魚になろうとしていた時期もありましたから」
【ああ、そう……】
やたら活動的なヒマリのことはともかく、『夜』に対して付随するのは高度2500メートルの境界が発生するということである。
そして次に行おうとしたのは『夜』の領域に空中から侵入したらどうなるか、というものであったが、ここで予測していなかった事態が発生した。
「領域の近くで上空に上がったら、2800メートル付近で『サムス・イルナMk.2』が消失したのよ」 - 34125/10/24(金) 18:17:53
『夜』になっていない夕暮れの空に飛んだにも関わらず、飛んだ機体が突然消え去ったのだ。
そのとき搭乗していたヒマリとマルクトも、『夜』の中から飛んだときと同じ光景が見えたと報告が上がった。
「つまり、ビナーの通り道から上空はV字を描くように切り込みが入っていると思われるわ。その切り込まれた部分に侵入すると『夜』が見える。高度2500メートルは『夜』の中でも観測できるような『何か』が行われていて、それを越えると完全に双方で認識出来なくなってしまうのよ」
世界に溝を作って自らの望む『未来』で埋め立てる――それがビナーの機能の最有力候補である。
とはいえ、『未来』と呼ばれるものの『何か』についてはまだ分かっておらず、ここについてはこれまでのセフィラの機能を活用した観測機を使っても暴き出すことが出来なかった。
「重要なのはひとつ、ビナーは上空の断絶された領域を地上から観測することが出来るのか、ということよ」
カメラや通信機のみならず、肉眼ですらも捉えられない絶対の境界。この先をビナー自身の観測が越えられるのかどうかが分かるだけでも何らかの手掛かりにはなるだろう。
【うーん……。それって、未来が見えようとも避けようがない状況が作れるかって話だよね?】
と、チヒロは当然思いつく疑問を呈した。
【2500メートルだろうがそれを越えたら見られるんでしょ? 流石にミレニアムを覆うような網か何かでも落とさなきゃ絶対避けられるでしょ】
「そこなのよね……。観測できないとしてもこれだけ距離が開いていたら絶対避けられるのよ……」
動きを封じなければ確保のしようがない。ビナーの厄介な部分は単独の戦闘力よりも『絶対に逃げられる』という部分なのだ。
思い出すのはイェソド戦。イェソドが『廃墟』から解き放たれて全力で逃走した場合、誰も追いつけず絶対に捕まえられないという後からの推察は、ビナーを通して証明された形となる。
「ところで、チヒロの方はどうなの? 前線の様子を聞かせて欲しいのだけれど」 - 35二次元好きの匿名さん25/10/24(金) 22:55:15
保守
- 36二次元好きの匿名さん25/10/25(土) 06:23:05
前線報告
- 37125/10/25(土) 08:55:49
リオがそう聞くと、通信機からは歯切れの悪い声が聞こえた。
【良くも悪くも安定してるかな……。あんたのAMASに変な改造されたのがうじゃうじゃ出て来てるし、保安部も交代しながらちょっとずつ後退してる。規模が大きいだけでいつも通りみたいな感じで、特にパニックとか起きてるわけでもないかな】
上位者たちのゲームは静かな合意の下で、およそ双方にとって理性的な戦場を作り上げていた。
ハイマ書記は人員の損害を殆ど発生させずに時間稼ぎを行い続け、ビナーは手駒たる戦力を着実に集めながら一気攻勢に備えている。このままいけば、いずれ決壊する前線であっても負傷者を殆ど出さずに次の展開へと移行するだろう。
特筆すべきことは特に無く、強いて言うなら現場の状況と指揮官たるハイマ書記の負担が妙に偏っていることか。
全ての事象を余すことなく支配しきる……それが『凄い』ということまでは分かっても、常軌を逸し過ぎているせいでそこにかかる負荷はエンジニア部の叡智ですらも理解し得ないものである。
だが、ハイマ書記も負担を一人で背負って潰れるような愚は犯さないはず。そんなわけでその点についてはひとまず思考の外に置くことにした。
【それで、ちょっと話を戻すんだけどさ。上空から地上までのラグが大きすぎるってならビナーを上空へ打ち上げるって言うのはどう?】
「『空間固定』によるエネルギーの保存ね。反重力デバイスの強度を上げるだとか、ゲブラーの爆発みたいな膨大なエネルギーを発生させた瞬間に留めておくとか……」
「問題は仕掛けたトラップをビナーに踏ませるというところですね」
上空に広がる『未観測領域』をビナー自身も観測できない前提で、あらかじめマルクトを『サムス・イルナMk.2』で打ち上げて置き、下からビナーを上空へ打ち上げると同時にマルクトにも落ちてもらうという作戦である。
これなら境界線を越えた瞬間にマルクトがビナーを捕まえられる状態まで近付けることが出来るかも知れないが、そこに生じる問題は当然ながら『ビナーがわざわざトラップを踏んでくれるか』という点だろう。 - 38125/10/25(土) 08:57:20
「ビナーが地上の全てを見えているのなら、択を迫らせて常に『罠を踏む方が得』と思わせるほどに逃げ場を奪い、上空に打ち上げられる以上の脅威に晒す必要がありますね」
「ということは最後の最後までマルクトの位置がバレてはいけないということね。バレた瞬間、脅威に優先順位を付けられて本命の対処をされてしまうのだから」
【…………やっぱりさ。厄介過ぎない? 今回のセフィラ戦】
チヒロの言葉に反論は無かった。
これまでのセフィラ戦と比べて、あまりにも『どうしようもなさすぎる』のだ。
今でこそセミナーが時間稼ぎをしてくれているものの、そうでなければとうの昔に全滅しているほどに対処の施しようがない。
何とか捻り出した対抗策ですらイチかバチかを何度も潜り抜けるようなものでしかなく、その上相手は偶然を赦さない絶対の支配者。あまりに隙が無さすぎると思うと同時に、『未来予知』という不確定な事象を確定してくる相手に対してどうすれば良いかなんて、少なくともこの時代の技術や知識には存在しなかった。
重たい沈黙が場を支配する……そんなとき、アスナが「あ!」と声を上げた。
どうしたのかとリオが顔をあげると、遠くから自転車に乗ってこちらへやってくる影がひとつ。
「おおーい! 私を呼びつけるとは随分偉くなったものだなエンジニア部!」
「アンリですね」
マルクトが手を振り返したところで新素材開発部部長の山洞アンリが自転車をキキッ、と鳴らして皆の前に現れた。
「それなりに市街地まで食い込んでいるようだな敵は」
そう言うアンリ部長は怪我をしている様子は無いものの、ところどころ服が焼け焦げており、どうやら戦闘に巻き込まれていたようである。
まさかと思ってリオがここまでの道中を尋ねると、アンリ部長は頷いた。
「途中何回か交戦に巻き込まれてな。保安部とよく分からんドローンの戦闘の間に出た時なんて流石に肝を冷やしたわ……」
「今のアンリの肉体はセフィラよりも硬い可能性がありますね」
「まぁそうかもなマルクト。衝撃はあっても痛みは特に無い。こんな形で利便性を知るのはどうかと思うが」 - 39125/10/25(土) 08:58:59
マルクトの言葉に返すアンリ部長だが、今のアンリ部長の身体はおよそ人間離れした強固さを保持している。千年難題をひとつ解いてしまったがための呪いか、もしくは祝福か。
そこまで考えたところで、ヒマリがリオにそっと近寄って耳打ちをした。
「……あの、リオ。ちょっといいですか?」
「なにかしら?」
「アンリ部長が手伝いに来てくださいましたし、せっかくですからその『頑丈さ』をお借りすることが前提の検証を行って見るのは如何でしょう?」
「人体実験ね。やりましょう」
悪魔じみた提案をするヒマリに即答するリオ。
そんな二人から漂う嫌な気配に気が付いたのか、アンリ部長はぶるりと肩を震わせた。
「おい、貴様らいま何か変なこと考えていないか?」
「いえいえまさか。早速いくつか頼みたいことがございまして……」
――なんて、きっとこの時この場にいる全員は何処か気が抜けていたのかも知れなかった。
エンジニア部だけでは無い。前線で戦っている保安部員たちですら『いつもの戦場』だと、もちろん高を括っていたわけではないが自分たちの喉元にまで刃が迫っているなんて認識はなかったのだ。
恐怖するほどではない戦い。完璧な指揮。完全なる遅滞作戦。そこに誰一人として疑問を呈していなかった。 - 40125/10/25(土) 09:00:06
「うん? あれは……」
17時40分。街灯の明かりが照らす拠点にやってきた五人組の集団を見て、アンリ部長は目を眇める。
ミレニアムのモノレールステーションにいたセミナー部員たちだ。「また会ったな」と言おうとして手を上げかけた時、先頭を走るセミナー部員の顔が妙に強張っていることに気が付く。
「え、エンジニア部の皆さん……」
まるで奥から絞り出すかのような声が、夜の中でやけに響いた。
そこから告げられる凶報を恐れるように、しんと辺りが静まり返ったような錯覚を覚える。
「ほ……報告します! セミナー本部壊滅! び、ビナーが、本部を襲撃したとのことです!」
「なっ――」
全ての前提がひっくり返る最悪の現実。
それが訪れたのは、今からたった二分前の出来事であった。
----- - 41二次元好きの匿名さん25/10/25(土) 13:41:47
アカン…
- 42125/10/25(土) 18:12:18
17時35分。セミナー本部では慌ただしく動き回るセミナー部員たちと、ミレニアム全土を映したコンソールの前に立つ燐銅ハイマの姿があった。
皆忙しそうだが、7月にあったミレニアム大停電からの復旧と同じぐらいの慌ただしさでそれ以上でもそれ以下でもない。
ただし、燐銅ハイマを除いて――
(C-4からC-3へ侵攻。B列撤退。間から2班差し込み――)
絶え間なく操作するコンソールには各部隊の動きを20分先まで打ち込んであった。
3時間――それが指揮を開始してからの時間であり、そのぐらいであればチェスの試合時間よりも若干短いぐらいである。
違うのはこれがチェスではなくライトニングチェスに性質が近いということだった。
ターン制を排した同時進行のゲーム。1秒経つごとに2手3手と進み続ける戦局。深呼吸なんてすればその秒数だけ状況が悪化し、まともに思考なんてする時間も存在しない。ほぼ反射的に手を動かし続けなければ到底間に合わない戦いである。
こちらの腕は二本。駒は保安部総勢480名。使い捨てに出来ない『人間』であり、士気も体力も存在するためリソース管理を間違えれば自分ではない誰かが傷つく。ひとつ足りとて失えない中で動かす必要がある。
対して相手は腕が六本。駒は工場のリソースが無くなるまで延々と生産され続け、使い捨てることが出来る。そして相手は絶対に間違えない。いま工場に留められているのは、ビナー自身が戦場に出て来るよりも工場で増産を繰り返す方が最適解であるからだ。こちらが攻め過ぎた瞬間、生産したAMASと共に前線を押し上げて今すぐにでも転移装置を奪いに来るだろう。
勝ちすぎてはならない。負け過ぎてもならない。
相手の全てを読み切って『あいこ』を出し続けなければならない思考の拷問である。
――存外、苦しい。
そう考えかけた直後から思考はすぐに戦場へ。ハイマにとって守るべきはミレニアムであり、ミレニアムとは土地や人を指すのではない。ここに存在する『日常』を守るために独りコンソールを睨み続ける。 - 43125/10/25(土) 18:13:20
敵勢力はビナーを除けば『ハブ』に搭載されたEMPパルス兵器を使えば全て無力化できる。
しかし『ハブ』を地上に出せばビナーに奪われる。『ハブ』を取り返すならマルクトの機能を使って乗り移れるとのことだったが、そうなればマルクトの位置が割れる上にマルクトの接続式が使えなくなる。
『ハブ』を止めるためにはマルクトが動けなくなり、マルクトが『ハブ』から離れれば再びビナーに奪われる。
つまりここに勝機は無い。それ以外の道をエンジニア部が見つけ出せない限り、この戦いに勝利は無い。
そして――勝利への道はまだ見つかっていない。
(時間を、時間を稼げ……。少しでも多く、誰も犠牲を出さずに――)
ここはミレニアム。『学園都市』キヴォトスの三大校のミレニアムサイエンススクールだ。
生存をかけた『戦争』などと、そんなもの『生徒』である皆に味合わせてはいけない――
『書記ちゃんさぁ』
……ふと、脳裏に会長の声が聞こえた気がした。
いつだったか、保安部長を兼任してから最初の作戦を行った時だったかと思い出す。
『その志が立派だなんて気持ちが悪い。苦痛はさ、みんなで分かち合おうよ』
その時会長の浮かべた笑みは、決して善良なものではなかった。
どうせだったら全員で苦しもう。ひとりだけの地獄なんてもったいない。皆にも分けてあげようよ、と。
「そうは思わないかい?」
「――っ!?」
不意に耳元で囁かれた気がして、はっと顔を上げる。
そんな様子を見たのか、隣からメト会計が心配そうに声をかけて来た。 - 44125/10/25(土) 18:14:24
「だ、大丈夫……?」
「いえ、なんでも――」
答えながら視線をメト会計の方へと向ける。
どこか疲れた顔のメト会計を見て、瞬きをひとつ。
すると、それは、そこに居た。
「――――」
メト会計の背後に、ビナーが居た。瞬きした瞬間現れた。音もなく、最初から其処に居たというかのように。
思考が止まる。セミナー本部に詰める全員が絶句した。何が起きたのか誰も理解出来ず、1秒が経つ――
四つ目の荘厳。六本の腕。
怪物が、メト会計に向かって上腕を上げた。
「伏せろっ!!」
叫ぶと同時にメト会計を押し倒す。ビナーの上腕がハイマの背中に突き刺さり、鈍重な衝撃が内臓に伝わって肺から息が漏れる。
まるで風船が弾け飛んだように狂乱が本部を支配した。ビナーに向けて銃を向けて引き金を引いた者は例外なく暴発する。悲鳴を上げながら逃げ出そうとした者は例外なく何かに躓いて転び、爆発して飛び散った弾丸は跳弾を繰り返して全ての人間へと命中した。
1%でも可能性があるのなら、それは例外なく『絶対』の運命となる。
世界の支配者。あらゆる偶然を必然に変えるその機能は、かつて『讖(しん)』と呼ばれる機械を作るために生み出された権能である。
ビナーは周囲にあるデスクやコンソールを一見乱雑に弾き飛ばし、それらは定められた軌跡を描くようにセミナー本部から脱出する全ての出入り口をバリケードのように塞いでしまう。
閉じ込められた戦場。戦意を失い壁際へと這いずり逃げるセミナー部員。その中で、常駐していた保安部員と共にハイマ書記がアンチマテリアルライフルを手に立ちあがる。 - 45125/10/25(土) 18:16:06
「私含め総員18名――外部への連絡を!」
「駄目です! 通信が遮断されてます!」
「ハイマ部長。ビナー出現直後の時点に『ビナーによりセミナー壊滅』と通信は入れましたのでご安心を」
「……っよくやりました」
先んじてセミナー本部が壊滅したと連絡を入れたのは良い判断だったと称賛できる。ビナーに襲われた時点でその可能性が極めて高く、無事に切り抜けられたのであれば後から訂正すればいい。一番問題なのは、ここで全滅したことを誰にも知られないことなんだから。
とはいえ、思わず舌打ちをしかけるハイマ。ミレニアムタワーはキヴォトスでも有数の超高層建築だが、エンジニア部が報告に上げて来た『上空2500メートル』の境界より低い。にも拘らず通信が途絶したということは『境界の位置は下げられる』ということだろう。
思考を切り替える。
戦えるのは自分を含めて18人。『未観測領域』を下げて来たということは階下への通信を途絶するため。しかし出現直後の時点ではこちらの通信を妨害できていなかった。つまり、考えられるのは『未観測領域内』ではビナーの確率改変とも言うべき機能が使えない。
「今なら攻撃が通じるかも知れません。戦闘開始!」
「「はっ――!」」
全員が銃を構えて臨戦態勢に移る。ビナーが何も無い場所で鎌を振り回しながら保安部員たちへと体勢を向ける。
直後、ハイマが叫んだ。
「散開、デルタ――ファイア!!」
ビナーがデスクを弾き飛ばしながら最速で突っ込むのと、保安部員たちが左右に分かれて緊急退避を行うのはまさに同時であった。直後、転がりながら正確にビナーの側面へ放たれる銃撃。フレンドリファイアはひとつもなく、その全てがビナーの機体に突き刺さる。
そしてビナーの突撃を真正面からバックステップでギリギリまで読み切ったハイマのアンチマテリアルライフルの一撃がビナーの頭部を捉え、そして放たれる。
がきん、と鋼鉄を撃ったような音。上腕および中腕で受け止められる弾丸。下腕が挟み込むようにハイマを薙ぎ払おうとして、同時にハイマが次の号令を皆に告げた。 - 46125/10/25(土) 18:17:41
「アルファ、アタック――引き戻せ!!」
銃撃を短く終えた一部の部員が携帯式捕縛用ネットランチャーをビナーの下腕目掛けて放ち、捕える。縄を掴んだ部員たちが叫んだ。
「引けぇ!!」
「「おおーっ!!」」
僅かに緩まる薙ぎ払い。その隙を突いてハイマは滑り込むように鎌の一撃を避けた。
そしてその時には既に、縄を引く部員以外がグレネードをビナー目掛けて投げ放っている。
がちりと歯車が回るような音がして背中側へ回る上腕と中腕。四本の腕がグレネードを弾き飛ばそうと触れた瞬間、爆発して広がったのは対象を拘束するためのトリモチである。ブラックマーケットで流通している変わり種の手榴弾。押収していたその物品を、情報の少ないビナーに使えるかもといくつか用意していたのだ。
保安部員は部長であるハイマも含めて、個人では突出した戦力を持ってはいない。この中に美甘ネルは当然としてNo.2たる一之瀬アスナとまともに戦える個人は誰一人として存在しない。こと個人間での戦闘において、三大校に属する治安維持組織の中で際立った者がいないのだ。
しかし、たったひとり。一代限りの戦術の天才が行う指揮によって個々の戦闘力を遥かに超えた力を発揮できる。
巨人を殺す蟻の群れ。ひとりひとりは弱くとも日々の訓練と完全なる指揮によって生み出されるジャイアントキリングは、セフィラの喉元にさえ手が届く。
「グリッド、カバー! ここで止める!!」
即座に築かれる在り合わせのバリケード。その最中においても止まない銃声。リロードタイミングで交代し、陣地作成。一糸乱れぬ統率が行われる中で、ビナーは互いにくっついてしまった上腕と中腕のトリモチを引き剥がそうともがいている。下腕で銃弾を弾き続けているが全ては不可能のようで、着実にダメージを与えられているようだった。
ばぢん、と音がして引き剥がされるトリモチ。そこに畳みかけるように撃ち込まれるネットランチャー。とにかく動きを止める。攻撃の手を辞めない。少しでも多く銃弾を叩き込む――今この場にいる保安部員総勢18名はただそれを行い続ける機械と化していた。
そして、ビナーの片足がついぞ床につく。 - 47125/10/25(土) 18:19:20
――押し込める。
そう思ったその時、ビナーは中腕と下腕を背中に回した。まるで何かに威嚇でもするかのように上腕を大きく上にあげて、無防備になる胴体。そこに叩き込まれる無数の銃弾。がくん、とビナーが更に片膝を屈する。
(なんだ……)
妙な違和感。しかしハイマはアンチマテリアルライフルをビナーの頭部目掛けて撃ち放つ。命中、ビナーが大きく頭を逸らす。それでも上腕は上げたまま、背中に回された四本の腕がまるでヘイローを描くように変形し、そのまま大きな円となる。
違う――とハイマはようやく理解した。
中腕から下腕、あれこそがビナーの『ヘイロー』なのだ。
触れ得ざる存在を現実に落とし込む。これこそがビナーの本質。それを元の――在るべき形へと今ここで戻したということは、きっと今から良くないことが起こる。
あれは、止めなくてはならないものだ。
「総員、ビナーのヘイローへ攻撃を!!」
いったい何が起きるのか――そんな恐怖に駆り立てられながらもハイマが叫ぶ。
銃弾がビナーのヘイロー目掛けて飛んでいく。全てが、すり抜けていく。
何を撃っても、何処を撃っても、誰にもビナーがやろうとしていることは止められなかった。
逃げ場なんて、既に何処にも無かったのだ。
「対ショック姿勢――!」
ハイマの号令ごと切り裂くように振り下ろされるビナーの上腕。
そして、17時40分。
セミナー本部が在った場所は、この世界から消失した。
----- - 48二次元好きの匿名さん25/10/25(土) 20:59:16
アサルトアーマー…?
- 49二次元好きの匿名さん25/10/25(土) 23:43:32
保守
- 50二次元好きの匿名さん25/10/25(土) 23:56:29
そういや上層は次元を操るとか言われてたっけか
- 51二次元好きの匿名さん25/10/26(日) 07:34:38
保守