第25話 風邪のバトンは軽やかに
サイトウは、その後三日間、高熱にうなされ、ベッドからほとんど起き上がれなかった。イズミは、その間、サイトウに寄り添い、甲斐甲斐しく世話を焼いた。食事を作り、薬を飲ませ、氷枕を替え、汗を拭き、夜中にうなされるサイトウのそばにいてくれた。サイトウは、熱で苦しみながらも、イズミがそばにいてくれる安心感を強く感じていた。
三日目の朝。サイトウは、汗びっしょりだったが、熱が下がっているのを感じた。体も随分楽になっている。ゆっくりと体を起こし、窓の外を見る。晴れ渡った空。長かったトンネルを抜けたような解放感があった。
「イズミ……」
サイトウは、リビングへ行き、イズミに声をかけた。
イズミは、サイトウの姿を見て、驚いた顔をした。そして、サイトウの顔色を見て、安堵の表情を浮かべた。
「おお、サイトウ! 熱下がったのか! よかった!」
「うん……もう、大丈夫みたい……イズミ、三日間、ほんとにありがとう……」
サイトウは、心からの感謝を伝えた。イズミがいなければ、自分はどうなっていたか分からない。
「別に。元気になってよかったな」
イズミは、サイトウの頭を軽く叩いた。
サイトウは、回復した喜びと、イズミへの感謝でいっぱいだった。これで、またいつもの日常に戻れる。
しかし、サイトウが完全に回復した、その日の午後。イズミが急に、ドラマのワンシーンかのように、劇的にクシャミをした。
「へっくしゅん!!!」
まるで、体内の全風邪菌を放出するかのようだ。サイトウは、その大音量と勢いに驚いた。
「どうした、イズミ!? 大丈夫か!?」
サイトウは、イズミを心配して尋ねた。
イズミは、クシャミの余韻に浸るように顔を上 げ、サイトウをジトっとした目で見た。
「……おい、サイトウ」
「え?」
「これ……お前からうつったぞ」
イズミは、言い切った。まるで、サイトウに風邪をうつされたことが、何か面白いネタであるかのように。サイトウは、イズミの言葉に目を丸くした。自分がイズミに風邪をうつしてしまったのか。三日間も甲斐甲斐しく看病してくれたイズミに、なんてことを……。
「え!? 俺から!? ご、ごめん…!」
サイトウは、申し訳なさでいっぱいになった。看病してもらった上に、風邪までうつしてしまうなんて。
イズミは、肩をすくめた。
「まあ、いいけどさ。その代わり、今度は俺の看病、ちゃんとしろよな」
イズミはそう言って、ソファにぐったりともたれかかった。顔色は少し悪い気がする。サイトウは、今度は自分がイズミを看病する番だと決意した。
サイトウは、イズミのために体温計を持ってきたり、飲み物を用意しようとキッチンに向かったりした。しかし、サイトウが病人食の準備を終え、イズミの様子を見に戻った時、イズミはもうソファでスマホをいじっていた。
「あれ? もう大丈夫みたいだわ」
イズミは、サイトウが持ってきたおかゆを見て言った。
「残念だったな、サイトウ。お前の看病スキルを発揮する機会は、今回はなさそうだ」
サイトウは、イズミの回復のあまりの早さに呆然とした。自分が三日も高熱で寝込んだ風邪なのに、イズミは半日も持たなかったのか?
「なんだよそれ! 俺が三日も寝込んだ風邪なのに! もう治ったのかよ!」
サイトウは抗議した。
「ハハハ、お前より俺の方がタフだったってことだろ」
イズミは笑った。
「まあ、お前の風邪、結構強烈だったみたいだけどな。看病してる間、ちょっとヒヤッとしたぜ。まさか、お前の能力に加えて、風邪まで人にうつす能力があるとはな」
イズミは、サイトウから風邪をうつされたことを、笑い話のように語った。サイトウは、イズミの回復の早さに驚きつつも、看病する機会をほとんど得られなかったことに、少しだけ残念な気持ちになった。イズミにしてもらった恩を返したかったのだ。
サイトウとイズミの間に、風邪のバトンが軽やかに渡された。サイトウは、イズミの回復の早さに驚きつつも、看病する機会を失ったことに、少しだけ残念な気持ちになった。イズミにしてもらった恩を返したかったのだ。
サイトウは、次にイズミが体調を崩した時は、絶対にしっかり看病してやろうと心に誓ったのだった。イズミは、そんなサイトウを見て、サイトウの看病スキルが発揮される日を、少し面白そうに待っているようだった。
サイトウとイズミの、ちょっと厄介で、でも温かい「お互い様」の日常は、風邪のバトンリレーという、思わぬ形で展開し、これからも続いていく。
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