第8話

「…巻き込まれちゃったな」


 盛大なため息が聞こえてきて、クロガネさんの少し後ろにいる男性に視線を集めた。

 彼は懐から警察手帳を取り出し、クロガネさんと同じように掲げた。


「フェルナと言います。クロガネさんと同じく、この事件の担当をしています。よろしくお願いします」


 フェルナさんは年下である私たちに対しても敬語を使い、浅くお辞儀をした。

 所作は洗練されているが、表情は無に近く、纏ってる空気は気だるげだ。

 そんな彼に呆気に取られながらも、慌ててお辞儀を返した。

 すると、フェルナさんは表情を少しも変えずに、私とノエルを交互に観察した。


「ノエル・モリスさんに、今回の事件の第一発見者であるエンネ・ラズリさんですね。お二人が、この事件を調べようと思った理由を教えてもらえますか?」


 彼の口ぶりは堅苦しく、形式張っていた。私たちを完全には信用していないからだろう。

 私とノエルは顔を見合わせると、草むらから出て、改めて説明をした。

 私がアッシュ寮長を殺した犯人としていじめを受けていること。それを止めたいということ。そして、知れば知るほどアッシュ寮長の輪郭が曖昧になっていくこと。

 大人である彼らは、子どもである私たちの話を、最後まで真剣に聞いてくれた。


「確かに、自分に実害があるなら、調べて解決しようと思うのは当然ですね」


 フェルナさんは顎に手を当て、納得したように呟いた。

 けれど、彼の瞳に熱はこもっておらず、どこか他人事だった。


「正直に言いますと、君たちに情報を与えると、僕たちも何かしらの処分を受ける可能性があるんです。守秘義務を破ることになりますし、王族の後ろ盾がある組織に歯向かうことになってしまうので」

「そんなん別にいいじゃねぇか」


 フェルナさんの言い分に、クロガネさんが面倒くさそうに眉を寄せた。すると、フェルナさんはため息をついて、首を横に振った。

 彼のセットされた髪が僅かに揺れた。


「クロガネさんは良いですよ。もう出世とか興味ないでしょうし、左遷させられても、奥さんはついてきてくれるでしょうから。でも、まだ若い僕にはかなりのダメージなんですよ。恋人からフラレるかもしれませんし」


 今度はクロガネさんがため息をつく番だった。


「そんなんで別れるなら、お前に魅力が足んねぇんだよ」

「………」


 切れ味の良い台詞に、フェルナさんは言い返さない。

 重い沈黙が流れて、私とノエルは気まずさから顔を見合わせた。

 そんな空気の中、クロガネさんが先ほどよりも低い声で、再び話し始めた。


「お前、言ってたよな。子どもの頃にいじめられてたから、居場所のない子どもを守れるようになりたいって」

「…そんな話、いつ、しましたか?」

「お前が酔っ払ってる時だよ。テーブルに突っ伏しながら熱く語ってたぜ」


 フェルナさんは顔を隠すように髪をかき上げた。そして、一度咳払いをした後、少しだけ強い口調で言った。


「そんな子どもたちを守るために権力が必要なんです。こんな駆け出しの時期に躓きたくありません」

「目の前の子ども一人を守れないようじゃ、多くを救うことなんて無理だぜ。先輩からの助言だ」


 クロガネさんはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。

 その笑顔は、この場にはそぐわない気がしたけれど、フェルナさんには効いているらしく、彼は再び押し黙った。

 

「フェルナ、お前は何も聞かなかったことにして、俺を置いて、森の外に行っても良い。俺の独断ってことにしてな。ただ断言するぜ。それを選んだら ── お前は絶対に後悔する」


 何度目かわからない沈黙が流れた。

 それを切り裂くように、鳥が空に向かって羽ばたいていった。

 真っ白な翼を大きく広げ、鳥は躍進していく。

 フェルナさんは驚いたようにその鳥を見上げた。そして、見えなくなるまで見送った。


「はぁ…」


 大きなため息が聞こえてきた。

 鳥が去った方角を眺めたままのフェルナさんの様子を確認すると、眉を寄せながらも、笑っているのがわかった。

 フェルナさんはゆっくりと振り返り、クロガネさんと真っすぐに目を合わせた。


「わかりました。協力します。僕も、この事件は気になってましたからね」

「お前、素直じゃねぇよなぁ」

「僕が素直だったら、気持ち悪いでしょ?」

「確かに」


 フェルナさんとクロガネさんは肩を揺らして、笑い合った。

 二人のことは何も知らないけれど、会話の内容から、それなりの信頼関係を築いているように思えた。

 私とノエルはほっと胸を撫で下ろし、つられて笑い合った。そして、二人に歩み寄った。

 そんな私たちに気がつき、クロガネさんはこちらに向き直った。


「さて、何を話そうかね。俺らが持ってる情報も、そんなに多くねぇんだ」


 クロガネさんはズボンのポケットに手を突っ込み、そう話し出した。

 迷いのない流暢な口ぶりだった。


「アッシュ・ノアールの死因は溺死。両腕を拘束されていたことから他殺であると断言できる。皮膚に残っていた跡の種類からしてロープでの拘束じゃない。服や皮膚に植物の繊維が残っていたから、ここら辺に生えてる蔦でも使ったんだろうな。魔法使いは、植物も操れるんだろ?」

「はい、できます」


 クロガネさんの質問に、ノエルははっきりとした口調で同意した。

 私もクロガネさんが提示してくれた情報をメモ帳を書き記しながら、遅れて頷いた。


「アッシュ・ノアールに暴行された痕跡はなかった。おそらく不意を突かれたんだろうと思うが、魔法ってもんは、離れた場所から被害者を狙えるもんなのか?」

「できます。その人の魔力によって距離は変わりますけど、数メートル先までは余裕です」


 ノエルがまた先に答えた。

 クロガネさんは納得した様子で相槌を打った。


「そうか。なら、遠くから奇襲されたか、被害者が警戒する必要がないぐらい心を許していた相手だったか、だ」


 被害者が警戒する必要がないぐらい心を許していた相手。

 それはまた新しい視点だった。


(…カイル副寮長が浮かんでくるな)


 アッシュ寮長と仲が良かった生徒と言えば、彼意外には思いつかなかった。

 カイル副寮長を疑ったことはこれまでにも何度もあった。けれど、彼の人柄から除外されてきた。

 カイル副寮長の当日の予定など、ちゃんと調べた方が良いのかもしれないと改めて思った。


「あの、アッシュ寮長は杖を持っていましたか?」


 私が挙手して尋ねると、フェルナさんがズボンのポケットからメモ帳を取り出した。

 そして、パラパラとページをめくった後、特定のページを眺めながら答えてくれた。


「ローブの内側に所持していました」

「じゃあ、杖を手に取る前に拘束されたと考えてよさそうですね」


 私がもし、アッシュ寮長を奇襲するなら、真っ先に彼から杖を取り上げようとする。魔法で反撃されたらひとたまりもないからだ。

 おそらく、ここに所属する多くの生徒がそうするだろう。それほどに彼は強い魔法使いだった。


「魔法使いってもんは、杖がないと魔法が使えないのか?」


 クロガネさんは不思議そうに首を傾げた。それに、私が答えた。


「一応は使えます。でも、上手くコントロールできなくなります。力の制御ができなかったり、全然違う方角に打っちゃったりします」

「そうなのか。つまり、腕を拘束している蔦を魔法で切るということが難しくなるってわけだな」


 クロガネさんの質問に、私は間髪入れずに頷いた。


「はい。アッシュ寮長ほどの魔力がある人なら、誤って焼死しちゃったり、体が真っ二つになる可能性があるほど危険です」

「末恐ろしいな…」


 クロガネさんとフェルナさんが、恐怖で顔を歪ませた。

 実際に、魔法使いではない両親から生まれた魔力持ちの子どもが杖を持たずに暴走して、なんていう悲惨な事件はたまに聞く。

 それぐらい、魔法使いにとって杖は唯一無二の制御装置だった。


「クロガネさんたちは、エンネ以外にも事情聴取をしたんですか?」


 今度はノエルが質問をした。それに、クロガネさんが同意した。


「この子以外には、カイル・リオット、ツバキ・ツキシロ。後は、アッシュ・ノアールの同級生全員から話を聞いた」


 やはり、カイル副寮長とツバキ寮長も、事情聴取をされていたのか。

 その理由を聞かずとも理解し、メモ帳に追記していった。


「…これは僕個人の意見になるんですが、話しても良いでしょうか?」


 フェルナさんがそんな前置きをして、私たちの視線を集めた。そして、私たちが誰も制止しないとわかると、彼は話し出した。


「アッシュ・ノアールの評判はとても良いものでした。優等生だったんだと、部外者である僕にも伝わってきました。けれど、数人の同級生は、彼に対して、尊敬ではない別の感情を抱いていたのではないかと感じました」


 フェルナさんは眉を寄せ、表情や声に不快感を滲ませた。


「アッシュ・ノアールについて聞いた時、ある生徒は視線を泳がせ、ある生徒は声を震わせていました。 ── アッシュ・ノアールは恐怖による支配を行っていたのではないか、と思わせるかのように」


 憶測だと冒頭で語りながらも、その口ぶりは力強かった。


「そう証言した生徒はいたのか?」

「いません。だから、これは ── 」


 クロガネさんの質問に、フェルナさんは首を横に振った。けれど、発言を撤回するつもりはなく、眉間にシワを寄せたままだった。


「いじめられたことがある僕の経験論です」


 フェルナさんの声は震えてはいなかった。けれど、悔しさや悲しさを感じた。

 思わず、メモ帳を掴む指先に力が入った。

 私もいじめられたことがあるからわかる。そんな経験、得たい人なんて誰もいない。

 勝手にフェルナさんの心情を察して、共感してしまった。その感情を胸に秘めたまま、援護するように口を開いた。


「アッシュ寮長から違和感を感じていたと証言した人がいます。言葉一つ一つは優しいのに、なぜか優しさを感じない、と。だから、可能性としてはゼロではないと思います」


 ツバキ寮長の言葉を元に、私の意見を、フェルナさんに伝えた。

 振り返ったノエルが目を見開き、悲しそうに眉を寄せた。

 何も知らないまま、憧れの人でいてほしい。

 少し前にそう語っていたノエルの姿が胸に突き刺さった。それでも、真実に近づくために、私は話し続けた。


「アッシュ寮長に敵う魔法使いはここにはほとんどいません。でも、もし…いじめられていたのが複数人で、その人たちが協力したのなら、アッシュ寮長に勝ることもできる」


 複数人での犯行。

 新たな可能性が浮上した。

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