人材育成・組織開発を通じ、企業成長を後押するDaBaDee株式会社。今回は「これでイイのか⁈『社員の退職リスク』」をテーマとした同社主催のセミナーの模様をお届けします。 マズローの欲求段階説で整理した若手社員の退職理由や、「叱る上司」より「並走する上司」が支持される時代背景などが語られました。
「問題」と「課題」の違いを理解する
高桑由樹氏:本題に入る前に、心がけて聞いてほしいポイントを2つお伝えします。私どものセミナーは、社員の方、個人にフォーカスしたり、組織のパフォーマンスアップにコミットするわけですが、そこばかりを見ても、なかなか問題解決に至らないケースがあります。

例えば、「個人のパフォーマンスが最近上がらないぞ」ということで、その個人ばかりにフォーカスしても、なぜそうなっているのかが見えない。個人のパフォーマンスが落ちたり、もしくは組織のパフォーマンスが上がらないのは、事業がうまくいっていないからかもしれない。
もっと言うと、社会との接点やニーズをうまくキャッチできていないというように、より視点を大きくしたり、逆にフォーカスすることによって、問題が見えてきます。ですので、セミナーを聞いていただくにあたって、視点を大きくしたり絞り込んだりすることを、ぜひ意識してもらえたらと思います。
続きまして、問題やその本質を知るための考え方です。

現状(現在地)と目的地、つまりあるべき姿のギャップが「問題」です。そのギャップを解決するための解決策が「課題」です。このうまくいっていない現状を問題だと誤って解釈すると、解決策を考えてもなかなかうまくいきません。
ですので、それぞれの要素が何なのかを、客観的に考えながら聞いていただければと思います。
新卒採用が難しくなる時代、社員定着の最重要
それでは、本題に入ります。今回は「定着」というテーマですが、まずはこちらのグラフをご覧ください。

これは、転職希望者の数を表したものです。ご覧のとおり、ここ10数年で転職希望者がどんどん増えています。
背景には、日本全体で人材の流動性が高まっていることがあります。また、コロナ禍を経て、こうした傾向がさらに強まったとも言われています。こうした流れの中で、「人材を定着させていくこと」の重要性がますます増しているのが現状です。
続いて、もう1つグラフをご紹介します。

こちらは日本の人口動態を示したもので、2030年の予測データです。人口はある程度先まで予測できるため、こうした未来になることが見込まれています。
ここで注目したいのは、間もなく定年退職を迎える人たちの数と、新たに新入社員として入ってくる人たちの数の差です。どうでしょう。10年から15年後には、退職者の数に対して、新入社員はその半分しか入ってこない状態になると見込まれています。これは、もはや企業単位ではなく、国全体の問題です。
つまり、新卒採用はこれからますます難しくなっていきます。だからこそ、「今いる人たちに定着してもらい、活躍してもらうこと」が、企業にとってますます重要な課題となっているのです。
本日のプログラムは、3つのパートで構成しています。まず1つ目は、若手社員が退職する理由や原因について。 2つ目は、既存社員が辞めていく理由を見ていきます。 そして3つ目に、それらを踏まえて「人材定着のために企業は何をすべきか」について考えていきます。
若手社員の退職理由をマズローの欲求段階説で整理すると
さっそく、1つ目のパート「若手社員が退職する原因」を見ていきます。ここでもう一度グラフをご紹介します。

これは、若手社員の離職要因についてのアンケート結果です。
ご覧のとおり、「待遇」や「上司との人間関係」など、さまざまな要因が挙がっていますが、細かく見れば見るほど、どうしても個別のケースに見えてきて、要因の全体像が見えにくくなります。
そこで、「結局、本質的に何が足りていないのか」「どうすればいいのか」を考えるために、マズローの欲求段階説を活用すると、非常に整理しやすくなります。今日はこのフレームを使って見ていきたいと思います。
ご存じの方も多いと思いますが、欲求段階説は、心理学者マズローが提唱したもので、人間の欲求は段階的に構成されていて、それが順番に満たされていくという考え方です。一般的には5段階、最近では6段階とされることもあります。
一番下の段階は「生理的欲求」です。「お腹が空いた」「眠い」「トイレに行きたい」といった、生きるために必要な基本的な欲求ですね。それが満たされると、次は「安全欲求」。安全に暮らしたい、快適な温度の部屋で過ごしたいといった、生活の安定に関わる欲求です。
その上が「社会的欲求」。仲間をつくりたい、所属したいという欲求ですね。次が「承認欲求」。仲間から「すごいね」「よくやったね」と認められたいという欲求です。さらにその上にあるのが「自己実現欲求」。自分の可能性を試したい、やりたいことを達成したいという段階です。
そして、最上位は「自己超越欲求」といって、自分のためというより、人のために何かをしたいという思いがあるとされています。
このように整理すると、例えばグラフの中にある「福利厚生」や「待遇」などは、一番下の生理的欲求や、その上の安全欲求に関わってきます。「上司との人間関係」は、社会的欲求に関わる項目です。「業務内容のミスマッチ」は、自分のやりたいことと与えられる仕事が一致していない状態ですので、これは承認欲求や自己実現欲求に関わってきます。
こうしてマズローの段階に当てはめると、自社がどの段階の欲求を満たせていて、どこが満たせていないのか、整理しやすくなります。
「できないものはできない」管理職の限界
それぞれの欲求を満たしていくために、企業としてどんな打ち手が必要か。概要としては右側のようになります。「安全欲求」は健全な勤務環境を提供すること、「社会的欲求」は信頼関係を築くこと、「承認欲求」は自信を持たせ、認めてあげること、そして「自己実現欲求」は成長を促してあげることが必要になります。こうした欲求をどう満たしていくかがポイントです。
自社でアンケートを実施する企業もありますが、実際にアンケートを取ると、ここぞとばかりに不満や欲求が噴き出してきて、本当に取り組むべき課題とは別のものが見えてしまうこともあります。
だからこそ、何が本当に必要なのか。マズローのピラミッドの下から順に、どの欲求が満たされていないのかを精査していくことが大切だと考えています。
次のスライドでは、それぞれの欲求に対して、具体的にどんな退職防止策が有効かを、ツリー状にまとめています。一つひとつを細かく説明しませんが、これを参考にすると、各社がどこに注力すべきかが見えてくるのではないかと思います。ぜひ資料をご覧いただければと思います。

実は私は、ここが本質的な問題ではないと思っています。というのも、退職防止策はたくさんあります。それでもうまくいかないケースが多くの企業で見られる。各社、あるいはマネージャーの方々も、「わかってはいるけど、うまく実行できない」というのが現実だと感じています。
この「うまくいかない理由」について、今日は2つご紹介します。

1つ目は、「管理職の方が防止策を実行しきれない」という点です。「やった方がいい」「わかっている」という認識はあるけれども、実行に移せない。なぜかというと、究極的には、部下の育成に関心のある上司と、そうでない上司がいるからだと思います。
上司もサラリーマンである以上、育成そのものが目的にならないことが多い。自分の立場や収入の確保が優先されがちで、忙しい中で退職防止策を1つずつ丁寧にやっていく、というふうにはなりにくいんですね。
世の中には書籍や動画などで、いろんな打ち手やノウハウが紹介されています。でも、方法はわかっていても、実行できない人に「なんでできないの?」と言っても、それは「できないものはできない」という話になってしまう。つまり、そこを掘り下げても問題解決には至らないのではないか、と思っています。
都市部と地方で見える、若手社員のキャリア観の違い
もう1つのうまくいかない理由は、「若手社員のキャラクターが変わってきている」という点です。
『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』という本が3年ほど前に出ましたが、いわゆる「ゆるブラック」という言葉が象徴するように、働き方改革が進み、ホワイトな職場が増えてきています。一方で、ホワイトすぎて物足りない、成長できないと感じる若手が増え、そこに危機感を覚えて退職するケースも出てきているんです。
先ほどご紹介した退職防止策を一つひとつ見ていくと、安全欲求を満たす、仲間として関わる、承認欲求に応えるといった取り組みが中心になっています。これはどちらかというと、「フォローする」施策ですね。
しかし、先ほど触れたように、「職場がゆるすぎる」と感じて危機感を抱く若手社員にとっては、こうした手厚いフォローが逆効果になる場合もあります。フォローが厚ければ厚いほど、危機感が強まり、「このままでは成長できない」と感じてしまうのです。そうした意味でも、一般的な退職防止策だけではうまくいかないのだと思います。
スライドの(2)のような、「ゆるすぎる職場を忌避する若手」がどの程度存在するのか。もう少し本質的に見ていきたいと思います。
私自身、東京と地方の両方で仕事をしています。東京では大企業や成長志向の高いスタートアップとお付き合いする機会が多く、意識の高い若手も見かけます。一方で、地方都市では、そうしたタイプの若手人材は多くないと感じています。
本当に、今の若手全体がそれほどまでに意識が高いのかについては、冷静に見ていく必要があると思っています。