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ジャック・ザ・リッパー
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次の「仕事」のときは女の耳を切り取って警察に届けるよ

俺のナイフは切れ味抜群、時間があればすぐにでも「仕事」に行きたい気分だ

じゃ、幸運を祈る

 

 

続編:ジャック・ザ・リッパー2

 

 

当時の現場付近の様子

ジャック・ザ・リッパー (切り裂きジャック)

19世紀末イギリスで起きた「連続殺人の起源」とされる事件。指紋捜査すらなかった当時、面識のない犠牲者を襲う犯人を捕らえるのは困難だった。

5人の女性が刃物で何十回も刺されて死亡、臓器が持ち去られた。犠牲者たちは4人が売春婦(副業を含む)。

死体の切断や臓器摘出のあざやかな手口は犯人が医者である可能性を示唆。

犯人はいまだ分かっておらず、さまざまな説が飛び交っているが、死体の状態からして解剖学的知識があることでは意見が一致している。

犠牲者の数を数百人とする意見も。

ヒッチコックの「下宿人」のモチーフになるなど、数々の映画で取り上げられている。

Jack the Ripper

 



ジャック・ザ・リッパーが5人の女性を殺害した19世紀末のイギリスは、圧倒的な工業生産力を背景にまさに世界の工場と言うべき栄華を誇っていた。貿易量で言えば、アメリカの4倍、仏独伊の合計より工業生産量は多かった。

しかし、一方で事件がおきたロンドンの人口は2-3割程度が貧困層で、町の至る所に治安の悪いスラム街が散在 。低賃金の工場で働く女性たちは、生活のためにやむを得ず売春に走ることが多く、ジャック・ザ・リッパーの犠牲となった女性たちも、そうした貧困層に属していた。

事件の起きたイーストエンド地区は高い失業率・治安の悪さ・人口過密・人種対立・貧困等の問題が凝縮された地域だった。 まさにディケンズの小説に描かれた通りのひどい有様だった。

 

1888/08/07、アルコール中毒の売春婦で、夫と別れたばかりのマーサ・タブラム(写右)が、39箇所刺されて死亡。

そのうち9箇所は喉だった。手口は似ているが、この事件がジャック・ザ・リッパーの犯行かどうかは判明していない。

   


ジャック・ザ・リッパーの最初の犯行として確実なのは、1888/9/01のメアリー・アン・ニコルズ(43)の殺害だ。彼女は5人の子持ちながら、アルコール中毒で盗癖があり、夫と別れホームレスの売春婦となっていた。

午前3:45分、荷馬車の運転手が内臓の飛び出た死体を発見、スカートが腰までめくれていた。付近の住民、踏切番、馬の屠殺場などの人々は早くから起床し働いていたが、不審な音などを聞いていない。死体の傷は凄惨で、喉の刺傷は脊柱に達し、性器にも2箇所の損傷、肋骨から骨盤にかけて内臓が飛び出していた。

2番目の犠牲者はアニー・チャップマン(47)。2人の子持ち、身長150cmのがっちり型。アルコール中毒で離婚歴があり、時折、売春もしていた。

1888/09/08の早朝、簡易宿泊所の料金が払えず追い出されたが、その数時間後、両足を大きく開いた死体となって発見された。首の切り込みは深く骨だけが胴体とつながっている状態で、首の切断を図ったと見られた。また、腸が引き出され体の上に乗っており、他の臓器も周囲に散らばっていた。

この事件も全く目撃者はおらず、被害者の悲鳴なども聞かれていない。後ろから口を押さえられた状態で喉を切られており、臓器摘出の方法が明らかに素人離れしていた。子宮は持ち去られていた。

当時、迫害を逃れて欧州各地から流入していたユダヤ人が激しい差別に合っていた。そのため、犯人のユダヤ人説が浮上、何人かが誤認逮捕された。

I

1888/09/30

エリザベス・ストライド(スタフスドッター)は、スェーデン生まれ。身長165cm、年齢は不明で、25-35歳と推定。職を転々、日雇いで家政婦などに従事、時に売春で稼いでいた。3ヶ国語を流暢に話すことができたが飲酒から身を持ち崩した。

後ろから襲われ、喉を切り裂かれていた。死因は頚動脈の切断による失血死。

1888/09/30

同じ晩、キャサリン・エドウズ(43)も同様に殺害された。二つの現場の距離は900m。

アルコール中毒だったが、ジャック・ザ・リッパーの犠牲の中で唯一売春の経歴がなかった。付き合っていた男性と簡易宿泊所を転々としていた。

事件当日は留置所から釈放された後、酒に酔って夜の町を歩いていた。

目撃者の証言によれば、エドウズと話していた犯人らしき男性は、年齢30歳くらいの男性、身長170-175cm、中肉、色白、口ひげ。ジャック・ザ・リッパーが目撃されたのこの1回だけだった。

死体の発見は午前01:46分、喉が切り裂かれ、腰まで服がたくし上げられており、内臓が外に飛び出ていた。子宮と腎臓が持ち去られ、鼻の先と右耳が切り取られていた。顔面の損傷がひどかったので身元確認が難航。

現場から少し離れた場所で、血液と糞便で汚れたエドウズのエプロンが発見された。ナイフを拭いたものだった。近くの壁には「ユダヤ人は何も悪いことをしていない"The Juwes are the men that will not be blamed for nothing."」と走り書きがあり、文法・スペルが間違っていた。

反ユダヤ暴動の発生を恐れた警視総監がこの走り書きを消すように指示、写真すら撮られなかった。後に彼はこの判断ミスについて内務大臣に釈明の手紙を送っている。ただ、走り書きをジャック・ザ・リッパーが書いたという証拠はない。

監察医のスケッチ

この2件の犯行の後に、ジャック・ザ・リッパーを名乗る手紙が、新聞社セントラル・ニューズ・エイジェンシーに届いた。この手紙のことが新聞で伝えられると、一日平均20通の同様の手紙が届いた。

ただ、この手紙がジャック・ザ・リッパー本人のものであるかどうか確証はなく、単なるいたずらなのか犯行声明なのか、新聞各紙も意見が分かれた。

予告が正確で、犯人しか知らないはずの情報が含まれているという意見も根強いが、売上増を狙った新聞記者の捏造という意見もある(ロンドンだけで30もの新聞が熾烈な競争を展開していた)。

なお。10/16日には、警察に腎臓と思われる肉片が送られている。また、「ユダヤ人は悪いことをしてない」という走り書きと違って、文章に間違いがない。

 

 

1888/09/25

ボスさんへ

警察は俺を捕まえたも同然とか言っているようだが、俺はつかまらないぜ。・・・・・俺は売春婦を毛嫌いしている。だから俺はあいつらを切り裂くのをやめない。こないだのは、なかなかの仕事だっただろう? 

女には悲鳴ひとつ上げさせなかった。・・・俺はこの仕事が大好きで、またやりたいと思っている。・・・次の「仕事」のときは女の耳を切り取って警察に届けるよ。俺のナイフは切れ味抜群、時間があればすぐにでも「仕事」に行きたい気分だ。

じゃ、幸運を祈る。   敬具

ジャック・ザ・リッパー

 

25 Sept: 1888  

 Dear Boss

I keep on hearing the police have caught me but they wont fix me just yet. I have laughed when they look so clever and talk about being on the right track. That joke about Leather Apron gave me real fits. I am down on whores and I shant quit ripping them till I do get buckled. Grand work the last job was. I gave the lady no time to squeal. How can they catch me now. I love my work and want to start again. You will soon hear of me with my funny little games. I saved some proper red stuff in a ginger beer bottle over the last job to write with but it went thick like glue and I cant use it. Red ink is fit enough I hope ha.ha. The next job I do I shall clip. The lady's ears off and send to the Police officers just for jolly wouldn't you. Keep this letter back till I do a bit more work then give it out straight. My knife's so nice and sharp I want to get to work right away if I get a chance.

Good luck.

 Yours truly

 Jack the Ripper

10/16日頃から、ユダヤ人の居住地域で大規模な捜査が始まった。

その根拠は人種偏見で、「イギリス人がこうした残虐なことをするはずがない」、「ユダヤ教の聖典タルムードにキリスト教徒の女を好きになったら彼女を切り刻んで罪を購うという迷信があった」というものだった。

1888/11/08

最後の犠牲者となったのはメアリー・ケリー(25)。若くして結婚するが夫が炭鉱事故で死亡した後、ロンドンで売春婦になった。

自宅である安アパートの一室で殺害された当時、家賃を6ヶ月滞納しており、売春で稼いでいた。アルコール中毒で酒を飲むと暴れたという。

死因は右頚動脈の切断による失血死またはショック死。

遺体の処理に数時間をかけたと見られる。

腹部・大腿部の皮膚がすべてはがされており、皮膚はテーブルの上にかけてあった。腹腔から内臓がなくなっていた。両乳房が切り取られ、激しく損傷した顔面は骨が露出していた。首は骨に達する深さでぐるりと切り込みが入っていた。

腎臓が片方の乳房といっしょに頭の下、肝臓は広げた両足の間、腸が遺体の右、脾臓が遺体の左にそれぞれ置いてあった。心臓は持ち去られていた。

なお、メアリー・ケリーの交際相手であるバーネットという男が容疑者として浮上、言語障害がある30歳の白人男性で、魚の解体処理を仕事にしていた。彼がつかまることはなかったが、現在、彼がジャック・ザ・リッパーであるという説が有力となっている。

この事件後、犯行はピタリとやんだ。自殺説、事故死説、海外逃亡説、王室関与説などさまざまな見解が発表されている。

 

続編:ジャック・ザ・リッパー2

 

Begg, Paul, Martin Fido and Keith Skinner, Jack the Ripper a to Z. Trafalgar Square, 1994. 

Begg, Paul, Jack the Ripper: The Uncensored Facts. Parkwest Publications,1992. 

Evan, Stewart and Paul Gainey,  Prisoner 1167: The Madman Who Was Jack the Ripper. New York: Kodansha America, 1996. 

Knight, Stephen, Jack the Ripper: The Final Solution. Chicago: Academy, 1986. 

Maybrick, James, Shirley Harrison editor, Diary of Jack the Ripper: The Chilling Confessions of James Maybrick. New York: Pocket Books, 1995. 

Rumbelow, Donald, Jack the Ripper: The Complete Casebook. Berkley Publications, 1990. 

Rumbelow, Donald, The Complete Jack the Ripper. Boston: New York Graphic Society, 1975. 

Sugden, Philip, The Complete History of Jack the Ripper. New York: Carroll & Graf, Inc., 1994

Tully, J., Prisoner 1167: The Madman Who Was Jack the Ripper. New York: Carroll & Graf Inc., 1997.

 

 

 

 

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