90秒の代償 [2005年5月]
90秒の代償
尼崎・列車脱線事故は、今日(2005/04/30)現在、107人もの死者を出す未曾有の事態となりました。
改めて、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
この事故は発生から5日経過し、少しずつ原因も分かり始めています。
ただ、この事故を巡って、何かすっきりしないことも報道されるようになって来ました。
それは、会社側=加害者、労組(従業員)+乗客=被害者という構図になっているような気がすることです。
事故の責任がJR西日本にあるのは間違いありません。しかし、それは経営陣のみならず、労組、従業員を含めての話です。
これについて、朝日と毎日の記事を引用してみます。
asahi.com: 遅れ回復の120キロ走行、運転士の常識 JR宝塚線 - 尼崎・列車脱線事故
遅れ回復の120キロ走行、運転士の常識
JR宝塚線 快速電車の脱線事故が起きたJR宝塚線では、「直線でとばし、カーブ直前で急ブレーキをかける」という運転方法が、遅れを回復するための「裏技」として運転士の常識になっていた。背景には、会社からの厳しい「ペナルティー」を恐れる運転士の心理や、ライバルの私鉄との競争を勝ち抜くために、スピードアップと過密ダイヤとを追い求めてきたJR西日本の姿勢がある。28日に死亡が確認された高見隆二郎運転士(23)も、事故現場のカーブ直前まで時速100キロを超す高速運転をしていた。
「(脱線現場となった)曲線半径300メートルのカーブ直前の直線を120キロの制限速度ぎりぎりで走る。カーブ手前で急ブレーキをかければ、何秒かは(遅れを)回復できる」28日、JR西日本労働組合中央本部(JR西労)が大阪市内で開いた記者会見で、現職の運転士でもある安田昌史書記長が解説した。遅れを出したときに少しでも回復するため、宝塚線の運転士の間で「だれでもやっている裏技」なのだという。
通常の運行では、この直線で出す速度は100~110キロ程度。塚口駅を過ぎるあたりからブレーキをかけ始め、カーブから約170メートル手前の名神高速道路の高架付近で70キロになるよう調整する。
しかし、遅れを出したときには減速を遅らせ、高速のまま同駅付近を通過、カーブの直前で急ブレーキをかけて70キロまで落とし、カーブを回るのだという。
高見運転士は、事故前の伊丹駅で40メートルのオーバーランを起こし、1分半の遅れを生じさせていた。通過駅の塚口駅でも1分の遅れ。カーブ直前でも時速は100キロ超に達していた。
1分遅れのために「裏技」を使ったことのある運転士は「乗客に急ブレーキのショックを与えるとわかっていたが、ダイヤ回復のために使ってしまった。見習い期間に指導の運転士から教わることもある。高見運転士も当然、知っていたはずだ」という。
●ペナルティー 厳しい「教育」、自殺者も
運転士たちがここまで遅れを恐れるのには理由がある。ミスをした運転士に課される「日勤教育」だ。
日勤教育は、電車の遅れなど問題となった状況を振り返り、原因を考えるリポートを、電車区の区長や助役が勤務する部屋の一角で書かせるものだ。リポートだけでなく、草むしりや窓ふき、ペンキ塗りの作業まである。
耐えきれず、01年に自殺した男性運転士(当時44)もいる。その運転士が日勤教育を受けさせられた理由は、京都駅で約50秒、発車が遅れたというものだった。
父親(74)は日勤教育による「いじめ」が原因だったとして、JR西日本側に損害賠償を求める訴訟を起こした。2月の大阪地裁判決は会社側が自殺を予見することはできなかったとして請求を退けたものの、日勤教育が自殺の原因だったことを認めた。
判決の認定によると、日勤教育の間は、月額約10万円の乗務手当が支給されず、収入が減る。終了の判断は区長の裁量に委ねられるため、本人にはいつ終わるか分からないという。
男性は1日に7本ものリポートを書かされ、「給料をもらって勉強しているのでしょう」と助役に言われたという。4日目には休暇を取り、自宅で首をつった。
この判決を不服として、大阪高裁に控訴している父親は今回の事故について「大きく遅れた運転士には『やってしまった』という気持ちがあったのでは。おどおどした気持ちでなく、安全運転に専念できる職場環境が必要だ」と話した。
兵庫県弁護士会は昨年、「折り返し運転で停車中に車両を離れて雑談した」などとして戒告処分を受けた上、約1カ月間花壇の草むしりや就業規則の書き写しをさせられた運転士から人権救済の申し立てを受け、JR西日本神戸支社に人権侵害行為をしないよう勧告している。
●私鉄との競争 7分差が売り、過密なダイヤ
高見運転士が急いだとみられるもう一つの理由が、JR西日本の社員が「曲芸的」ともいう過密ダイヤだった。
事故を起こした快速電車が向かっていた同線の尼崎駅は、97年に開通した東西線(京橋―尼崎)や神戸線(東海道、山陽線)との乗り継ぎ駅。ラッシュ時は3~5分間隔で、宝塚―大阪間は快速で23分。一方、競合する阪急宝塚線は快速急行で30分かかる。この7分の差が利用客への売りだ。
しかも、尼崎駅で神戸、大阪、京都、京橋などの各駅に向かう電車に乗り換えることができる。神戸方面から走ってくる電車と、宝塚線の電車が並行して走ってきて同時にホームに入るという光景も珍しくない。
こうしたガラス細工のようなダイヤを維持するため、宝塚駅では乗客が電車を乗り降りする時間が約15秒しかないケースもある。運転士から「短すぎる」という声が上がっていた。尼崎駅でも同じホームに発着する神戸線や東西線の電車との乗り換え時間が30秒程度しかない時間帯がある。1本の電車に少しの遅れが出ると、接続する他線の列車にも少なからず影響が出るため、運転士のプレッシャーは大きい。
「ライバル社に輸送力で上回るためには、1秒の遅れも許さない雰囲気が社内にあった」と言う社員もいる。
引き続き毎日の記事を引用します。
MSN-Mainichi INTERACTIVE 今日の話題
尼崎脱線事故:過酷な労務管理の実態語る 運転士の同僚
兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、高見隆二郎運転士(23)と同じ電車区に所属する運転士が毎日新聞の取材に応じた。運転士はJR西日本の過酷な労務管理の実態を明らかにした上で「高見運転士は利益優先主義の会社の犠牲者。今回の事故を機に、会社の体質を変えなければ」と語った。【脇田顕辞】
■事故原因
伊丹駅でオーバーランしたため電車が遅れ、焦っていたのだろう。ギリギリで組まれた今のダイヤでは、急いでもあまり時間は縮まらない。「何とかしなければ」と躍起になるうちパニックに陥り、通常では考えられない高速でカーブに入ってしまい、あわてて非常ブレーキをかけたのではないか。■日勤教育
高見運転士は昨年6月にもオーバーランをして日勤教育(再教育)を受けている。運転士の点呼場所から見える専用の机に見せしめのように毎日座らされ、暗い表情で反省文を書いていた。2度目のオーバーランで、運転士資格はく奪か、より長い日勤を恐れたのでは。処分を受けると給料もボーナスも下がり、昇進にも影響する。だから、オーバーした距離を短く申告するよう車掌に求めたのだろう。■労務管理
97年のJR東西線開通で便数が増えて運転時間も延びたのに、逆に休憩時間は減り、集中力の維持は難しい。運転士への直接指導は、以前は管理職が運転席に入る形だったが、数年前から私服職員がこっそり客席側からチェックする形に変わった。過密ダイヤで遅れを出さないよう必死なのに「後ろから見られているかも」という不安もあり、精神的にきつい。■脱線事故後
幹部は「とにかくオーバーランには注意しろ。新聞ざたになるから」と言うだけ。本当に反省していると思えない。乗務員がホームでお客さんに突き飛ばされたり、すれ違い際に「人殺し」と言われることもある。みんな下を向いて歩いている。会社は、利益追求のための過密ダイヤを守るため、乗務員にプレッシャーをかけ続けてきた。安全のためには乗務員にゆとりを持たせるべきだ。高見運転士も会社の営利主義の犠牲者と思う。会社は信頼を取り戻すためにも、体質から変えなければならない。
まず、日勤教育について、両紙とも現場サイドから事情を聴取して記事にしています。
>日勤教育は、電車の遅れなど問題となった状況を振り返り、原因を考えるリポートを、
>電車区の区長や助役が勤務する部屋の一角で書かせるものだ。
>高見運転士は昨年6月にもオーバーランをして日勤教育(再教育)を受けている。
>運転士の点呼場所から見える専用の机に見せしめのように毎日座らされ、暗い表情で反省文を書いていた。
>2度目のオーバーランで、運転士資格はく奪か、より長い日勤を恐れたのでは。処分を受けると給料もボーナスも下がり、昇進にも影響する。だから、オーバーした距離を短く申告するよう車掌に求めたのだろう。
まずは、運転士の資質に関わる問題としてこの日勤教育を考えてみます。鉄道に限らず交通機関の運転に従事するものは、安全に対して高い意識と技術を要求されるのは当然のことです。
その職責を全うできない場合にペナルティや再訓練などの矯正があるのは当然のことです。
これら記事やテレビ報道では、運転士サイドからしか捉えられていないので定かではありませんが、日勤教育がヒヤリハット事例に基づいたKYK(危険予知訓練)の実施による適正の強化・矯正という側面よりも懲罰的な意味合いが強いのであれば、再発防止のために「日勤教育」は見直されるべきでしょう。
ただ、気になるのは、死亡した運転士に限らず記事中の運転士もトラブルを起こしたときに、乗客の安全よりも自己の待遇を気にかけていると思える点です。また記事でも減給や昇進に関わるために、ごまかそうとしたことを是認しているようにも窺えます。
サービスを提供する側として、自己の技量や意識に起因して顧客の満足、安全を損ねたことよりも、自己の待遇を重視していることこそ問題なのではないでしょうか。
もちろん、各人の安全意識や技量を超える勤務を強いたというのであれば、その責は経営者サイドにあることは言うまでもありませんが。
>耐えきれず、01年に自殺した男性運転士(当時44)もいる。
>日勤教育を受けさせられた理由は、京都駅で約50秒、発車が遅れたというものだった。
>日勤教育による「いじめ」が原因だったとして、JR西日本側に損害賠償を求める訴訟を起こした。
>日勤教育の間は、月額約10万円の乗務手当が支給されず、収入が減る。
>男性は1日に7本ものリポートを書かされ、「給料をもらって勉強しているのでしょう」と助役に言われたという。
>「大きく遅れた運転士には『やってしまった』という気持ちがあったのでは。おどおどした気持ちでなく、安全運転に専念できる職場環境が必要だ」
>「折り返し運転で停車中に車両を離れて雑談した」などとして戒告処分を受けた上、約1カ月間花壇の草むしりや就業規則の書き写しをさせられた運転士から人権救済の申し立て
朝日新聞は、この機に乗じて関連ある訴訟を引き合いに出していますが、 これはいただけません。この凄惨な事件の余勢をかっているとしか思えません。
収入が減ることやその他のペナルティは運転士の勤務実績に起因する問題であり、多くの人命を預かる身として少しのミスでも許されないという意識を常に持たねばならないでしょう。かかる仕事においては、精神的に大きなプレッシャーを克服することも適正のひとつという認識を持たねばならないのではないでしょうか?
もちろん、常軌を逸した労務状況がそこにあるのであれば事情は異なるでしょうが。
次に、労組の問題点をみてみたいと思います。
>「直線でとばし、カーブ直前で急ブレーキをかける」という運転方法が、遅れを回復するための「裏技」として運転士の常識になっていた。
>宝塚線の運転士の間で「だれでもやっている裏技
>運転士はJR西日本の過酷な労務管理の実態を明らかにした上で「高見運転士は利益優先主義の会社の犠牲者。今回の事故を機に、会社の体質を変えなければ」と語った
誰でもやっているウラ技という認識が少なくとも労組にもあったということが↑から分かります。つまり、労組は運転士が過酷な条件下に置かれていることも乗客の安全が脅かされていることも承知の上で具体的な改善について経営者サイドと折衝していなかったもしくはそれを是認していたということになります。
営利優先の経営者サイドの問題は当然問われるべきことですが、それを知りつつ、放置した労組側にも同等の責任があることは自明です。むしろ、現場の危機的状況を身近に感じておりながら、それを放置したというのは今回の事故が「未必の故意」による無差別殺人であるとすら言えるのではないでしょうか。
経営者サイドの事故後の遺族への対応にも不誠実な部分が多々ありますし、根源的な責任は免れるものではありません。しかし、実際に運転していた従業員及び労組の責任も併せて追求されるべきであり、自分達を恰も被害者の如く言い募るのは、おこがましくも卑劣であると言わざるを得ません。
>何とかしなければと躍起になるうちパニックに陥り、通常では考えられない高速でカーブに入ってしまい、あわてて非常ブレーキをかけたのではないか。
>1分遅れのために「裏技」を使ったことのある運転士は「乗客に急ブレーキのショックを与えるとわかっていたが、ダイヤ回復のために使ってしまった。
労務管理上の問題もさることながら、運転士の認識も決して高いとは言えませんね。何とかしなければと躍起になっても、乗客の安全確保を逸脱したりパニックになったり、乗客にショックを与える(乗客を危険に晒す)ことを知りつつダイヤを優先するというのが、日勤教育を回避すること-自信の生活や栄達を乗客の安全より優先すること-を目的にしていることが分かります。
利益を優先する会社を厳しく批判し、被害者如く振舞う労組や運転士達ですが、これらの記事を見る限りでは、彼らもまた、乗客の安全よりも自己の利を求めているところは同じであり、改めるべきことのひとつはこういう風潮ではないでしょうか。
最後に、
この事故もそうですが、日勤教育処分者の運転士達もその原因となっているのは、時間にすれば、数十秒の問題です。もちろん、単なる移動のみならず、そういうタイムセーヴィングをもサービスとして期待して対価を払っているのですから時間に対して敏感になるのは当然なのですが。
ただ、少しだけ考えてみてみたいなと思います。
「遅れている」という時間の概念と
↓ような悲しいことをしないだけの心の余裕を持つことについて。
>乗務員がホームでお客さんに突き飛ばされたり、すれ違い際に「人殺し」と言われることもある。
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Reputation is what other people know about you. Honor is what you know about yourself.
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なんだか魔女狩りの様相ですね。 悪い奴は誰だ? 運転士? JR西日本? 国鉄民営化? そりゃまぁいちいちほじくれば色々それぞれにありますが、絶対に欠落している視点は、「私たちに責はないのか?」って視点ですね。
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27日に書いた記事を削除、編集しなおしました。 てか、全く違う記事に・・・(^^;; 25日に起きた、尼崎の列車脱線事故。 多分事故が起きてから1時間とたってないあたりでテレビをつけたはず。 当日、私は実家(自営業)に行っていて、店が休みの父が買い物から帰ってきて「すごいことにな...[続く]
去年の暮れ、こんなことがあった。 昼の3時ごろ、僕は打ち合わせを終えると、帰宅するために電車に乗った。 乗り込んですぐの扉口に立ち、ドアが閉まるとそこに体を預けるようにもたれ、先ほどの打ち合わせの資料に目を通し始めた。 しばらく読んでいたのだけれど目の疲れでいったんやめ、顔を起こ...[続く]
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