第61話 リックに殺されちゃうのかも……
一つ目の国に入った最初の街には行かず、サビーナ達はそのままラウリル公国を目指した。
ルッツリオンに負担をかけ過ぎていたため、しばらくの間は荷物しか乗せずに歩くことにした。
途中、赤い実を見つけたのでそれをササっと摘み取る。
「なにをしているんですか?」
そんなサビーナに、セヴェリは問いかけてきた。
「これはこれはガマズミです。食べられるんですよ」
「そうなのですか。よく知っていますね」
花や木には詳しいセヴェリだったが、どうやら野草にまでは手が回っていないようだ。
逆にサビーナは花や木には興味は全くと言っていいほどないが、食べられる物に関しては敏感である。
「母親が元冒険者で、野宿に慣れてる人だったんです。休みの日には馬で遠乗りして野宿して帰ってくる、っていうのがうちの定番で」
「そうだったのですか。それでチクの木を切ったりして遊んでいたんですね」
「はぁ、まぁ」
セヴェリにクスクス笑われ、サビーナはまたも苦笑いを漏らす。
昔懐かしい思い出を心に浮かべながら歩いていると、いつの間にか日が暮れていた。
「今日はここで野宿にしましょう」
サビーナは薪となる物を拾い集め、その最中に食べられる野草をいくつか摘み取った。そして火を起こして鍋を設置する。中に水を入れて、干し肉をナイフで適当な大きさに切って入れる。そして米を適量入れて蓋をした。
しばらくして蓋をあけると、いい感じに煮立っている。ミルクやチーズが欲しいところだなと思いながらも、小さく切った野草をその中に入れる。煮込む必要のない野草だったので、さっと火が通ったところで最後に塩を振りいれ、それをお椀によそった。出来上がったものをセヴェリは物珍しそうに見ている。
「美味しそうですね」
「いえ、多分そんなに美味しくないです。ただの野草のリゾットなので」
「楽しみですよ」
ニコニコしているセヴェリに、サビーナはお椀を渡した。湯気がむわむわと上がっていて見るからに熱そうだ。セヴェリは優しく冷ますかのように、フウッと息を吹きかけている。
「あ、そういえばスプーンがなかったですね。今作ります」
そう言ってちょうど良い木を切り取り、ナイフで削っていく。母親のカティはいつも上手にスプーンを作ってくれていたが、サビーナの作ったそれはただの木のヘラでしかなかった。
「す、すみません……もっと上手く作れると思ったんですが……今度どこかの町でスプーンを買いましょう……」
「これはこれで味があって良いですけどね」
サビーナがスプーンという名のヘラを渡すと、セヴェリは「ありがとう」と言って野草リゾットを食べ始めた。
高位貴族の口に合うものじゃないとわかっていても、やっぱり反応が気になってしまう。
「……うん、美味しいですよ。干し肉の出汁も出ていますし、野草もいい味を出してます」
「本当ですか!? セヴェリ様が食べられるなら良かった……」
ホッとしたところで、サビーナもヘラにリゾットを乗せて口に運ぶ。
お腹が究極に空いていたせいか、それはかなり美味しかった。自分で作っておいて言うのもなんだが、温かさが身に沁みて、奥歯がいくらでもリゾットを欲してくる。
ふと香る野草の青臭さは、少しサビーナの苦手なものもあるが、今の状況ではそれも気にならないくらい美味しい。
「ね? 美味しいでしょう?」
「はふはふ……はい」
なぜかセヴェリが満足そうに頷いた。作り手と食べる側の立場が逆になっているなと思いながら、サビーナとセヴェリは野草のリゾットを食べ進める。
二人ともお代わりをして、鍋の中が空っぽになるまで食べ切った。サビーナは割とお腹が膨らんだが、男性では物足りなかったかもしれない。
「セヴェリ様、パンで良ければありますが」
「大丈夫ですよ。お腹は一杯になりましたから」
「……そうですか?」
サビーナの言葉に、セヴェリはにっこりと笑うだけだった。本当だろうかと訝りながらも、手はお椀を片付ける。
「じゃあ、寝る準備をして火を消しましょう」
「え? 火を消すのですか? 獣払いのために焚いておくべきでは」
サビーナの言動を、セヴェリは不可思議なものに捉えたようだ。夜通し火を焚くというのは、確かにセオリーだろう。ある意味では。
「夜通し焚く分の薪を拾い集めるのも大変ですし、夜間ずっと起きているというのも大変です。確かに獣を払うという意味では効果的ですけど、逆に火に惹かれてやってくる魔物も多いんです。ここが魔物の現れない安全地帯というなら火は焚いておく方がいいですけど、わからない以上消す方が無難です。獣程度なら私が対処できますし、肉も食べられるので一石二鳥ですから」
「なんだか……たくましいですね」
「全部、母の受け売りですけどね」
でも……とサビーナは言葉を詰まらせる。カティとリックバルドはうつらうつら寝ていながらも、獣の気配を感じた瞬間に目を覚ましていたが、サビーナは二度に一度くらいの割合でしか起きられなかった。おそらく、眠りの浅い時にしか気付けなかったのだろう。
「私が母やリックのように、獣の気配で起きられるかどうかは微妙なんですけど……」
「あなたにもその母親の血が入っているのですから、きっとリックバルド殿と同じようにできますよ」
「……え?」
セヴェリの言葉に、サビーナはキョトンと彼を見る。セヴェリはどうしたのかとでもいうように首を傾げている。
「なにかおかしなことでも言いましたか?」
「いえ、あの……私とリックに血の繋がりはありませんけど」
「……え?」
どうやらセヴェリは、リックバルドとサビーナは本当の兄妹だと思い込んでいたらしい。サビーナもまた当然のように、血が繋がっていないことを知っていると思っていたのだが。
あの兄は、どうやらわざわざ本当の兄妹ではないことを説明していなかったようである。
「二人は、兄妹ではなかったんですか……?」
「いえ、兄妹ですよ。ただ、私の父とリックの母が連れ子再婚したので、血は繋がってないんです」
「そう……だったんですか……」
セヴェリは少しショックを受けたようにそう言った。そのことになぜショックを受ける必要があるのか理解できずに彼を覗き込んだが、セヴェリが困ったように笑うので聞くのはやめておいた。
火の始末を終えると、マントを被って眠りにつく。マントのおかげで、寒さが随分と緩和された。
これからの季節、どんどん寒くなってくるため、野宿するのは限界があるだろう。もう少しアンゼルード帝国から離れられれば、宿を取ってもバレる確率は減るはずである。それまでの辛抱だ。
この日サビーナは、木にもたれたままうつらうつらと眠った。三度ほど小動物の音で目を覚ましたが、襲ってくるような獣や魔物はいなかった。
夜明け前から準備をして、ラウリル公国へと向かう。午前中は二人乗りをし、昼からは二人とも歩く。
順番にルッツリオンに乗ると、常に歩きの速度しか出せないためだ。飛ばせる時は飛ばし、ルッツリオンを休ませる時は歩く。これを繰り返して一週間が過ぎた。
「サビーナ、街が見えましたよ。さすがに今日はあそこに泊まりましょう」
セヴェリがサビーナの状態を見て、そう声を掛けてくる。サビーナはぐっすりと眠れない日が続き、長い旅の疲れと、慣れない魔物との戦闘で神経をすり減らしていた。もう少しアンゼルード帝国を離れてから……と思っていたが、ここらが限界だった。
「はい、じゃあ今日はあの町で一泊しましょう」
サビーナが承諾すると、セヴェリはホッと息を吐いて、彼も疲れた顔ながらも微笑んでくれた。
街に入ると、デニスに貰った宝石をいくつか換金して現金を手に入れ、宿代を支払う。二部屋分を払う余裕はないので、ツインルームを取るしかなかった。
部屋に入るとグッタリと倒れ込みたいのを我慢し、セヴェリにお茶を淹れる。
「私に気を使わなくて結構ですよ。疲れているでしょう、先に休みなさい」
「いえ、セヴェリ様を差し置いて先に休むなどと……」
「セヴェリと呼びなさいと言ったでしょう?」
「その……セヴェリ、に、くつろいで頂きたくて」
セヴェリは何度も敬称を付けるなと指摘してくるが、どうにもこうにも言い難く、慣れる気がしない。
「できることは自分でしますよ。あなたの方が疲れているんですから、眠りなさい。久々のベッドなんですから。疲れを癒さないと、旅は続けられませんよ」
セヴェリに強く促され、サビーナはそれに負けるような形でベッドに倒れ込んだ。
久しぶりのふかふかのベッドはサビーナを優しく包み、癒してくれるかのように温かさを放っている。サビーナはベッドに身を預けて、目を瞑った。
この一週間、ずっと気を張っていたせいか、家族のことを考える余裕などなかった。しかしこうしてベッドに寝転がることができると、ようやくアンゼルードにいるみんなのことが気に掛かってくる。
お父さん、お母さん……リックに聞いて驚いてるかな……
でも、お母さんならきっと、頑張りなさいって応援してくれるはずだよね。
自分が正しいと思う道を、迷うことなく行きなさいと言ってくれたカティの顔を思い出す。
世間的にどうすることが正しいかなんて、サビーナにはわからない。だから、己の思うままに行動した。そしてこれからも、己を信じてやって行くしかない。
次にサビーナは、リックバルドの顔を思い浮かべた。兄は逃がしてくれたあの時、サビーナがレイスリーフェを刺したことを知っていたのだろうか。
いや、おそらくはまだ、クラメルの騎士は追いついていなかったに違いない。最後に追ってきた二人のクラメルの騎士は、先にビネルの街に入っていた者だったのだろう。
でなくば。リックバルドが愛する者を斬られて、見逃してくれるわけがなかった。
「……リックっ」
サビーナは身震いした。あれから一週間だ。レイスリーフェを斬ったことは、もうリックバルドに伝わっているだろう。
彼女はどうなっただろうか。一命を取り留めているのか、それとも死んでしまったのか。
サビーナの背中にゾクリと冷たいものが走る。
怖い。レイスリーフェを……兄の愛する人を、殺してしまったかもしれない。リックバルドは、レイスリーフェが死んでしまっていたら、どう出るだろうか。
もしかしたらサビーナの元に、復讐しにくるかもしれないと考えてゾッとした。
あの兄は、意外に熱い男なのだ。そして実は愛情が深いこともわかっている。愛する者を殺されて、黙っているような男ではない。
私……リックに殺されちゃうのかも……
リックバルドがどう出るかわからず、体がぶるぶると震えた。
「……サビーナ?」
そっと肩口を触れられ、サビーナはビクッと痙攣するように体が跳ねる。驚いたようにこちらを見るセヴェリの顔を見られず、サビーナは思いっきりそっぽを向いた。
「なんでも、ない、です!」
布団を被り込んでセヴェリを拒絶する。
レイスリーフェを愛しているのは、リックバルドだけではない。
セヴェリもまた、彼女を愛しているのだ。
もしも、サビーナがレイスリーフェを刺したということをセヴェリに知られたなら。
きっと、セヴェリに幻滅されてしまうだろう。それを言って嫌われるのが……怖い。
「……もうなにかを考えるのはやめなさい。明日は明日の風が吹きますよ」
それだけ言うと、セヴェリは隣のベッドに腰を降ろしていたようだった。
しかしそんな風に言われても、やはり考えてしまう。レイスリーフェは生きているのか、死んでいるのか。もしも死んでいたら、どうすればいいのか。
ガクガク震えていると、もう一人の安否が気にかかってくる。
「デニスさん……」
彼は一体どうなっただろうか。
あのシェスカルと剣を交えて無事だとは考えにくい。
もしかすると彼はもう、この世の人ではなくなっているかもしれない。
そう思うと、サビーナの目からは勝手に涙が溢れてきた。
「……う……っひっく」
漏れ出る嗚咽を堪えることができず。
サビーナは布団の中に包まって、声が外に漏れるのを防ごうとした。
隣にいるはずのセヴェリからは、もうなにも言われることはなかった。