第二章31 『ソロモンの宝玉』
扉の先は――
「お~!」
凪が感嘆の声を上げる。
俺は、景色自体をハッキリ認める前に、その輝きに目を奪われた。
なぜなら、部屋一面に金貨や宝石、短剣にアクセサリーに宝箱で埋め尽くされ、光り輝いていたからである。
「この部屋……! ここに、《ソロモンの宝玉》があるんだ」
「だろうね。ぼくたちはやっと見つけることができたらしい」
「すごいです! お宝の山じゃないですか! なにか持って帰りましょうよ」
「これって、あの石碑を残した海賊が隠した財宝なのよね。なんだかロマンチック~」
逸美ちゃんは語尾にハートが付きそうなうっとり顔でお宝を眺め、鈴ちゃんは床の回転が止まるとさっそく品定めに行っていた。
真っ先に宝探しを始めたと思った凪がふらりと戻ってきた。
「開」
呼ばれて横目に見る。凪はふふっと嬉々とした微笑を携えて、目の覚めるような青色をした宝玉を俺に向ける。
「これがそうさ。やったね。まず一つ目だ」
「ああ。《ソロモンの宝玉》、ゲットだな」
綺麗な宝玉だ。
見せて、と言って俺は凪の手から《ソロモンの宝玉》を取ると、まばゆい青い光が一層輝くようだった。
「サファイヤとはまた違う綺麗さですね」
鈴ちゃんが横から顔をのぞかせた。
俺は《ソロモンの宝玉》を見つめて言った。
「海を渡ったり海賊と戦ったり、水の仕掛けを解いたり、水に関連するものが多かった。また、この神殿の入り方にもヒントがあった」
「開、なんの話さ」
目を丸くする凪に、俺は推理を述べた。
「これが、七曜におけるどの星に当たるミッションだったかって話だよ。で、神殿の入り方だけど、なんの動物がいたか覚えてる?」
「ヘビ、ワシ、二匹のオオカミです」
と、鈴ちゃんが答えた。
「うん。そう。ヘビは《ケリュケイオン》のヘビを、ワシはメルクリウスの象徴の一つ、二匹のオオカミはオーディンの二匹のオオカミを指していた」
「オーディン?」
凪と鈴ちゃんが二人そろって首をかしげた。
「そういや、開。なんか、この《ゴダン神殿》のゴダンもオーディンのことだとかなんとか、そんな話してたよね?」
うん、と俺はうなずく。
逸美ちゃんから聞いた話を元に、解説する。
「北欧神話において、オーディンは水曜日を表す神だ。ローマ神話のメルクリウスやギリシャ神話のヘルメスに当たる。で、オーディンは二匹一対のオオカミを付き従えていた。オオカミが一匹だけなら、火曜日を司る軍神アレスのほうがそれらしいけど、オオカミの二匹にはそういう意味があったといえる」
逸美ちゃんはなるほどとうなずいた。
「だから開くん、ヘルメスやメルクリウスやオーディンの話を聞いたのね」
「うん。おかげで、水曜日が《ソロモンの宝玉》だとわかったわけさ。神々の中でもっとも賢いと言われるヘルメスだし、ソロモンを冠するアイテムにふさわしいしね」
「でも、オーディンはユグドラシル――つまり世界樹との関連が深いって話もしたわよね?」
実はあのあと、オーディンについての話を聞いたとき、そんな話も聞かせてもらった。
「名前の由来だね」
「うん。ユグドラシルのユグはオーディンの異名のひとつから来ているって話もある。オーディンの馬を意味しているって説よ。《世界樹の花》が水星ではないってことよね?」
「世界樹も北欧神話だからね。だから世界樹との関係もあると思うけど、他にもなにかあるような気がするんだ」
ただ、それがなんなのか、まだわからないけれど。逆に、《ソロモンの宝玉》が水星だという証拠がそろったから、確信できた。
「とりあえず、ボスの蛇神カドゥケウスがまんま《ケリュケイオン》だったし、《ソロモンの宝玉》が水星だと推察される」
「まあ、なんだっていいじゃないか。クリアしたんだし」
凪がのんきにそう言って、《ソロモンの宝玉》を手に取ろうとした。
が。
次の逸美ちゃんの言葉で、凪の動きが止まる。
「開くん。これ、実は《賢者の石》なんじゃないかしら?」
これには、俺と凪と鈴ちゃんが三人そろって驚いた。
「逸美ちゃん、それどういうこと?」
「《賢者の石》はメルクリウスと深い関わりがあるのよ。両性具有であり、《賢者の石》となって光り輝くと言われたりとかね、あとは錬金術の祖でもあるから、錬金術の象徴でもある《賢者の石》は、メルクリウスのアイテムにふさわしいわ」
そうか。
「あの石碑にあった《賢者の宝》ってそういう意味だったのか。船と石碑があったあの洞窟も、《アマルガムの洞窟》だったしね」
「どういうことですか?」
と、首をかしげる鈴ちゃんに、俺は説明する。
「アマルガムは水銀と他の金属との合金だ。で、この水銀ってのが、水星やメルクリウスを表すとされている。だったよね?」
逸美ちゃんに聞くと、うんとうなずいた。
「自由に天地を駆け回ったメルクリウスやヘルメスを、流動性の金属である水銀に結び付けて考えられたのよ」
「そうだったんですか」
深々と感心する鈴ちゃんである。
しかし、俺の《天空の剣》が《魔剣グラム》だったように、《ソロモンの宝玉》は《賢者の石》だったのか。
おもしろい謎解きになっている。わずかに残っていた、《世界樹の花》が水星かもしれないという可能性が消え、《ソロモンの宝玉》が水星だと確信に変わった。ヘビ、ワシ、二匹のオオカミは、他の神の聖獣とかぶることがあっても、ただのヒントだ。でも、水銀と《賢者の石》はこれしかあり得ない。
「ふうん。なるほどね。つながるもんだ。まあ、それを知らないとクリアできないわけでもないし、製作者の意図を読み取るアドバンテージをぼくらが持っている、くらいに思っていれば良さそうだね。いまのところはさ」
凪の言い分に、鈴ちゃんがうなずく。
「ですね。でも、そういう背景設定まで気づけると、より楽しめている気がしますね。なんかお得感があるっていうか」
「うん。攻略本をいちいち買う鈴ちゃんらしいね。でもその通り。楽しまなきゃ損さ」
「そうですね。って、攻略本を買うくらいいいじゃないですか」
「誰もダメだなんて言ってないじゃないか」
言い合っている凪と鈴ちゃんの横で、俺は《ソロモンの宝玉》を握りしめる。
「よし。これは俺が預かろう」
「おいおい。ちょっと待っておくれよ。見つけたのはぼくだぜ? それに水星はぼくのアイテムだ」
抗議してくる凪に、俺は揶揄するように言い返す。
「おまえが持ってたんじゃ危なっかしいからな」
「ひどいなあ。でも、まあいいや」
「いいのかよ」
案外こういうときでもあっさりしてるというか。あっけらかんとしている凪は、頭の後ろで手を組んで、
「ぼくはキミを信頼してるからね。なくさないように頼むぜ、相棒」
「だっ、大丈夫だよ。おまえじゃないんだし、絶対になくさないよ」
信頼とか恥ずかしいことを平気でさらりと言うやつだ。俺は顔をそむけて、自分のアイテム覧に《ソロモンの宝玉》を追加した。
と。
ここで、目の前に大きな人影が浮かんだ。影はすぐさまハッキリとした姿を現す――海賊だ。目には見えるが身体が透けている。
幽霊か?
疑問を口にする前に、海賊は俺たちに言った。
『このキャプテン・グスタフが生前に隠した秘宝――《ソロモンの宝玉》をよくぞ手に入れた。はるか昔、この宝玉は、ソロモン王が三賢者によって作り出し、持つ者に知恵をもたらしたという逸話がある。この宝玉を手にした者にも、その加護があらんことを』
それだけ言って、キャプテン・グスタフの亡霊は消えた。
「霊となって最後に姿を現すなんて、イイ演出じゃないか」
満足そうに言って、凪がひらりと身をひるがえらせる。
そして、目の前に、
『クエスト ソロモンの宝玉 CLEAR』
の文字が浮かんだ。
メニューの画面と同じく端には時計が映っている。時間はもう夕方の六時だ。
さらに、『このままゲームを続けますか?』と文字が浮かんだので、俺は三人に言った。
「今日は終わりにする?」
「そうね。わたしも終わりでいいと思う」
「あたしも賛成です」
逸美ちゃん、鈴ちゃんと同意した。
「ふむ。それではここで終わりにしようか。この《命のねじ》は明日、あの王様に届けるとしてさ」
と、凪が黄金色に輝く大きなねじを手にして言った。
「それって、《命のねじ》!? いつの間に……。俺はすっかり忘れてたよ。まったく、凪は抜け目ないな」
「当然じゃないか。逆に開はたまに抜けてるよね」
余計なお世話だ。
さて、俺はみんなに言った。
「それじゃみんな、お疲れ様」
ゲームを終了し、一瞬の暗闇のあと、現実の身体の感覚が戻った。
目を開けるとモニターの黒い画面。
《T3》を外したら、外の光が目に入った。
アイテムをゲットするまでに、情報収集から始まり、船の入手、海賊との戦闘、ソロモン島を見つけ、遺跡を探し、神殿内を探索して、手強いボスを倒して、ようやく宝の隠し部屋まで辿り着いた。今日もなんだか長い冒険だったな。
うーっと俺は大きく伸びをした。
「今日もお疲れ様でした」
と、潮戸さんが微笑む。
「ありがとうございました」
二日目が終了し、俺たちはついに明日、事件に巻き込まれることになる。
そのときが来るまで俺は、まだなにも気づいていなかった。
いや、事件自体、もうとっくに始まっていたのだけれど……。