第三章1 『八月三日』
八月三日。
ゲームを始めて、今日で三日目になる。
本当に異世界に行ったような感覚は、ゲームをしているというより、まさに冒険そのものをしている気分である。
冒険も順調に進んで、昨日に続いて今日も七つのアイテムのうちまた一つ入手したいところだ。
カーテンを開けるとこぼれるような朝陽が射し込む。陽射しを遮るように手をかざして、目を眇める。
「まぶしいな」
やっぱりこの世界とあっちの世界で、光の感知する感覚に差異を感じない。
……さてと。
出掛ける準備をたったと済ませ、俺は部屋を出た。
「今日は何時に帰ってくるの?」
母に聞かれて、
「夜の七時には帰れるかな。夕飯には戻るよ」
とだけ答えて家を出て、マスターズ・カンパニーに向かった。
秋葉原駅前。
逸美ちゃんと共に、待ち合わせしていた凪、鈴ちゃんと合流。
今日は四人そろってマスターズ・カンパニーに到着すると、潮戸さんのいる703の部屋に直行する。
703の部屋を、ノックする。
「どうぞ」
声が潮戸さんではない。しかし聞き覚えのある声だ。
「おはようございます」
挨拶しつつドアを開けて部屋に入る。
やはり、そこにいたのは、このゲームを作った人――史木入だった。
「おはようございます」と、逸美ちゃんと鈴ちゃんが声をそろえるようにして俺のあとに続いて部屋に入った。
凪はふらりと「どうも~」とだけ言って史木さんのことなど見ていない。
「おはよう。キミたちは《天空の剣》を手に入れたそうだね。遅ればせながら、祝いの言葉を送ろう。おめでとう。ゲーム内でゲットしたのはキミたちが初めてだよ」
「ありがとうございます。たまたまメーデスっていう大きな鳥と会えてよかったです」
「いやいや。たまたまではない。キミたちは手に入れるべくして《天空の剣》を手に入れたんだ。それから、昨日は《ソロモンの宝玉》まで手に入れたそうじゃないか。いいペースだ」
「いいペースだって。やったね、開くん」
逸美ちゃんがにこっと笑って言った。
なんだ、こんなことをわざわざ言いに来てくれるなんて、意外といい人じゃないか、史木さん。
「ではワタシはもう行こう。諸君、健闘を祈る。期間中、たとえラッキーだろうと誰か一組くらいゲームをクリアしてくれないとおもしろくないからね。頑張ってくれたまえ」
ひと言多いぞ。やっぱり素直にいい人とまでは言えないな、史木入。
昨日の件もあったし、凪に一切目もくれず、史木さんは部屋を出て行った。
それから一分もしないで、入れ替わりに潮戸さんがやってきた。
「みなさんおはようございます」
おはようございますと俺たちも返す。
「すみません。史木が話したいと言ったから対面の場を作ったのですが、ボクも少し別の仕事をしていて遅くなりました」
「いいえ」
「史木がああやってプレイヤーに会いに来るのはめずらしいことなんです」
「そうなんですか~」
と、逸美ちゃんが意外そうに言う。
「きっと、みなさんに期待しているのでしょうね」
「だといんですけど」
苦笑を浮かべて謙遜する俺と反対に、凪は胸を張った。
「その期待は軽く飛び越えてみせましょう」
潮戸さんは優しく笑った。
「ははは。頼もしいです。それでは、準備ができたらゲームを始めましょうか」
ということで、さっそく準備する。
凪はさっきからベッドに座っていたとはいえ、すぐさま《T3》をかぶって、もうゲームを始めている。
鈴ちゃんも「待ってください、先輩っ」と早々に始めた。
逸美ちゃんは俺に向き直って、
「開くん」
「ん? なに?」
「なんかね、今日はちょっとなにかあるような気がするの」
「それって、勘?」
「うん。ただの勘」
と、逸美ちゃんが答えた。
「そっか。だったら、一応ちゃんと気をつけておかないとね」
逸美ちゃんの勘はよく当たるからな。俺の妹の花音も直感が働くタイプだけど、二人の勘は割とアテになるのだ。
逸美ちゃんは表情を柔らかくして言った。
「じゃあ始めよっか」
「だね」
俺と逸美ちゃんも《T3》をセット。
そして、目をつむり、起動した。