25 密入国
日本時間で8月1日の朝6時前。
飛行機の中で目覚めた俺は、着替えを済ませて個室を出る。
機体の後部に視線を向けるとすでに三人とも揃っていて、一瞬寝坊したのかと思ったが、新しくなったスマホを見るとちゃんと予定通りの時間である。
四人揃った所で簡単な朝食を食べ終えると、ちょうど目的地に着いたらしく。飛行機がゆっくりと高度を下げはじめた。
「…………」
飛行機が降りたのは、真っ暗な夜の闇に包まれた小さな空港。8月の朝6時ってけっこう明るいイメージだが、空を見ても完全な星空である。
空港でヘリに乗り換え。またすぐに離陸となるが、上から見る地上は点々と灯りが点いているだけで、完全に夜の帳に覆われていた。
……これは多分、いわゆる時差と言うやつだろう。
日本時間だと朝だけど。ここが千聡が言っていた通りヨーロッパなら、今はまだ前日の夜なのだ。
つまり……うん、普通に密入国だね。
あっさり法律の壁を越えてきた事に動揺を禁じ得ないが、意外と驚いてはいないのは、俺も千聡を理解してきたのだろうか?
相互理解は全然進んでいない気がするけどね……。
そんな事を考えながら、もう流れに身を任せようと決めて開き直っていると。地上の景色からある一線を境に光が消え、真っ暗になる。
どうしたのかなと思っていると、ヘリはしばらくして見えてきた一際大きな光の点に向かって降下をはじめた……。
光の点に近付くにつれて、俺にも状況がわかってくる。
暗闇の中に浮かんでいるのは、巨大な船。それもビルが浮いているような、豪華客船だ。
どうやらさっき急に地上が暗くなったと思ったのは、海に出たかららしい。
そういえば最初に場所を説明された時に、海の名前を言われたな。
一人でそう納得している間に、ヘリは船の後部にあるヘリポートへと着陸し、俺達は船へと降り立つ。
……船の上でも着陸って言うのだろうか?
ふとそんな疑問がよぎったが、そんな割とどうでもいい事に考えが回るという事は、今の俺にはちょっと余裕があるらしい。
目的地が船と分かった事で、密入国感が薄らいだおかげだろう。……多分、現実逃避ではないと思う。
そんな事を考えながらヘリポートから降りると――そこにはメイドさんがいた。
……コスプレだろうか? それとも、まさかの本物だろうか?
豪華客船という場所が場所だけに、判断に困る。
「魔王様、こちらです」
メイドさんと二言三言話した千聡の言葉で、俺達はメイドさんに着いて船内へと足を踏み入れる。
なんかよく分からない言葉で話していたのが、外国へ来たのだという実感を強くさせた。
…………。
船内を歩いて案内された部屋はなんと言うかすごく豪華で、俺の部屋の三倍以上ありそうな広いリビングに、シャワーとトイレ。人数分の寝室まで備わっている。
飾られている絵やふわふわの絨毯なんかも、よくわからないけどすごく高そうだ。
「魔王様、まずは汗をお流しください」
荷物を降ろした所で千聡がお風呂を勧めてくれたので、お言葉に甘える事にする。
昨日は飛行機の中で寝たので、お風呂に入れなかったからね。
俺は特別きれい好きという訳ではないと思うけど、それでもお風呂に入らずに寝るのはちょっと違和感があったから、とてもありがたい。
お風呂は洋風のいわゆるシャワー室だったが、気にせず浴槽にお湯を溜めて、肩まで浸かる。
温かいお湯にゆっくりと浸かっていると、緊張がほぐれて心が穏やかになってくる……お風呂というのはいいものだ。
……そうしてのんびり至福の時間を過ごしていると、不意にリビングの方から千聡達の声が聞こえてきたので、耳を澄ませてみる。
「待ちなさい潮浬、どこへ行く気ですか!」
「陛下のお背中を流しに行くだけよ、邪魔しないでくれる?」
「それでどうして全裸になる必要があるのですか!」
「あなた服を着たままお風呂に入るの? 頭おかしいんじゃない」
「頭おかしいのは貴女でしょうが! お呼びだて頂いたのならともかく、そうでないのなら控えていなさい!」
「あなたはそんな風に受身だからダメなのよ、とりあえず裸で抱きついてみたらなにか起こるかもしれないし。なにもなかったら泣きながら帰ってくるなり、いっそ滑ったフリをして押し倒してみたりすれば、なにかあるかもしれないじゃない」
「やはりそれが目的なのではありませんか! 魔王様に対する無礼は許しませんよ!」
「なにが無礼なのよ! いつ陛下に求められてもいいように完璧なプロポーションを維持するべく、わたしがどれだけ気を使っていると!」
「そういう話ではありません! いいから早く服を着なさい!」
「し、師匠……先輩……お、落ち着いてくださいよ……」
……なんか、よくわからない口論が行われているらしい。リーゼが仲裁役というのがちょっと意外だ。
なんとなく身の危険を感じるので、早く上がるべく頭と体をサッと洗い。わざと音を立てるようにして脱衣所へ出る。
そこで千聡が用意してくれた服に着替えるのだが……なんと言うか案の定、そっち系の衣装である。
魔族の会合と言われた時点で予想はしていたが、上下黒ずくめで金や銀のボタンや装飾があしらってあって、おまけに濃い紫色のマントまで用意された魔王服だ。
一瞬真顔になってしまったが。このくらいは想定の範囲内なので、覚悟を決めて袖を通す。
一応鏡に映してみたら。さすが千聡が選んだだけあって魔王っぽいと言うか、若干痛々しいけど威厳があって立派な服装だ。
なんか完全に衣装に負けていると言うか、服に着られているような感じである。
子供が背伸びしてスーツを着ているような、そんなイメージだ。
そしてなぜか、サイズが完璧にピッタリなのがちょっと怖い。
俺、自分でも体のサイズなんてよく知らないんだけどな……。
……それはともかく、似合っているかは別にしてとりあえず格好だけは魔王様になったので。扉をそっと開いて潮浬が服を着ているのを確認した後、リビングへと戻る。
三人の視線が、一斉に俺に集中した……。