60 魔王の臣下と勇者の昔話
勇者への対策会議らしきものが終わり、俺は夕食の準備にかかる。
メインの食材は有紗さんに貰った北海道土産で。カレイは本来五枚おろしとかにするのだが、俺の技量では難しいのでシンプルに丸ごとカラアゲにする。
イカは胴体を大根と一緒に煮付け、足の部分は冷凍しておいて今度別で使う。あとはみんな大好きホタテのバター焼きと、トウモロコシを使ったコーンサラダ。
千聡達にも手伝ってもらって調理を進めていると、イリスさんが目を覚ましたらしく、フラフラしながらやってきた……いかん、色々ありすぎてさっぱり忘れていた。
イリスさんは開口一番『なんなのよあの化物……』と、わりと失礼な事を口走ったが。千聡から説明を受け、みるみる顔を青くしていく。
そして、『我々は勇者の監視と押さえのために。魔王様と共にここに残りますが、貴女はどうしますか? 魔王様の配下としての仕事はここに限りませんから、望むなら他所での仕事を振る事もできますが』という言葉に、無言でコクコク頷いた。
……たしかイリスさんは客人扱いだったと思うが、千聡はしれっと『配下』という言葉を使い。イリスさんもそれを受け入れている。
なんか動揺の隙を突いて上手く丸め込んでいるような気がしないでもないが。ともあれイリスさんは『魔王和人配下、ヨーロッパ方面管轄長』という肩書きを獲得し。潮浬の満面の笑顔に送られて、ヨーロッパへと戻って行った。
――だがそんな潮浬の笑顔も、夕食が完成し。有紗さんを呼ぶ段になるとすっかり消え失せてしまい、また痛いほどの緊張感が部屋に満ちる……。
「やっほー、和人君元気だったー」
「さっき会ったじゃないですか、そりゃ元気ですよ」
夕食の席に現れた有紗さんは、もうかなり出来上がっている。鮭とばをお供に部屋で飲んでいたのだろう。
右手には4リットルサイズのでっかいウイスキーペットボトルという、アル中御用達のヤベー奴を持っての登場だ。
俺的にはダメ人間の気配は感じても、恐れるような要素は欠片もないと思うのだが。千聡達は警戒心剥き出しで、テーブルも奥に有紗さん。そこから最大限の距離を空けて、リーゼ・潮浬・千聡。そして一番離れた場所に俺と、厳戒態勢だ。
……夕食がはじまっても、いつもなら真っ先に料理に飛びつくリーゼが、今日は間を置いて少しずつ食べているし。いつもは俺に固定されている潮浬の視線も、9割有紗さんに向いている。
しばらく見ていたら、どうも二人で交互に。どちらかは必ず両手が開いている状態を維持して食事をしているらしい。
和気藹々(わきあいあい)とは程遠い雰囲気だが、そんな張り詰めた空気の中。有紗さんが果敢に言葉を発する。
「ねぇ、あの後思い出したんだけど。和人君以外の三人って、もしかして魔王の前にあたしと戦った?」
「――――」
ただでさえピリピリしていた空気が、音をたてて凍りついたような気がした。
産まれたての子ウサギとか連れて来てテーブルに乗せたら、泡吹いて痙攣しそうな緊張感である。
……しばらくして、千聡が全力で平静を装った声で言葉を発する。
「戦いと呼べるようなものだったかはともかく、魔王様にお願いして先陣は務めました。もっとも我々が一方的に襲いかかり、聖光石の力で攻撃の反射を受けて地面に転がっただけでしたがね」
「ああ、やっぱり。あの時の事思い出してたら、なんかいたような気がしたんだよね。……ていうか、聖光石の存在知ってたのになんで向かってきたの?」
「貴女が魔族を滅ぼそうとし、魔王様がそれを止めようとしておられたからですよ。その状況で臣下が果たすべき勤めなど一つでしょう」
「いやでも、無策で突っ込んでくるのは無謀過ぎない?」
「有効な策を講じ得なかったのは参謀だった私の無能ゆえですが、無策だった訳ではありませんよ。あらゆる策を検討して罠を張り巡らせましたが、どれ一つとして有効ではなかっただけです。貴女は気付きもしなかったのでしょうがね」
「あ、そうなんだ。でもそれで無理だったのなら、あたしが言うのもなんだけど逃げれば良かったのに」
千聡の表情に一瞬、(本当におまえが言う事じゃないな)みたいな敵意の影が浮かんだが。それを隠して、冷静を装って言葉を返す。
「我々が族長とその配下であったなら、その選択肢も考慮できたでしょう。ですが数万の魔族を統べる王であってみれば、その選択肢は取り得ません。そもそも数百ならともかく、数万の魔族が身を隠して暮らす場所などどこにあったと言うのですか」
「ああ、そりゃそうか。元々お互いの数が増えて、生活圏が重なったから争いになったんだっけ?」
「数が増えたのは主に人間の側ですがね……」
「なるほど。あたしが言うのもなんだけど、大変だったのね」
有紗さんの言葉に、千聡の顔にまた(本当におまえが言う事じゃ~略)みたいな感情の揺らぎが浮かんだが、理性で押さえ込んで平静を装っている。
……千聡はなんとか表面上だけでも平静だが。となりの潮浬やリーゼは今にも襲いかからんばかりの怖い顔をしていて、緊張感がハンパない。
一方で敵意を向けられている当の有紗さんは余裕そのもので。話をしながらおいしそうにホタテのバター焼きを口に運び、持参のウイスキーをコップにトポトポ注いで幸せそうに飲んでいる。……それ、薄めて飲むものじゃないのだろうか?
千聡達と有紗さんの温度差がとんでもない事になっている中。有紗さんはさすが酔っ払いだけあって、空気を読まない発言を続ける。
「魔族は野蛮で頭が悪いから、ただ向かってくるしか能がないんだと思っていたけど。こうやって話してみるとちゃんと考えてたのね」
「当たり前です。……貴女が魔族についてどう聞かされて育ったのかはおよそ見当がつきますし、実際そういう魔族も少なくありませんでしたが、私は最後の一瞬まで。貴女に斬りかかるその瞬間まで、なにか他に手はないかと休みなく考え続けていましたよ。
我々は何もせずに座して滅ぼされるのを待つよりも、ほんの少しでも可能性があるかもしれない選択肢を選んだに過ぎません。貴女には無謀で愚かな行為に見えたかもしれませんが。魔族を、魔王様をお守りするためには勇者を倒す他なく、そのためにはたとえ成功率が限りなく0に等しかろうと、攻撃をかける他なかったのです」
「そっか……それであなた達は攻撃の反射で死んじゃったの?」
「いえ。三人共重傷を負って動けない状態ではありましたが、生きてはいました。そして魔王様と貴女の戦いを。私などよりはるかに深慮遠望を備えた魔王様が、貴女ではなく聖剣を狙って攻撃するのを、すぐ近くで見ていました」
「あれかぁ……」
有紗さんは遠い目をして視線を宙に泳がせ、記憶を手繰るようにしながら、コップの中身をゴクリと喉に流し込む……ウイスキーって薄めないのなら、せめて小さいグラスでチビチビ飲むものなんじゃないだろうか?
千聡は冷たい目でそれを見ながら、トゲトゲしい声色を乗せて言葉を続ける。
「魔王様が聖剣を掴み。高圧電流がショートしたようなすさまじい音と光、肉が焼ける焦げる臭いが辺りを包みましたね……私は記憶力には自信がある方ですが、あの時自分がなにを叫んでいたかは思い出す事ができません。
ただ永遠にも思える時間の後。魔王様が自身の片腕と引き換えに聖剣を砕き、砕かれた聖剣から放たれた青白い光に飲み込まれて意識が途絶えるその瞬間まで。私は成す術を持たない無力な存在として、全てを見ていました。私達は、魔王様に守って頂いたのです……」
「なるほど、それで気がついたらこの世界に生まれ変わっていた訳だ。その辺はあたしと同じね」
有紗さんはまたペットボトルからウイスキーを注ぐと、ぐいっと大きくあおる。
だからそれ薄めて飲むやつ……せめてチビチビ飲むやつですよね?
突っ込もうかどうか迷っていると、コップを置いた有紗さんが千聡の目をじっと見て問いを発する。
「後悔してる?」
「当たり前です。参謀の任をおおせつかっていながらなんの役にも立てなかった事。結果として魔王様に大きな負担を負わせる事になり、記憶を失わせてしまった事。悔やんでも悔やみきれません……」
「そうじゃなくて、逃げればよかったって後悔してないか訊いたんだけど……まぁそんな答えが返ってくる時点で、そこは後悔してないんでしょうね」
そう言いながら、有紗さんはまたコップを口に持っていく。……いつもよりペース早い気がするな。
止めた方がいいかなと考えていると。有紗さんは手元のコップに視線を落としながら、ポツリとつぶやくように言葉を発する。
「あたしもそんなに強く信じられるものがあったら、もうちょっと幸せに生きられたのかな……」
現時点での世界統一進行度……0.19%(+0.03)
・西日本の魔族と小さな拠点がいくつか
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を正式に配下にした ←
千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト『勇者との戦いを思い出すたびに、魔王様への感謝と尊敬の念が湧き立ってくる。それに比べて私は、なんと役立たずであった事か。偉大な主君に仕える事ができたのは、終生の誇りであり最大の幸運だ……』忠誠度上昇
※誤字報告をくださった方ありがとうございます。こっそり修正しておきました。