若獅子 四
火花が飛び散るような眼光を、四十路に叩きつけた。
一気に駆け寄って、四十路の一足一刀の間合いの外ぎりぎりの所から、跳びかかって肩に木剣を振り下ろした。
全身のばねを使っての打ち下ろし。
うかつに受ければ得物を取り落とす。よしんば受け切られて反撃されても、その頃には左に跳び退って奴の手の届かない所にいる。
そんな思惑が、一合で外された。
四十路は下方に垂らした剣先を、左腕に乗せて支えるようにして、ハンスの重撃を受け流した。
滑って流れたハンスの手を、四十路の左腕が抱え込む。
あっと思って左腕で顔をかばったが、攻撃がこない。
不思議に思ったその瞬間に、木剣の切っ先に鳩尾を小突かれ、思わず左腕を下げたと同時に、口元を突かれた。
激痛のあまり、立っていられなかった。
目の前に光が散らかるような数秒の後、気付けば仰向けに倒れていた。
血が口の中に流れ込む。唇が切れている。
傷口を舌で探ろうとすると、何か鋭いものが舌を切った。前歯がぐらつく。
うつ伏せになり、四つん這いになる。指で前歯を触ると、ずるっと前歯が外れた。
「若!?」
その時になって、部下に呼びかけられているのに気付いた。
ウルリヒは、外柵のところから中に入れないでいた。弟子たちが、その前に立ちふさがっている。
気付けば、四十路に見下ろされていた。
「折れたか? 差し歯の上手な職人を紹介してやろうか?」
それが、ハンス・タルホッファーと大師ヨハネス・リヒテナウアーの出会いだった。
翌日の勤務中、ハンスは傭兵隊長エルハルト・ハレルに笑われた。
「なんだお前、リヒテナウアー先生に絡んだのか。馬鹿だなぁ」
師の名を聞いたのは、その時だった。
勤務後、ハンスはヨハネスの道場の門を叩いた。
「昨日の先生は、いらっしゃいますかい?」
「物好きだな。歯抜けにされたばかりなのに」
ヨハネスが呆れたように言うと、ハンスは肩をすくめた。
「よしてくだせぇ。あんなやられ方じゃ、意地も立てやせん。どうか、あっしに剣をお教えくだせぇませんか?」
膝を突こうとするとするハンスを、ヨハネスは立たせた。
「だがお前さん、そうとう遣うだろう? 今さら、おれに習っても身になるまい」
「とんでもねぇことでございます。昨日の吊り構えには、まったく感服いたしやした。あんなふうに引き付けてお使いなさるたぁ、夢にも思いやせんでした。……それでいて、あれで腕、刃で斬っちまわねぇんで?」
「あれは、おれは弦楽器の弓の構えと呼んでいるんだが、注意すべき事は……」
この日から、ハンスはヨハネスの道場に通うようになった。
それまでに身に付けた動きを封印して、一からヨハネスの教えを吸収しようとする。
また、試し稽古(試合)でも、あえてその身体能力を抑え、文字通り、学んだ技の試しに専念した。
その真摯な態度に、他の弟子たちも、ハンスに一目置くようになる。
また、悪所通いをすっぱりやめて、道場に行かない日は、イタリア帰りの文人の私塾に通った。
授業料は相応にかかったが、国元からの仕送りと傭兵収入があるハンスには問題ではなかった。
これらの努力により、大司教の元で学んだラテン語・修辞学・哲学・占星術にさらに磨きをかけた。
喜んだのは、傭兵隊長エルハルト・ハレルである。
以降、タルホッファーはエルハルトに重用された。
それから、五年が経過した一九三四年二月。
部下のウルリヒが、本国からの指示を伝えてきた。
「ハンス・フォン・ヴィレンバッハが、領邦平和裁判所と、ヴェストファーレン地方の秘密裁判所に訴えました。御屋形様からは、至急帰国するようにとのご指示です」
「ありえねぇ……」
ハンス・タルホッファーは、呆然と呟いた。