以下、本発明についてさらに詳細に説明する。なお、以下の実施の形態の説明では、図面を用いて説明しているが、本願の図面において同一の参照符号を付したものは、同一部分または相当部分を示している。
<表面被覆切削工具>
図1に示したように、本発明の表面被覆切削工具1は、基材2と、該基材上に形成された被膜3とを備えた構成を有している。なお、図1では、被膜3が基材2表面に直接接するように形成されているが、被膜3が最外層となる限り被膜3と基材2との間には後述するように任意の中間層が形成されていても差し支えない。本願において基材上に形成された被膜という場合は、このように任意の中間層が形成された場合も含むものとする。
このような本発明の表面被覆切削工具は、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型チップ、エンドミル用刃先交換型チップ、フライス加工用刃先交換型チップ、旋削加工用刃先交換型チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に用いることができ、とりわけ重切削用または断続切削用の用途に好適であるとともに、フライス加工用の用途に特に適したものとなっており、これらの用途で靭性および耐摩耗性に優れたものとなる。さらに、膜チッピングに対する耐性にも優れることから被削材の仕上げ面粗さが向上し、被削材の仕上げ面光沢にも優れることから粗仕上同時加工が可能である。
<基材>
本発明の表面被覆切削工具に用いられる基材は、この種の用途の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
これらの各種基材の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット、立方晶型窒化硼素焼結体を選択することが好ましい。これは、これらの基材が特に高温硬度と強度とのバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
<被膜>
本発明の被膜は、上記の基材上に形成されるものであって最外層となるものである。このように形成されている限り、必ずしも上記基材を全面に亘って被覆している必要はなく、上記基材の表面に該被膜が形成されていない部分や後述の圧縮応力の強度分布を満たさない部分が含まれていても差し支えない。なお、被膜を一旦形成した後において、任意の後加工によりその被膜の表面の一部が除去される場合に、それが除去された後に新たに最表面に露出した層についても本発明の圧縮応力の強度分布を満たす被膜となる場合には本発明に含まれる。また、後述のように基材と被膜との間に中間層が形成されている場合において、その被膜が任意の後加工により除去されて中間層が最外層として露出する場合にも、その露出部分の該中間層が本発明の圧縮応力の強度分布を満たす被膜となる場合には本発明に含まれる(この場合、該中間層が複数の層で形成されている場合には、その複数の層のうち最外層(最表面となる層)が本発明の対象の被膜となる)。
このような被膜は、工具の耐摩耗性、耐酸化性、靭性、使用済み刃先部の識別のための色付性等の諸特性を向上させる作用を付与するために形成されるものであり、その組成は特に限定されるものではなく従来公知のものを採用することができる。たとえば、元素周期律表のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、Al(アルミニウム)、B(ホウ素)、Si(シリコン)およびGe(ゲルマニウム)からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、窒酸化物、炭窒酸化物またはこれらの固溶体により構成されるものをその組成として例示することができる。
特に、Ti、Al、(Ti1-xAlx)、(Al1-xVx)、(Ti1-xSix)、(Al1-xCrx)、(Ti1-x-yAlxSiy)または(Al1-x-yCrxVy)の窒化物、炭窒化物、窒酸化物または炭窒酸化物(式中x、yは1以下の任意の数)等(これらにさらにB、Cr等を含むものも含む)をその好適な組成として例示することができる。
より好ましくは、TiCN、TiN、TiSiN、TiSiCN、TiAlN、TiAlCrN、TiAlSiN、TiAlSiCrN、AlCrN、AlCrCN、AlCrVN、TiBN、TiAlBN、TiSiBN、TiBCN、TiAlBCN、TiSiBCN、AlN、AlCN、AlVN、AlVCN等を挙げることができる。なお、これらの組成中、各原子比は上記一般式の例に倣うものとする。
また、このような被膜は、単層として形成されるものとする。ここで単層とは、その積層数は1層であっても複数層であってもよいが、各層を構成する構成元素の種類が同一である構造をいうものとする。このため、構成元素の種類が同一のものである限り、原子比の異なるものが複数積層されていてもここでいう単層に含まれるものとする。
本発明の被膜としては、特に被膜全体を通して構成元素の種類が同一であり、その原子比も同一のもので構成されていることが好ましいが、一層の厚みが0.1μm未満であって各層を構成する(たとえばA、Bという2層が繰り返して積層される場合はそのA、B両者間で)構成元素の種類が同一でない超多層の膜構造の場合についても本発明の単層に含まれるものとする。
<被膜の厚み>
本発明の被膜の厚みは、特に限定されるものではないが、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。その厚みが0.1μm未満では、被膜の形成による諸特性の向上効果が十分に得られなくなることがあり、10μmを超えると被膜自体が容易に剥離することがあるからである。
<被膜の形成方法>
本発明の被膜の形成方法は、特に限定されるものではないが、物理的蒸着法(PVD法)により形成することが好ましい。このように物理的蒸着法を採用することより、強度分布が形成されるように被膜の圧縮応力を容易に変化させることができるからである。
すなわち、被膜の圧縮応力は、本発明者の研究によると、物理的蒸着法により被膜を形成する時の温度、反応ガス圧、基板バイアス電圧等の影響を受けることが判明しており、その中でも特に被膜を形成する時の基板バイアス電圧の影響が最も大きいことが判明している。
これは、たとえば基材に対して大きな基板バイアス電圧をかけると、被膜を構成する元素がイオン状態で基材に対して高エネルギーで供給され、このためこれら両者が衝突するときの衝撃が大きくなり、その結果として形成される被膜の圧縮応力が大きくなるものと考えられる。また、逆に基板バイアス電圧が小さい場合は、そのような基材とイオン状態の元素との衝突による衝撃も小さく、以って圧縮応力も小さくなるものと推測される。
したがって、被膜の圧縮応力が、被膜の厚み方向に対して強度分布を有するようにするためには、基材上に被膜を形成する際に、物理的蒸着法を採用し、その基板バイアス電圧を調節することにより、実行することができる。また、後述のように機械的衝撃や熱的衝撃、あるいは熱によるアニール現象を用いて調整することもできる。
このように本発明の被膜の形成方法としては、物理的蒸着法を採用することが好ましいが、他の形成方法として知られる化学的蒸着法を除外するものではない。
このような物理的蒸着法としては、基板バイアス電圧の調節が可能なスパッタリング法、イオンプレーティング法等、従来公知の方法を挙げることができる。特に、それらの各種方法の中でもイオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法を採用することが好ましい。
ここで、イオンプレーティング法とは、金属を陰極とし、真空チャンバーを陽極として、金属を蒸発、イオン化させると同時に基材に負の電圧(基板バイアス電圧)をかけることによりイオンを引き出し、基材表面に金属イオンを堆積する方法をいう。なお、この方法において、真空中に窒素を入れ、金属と反応させれば該金属の窒化化合物が形成されることになる。たとえば金属としてチタンを用い、窒素と反応させれば窒化チタン(TiN)が形成される。
このようなイオンプレーティング法にも種々のものがあるが、特に、原料元素のイオン率が高いカソードアークイオンプレーティング法を採用することが特に好ましい。
このカソードアークイオンプレーティング法を用いると、被膜を形成する前に基材表面に対して金属のイオンボンバードメント処理が可能となるため、被膜の密着性が飛躍的に向上するという効果を得ることもできる。このため、密着性という意味からもカソードアークイオンプレーティング法は好ましいプロセスである。
一方、マグネトロンスパッタリング法とは、真空チャンバー内を高真空にした後、Arガスを導入してターゲットに高電圧を印加しグロー放電を生じさせ、このグロー放電によりイオン化したArをターゲットに向けて加速照射させターゲットをスパッタすることにより、飛び出してイオン化されたターゲット原子は、ターゲット−基板間の基板バイアス電圧によって加速され基材上に堆積されることによって成膜される方法をいう。このようなマグネトロンスパッタリング法には、バランスドマグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法等がある。
なお、上記では、被膜の圧縮応力の強度分布の形成方法として、物理的蒸着法による基板バイアス電圧を制御する方法を挙げているが、本発明においてはこのような方法のみに限定されるものではない。たとえば、被膜形成後に、ブラスト等機械的衝撃により圧縮応力を加える方法、ヒーター、レーザー等の熱源を用いて圧縮応力を緩和する方法、これらの方法を組み合せる方法等を挙げることができる。
<被膜の圧縮応力>
本発明の被膜は、圧縮応力を有している。そして、該圧縮応力は−15GPa以上0GPa以下の範囲の応力であることが好ましい。より好ましくは、その下限を−10GPa、さらに好ましくは−8GPaである。また、その上限は、より好ましくは−0.5GPaであり、さらに好ましくは−1GPaである。
被膜の圧縮応力が−15GPa未満となると、切削工具の形状(刃先が極めて小さい鋭角であるものや複雑な形状をしたもの等)により、特に刃先稜線部で被膜が剥離する場合がある。また、被膜の圧縮応力が0GPaを越えると、被膜の応力は引張状態となるので、被膜に亀裂を生じ、これが原因となって工具自体が欠損する場合がある。
ここで、本発明でいう圧縮応力とは、被膜に存する内部応力(固有ひずみ)の一種であって、「−」(マイナス)の数値(単位:GPa)で表されるものである。このため、圧縮応力(内部応力)が大きいという表現は、上記数値の絶対値が大きくなることを示し、また、圧縮応力(内部応力)が小さいという表現は、上記数値の絶対値が小さくなることを示す。
また、このような本発明の圧縮応力は、sin2ψ法という方法で測定されるものである。X線を用いたsin2ψ法は、多結晶材料の残留応力の測定方法として広く用いられている。この測定方法は、「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54〜66頁に詳細に説明されているが、本発明ではまず並傾法と側傾法とを組み合せてX線の侵入深さを固定し、測定する応力方向と測定位置に立てた試料表面法線を含む面内で種々のψ方向に対する回折角度2θを測定して2θ−sin2ψ線図を作成し、その勾配からその深さ(被膜の表面からの距離)までの平均圧縮応力を求めることができる。そして、同様にして異なる深さまでの平均圧縮応力を順次測定し、数学的手法を行なうことにより、被膜の厚み方向の圧縮応力の強度分布を求めることができる。
より具体的には、X線源からのX線を試料に所定角度で入射させ、試料で回折したX線をX線検出器で検出し、該検出値に基づいて内部応力を測定するX線応力測定方法において、試料の任意箇所の試料表面に対して任意の設定角度でX線源よりX線を入射させ、試料上のX線照射点を通り試料表面で入射X線と直角なω軸と、試料台と平行でω軸を回転させた時に入射X線と一致するχ軸を中心に試料を回転させるときに、試料表面と入射X線とのなす角が一定となるように試料を回転させながら、回折面の法線と試料面の法線とのなす角度ψを変化させて回折線を測定することによって、試料内部の圧縮応力を求めることができる。
なお、このような被膜の厚み方向の強度分布を求めるX線源としては、X線源の質(高輝度、高平行性、波長可変性等)の点で、シンクロトロン放射光(SR)を用いることが好ましい。
なおまた、上記のように圧縮応力を2θ−sin2ψ線図から求めるためには、被膜のヤング率とポアソン比が必要となる。しかし、該ヤング率はダイナミック硬度計等を用いて測定することができ、ポアソン比は材料によって大きく変化しないため0.2前後の値を用いればよい。本発明では、特に正確な圧縮応力値が特に重要となるわけではなく、圧縮応力の強度分布が重要である。このため、2θ−sin2ψ線図から圧縮応力を求めるに際して、ヤング率を用いることなく格子定数および格子面間隔を求めることにより圧縮応力の強度分布の代用とすることもできる。
<強度分布>
本発明の被膜の上記圧縮応力は、上記被膜の厚み方向に強度分布を有するように変化している。ここで被膜の厚み方向とは、被膜の表面から被膜の底面(該被膜は基材上の最外層となるためその最外層の最も基材側の面)に向かう方向であって、被膜の表面に対して垂直となる方向である。図1の被膜3の部分の拡大断面図である図2を用いてより具体的に説明すれば、被膜の厚み方向とは、被膜の表面4から被膜の底面6に向かう矢印7で示される方向である。なお、矢印7は、便宜上、被膜の表面4から被膜の底面6に向かう方向で示されているが、被膜の表面に対して垂直となる方向である限りこの上下方向を限定する必要はなく、被膜の底面6から被膜の表面4に向かうものであってもよい。
また、上記強度分布とは、圧縮応力の大きさが上記被膜の厚み方向に向かって分布を形成して変化することを示すものである。したがって、該圧縮応力が被膜の厚み方向に強度分布を有するとは、換言すれば圧縮応力の大きさが被膜の表面と平行の方向ではなく、被膜の表面と垂直の方向に変化することを意味するものである。
そして上記強度分布は、上記被膜の表面の圧縮応力が上記被膜の表面から、上記被膜の表面と上記被膜の底面との間に位置する第1の中間点まで連続的に減少し、その第1の中間点において極小点を有するとともに、その第1の中間点から、その第1の中間点と上記被膜の底面との間に位置する第2の中間点まで連続的に増加し、その第2の中間点において極大点を有し、さらにその第2の中間点と上記被膜の底面との間に上記同様の極小点を1以上有することを特徴としている。
ここで、同様の極小点とは、上記第1の中間点における極小点と同様の強度分布上の挙動を示す点であり、たとえば上記第2の中間点から上記被膜の底面に向かって圧縮応力が連続的に減少し、この点においてその圧縮応力の減少の度合いが変化することとなるような点を意味している。このように、上記第2の中間点と上記被膜の底面との間に極小点を1以上有することにより、被膜表面で発生した亀裂の被膜内部への進展をより効果的に抑制することができ、膜チッピングに対する耐性がさらに向上するとともにより優れた耐摩耗性が示されることになる。
一方、上記強度分布は、さらに上記第2の中間点と上記被膜の底面との間に上記同様の極大点を1以上有するものとすることができる。
ここで、同様の極大点とは、上記第2の中間点における極大点と同様の強度分布上の挙動を示す点であり、たとえば上記第2の中間点と上記被膜の底面との間に位置する極小点からさらに上記被膜の底面に向かって圧縮応力が連続的に増加し、この点においてその圧縮応力の増加の度合いが変化することとなるような点を意味している。このように、上記第2の中間点と上記被膜の底面との間に極大点を1以上有することにより、一層優れた靭性が示されるとともに膜チッピングに対する耐性もさらに向上することになる。
そして上記強度分布は、さらに上記第2の中間点と上記被膜の底面との間において上記同様の極小点と極大点とをそれぞれ1以上この順で交互に繰り返して有するものとすることができる。この場合、その繰り返し回数および繰り返し間隔は特に限定されるものではないが、各極小点(第1の中間点における極小点を含む)および各極大点(第2の中間点における極大点を含む)が実質的に等間隔で存在する場合には、上記被膜の厚みとの関係において、各極小点間の距離および各極大点間の距離が上記被膜の厚みの0.1%〜70%の範囲、好ましくはその上限が60%、さらに好ましくは50%、その下限が0.15%、さらに好ましくは0.2%の範囲となるように、その繰り返し回数を決定することができる。
上記距離が、0.1%未満となる場合には、繰り返し間隔が短くなりすぎ、被膜の応力状態が不安定となって却って膜チッピングを起こしやすくなることがあり、また70%を超えると極小点または極大点を複数個形成した効果が小さくなることがある。
このように極小点と極大点とが複数存在するようにこの順で交互に繰り返して存在することにより、被膜表面で発生した亀裂の亀裂進展エネルギーが吸収される場が増加するため、亀裂の被膜内部への進展をより一層効果的に抑制することができ、膜チッピングに対する耐性がさらに向上するとともにさらに優れた耐摩耗性および靭性が示されることになる。
上記で述べた種々の強度分布の特徴を、図2および本発明の強度分布の一例を示す図3を用いてより詳しく説明する。図3は、被膜の厚み方向として、被膜の表面からの距離を横軸とし、圧縮応力を縦軸として強度分布をグラフ化したものである。
まず、図2に示したように、上記の第1の中間点5とは、上記被膜の表面4と上記被膜の底面6との間に位置するものであるが、上記被膜の表面4からの垂直方向の距離で示せば、必ずしも被膜の厚み(被膜の表面4から被膜の底面6までの垂直方向の距離)の1/2になる必要はない。通常、このような第1の中間点5は、被膜の底面6よりは被膜の表面4に近いところに位置するものである。
好ましくはこのような第1の中間点5は、上記被膜の表面4から、上記被膜の厚み(上記被膜の表面4から上記被膜の底面6までの垂直方向の距離)の0.1%以上40%以下の距離を有して位置することが好ましく、より好ましくはその下限を0.3%、さらに好ましくは0.5%、その上限を35%、さらに好ましくは30%とすることが好適である。0.1%未満の場合には、衝撃力の高い断続切削等の過酷な重切削に用いた場合、圧縮応力の付与が不完全となり欠損の抑制効果が見られなくなる場合がある。また、40%を超えると、被膜内部において圧縮応力を低減した効果が低下し、膜チッピングに対する耐性の向上作用が示されなくなる場合がある。
このような強度分布において、上記圧縮応力は上記被膜の表面4において最大となる(換言すればその絶対値が最大となる)ものとすることができる。これにより、特に優れた靭性を得ることができる。
なお、上記のような第1の中間点において、上記圧縮応力は上記被膜の表面における圧縮応力の10〜80%の値を有していることが好ましい。より好ましくは、その上限が70%、さらに好ましくは60%、その下限が15%、さらに好ましくは20%である。被膜の表面4側から見て2つ目以降の極小点においても、上記範囲の圧縮応力を有することが好ましい。
この値が10%未満となる場合、十分な靭性が得られなくなることがあり、また80%を超えると衝撃吸収(応力の緩和)が不完全となり膜チッピングの抑制効果が見られなくなる場合がある。
一方、上記の極小点は、被膜の表面4から被膜の底面6に向かって複数存在し、位置的には被膜の表面4側から見てその一つ目の極小点が上記の第1の中間点に現れた後、第2の中間点9と被膜の底面6との間における任意の1以上の点(たとえば図2における第3の中間点10)において観察されるものである。このような極小点は、圧縮応力が被膜の底面6に向かって連続的に減少していきこの点においてその減少の度合いが変化するという強度分布上の挙動を示す点である。ここで、減少の度合いが変化するとは、被膜の底面6に向かって減少傾向にあった圧縮応力がこの極小点を境として連続的に増加することを示している。
なお、図2においては、2つ目以降の極小点が現れる点として第3の中間点10が1点記載されているだけであるが、これは便宜的なものであってこのように1点のみに限られるものではない。
また、図3においては、上記の極小点は、被膜の厚み方向に幅を持たない点で存在する態様となっているが、本発明の態様としてはこのような態様のみに限らず、被膜の厚み方向に厚み(幅)をもって存在する場合も含むものとする。ここで、極小点がある厚みをもって存在するとは、極小点の圧縮応力がその厚み(好ましくは被膜の厚みの1/2以下)において、実質的に一定の値を有することをいう。このように、極小点がある厚みをもって存在することにより、耐摩耗性をさらに向上させることができる。
したがって、本願でいう極小点とは、数学の関数用語である極小点と同意またはそれより広義の意味を有するものである。
一方、図2に示したように、上記の第2の中間点9とは、上記第1の中間点5と上記被膜の底面6との間に位置するものであるが、必ずしも上記第1の中間点5から被膜の底面6までの垂直方向の距離の1/2になる必要はない。
好ましくはこのような第2の中間点9は、上記被膜の表面から、上記被膜の厚み(上記被膜の表面4から上記被膜の底面6までの垂直方向の距離)の0.2%以上80%以下の距離を有して位置することが好ましく、より好ましくはその下限を0.5%、さらに好ましくは1%、その上限を75%、さらに好ましくは70%とすることが好適である。0.2%未満の場合には、圧縮応力の低減が不十分となり、膜チッピングに対する耐性と耐摩耗性の向上作用が示されなくなる場合がある。また、80%を超えると、被膜内部において大きな圧縮応力を付与した効果が低下し、靭性の向上作用が示されなくなる場合がある。
なお、上記のような第2の中間点において、上記圧縮応力は上記被膜の表面における圧縮応力の50〜200%の値を有していることが好ましい。より好ましくは、その上限が180%、さらに好ましくは150%、その下限が60%、さらに好ましくは70%である。極大点が2つ以上ある場合においても、各極大点は上記範囲の圧縮応力を有することが好ましい。
この値が50%未満となる場合、圧縮応力の付与が不十分となり、十分な靭性が得られなくなることがあり、また200%を超えると圧縮応力の付与が大きくなり過ぎ、膜チッピングに対する耐性が低下する場合がある。
さらに上記の極大点は、被膜の表面4から被膜の底面6に向かって1以上存在し、位置的には被膜の表面4側から見てその1つ目の極大点が上記の第2の中間点9に現れた後、2つ目以降の極大点がある場合には第2の中間点9と被膜の底面6との間における任意の1以上の点(たとえば図2における第4の中間点11)において観察されるものである。このような極大点は、圧縮応力が被膜の底面6に向かって連続的に増加していきこの点においてその増加の度合いが変化するという強度分布上の挙動を示す点である。ここで、増加の度合いが変化するとは、被膜の底面6に向かって増加傾向にあった圧縮応力がこの極大点を境として連続的に減少することを示している。
なお、図2においては、2つ目以降の極大点が現れる点として第4の中間点11が1点記載されているだけであるが、これは便宜的なものであってこのように1点のみに限られるものではない。
なお、図3においては、上記の極大点は、被膜の厚み方向に幅を持たない点で存在する態様となっているが、本発明の態様としてはこのような態様のみに限らず、被膜の厚み方向に厚み(幅)をもって存在する場合も含むものとする。ここで、極大点がある厚みをもって存在するとは、極大点の圧縮応力がその厚み(好ましくは被膜の厚みの1/2以下)において、実質的に一定の値を有することをいう。このように、極大点がある厚みをもって存在することにより、靭性をさらに向上させることができる。
したがって、本願でいう極大点とは、数学の関数用語である極大点と同意またはそれより広義の意味を有するものである。
そして、このような極小点と極大点とは、図3に示されているように上記被膜の表面4と上記被膜の底面6との間においてそれぞれ1以上この順で交互に繰り返して存在することが好ましく、また各極小点と極大点とは互いに等間隔または不等間隔で存在し、それぞれの圧縮応力は互いに各極小点間/各極大点間で実質的に同一の数値を有するものとして存在することが好ましい。
なお、図3においては、被膜の表面(すなわち被膜の表面からの距離が0μmの地点)から圧縮応力が連続的に減少する態様となっているが、本発明の態様としてはこのような態様のみに限らず、たとえば図4に示したように被膜の表面の圧縮応力が被膜の底面方向に向かって一定の距離(好ましくは0.5μm以下)の範囲内で維持される場合も含むものとする。すなわち、上記圧縮応力は、上記被膜の表面において内部よりも大きな圧縮応力(換言すれば絶対値がその内部の絶対値よりも大きくなる圧縮応力)を有するとともに、その圧縮応力が上記被膜の表面から上記第1の中間点の方向に向かって一定の距離(好ましくは0.5μm以下)の間維持された後、該圧縮応力が上記第1の中間点まで連続的に減少する態様が含まれる。
このように被膜表面の圧縮応力が、その被膜の表面から被膜の底面方向に向かって一定の距離の範囲内で維持されると、特に優れた靭性を有することとなるため好ましい。
なお、本願において圧縮応力が連続的に減少するとは、図3に示したように下に凸の状態で減少したり上に凸の状態で減少する場合だけではなく、直線的に減少する場合も含まれる。さらに、一部分において増加したり、減少の度合い(傾き)が途中で変化しているような場合あるいは段階的(階段状に減少)となっている場合であっても、全体として減少していれば、本願でいう連続的に減少する場合に含まれるものとする。
また、本願において圧縮応力が連続的に増加するとは、図3に示したように下に凸の状態で増加する場合だけではなく、上に凸の状態で増加する場合や直線的に増加する場合も含まれる。さらに、一部分において減少したり、増加の度合い(傾き)が途中で変化しているような場合あるいは段階的(階段状に増加)となっている場合であっても、全体として増加していれば、本願でいう連続的に増加する場合に含まれるものとする。
なお、上記の強度分布において、被膜の底面6側に最も近接して存在する点は、極小点であっても極大点であっても差し支えない。したがって、被膜の底面6における圧縮応力の増加/減少状態は、増加途中の状態であっても、減少途中の状態であっても差し支えなく、また極小点または極大点が位置することになっても差し支えない。
このように本発明においては、その強度分布が上記被膜の表面の圧縮応力が上記被膜の表面から、上記被膜の表面と上記被膜の底面との間に位置する第1の中間点まで連続的に減少し、その第1の中間点において極小点を有したものとなっている。このように被膜の表面において内部よりも大きな圧縮応力を有することにより、被膜表面で発生するクラックの発生を可能な限り抑制し、かつその極小点近傍において被膜表面部の大きな圧縮応力による被膜の自己破壊を防止し、被膜表面に負荷される衝撃等の応力を緩和することで、靭性と膜チッピングに対する耐性に優れるとともに耐摩耗性にも優れるという卓越した効果が示される。
また本発明においては、上記第1の中間点から上記第2の中間点まで圧縮応力が連続的に増加し、その第2の中間点において極大点を有することにより、さらに高度な靭性が提供される。そしてさらに本発明では、上記第2の中間点と上記被膜の底面との間において極小点と極大点とが複数存在するようにこの順で交互に繰り返して存在することにより、被膜表面で発生した亀裂の被膜内部への進展をより一層効果的に抑制することができ、膜チッピングに対する耐性がさらに向上するとともにさらに優れた耐摩耗性および靭性が示されることになる。
このようにして、本発明の表面被覆切削工具は、靭性と耐摩耗性および膜チッピングに対する耐性とを両立させることに成功したという極めて優れた効果を示すものである。
このような優れた効果は、上記のような極小点および極大点を有さず、被膜の表面から被膜の底面に向かって圧縮応力が連続的または段階的に一律に減少乃至増加することを特徴とする従来の表面被覆切削工具(特許文献1)においては示すことができない格別の効果である。
<その他>
本発明の表面被覆切削工具においては、図5に示すように上記基材2と上記被膜3との間に任意の中間層8を形成することができる。このような中間層8は、通常耐摩耗性を向上させたり、基材と被膜との密着性を向上させたりする特性を有するものであり、1層または複数層として形成することができる。なお、この場合、上記被膜の底面6は、被膜3と中間層8とが接する面となる。
このような中間層は、たとえばTiN、TiCN、TiSiN、TiAlN、AlCrN、AlVN、TiAlCrN、TiAlSiN、TiAlSiCrN、AlCrVN等により構成することができる。なお、これらの組成中、各原子比は上記被膜の組成として例示した一般式の例に倣うものとする。
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例中の被膜の化合物組成はXPS(X線光電子分光分析装置)によって確認した。また圧縮応力および厚み(または被膜表面からの距離)は、上述のsin2ψ法により測定した。
sin2ψ法による測定において、使用したX線のエネルギーは10keVであり、回折ピークはTi0.5Al0.5N(実施例1〜6)およびAl0.6Ti0.2Si0.1Cr0.1N(実施例7〜10)の(200)面とした。そして、測定した回折ピーク位置をガウス関数のフィッティングにより決定し、2θ−sin2ψ線図の傾きを求め、ヤング率としてはダイナミック硬度計(MTS社製ナノインデンター)を用いて求めた値を採用し、ポアソン比にはTiN(0.19)の値を用いて応力値とした。
なお、以下では被膜をカソードアークイオンプレーティング法により形成しているが、例えばバランスドまたはアンバランスドスパッタリング法によっても成膜することは可能である。また、以下では特定の被膜組成のものを形成しているが、これ以外の組成のものでも同様の効果を得ることができる。
<実施例1〜6>
<表面被覆切削工具の作製>
まず、表面被覆切削工具の基材として、以下の表1に示す材質と工具形状(後述の各特性の評価方法により異なる)を有する切削用刃先交換型チップを用意し、これをカソードアークイオンプレーティング装置に装着した。
続いて、真空ポンプにより該装置のチャンバー内を減圧するとともに、該装置内に設置されたヒーターにより上記基材の温度を450℃に加熱し、チャンバー内の圧力が1.0×10-4Paとなるまで真空引きを行なった。
次に、アルゴンガスを導入してチャンバー内の圧力を3.0Paに保持し、上記基材の基板バイアス電源の電圧を徐々に上げながら−1500Vとし、基材の表面のクリーニングを15分間行なった。その後、アルゴンガスを排気した。
次いで、上記基材上に直接接するように形成される被膜としてTi0.5Al0.5Nが3μmの厚みで形成されるように、金属蒸発源である合金製ターゲットをセットするとともに、反応ガスとして窒素ガスを導入させながら、基材(基板)温度450℃、反応ガス圧4.0Paとし、基板バイアス電圧を以下の表2のように変化させることにより、60分間カソード電極に100Aのアーク電流を供給し、アーク式蒸発源から金属イオンを発生させることにより、以下の表3に示す圧縮応力の強度分布を有する実施例1〜6の本発明の表面被覆切削工具を作製した。
なお、上記の表における「第1サイクル」および「第2サイクル」は、60分間の間これらの各サイクルに記載されている時間毎にこれらの両サイクルを交互に繰り返すことによって(「第1サイクル」から開始するが、必ずしも「第2サイクル」で終了する必要はない)基板バイアス電圧を印加することを示している。すなわち、各サイクルに記載されている時間は、合金製ターゲットにより金属イオンの蒸発をさせる経過時間を示している。また、各記載されている電圧の数値は、上記の経過時間に対応する基板のバイアス電圧を示しており、たとえば「−150V〜−50V」というような範囲をもって記載しているのは、その経過時間において基板バイアス電圧を−150Vから徐々に−50Vまで一定速度で減少させたことを示しており、この場合被膜の圧縮応力は徐々に減少することとなる。一方、「−50V〜−150V」というような範囲をもって記載されている場合は、その経過時間において基板バイアス電圧を−50Vから徐々に−150Vまで一定速度で増加させたことを示しており、この場合被膜の圧縮応力は徐々に増加することとなる。そして、電圧の変化が減少から増加に転じる点(すなわち「第1サイクル」から「第2サイクル」に切り替わる点など)、ならびに電圧の変化が増加から減少に転じる点(すなわち「第2サイクル」から「第1サイクル」に切り替わる点など)において、それぞれ圧縮応力の極小点ならびに極大点が形成されることになる。
このように基板バイアス電圧を経過時間との関係で変化させることにより、被膜中の圧縮応力の強度分布において極大点ならびに極小点や、連続的に増加したりあるいは減少したりする状態を形成することができる。
なお、上記表において表面の圧縮応力および底面の圧縮応力の欄に記載されている数値は、それぞれ被膜の表面および被膜の底面において示される圧縮応力を示している。また、第1の中間点および第2の中間点の欄に記載されている数値は、被膜の厚み方向の距離として被膜の表面から、該第1の中間点および該第2の中間点までの距離をそれぞれ示している(「%」表示の数値は被膜の厚みに対するものであり、「μm」表示との両者で示している)。また、極小点および極大点の欄に記載されている数値は、各極小点および各極大点における圧縮応力をそれぞれ示している(なお、数値に範囲を伴っているが、この数値範囲内において実質的に同一の数値の圧縮応力を有していることとする)。また、極小点の数/距離および極大点の数/距離は、それぞれ被膜の表面から被膜の底面までの間に存在する極小点および極大点それぞれの個数と、各極小点間および各極大点間の距離を示している。
このようにして、実施例1〜6の本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備え、該被膜は、該基材上の最外層となるものであり、かつ圧縮応力を有しており、該圧縮応力は、上記被膜の厚み方向に強度分布を有するように変化しており、該強度分布は、上記被膜の表面の圧縮応力が上記被膜の表面から、上記被膜の表面と上記被膜の底面との間に位置する第1の中間点まで連続的に減少し、該第1の中間点において極小点を有するとともに、該第1の中間点から、該第1の中間点と上記被膜の底面との間に位置する第2の中間点まで連続的に増加し、該第2の中間点において極大点を有し、さらに該第2の中間点と上記被膜の底面との間に上記同様の極小点および極大点をそれぞれ1以上有している。そして、これらの極小点および極大点は、それぞれこの順で交互に繰り返して存在するものとなっており、各実施例における極小点はすべて実質的に同一の数値となる圧縮応力を有し、かつ各実施例における極大点はすべて実質的に同一の数値となる圧縮応力を有し、各極小点と各極大点とは実質的に等間隔で存在している。
なお、比較のため、合金製ターゲットにより金属イオンの蒸発を開始してから60分間かけて基板バイアス電圧を−20V〜−150Vまで一律に上昇させることを除き、上記と同様にして表面被覆切削工具を作製した(比較例1)。
この比較例1の表面被覆切削工具は、被膜の圧縮応力の強度分布が極小点および極大点を有さず、被膜の底面から被膜の表面にかけて一律に増加するものであった。
<実施例7〜10>
<表面被覆切削工具の作製>
まず、表面被覆切削工具の基材としては、実施例1〜6において用いたものと同じものを用いた。そして、この基材をカソードアークイオンプレーティング装置に装着した。
続いて、真空ポンプにより該装置のチャンバー内を減圧するとともに、該装置内に設置されたヒーターにより上記基材の温度を450℃に加熱し、チャンバー内の圧力が1.0×10-4Paとなるまで真空引きを行なった。
次に、アルゴンガスを導入してチャンバー内の圧力を3.0Paに保持し、上記基材の基板バイアス電源の電圧を徐々に上げながら−1500Vとし、基材の表面のクリーニングを15分間行なった。その後、アルゴンガスを排気した。
次いで、上記基材上に直接接するように形成される被膜としてAl0.6Ti0.2Si0.1Cr0.1Nが3μmの厚みで形成されるように、金属蒸発源である合金製ターゲットをセットするとともに、反応ガスとして窒素を導入させながら、基材(基板)温度450℃、反応ガス圧4.0Paとし、基板バイアス電圧を以下の表4のように変化させることにより、60分間カソード電極に100Aのアーク電流を供給し、アーク式蒸発源から金属イオンを発生させることにより、以下の表5に示す圧縮応力の強度分布を有する実施例7〜10の本発明の表面被覆切削工具を作製した。
なお、上記の表において記載されている「第1サイクル」および「第2サイクル」は、表2の場合と同様、60分間の間これらの両サイクルに記載されている時間毎にこれらの両サイクルを交互に繰り返すことによって(「第1サイクル」から開始する)基板バイアス電圧を印加することを示している。また、各欄に記載されている時間および電圧の数値も、表2の場合と同様、上記の経過時間に対応する基板のバイアス電圧を示している。
なお、上記表において表面の圧縮応力および底面の圧縮応力の欄に記載されている数値は、表3の場合と同様にそれぞれ被膜の表面および被膜の底面において示される圧縮応力を示している。また、第1の中間点および第2の中間点の欄に記載されている数値も、表3の場合と同様に被膜の厚み方向の距離として被膜の表面から各中間点までの距離をそれぞれ示している(「%」表示の数値は被膜の厚みに対するものであり、「μm」表示との両者で示している)。極小点および極大点の欄に記載されている数値も、表3の場合と同様、その点における圧縮応力をそれぞれ示している(なお、数値に範囲を伴っているが、この数値範囲内において実質的に同一の数値の圧縮応力を有していることとする)。また、極小点の数/距離および極大点の数/距離は、表3の場合と同様、それぞれ被膜の表面から被膜の底面までの間に存在する極小点および極大点それぞれの個数と、各極小点間および各極大点間の距離を示している。
このようにして、実施例7〜10の本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備え、該被膜は、該基材上の最外層となるものであり、かつ圧縮応力を有しており、該圧縮応力は、上記被膜の厚み方向に強度分布を有するように変化しており、該強度分布は、上記被膜の表面の圧縮応力が上記被膜の表面から、上記被膜の表面と上記被膜の底面との間に位置する第1の中間点まで連続的に減少し、該第1の中間点において極小点を有するとともに、該第1の中間点から、該第1の中間点と上記被膜の底面との間に位置する第2の中間点まで連続的に増加し、該第2の中間点において極大点を有し、さらに該第2の中間点と上記被膜の底面との間に上記同様の極小点および極大点をそれぞれ1以上有している。そして、これらの極小点および極大点は、それぞれこの順で交互に繰り返して存在するものとなっており、各実施例における極小点はすべて実質的に同一の数値となる圧縮応力を有し、かつ各実施例における極大点はすべて実質的に同一の数値となる圧縮応力を有し、各極小点と各極大点とは実質的に等間隔で存在している。
なお、比較のため、合金製ターゲットにより金属イオンの蒸発を開始してから60分間基板バイアス電圧を−75Vで維持したことを除き、上記と同様にして表面被覆切削工具を作製した(比較例2)。
この比較例2の表面被覆切削工具は、被膜の圧縮応力の強度分布がなく、被膜の底面から被膜の表面にかけてその圧縮応力が一定であった。
<表面被覆切削工具の耐摩耗性の評価>
上記で作製した実施例1〜10および比較例1〜2の表面被覆切削工具のそれぞれについて、上記の表1に示す条件による湿式(水溶性エマルジョン)の連続切削試験および断続切削試験を行なった。そして、刃先の逃げ面摩耗幅が0.2mmを超える時間を切削時間として測定した。
表面被覆切削工具の耐摩耗性の評価結果として上記で測定した切削時間を下記表6および表7に示す。切削時間が長いもの程耐摩耗性が優れていることを示している。また、連続切削試験においては、被削材の仕上げ面の光沢の有無についても観察し、その観察結果を同じく表6および表7に示す。この場合、「光沢あり」とは被削材の仕上げ面が光沢を有することを示し、「白濁」とは被削材の仕上げ面が光沢を有さず白濁したことを示す。
表6および表7から明らかなように、連続切削試験においても断続切削試験においても実施例1〜10の本発明に係る表面被覆切削工具は、比較例1〜2の表面被覆切削工具に比し、さらに耐摩耗性が向上するとともに仕上げ面に光沢を得ることができることから膜チッピングに対する耐性にも優れ、かつ表面被覆切削工具の寿命がさらに向上していることを確認した。
<表面被覆切削工具の靭性の評価>
上記で作製した実施例1〜10および比較例1〜2の表面被覆切削工具のそれぞれについて、以下に示す条件で靭性の評価試験を行なった。
すなわち、切削条件は、上記の表1に示したようにS50Cの素材に50の貫通穴を設けたブロック(長さ300mm×幅150mm)を被削材として用い、切削速度180m/min、切り込み2.0mm、切削長300mm毎に送り量を0.10mm/刃から0.05mm/刃ずつ上げる条件で、乾式フライス切削を行なった。
表面被覆切削工具の靭性の評価結果として上記で測定した最大送りを下記表6および表7に示す。最大送り量が大きくなる程靭性が優れていることを示している。
表6および表7から明らかなように、実施例1〜10の本発明に係る表面被覆切削工具は、比較例1〜2の表面被覆切削工具に比し、さらに靭性が向上していることを確認した。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
1 表面被覆切削工具、2 基材、3 被膜、4 被膜の表面、5 第1の中間点、6 被膜の底面、7 矢印、8 中間層、9 第2の中間点、10 第3の中間点、11 第4の中間点。